174 / 198
混血系大公編:第一部
56
しおりを挟む
「ロルフ様は…?」
レディが小さな声で問いながら、周囲を伺う。この部屋にまだいるはずなんだけど、ローブを被っているから彼女は気づいていない。
「席を外しております。いた方がよかったですか?」
「い、いいえ…!」
怯えた声で、勢いよく首を振る。完全にビビっちゃったね。まぁ、戦いに縁のない生活を送ってきたであろう令嬢が、本気の殺気を向けられたんだもの。怖いのは当たり前だ。私も最初のうちはビビり散らしたものよ…。傭兵団、今よりもっと荒っぽかったからね。
まぁ、これでロルフに執着することはなくなったかな。とりあえず私の目的は達成できたようなので、イスに目線をやる。彼は私と目を合わせてひとつ頷くと、レディに向き直って口を開いた。
「さて、レディ。ここからの話は秘匿事項だ。外部に漏れることのないように、まずは貴女に誓約を編む」
「え…?うぅ…ッ?!」
レディが了承する間もなく、イスが魔術を紡ぐ。しかも忠告すらしない。ひでぇ。手で口を押さえて、今にも吐きそうになっているレディに、私とダービー伯がわちゃわちゃ慌ててしまったけれど、なんとか吐かずに耐えきってくれた。よかった、大惨事にならなくて。
イスは誓約を紡ぎ終わったのに、何だか難しい顔をしている。何かあったのかな?でもレディが少し回復したようでヨロヨロしつつも姿勢を直したので、イスが再び口を開いた。
「そろそろ話せるか?」
「な、なんとか…。なんですの?先ほどのものは…」
「誓約だ。私の魔力は他者と相性が悪いから、気分を害しやすい」
「誓約…?!」
レディの顔がさらに怯えに染まる。誓約に、何か嫌な思い入れがある?
「なんなの、なんなのよ?もういや…」
顔を覆って、俯いてしまった彼女を観察する。…さっきまで、あんなに怒鳴り散らしていたレディと、今の弱り切ったレディ。別人のようになっていて、ひどく不安定な様子がみえる。でも彼女は、自分勝手で奔放な浮気者なのよね?それだけ好き勝手振舞える彼女が、どうして意気消沈してしまっているんだろう?上手く言えないけれど、なんだかモヤモヤして、胸に引っかかりを感じる。
「…レディ。貴女はロルフを手籠にするために、身を隠すローブを使用したはずだ。そのローブについて質問したい」
「……」
「あれはどこで手に入れた?あのローブはサークルに所有権があり、犯罪に利用された場合の危険性の高さから、厳重に管理しているものだ。貴女が所持していいものではない。どこで手に入れたのか、質問に答えてもらおう」
「し、知らない…」
「知らないはずはない。あれはボナ・ノクテムの際、行方不明となっていた者が所持していたローブだ。ローブにつけたシリアルナンバーも確認したから間違いない。 どこで手に入れた?拾ったのか?譲渡されたのか?それとも、盗んだのか?」
「そ、そんなことは…!」
「ではどうした。…なぜ答えられない?そうか、やはり盗んだな?まさかサークルの魔術師を殺して奪い取ったのか?」
「私は、私はそんなことしていない…!」
「なぜそう言える。いいか、忠告しておく。サークルは人の命と尊厳を遵守する集団だが、相手が犯罪の容疑者となれば別だ」
「わ、私は犯罪者じゃない!」
「どうだか。貴女はロルフの尊厳を無理に侵害しようとした。そのような者の言葉を、そのまま信じる者などいない」
「う、うぅ…」
「信じてほしくば、真実を語ることだ。貴女はサークルの所有物を利用し、他者の尊厳を侵害した。それを行った者に容赦はしない」
「いや、いや、知らない…!」
イスの表情は変わらない。ただ声色はとても冷酷で、早口で責め立てられてレディは確実に追い詰められていく。せわしなく視線が動く。口を開いては、何も言えずに閉じるを繰り返している。本当に知らない?いや、そんなはずはない。用途を知った上で使っていたのだから、必ず手に入れた経緯があるはずだ。どうしたらいいのかわからないのか、知っていても言えないのか。
……知っていても、言えない?
