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混血系大公編:第一部

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「だから、私を連れて行けと言っている」
「え?」
「私はサークルオブメイジの一角、魔道具の塔長だ。権力という点で言えば伯爵『ごとき』に負けるものではない」
 イスの言い分にポカンとする。伯爵ともなれば、領地も帝国より任される上位貴族の位置付けだ。平民からすれば、一生お目にかかる機会もないくらい、雲の上の存在って感じなんだけど…。
「…あははッ!」
 それを「ごとき」と言っちゃうなんて!
「確かに。皇帝陛下にだって、敬語使わなくていい立場だもんね。伯爵『ごとき』じゃ相手にならないよね。うーん、でも、夫の権力を笠に着るのはあんまりしたくないっていうか…」
 とは言えそれ以外にどうしようもなく打つ手がなければ、皇帝陛下の権力だって笠に着てやりますよ。私のプライドなんぞより、傭兵団を守る方が大事だからね。
「笠に着る必要はない。私はただ、このローブの出所を問いただしに行くだけだ」
 あぁ、そりゃそうか。このローブについては、万が一悪用されればサークルの名誉に関わるものね。紛失した後も、ずっと調査をしていたのだろう。
「ただ、話し合いの最中に妻が侮辱されれば、当然口を出す」
「あははッ!」
 何とも頼もしすぎる意見に、声を上げて笑ってしまう。でも、そっか。そうね。
「ホントはね、ちょっと怖かったの」
「…お前がか?」
 怪訝な声を上げたイスに、苦笑する。
「失礼ねぇ。クレーム処理なんて怖いよ。怖いに決まってる。怒鳴りつけてくるような人もいるしね。でもこっちがビビってるってわかると舐めてかかってくるヤツもいるから。内心どんなにビビってても、表面だけは平静を装うの。私はお前なんか怖くない、だから脅しても無駄だってね」
「そうか…そうだな」
 ふふ、イスならわかってくれるって思ってた。ビョルンもロルフも根っからの戦士だからさ、いざとなれば武力で制圧って考えが染み付いてるのよね。でも商売ってそれじゃあやっていけない。武力さえあればなんとかなった時代はもう終わった。これからは、経済力がモノをいう時代だ。強いけど不器用な傭兵達を守るためにも、彼らが平和な世の中でもお金を稼げる手段を作り上げておかなければならない。
「……山賊とか野盗とか、この1年ですごく増えているんだって」
「…聞いたことはある」
「その中には…元傭兵だって人も、少なからずいるの」
「…そうか」
「あの戦いで傭兵がすごく増えたけれど…それが終わったあと、上手く社会に戻れなかった人たちも多かった。『対するもの』の撤退とともに、魔獣の数も減ったしね。以前にたくさんあった傭兵団も、今はもう一握りしか残っていない。戦う必要がなくなったのは、いいことなんだけど…。所属する組織もなく、戦う相手も減り、それでも戦うことを止められない人たちは…そこにしか、居場所がなくなっちゃうのかな」
「……」
 あの戦いが終わったあと、もう戦いは嫌だと傭兵団を去った人がいる。他のどこにも行き場がなくて、新たに傭兵団に加わった人もいる。いま傭兵団に残っている人たちは、根っからの戦士たちだ。戦うことでしか、生きられない人達だ。平和が訪れた今の世界には、そぐわない人たちかもしれない。それでも私は、彼らが社会に解け込めるようにしていきたい。この平和をもたらすために最前線で命を張った人たちが、排除される社会であってはいけない。
「だからね、怖いけどさ。虚勢張ってでも、私が前に出なくちゃ。前に出て、傭兵団を守らなきゃって、いつも思ってるの」
 自分で言うのもなんだけど、団の中で一番交渉が上手いのは私だと思うし。平民だけど英雄っていうアドバンテージもあるしね。大丈夫、私ならできる。私ならやれる。
 そう自分に言い聞かせていると、ロルフが私の体の向きを変えて、お腹に顔を押し当ててギュッと抱きしめてきた。寝てると思ってたけど、ウトウトしながら聞いてたのかな。ロルフの頭をヨシヨシと撫でる。ロルフのことは特にね、守りたいって思ってるんだよ。
「でも今回は栄誉あるサークルの塔長様が、味方になってくれるんだものね。こんなに心強いことなんてないわ」
「…お前はもっと、周囲に頼ってもいい」
「うふふ、頼ってるよー。みんな私を信じて私の指示に従って、ちゃんと結果を出してくれる。こんなにありがたいことはないよ」
「…そうだな…」
 深いため息を吐いたイスが、頷く。イスも魔道具の塔のトップだもんね。お互い「わかるー」って部分がけっこうあるんだよね。
「でもそうね、今度はローブの件もあるんだし。こうなったらイスにたくさんに頼っちゃおうかな!」
「かまわない」
「よーし、ダービー伯をぎゃふんと言わせる作戦立てちゃうぞ!」
「ローブの出所を吐かせるのを、忘れるなよ」
「でしたでした」
 それからふたりであーだこーだと意見を出し合い、交渉の内容を詰めていく。だいたい方向性が決まって、これなら大丈夫だろうって所まで話を進めたら安心して。だんだん話がズレて定番の魔道具の話題が始まった時、ロルフの頭がモゾモゾと動いて、服の上からガブっとお腹を噛んできた。
「いった!ちょっと、なに?!」
 突然のことにビックリしてロルフの頭をペシっと叩く。
「いつまで話してんだ、もう日が暮れるぞ」
 ムックリと起き上がったロルフに言われて、窓の外を見る。景色が真っ赤に染まっていて、あらやだ、もうこんな時間?言われてみるとなんだかお腹が空いて来た。
「ごめんね、お待たせ。話もまとまったし、そろそろ帰ろっか。ロルフ、服着て帰る準備して」
「ん」
 ロルフがあくびをしつつ体を起こしたので、私も帰り支度をしようと立ち上がりかけて… ストンとまた腰を下ろす。
「どうした?」
「あ、足が痺れた…ッ」
「ダセェな」
「アンタのせいでしょ…ッ、ふぎゃー!」
 ロルフが容赦なく痺れた太ももを揉んで来るので、その手をベシベシ叩いてやる。
 そんな私たちに呆れた目を向けながら、イスは残っていた紅茶を飲み干していた。
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