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混血系大公編:第一部

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「ロルフ様は…?」
 レディが小さな声で問いながら、周囲を伺う。この部屋にまだいるはずなんだけど、ローブを被っているから彼女は気づいていない。
「席を外しております。いた方がよかったですか?」
「い、いいえ…!」
 怯えた声で、勢いよく首を振る。完全にビビっちゃったね。まぁ、戦いに縁のない生活を送ってきたであろう令嬢が、本気の殺気を向けられたんだもの。怖いのは当たり前だ。私も最初のうちはビビり散らしたものよ…。傭兵団、今よりもっと荒っぽかったからね。
 まぁ、これでロルフに執着することはなくなったかな。とりあえず私の目的は達成できたようなので、イスに目線をやる。彼は私と目を合わせてひとつ頷くと、レディに向き直って口を開いた。
「さて、レディ。ここからの話は秘匿事項だ。外部に漏れることのないように、まずは貴女に誓約を編む」
「え…?うぅ…ッ?!」
 レディが了承する間もなく、イスが魔術を紡ぐ。しかも忠告すらしない。ひでぇ。手で口を押さえて、今にも吐きそうになっているレディに、私とダービー伯がわちゃわちゃ慌ててしまったけれど、なんとか吐かずに耐えきってくれた。よかった、大惨事にならなくて。
 イスは誓約を紡ぎ終わったのに、何だか難しい顔をしている。何かあったのかな?でもレディが少し回復したようでヨロヨロしつつも姿勢を直したので、イスが再び口を開いた。
「そろそろ話せるか?」
「な、なんとか…。なんですの?先ほどのものは…」
「誓約だ。私の魔力は他者と相性が悪いから、気分を害しやすい」
「誓約…?!」
 レディの顔がさらに怯えに染まる。誓約に、何か嫌な思い入れがある?
「なんなの、なんなのよ?もういや…」
 顔を覆って、俯いてしまった彼女を観察する。…さっきまで、あんなに怒鳴り散らしていたレディと、今の弱り切ったレディ。別人のようになっていて、ひどく不安定な様子がみえる。でも彼女は、自分勝手で奔放な浮気者なのよね?それだけ好き勝手振舞える彼女が、どうして意気消沈してしまっているんだろう?上手く言えないけれど、なんだかモヤモヤして、胸に引っかかりを感じる。
「…レディ。貴女はロルフを手籠にするために、身を隠すローブを使用したはずだ。そのローブについて質問したい」
「……」
「あれはどこで手に入れた?あのローブはサークルに所有権があり、犯罪に利用された場合の危険性の高さから、厳重に管理しているものだ。貴女が所持していいものではない。どこで手に入れたのか、質問に答えてもらおう」
「し、知らない…」
「知らないはずはない。あれはボナ・ノクテムの際、行方不明となっていた者が所持していたローブだ。ローブにつけたシリアルナンバーも確認したから間違いない。 どこで手に入れた?拾ったのか?譲渡されたのか?それとも、盗んだのか?」
「そ、そんなことは…!」
「ではどうした。…なぜ答えられない?そうか、やはり盗んだな?まさかサークルの魔術師を殺して奪い取ったのか?」
「私は、私はそんなことしていない…!」
「なぜそう言える。いいか、忠告しておく。サークルは人の命と尊厳を遵守する集団だが、相手が犯罪の容疑者となれば別だ」
「わ、私は犯罪者じゃない!」
「どうだか。貴女はロルフの尊厳を無理に侵害しようとした。そのような者の言葉を、そのまま信じる者などいない」
「う、うぅ…」
「信じてほしくば、真実を語ることだ。貴女はサークルの所有物を利用し、他者の尊厳を侵害した。それを行った者に容赦はしない」
「いや、いや、知らない…!」
 イスの表情は変わらない。ただ声色はとても冷酷で、早口で責め立てられてレディは確実に追い詰められていく。せわしなく視線が動く。口を開いては、何も言えずに閉じるを繰り返している。本当に知らない?いや、そんなはずはない。用途を知った上で使っていたのだから、必ず手に入れた経緯があるはずだ。どうしたらいいのかわからないのか、知っていても言えないのか。
 ……知っていても、言えない?
「イス、待って」
「なんだ」
「少し話をさせて」
「……危険だ」
 イスは少し不満げに、声を低くする。先ほど私を襲おうとしたからか、再度襲い掛かかってくるくらい追い詰めている自覚があるからか。
「お願い、少しだけでいいから」
「………」
 イスは私をじっと見つめた後、諦めたように息を吐き、体をずらして譲ってくれた。
「ありがとう」
 返事の代わりにスルリ、と魔力が私に絡みつく。何かあったとき、この魔力で私を守ってくれるんだろう。ロルフも、イスも、ビョルンも。とにかく私を守ろうと、心を砕いてくれる。いちおう、自衛はできるんだけどね。…本当に、素敵な夫たちだと思う。
 感謝を噛みしめながら、私は頭を抱えているレディの前に膝をつき、下から覗き込む。
「ごめんなさい。貴女を追い詰めてしまったね」
「……」
 ゆっくりとした、穏やかな声を心がける。目線は合わないけれど、彼女の目をじっと見つめる。
「それでも話せないのは、きっと事情があるのではない?例えば誓約みたいに、話すのを禁じられているとか」
「……」
「もしくは、脅迫されているとか」
 レディが息を飲んだ。反応があった。脅迫されている?でも最初の言動を見る限り、レディは思慮深いタイプではない。激高しやすく、自身の衝動を上手くコントロールするのが困難なのだと思う。言葉での脅迫に従えるだろうか。追い詰められたら、目の前の恐怖に駆られて話してしまいそうだけれど。それでも話せない、何かがある?レディは誓約に対して怯えていた。でも他に誓約が掛けられていたら、イスが気づきそうなものだけど。…いや、イスも何か、難しい顔してなかった?
「イス、さっき彼女の誓約を掛けた時…何かあった?」
 私の質問に、イスは眉間に皺を寄せてレディを見つめる。瞳が金色に輝き、彼女に掛けられた『何か』を探っているようだ。それからしばらくして、イスがポツリと呟いた。
「モーファ…」
 モーファ?
「ジュスル…いやジュジュツ、か?」
「呪術…?」
 聞いたことのある単語に反応すると、イスがこちらを見て頷いた。

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