「イス、待って」
「なんだ」
「少し話をさせて」
「……危険だ」
イスは少し不満げに、声を低くする。先ほど私を襲おうとしたからか、再度襲い掛かかってくるくらい追い詰めている自覚があるからか。
「お願い、少しだけでいいから」
「………」
イスは私をじっと見つめた後、諦めたように息を吐き、体をずらして譲ってくれた。
「ありがとう」
返事の代わりにスルリ、と魔力が私に絡みつく。何かあったとき、この魔力で私を守ってくれるんだろう。ロルフも、イスも、ビョルンも。とにかく私を守ろうと、心を砕いてくれる。いちおう、自衛はできるんだけどね。…本当に、素敵な夫たちだと思う。
感謝を噛みしめながら、私は頭を抱えているレディの前に膝をつき、下から覗き込む。
「ごめんなさい。貴女を追い詰めてしまったね」
「……」
ゆっくりとした、穏やかな声を心がける。目線は合わないけれど、彼女の目をじっと見つめる。
「それでも話せないのは、きっと事情があるのではない?例えば誓約みたいに、話すのを禁じられているとか」
「……」
「もしくは、脅迫されているとか」
レディが息を飲んだ。反応があった。脅迫されている?でも最初の言動を見る限り、レディは思慮深いタイプではない。激高しやすく、自身の衝動を上手くコントロールするのが困難なのだと思う。言葉での脅迫に従えるだろうか。追い詰められたら、目の前の恐怖に駆られて話してしまいそうだけれど。それでも話せない、何かがある?レディは誓約に対して怯えていた。でも他に誓約が掛けられていたら、イスが気づきそうなものだけど。…いや、イスも何か、難しい顔してなかった?
「イス、さっき彼女の誓約を掛けた時…何かあった?」
私の質問に、イスは眉間に皺を寄せてレディを見つめる。瞳が金色に輝き、彼女に掛けられた『何か』を探っているようだ。それからしばらくして、イスがポツリと呟いた。
「モーファ…」
モーファ?
「ジュスル…いやジュジュツ、か?」
「呪術…?」
聞いたことのある単語に反応すると、イスがこちらを見て頷いた。
レディが小さな声で問いながら、周囲を伺う。この部屋にまだいるはずなんだけど、ローブを被っているから彼女は気づいていない。
「席を外しております。いた方がよかったですか?」
「い、いいえ…!」
怯えた声で、勢いよく首を振る。完全にビビっちゃったね。まぁ、戦いに縁のない生活を送ってきたであろう令嬢が、本気の殺気を向けられたんだもの。怖いのは当たり前だ。私も最初のうちはビビり散らしたものよ…。傭兵団、今よりもっと荒っぽかったからね。
まぁ、これでロルフに執着することはなくなったかな。とりあえず私の目的は達成できたようなので、イスに目線をやる。彼は私と目を合わせてひとつ頷くと、レディに向き直って口を開いた。
「さて、レディ。ここからの話は秘匿事項だ。外部に漏れることのないように、まずは貴女に誓約を編む」
「え…?うぅ…ッ?!」
レディが了承する間もなく、イスが魔術を紡ぐ。しかも忠告すらしない。ひでぇ。手で口を押さえて、今にも吐きそうになっているレディに、私とダービー伯がわちゃわちゃ慌ててしまったけれど、なんとか吐かずに耐えきってくれた。よかった、大惨事にならなくて。
イスは誓約を紡ぎ終わったのに、何だか難しい顔をしている。何かあったのかな?でもレディが少し回復したようでヨロヨロしつつも姿勢を直したので、イスが再び口を開いた。
「そろそろ話せるか?」
「な、なんとか…。なんですの?先ほどのものは…」
「誓約だ。私の魔力は他者と相性が悪いから、気分を害しやすい」
「誓約…?!」
レディの顔がさらに怯えに染まる。誓約に、何か嫌な思い入れがある?
