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中東系エルフ魔術師編

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「どうする~?スカウト来ちゃうかもよ?」
「どうもしねぇよ。お前、俺が抜けてもいいのか?」
「困る!あんたウチの主戦力なんだから!誰が来てもロルフは渡さんぞ!」
「自分で言ってりゃ世話ねぇな」
 呆れた声を出しつつ、ツイっとロルフが顔を近づけてくる。
「俺を離すなよ。一生一緒にいるんだろ?」
 私の言葉を信じるって言ったくせに、時々こうやって確認してくるの、可愛いよね。
「公私共に、束縛しちゃうんだから」
「あぁ、そうしろよ」
 冗談めかして言うとロルフが迫って来て、ちゅ、と軽いキスをする。誰か見てたかな。まぁいっか。アルコールでふわふわした頭は、理性がだいぶ緩んでいた。
「うーわー、マジで結婚するんだねぇ、お二人さん…」
 なんか低い位置からおどろおどろしい声がして、視線を向ける。よく見ると、端っこのちょうど影になったところに、アンリが転がっているのが見えた。
「え。何?こわ。何でアイツ、あんなとこいるの?」
「知らねー、飲みすぎて潰れてんじゃねぇの?」
 ロルフの返答に、「お前が飲ませたんだろぉぉ~」と情けない声が返って来た。
「あらら、酔い潰しちゃったの?ナイスー」
「だろ」
 Good!のハンドサインを送ると、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。女の子の所に行かないように、上司として止めてくれたのよね。でもコイツ、当直よね?飲み過ぎるなって言っといたよね?
「オイこら、お前当直だろ!酔い潰れてどうすんだ!」
 近づいてコツコツと足で蹴ってやると、アンリが「待って待って、俺吐いちゃう!」と悲鳴を上げた。
「やだ、大丈夫?お水持ってこようか?」
「あぁ~団長優しい…俺もお婿さんにしてほしいくら、あッウソですウソごめんロルフ蹴らないであぶぅッ!」
 余計なことを言って、強めの蹴りを入れられてる。もー、馬鹿だねぇ。
「俺の嫁だっつってんだろ、殺すぞ」
「殺さないでよー、もー」
 そう言って、よっこらとアンリが上体を起こす。土埃にまみれてるし、いい男が台無しだぞ。ただいつもは身だしなみに気をつけてる男だけど、今は酔っているからか気にならないみたいだ。目つき座ってるし。
「あーあ、ロルフが結婚するなんてなー。世界が滅んでもあり得ないんだけど」
「滅ぼすな、滅ぼすな。頑張って救ったんだから」
「そうだねー。シャトラはすごいよねー。優しいねー。いいなぁ、俺も結婚したーい」
 普段は他の人の前では敬語(~スくらいだけど)使ってくるけど、それも取れちゃってるね。呼び方も団長になる前に、皆に呼ばれてた名前になってるし。アンリもかなり初期からの付き合いだし、私は全然いいんだけどさ。
「結婚したいの?アンタにそんな相手いるの?」
 女の子とっかえひっかえしてくるくせに、と言おうとしたけれど、アンリの言葉が遮る。
「んー、いないよ~。…もう、いない」
 寂しげな声に、ドキリと心臓が鳴る。もう、いないって。
「死んじまったもん、アイツ…俺のことなんか、目にもくれないで…」
 グルグルと頭の中で、記憶が巡る。誰だろう、誰?アンリが結婚を考える相手。昔から会うたび違う女の子連れてた気がするんだけど、『恋人』以外の枠でアンリがよく接していた女性は、1人しか思い浮かばない。
「アンリ…」
「いんだよ、いいんだ。…最初は恨んだけど。でもアイツは俺なんかより、お前の方が好きだったんだ。お前を生かしたかったんだ。だから、お前を生かせて、アイツは幸せだったんだよ…」
 言葉が出てこない。アンリの言葉は自分に言い聞かせているようで、私に言い聞かせているようにも聞こえた。
「だからさ、シャトラも幸せになってねぇ…。ロルフに…は絶対無理だな、やめときなよこんなクズ…。ビョルンさんに幸せにしてもらぐふぅッ」
「テメェ黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって」
 ロルフが再びアンリのお腹を蹴って倒したあと、更に蹴って転がしている。
「待って待って転がさないでマジで吐いちゃう!」
「吐けよ、ゲロの海に沈めてやる」
「うわぁ、ローコストで究極の拷問だわソレ許して!」
 仲がいいんだか悪いんだか、またわーわー言い合っている二人をぼんやり眺める。
 アンリが結婚したかった女性。間違いなく、『彼女』のことだ。私がこの世界に来てから、初めて仲良くなった女性。別の傭兵団に所属していた人なんだけど、背が高くて細剣の使い手で、男装の麗人的な格好良さのある人だった。お休みが合うとご飯食べに行ったり、スイーツ巡りしたり。お互いの家にお泊りしたり。たくさん愚痴を聞いてもらって、彼女の愚痴も聞いて。この世界で手に入れた親友だって、思ってた。
 でも。
『対するもの(コントラ)』との戦いが佳境に迫ってきて、仲間にも何人も犠牲が出て。毎日命の危機を感じて、余裕がなくなっていた時に、想いを告げられた。言わないまま死んで、後悔したくないからって。
 そこからどう接したらいいかわからなくて、ギクシャクしてしまって。そんな時に魔獣が襲ってきて、逃げ切れなかった私を庇って、彼女は……。
 彼女のことは、それからずっと消化できないまま残っている。
 もともとあんまり後悔ってしない方なんだけどね。後悔しても、あんまり気にしないようにしていると言うか。その時はそれがベストだと思って動いたんだから、失敗したとしてもその時の自分の選択を認めるべきだと思っている。
 でも彼女のことは、別だ。彼女の想いに応えることができなかった。彼女に命を使わせてしまった。償うことも、彼女に何かしてあげることも、もうできない。この後悔は、きっと一生ついて回るだろうし、手放したくもない。私が抱えていくべき記憶(おもい)だ。
 アンリは元々彼女と同じ団にいて、ボナ・ノクテムが終わった後にその団が解散することになって、こちらに移ってきた人だ。当時から彼女がらみで、私もちょこちょこ交流があったんだけど、女好きのチャラいお兄さんという印象しかなかった。それが、まさか、そんな想いを抱えてたなんて。
 何か言うべきかと言葉を探す。でも、きっと何を言ったところで、陳腐にしかならない。
 だからまた、色んな想いをギュッと飲み込んで、アンリに向かってなんとか笑みを作る。
「ありがとう、アンリ」
 ロルフの足を避けていたアンリが、こちらに目を向ける。
「私もう、幸せよ。素敵な婚約者が、二人もいるんだもの」
 一瞬ビョルンの背中が思い浮かんだけど、その光景も無理やり飲み込む。私の幸せを願ってくれた人がいる。だったら、私は幸せになるように進んでいかなければ。
「そっか。…よかった」
 砂に塗れちゃって、伊達男が台無しだけれど。優しく微笑んだその顔は、女の子を垂らし込む笑顔の100倍くらい素敵だった。

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