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混血系大公編:第一部
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しおりを挟むハリーさんが止めようと腰を浮かせる。ダービー伯は呆然としている。戦闘職でもないレディの攻撃なんて、余裕で躱せる。でも躱さない。イスもアンリも動かない。大丈夫、私には『彼』がいるから。
「テメェ、ウチの嫁に何しやがる」
地獄の悪鬼の様な、低くて冷ややかな声が響き渡る。と同時に、テーブルにレディが叩きつけられる。その瞬間、レディの背中に片足を乗せた、黒いローブの男の姿が『認識できる』ようになる。
「な、なんだ…?!」
深くフードを被った男の顔は見えない。突然現れた男にハリーさんはサッと手を上げて、壁に控えていた騎士に合図を送る。騎士が急いで剣を抜くけれど、一瞬で魔術を紡いだイスハークがそれを足止めする。
「塔長殿、これは…?!」
魔術を紡ぎ続けているため話せないイスに代わり、男がフードをバサリと取って声を上げる。
「よぉハリソン。相変わらずシケたツラしてやがんなァ」
「ロルフ…?!」
レディのたおやかな背中を無遠慮に踏みつけ、ロルフは傲岸不遜に笑った。
「ろ、ロルフ様…?!」
ここにいるはずのない男の登場に、レディの顔が混乱している。自分がいま『愛し合った』なんて熱弁を振るった相手が、乱暴に蹴り倒してきたんだから余計にだよね。
なんとか身を捩って確認しようとしているけれど、ロルフがより力を入れたのかレディが苦し気に呻く。
「ロルフ、耳栓!」
身振り手振りを加えながら呼びかけると、こちらに気づいたロルフは耳に手をやって耳栓を外し、胸元についている小物入れにポイと放り込んだ。
「ロルフ、手加減しなきゃダメだよ!」
「シャーーーラ、このクソアマはお前に危害を加えようとしたんだぞ。お前のよく言う『正当防衛』ってヤツだ。殺されたって文句は言えねぇだろ?」
「ひぃ…ッ!」
「未遂でしょ、これ以上は過剰防衛だよ!」
「関係ねぇ。俺の嫁に手ェ出そうとしたんだ、容赦しねぇ」
低く、殺気の籠った声を吐きながら、ロルフが音を立ててナイフを抜く。シャリ、という金属音が聞こえたのだろう。レディがか細い悲鳴を上げて、そのまま動かなくなった。気を失ってしまったようだ。
「ロルフ、気絶しちゃったよ。もう危険はないでしょ?足どけて、ナイフも仕舞って」
私の強い口調にロルフは舌打ちをして、しぶしぶ足をどけてナイフを仕舞う。それから私の所に来ると、自分の頭を私のこめかみ辺りにグリグリ押し付けてきた。痛い痛い。
とりあえずロルフが収まったから一安心…なんて思っていると、こちらを睨みつけているハリーさんが視界に入った。やば。
「シャトラ、これはどういうことだ!」
ハリーさんの怒号が響き渡る。うわぁ、かなり怒っちゃってるな。この事については何にも説明してなかったもんね。お部屋借りてる身なのに好き放題やってすみません…。
「あー、すみません。全部ちゃんと説明するんで、とりあえず騎士さん達引かせてくれます?」
「ちゃんと納得できる説明なんだろうな?!」
「はい…多分」
「まったく…!!」
ハリーさんは怒りつつも、私を信用して騎士さん達を引かせる合図をしてくれた。イスがそれを見て、足止めのための詠唱を止める。ホントにすみません…。
「アマニータ…!」
騎士が動けるようになると、彼も動けるようになったのだろう。ダービー伯が青ざめた顔で娘の名を呼ぶ。しかし気を失っている彼女からの返答は、もちろんない。
ダービー伯を手伝って、レディの体を起こす。顔色は悪いけれど呼吸は落ち着いていて、それほどダメージはなかったようでホッとする。同じく安堵の息を漏らしたダービー伯と目が合い、私は口を開いた。
「えぇっと、いちおう正当防衛だと思いますので、謝罪はしませんよ」
正直なところ過剰防衛だけどね。まぁわざわざこちらの不利になるように話を持っていく必要はない。
「あ、あぁ、そうだな…。娘が先に貴女を罵倒し、あげくに襲い掛かろうとしたんだ。わかっている。…貴女は終始冷静だった。娘にも、貴女ほどの知性と理性があれば…」
ダービー伯が、深くて重たいため息を吐く。確かにね。彼女の行動は、子どものように稚拙だった。正直、不自然に見えるくらいに。あれだけ内面が幼稚な人間だったら、周囲は苦労するだろうなと思う。嫁いでからは夫がフォローしてくれてたみたいだけれど…それでも、父親である彼が何もしなかったわけではないだろう。眉間に刻まれた深い皺が、彼の苦悩を物語っている。でもその腕に娘をしっかり抱いていて、愛情はちゃんと感じられる。…いい父親じゃん、アマニータ。ちょっと羨ましいよ。
「ハリーさん、彼女を休ませる部屋を準備していただけませんか?」
「…構わないが、騎士をつけるぞ」
「ええ、もちろん。女性騎士がいいかもしれませんね。何と言っても美人さんなんで、絆されちゃいそうですし」
「全く、減らず口を…」
呆れた声を上げつつ、ハリーさんは女性騎士を呼んでくれた。するとダービー伯も軽く手を上げて発言する。
「すまない、我が家の騎士もつけさせてもらいたい」
「もちろん、どうぞ」
「感謝する」
そういって、名前を呼ばれて現れたのは、男性なみに背が高くてめちゃくちゃカッコいい女性騎士さんだった。レディの護衛騎士さんなのかな?
「失礼します」
彼女は見た目通り力持ちみたいで、レディ・アマニータを軽々とお姫様抱っこし、ウォリック家の騎士さんと一緒に部屋を出て行った。
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