「なんなの、なんなのよ?もういや…」
顔を覆って、俯いてしまった彼女を観察する。…さっきまで、あんなに怒鳴り散らしていたレディと、今の弱り切ったレディ。別人のようになっていて、ひどく不安定な様子がみえる。でも彼女は、自分勝手で奔放な浮気者なのよね?それだけ好き勝手振舞える彼女が、どうして意気消沈してしまっているんだろう?上手く言えないけれど、なんだかモヤモヤして、胸に引っかかりを感じる。
「…レディ。貴女はロルフを手籠にするために、身を隠すローブを使用したはずだ。そのローブについて質問したい」
「……」
「あれはどこで手に入れた?あのローブはサークルに所有権があり、犯罪に利用された場合の危険性の高さから、厳重に管理しているものだ。貴女が所持していいものではない。どこで手に入れたのか、質問に答えてもらおう」
「し、知らない…」
「知らないはずはない。あれはボナ・ノクテムの際、行方不明となっていた者が所持していたローブだ。ローブにつけたシリアルナンバーも確認したから間違いない。 どこで手に入れた?拾ったのか?譲渡されたのか?それとも、盗んだのか?」
「そ、そんなことは…!」
「ではどうした。…なぜ答えられない?そうか、やはり盗んだな?まさかサークルの魔術師を殺して奪い取ったのか?」
「私は、私はそんなことしていない…!」
「なぜそう言える。いいか、忠告しておく。サークルは人の命と尊厳を遵守する集団だが、相手が犯罪の容疑者となれば別だ」
「わ、私は犯罪者じゃない!」
「どうだか。貴女はロルフの尊厳を無理に侵害しようとした。そのような者の言葉を、そのまま信じる者などいない」
「う、うぅ…」
「信じてほしくば、真実を語ることだ。貴女はサークルの所有物を利用し、他者の尊厳を侵害した。それを行った者に容赦はしない」
「いや、いや、知らない…!」
イスの表情は変わらない。ただ声色はとても冷酷で、早口で責め立てられてレディは確実に追い詰められていく。せわしなく視線が動く。口を開いては、何も言えずに閉じるを繰り返している。本当に知らない?いや、そんなはずはない。用途を知った上で使っていたのだから、必ず手に入れた経緯があるはずだ。どうしたらいいのかわからないのか、知っていても言えないのか。
……知っていても、言えない?
「イス、待って」
「なんだ」
「少し話をさせて」
「……危険だ」
イスは少し不満げに、声を低くする。先ほど私を襲おうとしたからか、再度襲い掛かかってくるくらい追い詰めている自覚があるからか。
「お願い、少しだけでいいから」
「………」
イスは私をじっと見つめた後、諦めたように息を吐き、体をずらして譲ってくれた。
「ありがとう」
返事の代わりにスルリ、と魔力が私に絡みつく。何かあったとき、この魔力で私を守ってくれるんだろう。ロルフも、イスも、ビョルンも。とにかく私を守ろうと、心を砕いてくれる。いちおう、自衛はできるんだけどね。…本当に、素敵な夫たちだと思う。
感謝を噛みしめながら、私は頭を抱えているレディの前に膝をつき、下から覗き込む。
「ごめんなさい。貴女を追い詰めてしまったね」
「……」
ゆっくりとした、穏やかな声を心がける。目線は合わないけれど、彼女の目をじっと見つめる。
「それでも話せないのは、きっと事情があるのではない?例えば誓約みたいに、話すのを禁じられているとか」
「……」
「もしくは、脅迫されているとか」
レディが息を飲んだ。反応があった。脅迫されている?でも最初の言動を見る限り、レディは思慮深いタイプではない。激高しやすく、自身の衝動を上手くコントロールするのが困難なのだと思う。言葉での脅迫に従えるだろうか。追い詰められたら、目の前の恐怖に駆られて話してしまいそうだけれど。それでも話せない、何かがある?レディは誓約に対して怯えていた。でも他に誓約が掛けられていたら、イスが気づきそうなものだけど。…いや、イスも何か、難しい顔してなかった?
「イス、さっき彼女の誓約を掛けた時…何かあった?」
私の質問に、イスは眉間に皺を寄せてレディを見つめる。瞳が金色に輝き、彼女に掛けられた『何か』を探っているようだ。それからしばらくして、イスがポツリと呟いた。
「モーファ…」
モーファ?
「ジュスル…いやジュジュツ、か?」
「呪術…?」
聞いたことのある単語に反応すると、イスがこちらを見て頷いた。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……
木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。
恋人を作ろう!と。
そして、お金を恵んでもらおう!と。
ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。
捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?
聞けば、王子にも事情があるみたい!
それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!
まさかの狙いは私だった⁉︎
ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。
※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる