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混血系大公編:第一部

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「イス、厚さどんなもんなら上手く焼ける?」
「火力の指示さえしてもらえれば、できるが…」
「あ、やめとこ。私も分厚いお肉は焼ける自信ないんだー。火が通らないと怖いから、今日はちょい厚めくらいにしとこうね」
 このくらい、と人差し指と親指で厚さを示すと、イスが頷いた。
「なら、私が切ろう」
 そう請け負ってくれたものの、何故か包丁を受け取らない。首を傾げていると、イスはおもむろに魔術を紡ぎ始めた。
 イスの艶やかな声が魔術を紡ぐ。相変わらずいい声。うっとり聞き惚れていると、紡ぎ終わった瞬間にお肉がスパッと一気に切れた。
「ぎゃー!」
「このくらいの厚みでいいか?」
「いい!いいけど、なに今の?!手品(マジック)?!すごい!!」
「…まぁ、魔術(マジック)だな」
 ああ、うん、そりゃそうだ。イスさん本物の魔術師でした。塩胡椒やスパイスをふりかけながら、お肉の断面を確かめる。すんごい綺麗な切断面。しかも全部均一に切れている。
「いやー便利だわー。料理とかも、できるだけ魔術でやったって言ってたよね。これもその時に使った魔術?」
「そうだ」
「すごい!いいなー!一家に一人、魔術師欲しいねぇ」
「さすがに、一家に一人では魔術師が足りない」
「物の例えだよ!そのくらい頼りになるってこと!」
「そうか」
 それから竈門に火を入れてもらう。イスがいると、火おこしもこんなに楽なのね…。
 鼻歌を歌いながら、フライパンが温まるのを待つ。すると横でスープの温め直しをしてたイスが、ポツンと呟いた。
「先ほどは、悪かった」
「ん?」
 イスの顔を見上げるも、彼はスープの鍋から視線を離さない。
「お前を責めるべきではなかった。お前が私の隣で他の男に目を向けているという状況に、我慢がならなかった。お前に他の婚約者がいるという状況は、ちゃんとわかっているんだ。私はそれを承知で受け入れてもらったというのに、何を…」
「イス…」
 鍋に目を落としたまま、イスが続ける。
「友人であった時は、我慢できた。だが、いまはどうしてか、我慢が利かないんだ」
 すまない、許してくれ。
 苦し気に吐き出された声。イスの苦悩が垣間見えて、私も胸が苦しくなる。
 …ごめん。イスが苦しんでいるのは、私がちゃんとできていないからだ。私がちゃんと公平に、接することができていないから。
「…我慢なんて、しないでいいよ」
 イスの腕に触れて、彼の顔を覗き込むように告げる。少し潤んだ琥珀色が、こちらを向く。
「イスはもう、友達じゃないんだよ。私の婚約者なの。私の夫になる人なの。だから夫としての扱いを要求するのは、当たり前なんだよ」
「しかし…」
「あのね、イスが苦しんでるのは、私がいけないの。複婚なのに、私が夫に対してちゃんと公平にできてないから、いけないの。だから私を責めて。私に文句を言って。自分のこともちゃんと見ろって、私を叱って。私の知らないところでイスが苦しんだり悩んだりするより、ずっといい」
「……」
 イスがじっとこちらを見つめた後、私を抱きしめる。ちょっと苦しいくらいに、ぎゅっと、強く。
「私が研究にのめり込んでいるときに、お前はよく中断させて言ってきたな。『食事と睡眠はしっかり摂れ』と」
「うん」
「私は、わずらわしいようなそぶりを見せながら、…内心、喜びを感じていたんだ」
「…うん」
「だから、私がのめり込んでいるときでも、気にせず…その」
 すり、と頬を擦り寄せてきたイスに、口付ける。琥珀色を覗き込む。
「私のことも、誘って欲しい…」
 照れて視線を逸らそうとするのを捕まえて、口づける。
「何それ、面倒くさい思考してるのねぇ」
「…ッ、お前が、言えと…!」
「ふふ、ごめん。でも…可愛いよ、イス」
 チュ、チュ、とイスに何度もキスを贈る。イスの目元が赤い。照れちゃって、ホント可愛い。
「でも、イスも自分で言ってね?強引に、入ってきてもいいんだよ。…私も気をつけるけど、お互いに、ね?」
「…わかった」
 イスも何度もキスをしてくれて、くすぐったくて笑う。イスの口角も、少し上がる。そうして2人でキスに夢中になっていると…。
「…おふたりさん、フライパンは大丈夫か?」
 ひょいっとキッチンに顔を覗かせたビョルンが、揶揄うように声を掛けてくる。
「えっ、あッ!」
 慌ててフライパンを見ると、もうすっかりあったまって…どころか多分熱くなりすぎてて、ちょっと冷まさないとお肉が焦げちゃいそう。油を引いてなくてよかった…。
 ビョルンにお礼を言うと、ニヤッと笑ってまた居間に戻って行った。スマートだわー。
「イスごめん、少しだけ火力弱めて」
「わかった。すまない」
「ううん。…私も、えーと、夢中になっちゃったから…」
 照れながら言うと、イスが再度キスをしてきた。
「…続きは、また夜に」
「…うん」
 こそばゆい様な空気を噛み締めながら、ふたりでお肉を焼いたりパンを切って炙ったり、晩御飯を完成させたのだった。



 そんな大した料理は作れなかったけど、お肉はスパイス変えたりソース何種類か作ったりして、量をたっぷり準備したのでふたりとも満足してくれた。焼いただけで美味しいお肉のおかげです、ありがとう肉屋のおっちゃん。
 お肉をうまうま頬張りながら、ビョルンに今日あったことを報告する。
「来週にそのプレゼン?っていうのをやって、その後に宴会するんだな。わかった。俺が何かすることはあるか?」
「今回はサークルが主催するという話になったから、宴会時の料理や酒はこちらで手配する。が、機材がかなりの重量だ。魔術で補助してもかなりのものだから、運搬に力を借りるかもしれない」
「ああ、力仕事なら任せてくれ」
「ありがたい」
「私は特にやることないかなー」
「お前は、発案者としてプレゼン時に私の隣で挨拶してもらうぞ」
「えっ?!その場のノリでテキトーに喋ればいい?!」
「いい」
「んじゃいいよー」
「いいのか…」
 ビョルンが笑っている。まぁ私の存在なんて賑やかしみたいなもんよ。ちゃんとした説明は責任者がするだろうしね。

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