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中東系エルフ魔術師編
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しおりを挟むでも、怖さはある。誓約が効かなくなれば、私の正体を誰かに漏らすことができると言う事だ。ビョルンもその危険に気づいたようで、険しい顔で口を開く。
「それでは困るぞ、イスハーク殿。その男の誓約がなくなり、シャーラについて吹聴すれば、世間の彼女を見る目は変わるだろう。俺たち北の戦士は、妻の名誉が穢されるような真似を、許すわけにはいかない」
「ああ、わかっている。ドゥーロはラフィクに執着している。今はかなり不安定な状態だが、ラフィクと会うことで狂気が薄れる可能性が高い。一時的にでも落ち着けば、魔術で安定化…完全にではなく、ある程度ではあるが…精神を安定化することも可能だ。多少不安定でも正気が残っていれば、誓約が解けることはない。それに…」
「サークルは、随分生ぬるい手を取るんだな?一度狂気の淵に立った者が、そう簡単に落ち着くものか。その男から秘密が漏れる可能性が、まだあるように感じる。俺たち北の戦士は、妻を危険に晒す可能性を、見逃すつもりはない。…そんなやり方で妻を守り抜けると思うなよ、イスハーク。その男の処刑を要求する!」
ああ、ビョルンの過保護が発動しちゃった。私が聞く限りでは、まぁそこまでやってくれるなら漏れる可能性も低そうだし、いいんじゃない?って思っちゃったけど。そもそも絶対にバレない秘密なんてこの世にあり得ないわけだし、漏洩することへの諦めと覚悟は必要だと思う。ビョルンはその可能性を限りなくゼロに近づけたいんだろうけど、人ひとりの命を奪ってまですることとは思えない。
そうビョルンを説得しようと、口を開いた瞬間。イスが低くて強い声を発し、私は思わず口を噤んだ。珍しい、イスが苛立ちを露わにしている。表情は相変わらずだけど、声が苛立っている。
「無茶を言うな。私たちは殺戮者ではない。罪を犯した側にも権利はある。罰を与えるのであれば罪に見合ったものでなければ、その権利を侵害することになる。だから出来る限り罪を犯した状況や心境を正確に把握し、正しい量刑を導き出そうとしているんだ。そのためにラフィクを召喚した。そうでなければ、彼女をわざわざ呼ぶことはしない。まともに調査もせず、処刑を強行する蛮族とは違うんだ。それに万が一ドゥーロに処刑が必要なのだとしても、それは月の神が判断することだ。私たちが決めていいことではない」
「なんだと…!」
「わー!ちょっとストップストップ!!」
ヒートアップしてきた男ふたりの間に、ぶんぶん手を振りながら割って入る。ちょっと怖かったけど、ほっとくと大変なことになりそうなのでがんばった。私えらい。
「宗教や思想の相違で争うのは禁止でーす!永久に理解し合えない泥仕合だから!お互いの思想を尊重しましょう!みんな違ってみんないい!おっけー?!」
焦るあまりよくわからん主張をする私に、フローラさんが「ブフゥ」と吹き出す。ちょっと今は我慢しててくれませんかねぇ笑うのは!こちとら必死なんで!!
「ビョルン、今回の件はサークルで起きた事件であって、私たちはその調査を依頼されただけ。その始末に関することは、私たちが口出しすることじゃないよ!」
「だが、シャーラ、お前に関わることだ!」
「関係はある。でもね、これは任務だよ。私たちが受けた依頼は、事件の調査と屋敷の防犯システムの構築。刑罰に関しては契約外。郷に入っては郷に従え。今回の件はサークルのやり方に従います。これは団長命令です!」
「ぐ…ッ、…わかった」
渋々、ビョルンが頷いてくれる。今回は、私の言い分が理に適っていると認めてくれたみたいだ。とりあえず、ホッとひと息をつく。
「イス、ごめんね。こっちのことはいいから、そちらの規則通りにやってちょうだい」
イスの方を向いて謝ると、何故か少し悔しそうに眉を顰めている。何でやねん。
「いや…ビョルン殿は、お前を守るためにしたことだとわかっている。夫となる男として、妻となるお前を…。私も、私だって、お前を守りたいと思っている。だが…」
「ええい、何をウジウジと。めんどくさい男だね!」
なんかいろいろ並べ立てたイスの背中を、バチーン!とフローラさんが叩く。めっちゃ痛そう!
「言い訳並べ立てたところで、やるこた変わらないんだよ!ラフィク、あんたはこの男が、好いた女の為だからとサークルの規則を無視したらどう思うね?」
「え、ドン引きします」
「だろう?ホラ、お前のしたことは間違っちゃいないんだよ。シャキッとしな!」
「…わかっている」
イスは大きなため息を吐いた後、気持ちを持ち直したようで再び私に目を向けた。
「とにかく、お前に会うことで、ドゥーロは少なくとも精神に『芯』が入る。あの男にとっては、お前は焦がれ続けた存在だからな。少なからず、気を取り戻すだろう。そこを起点に、フローラ殿が精神を安定させる魔術を編む。それで誓約を保たせる目的が、まず1つ」
「さっきも思ったけど、魔術で精神を安定させることなんてできるの?」
思わず口を挟むと、フローラさんが頷いた。
「少し落ち着かせる程度だがね。だがコイツは、心が完全に閉ざされていたり、ひどく乱れている場合には効かないんだ。だからお前の存在が、必要なんだよ」
「ああ、なるほど…」
そう説明してもらえると、私が呼ばれた意味が理解できてくる。ただいるだけでいいなら、気が楽だ。正直、説得しろって言われてもできる自信はなかったものね。
「それからもう1つは、真実を語らせることで正確な量刑を決める。それにラフィクは事件の関係者でもあるから、お前の要求により刑期を多少伸ばすこともできる。刑期が伸びれば、ビョルン殿の望む結果になるかもしれない。…その理由は、いま向かっている場所につけば、すぐにわかると思う」
「…?そういえば、今ってどこに向かってるの?」
ビョルンは馬車の外にも目を向けていたから、どこに行くか見ていたと思うんだけど。私は見てもどうせ覚えられないから、会話に集中しちゃってたわ。
イスはビョルンの視線を追って馬車の外に目をやった後、再び私に目を向けた。
「罪人の塔…罪を犯した魔術師が、月の神の裁きを待つ場所だ」
イスの言葉に、私はこくりと喉を鳴らした。…なんか、すごそう。
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