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中東系エルフ魔術師編

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 それからイスは絶好調になって、私は魔力を出しすぎて疲れてしまった。
「気が済んだかい?そろそろ始めたいんだが」
「え?あー、そういえば忘れてました…」
 本来の目的は、ドゥーロ君に会う事だったわ。部屋の中央あたりに置かれた椅子に座るよう指示されたので、ビョルンの手を借りつつ腰掛ける。座るとちょうど1つしかないドアが、視界の正面に来るようになる。
「悪いが戦士殿は、そっちの隅で待機してもらえるかい?ドゥーロを刺激するといけないんでね」
「その男が、シャーラに襲いかかる危険は?」
「拘束してあるから問題ない。万が一襲いかかることがあれば、お前の手で始末してくれて構わないよ。お前なら、ラフィクに手が届く前に仕留められるだろう?」
「承知した。拘束が解けることを期待している」
「ハッ、怖いねぇ」
 ビョルンがドア側の部屋の隅に行く。
「イスハーク、あんたは私と一緒に窓際だ。いざとなったらフォロー頼んだよ」
「わかった」
「あれ、そういえば、魔術は使えないんじゃ?」
 フローラさんが魔術を紡ぐって言ってたけど、この辺一帯は魔術が使えないんだよね?
「ここは境界に建っているからね。窓際はギリギリ範囲外なんだよ」
「へぇ、なるほど」
 うまいこと出来てるわー。
「じゃあ、そろそろ呼ぶよ。準備はいいね?」
「まぁ、私はとりあえず座ってるだけなんで」
「お前のその図太さは、好ましいよ。さ、お前たち、呼んできておくれ」
 フローラさんが魔術師さんズに声を掛けると、2人は頷いて部屋を出ていった。


 魔術師さんズが出て行って、すぐ。部屋の外から、徐々に騒がしい声が聞こえてきた。
「僕は、英雄様以外に話すことはない!」「ああ、英雄様、僕は、僕は、あなたの為に…」「……どうして、どうして…僕の、英雄様…」
 ………これは、追い詰められてる感すごい。
 全部聞き取れたわけじゃないけど、多分こんな感じのことを言っていたと思う。ドアに顔を向けている、ビョルンの横顔がめっちゃ険しくなる。こわっ。
 やがてドアが空いて、1人の茶髪の青年が現れた。魔術師さんズに拘束された状態で連れてこられた彼は、憔悴した顔を上げ、私を視界に捉え、目を見開いた、その瞬間。
 ブワリと編み上げられた魔術が広がり、私の頭上を通り抜けて彼に覆い被さった。
「うあぁッ」
 ドゥーロ君は逃げようとしたけれど、拘束されているから当然できない。そのまま魔術に包み込まれて、頭を床に擦り付けて疼くまる。
「だ、大丈夫…?」
 なんかちょっと、震えてない…?これ、離れた方がいいかな?
「馴染めば、落ち着く。そこから動くんじゃないよ」
「はぁ…」
 フローラさんに言われて、浮きかけた腰を降ろす。
 少しすると震えが納まって、ゆっくりと青年が顔を上げた。
「あ、ああ…」
 再び私を目にして、ボロボロと涙をこぼす。えー、これ、落ち着いてるの…?
 とりあえず青年を見つめたまま固まっていると、フローラさんが私の隣までやってきた。
「ドゥーロよ。お望み通り、お前の英雄を連れてきたよ。話す気にはなったかね?」
「塔長…」
 私だけを捉えていた目が、フローラさんに向けられる。それからまた私に目を戻して、こくりと頷いた。フローラさんが魔術師さんズに目配せして、退出させる。
「イスハーク、防音の術を」
「わかった」
 イスハークがすぐに防音術を編み、部屋の中を覆いつくす。
「さ、話してくれるね」
 ドゥーロ君は涙を拭うこともできないまま(後ろ手に縛られてるからね)、頷いて口を開いた。
「僕にとって、英雄様は、希望の光だったんです」
 ドゥーロ君は5番街の生まれで、早くに両親を亡くしたけれど運よく4番街の孤児院に引き取られ、そこで育ったらしい。5番街出身のせいか虐められることも多かったけど、真面目に勉学に取り組んだおかげで就職先にもめぐまれ、独り立ちしてなんとかやっていけていたそうだ。少しずつお金を貯めて、いつかは自分の店を持ちたい。そんな希望を抱いていたのに、20歳を越えたところで喉に変化が起きた。魔術を紡ぐための器官…エルフ喉ができてしまったらしい。通常は成長過程である10代半ば頃に形成されることが多いが、彼は特に遅かった。急遽サークルの学舎に送られてそこで魔術を学ぶことになったが、周囲は10代の子どもばかりで馴染めない。なんとか卒業して魔道具の塔に所属したものの、直属の上司はエルフ至上主義者だったらしく、かなりひどいパワハラを受けたようだ。
「でも、英雄様が附術で魔道具に革命を起こしてくれて。そこから、エルフ達のヒューマン種を見る目が変わったんです」
 革命って…。革命を起こしたのは、むしろイスだと思うんだけど。魔道具だって、イスがいなきゃ作れなかったし。彼はエルフだから、認めたくないのかな?でも刺激したくないので、黙って聞く。
「英雄様が作り出した魔道具は、時に魔術を凌ぐほどの効果を持つものでした。エルフたちも、ヒューマンの力を認めざるを得ないほどの。それから僕の作る魔道具も、頭ごなしに否定されるんじゃなく、徐々に認められるようになったんです。採用されて、商品化されて、それが売れた時の嬉しさは忘れられません。英雄様が考えたプロジェクトの責任者にしていただいた時は、天にも昇る気持ちになりました。それなのに、なのに…」
 ドゥーロ君の、声と体が震えだす。ビョルンが、腰に佩いた短剣に手を延ばす。
「あなたは、あなたは、ヒューマンじゃなかった!!」
 慟哭が、部屋中に響き渡った。スゥっとドゥーロ君の目つきが変わる。瞳がゆらゆらと揺れて、彼の感情が揺れているのがわかる。
「それどころか、エルフに作られた、ホムンクルスだった!!」
 叫び声を目の当たりにして、体が震える。怖い。これが、狂気の神に魅入られるってこと?怖いけれど、ビョルンがいる。背後にはイスと、隣にはフローラさんもいる。大丈夫、何かあればきっと助けてくれる。彼らを信じて、椅子から動かないようにする。
「いや、違う、似ているだけかも、でも、塔長が、あんなに動揺して、やっぱり、やっぱり…」
 ブツブツと、呟く言葉にまとまりがなくなってきている。隣のフローラさんが、「まずいな」と呟く。魔術が、解けかかってきている?
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