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北欧系戦士兄弟編
03
しおりを挟む私の部屋は、前団長が主に仮眠と物置に使っていた場所だ。彼自身は外に家があって、飲食店を経営しているふくよかで優しい奥様と住んでいたから、ほとんど使ってなかったけど。私が団長になった後あまりの忙しさに帰る暇もなかったので、それまで住んでたアパートを引き払ってそこを私室に変えさせてもらった。二部屋続きになっているので、私は一部屋を居間にしてもう一部屋を寝室にしている。前団長(なんとビョルンを超える巨体!)が遺してくれた、無駄にデカいベッドが自慢のお部屋です。職場と家が一緒なんて社畜まっしぐらで嫌なんだけど、当時は帰るまでの時間すら惜しかったのよ…。
「はい、でーきた」
私室の居間に設置してあるソファに並んで腰かけて、ビョルンの壊れたピアスを取り外し、アルコール消毒もキッチリして新しいピアスを取り付けた。
「ありがとう、シャーラ」
「どういたしまして」
お礼はしっかり丁寧に言う人なので、こちらもキッチリ返しておく。『シャーラ』ってのはたまに言われるんだけど、どうも彼らの故郷の言葉であるらしく、翻訳機能が働かないから意味がわからないのよね。『レーデル』ってのは前団長のこともそう呼んでたから、団長って意味なんだろうなってわかったんだけど。勝手に『お嬢さん』とか『お姉さん』とか女性に対する呼び掛け言葉かな?と思ってる。
「あ、そういや帰還報告に来たとこなのよね?ごめんね遮っちゃって」
「いや。まずはコレを変えてもらわないと、話にならんしな」
ぴ、と新しいピアスを引っ張りながら言う。次はもうちょっと丈夫な金属にしなきゃダメかなぁ。でもピアスの細さに加工するとどの金属でも捻り潰しそうだなぁビョルンは。
私は自分の左耳に触れて、『録音』の機能を付与したピアスを作動させた。
「それで、首尾は?」
「目標の山賊団は殲滅、首魁は気骨のある奴で略奪品の場所をなかなか吐かなかったが、ロルフが『可愛がって』やったらすぐだったよ」
「あらまぁ、かわいそうに」
ロルフはビョルンの弟分で、戦闘時以外は温厚なビョルンと比べると、かなりキツイ性格の男だ。ふだんは粗暴、戦闘時はより残虐性が際立つようになる。わぁ最悪。
「首魁は辛うじて生きてたから、衛兵に引き渡して来た。後は全滅だ」
まぁソイツも長くはないだろうが、と続けるビョルンに頷く。
「生死不問だったもんね。了解」
「略奪品は確保。根こそぎ持ち帰って鑑定に出してる」
「買い取り希望はいた?」
「何人かいたな。後で報告書に挙げるよ」
「ありがと。買取希望が複数出るなんて、けっこう溜め込んでたのねぇ」
我が傭兵団の基本契約では、略奪品は取り返した者に所有権があるということにしている。実際、帝国法でもそうなってるしね。略奪品の中に自分の物があり取り戻したいと思ったら、私たちから買い取ってもらうシステムを取っている。
その代わり討伐自体の依頼料は他と比べてもそんなに高くない。ウチの傭兵団の積み上げてきた実績と信用度からすればお得なくらいだ。だからウチの傭兵団への依頼は途切れることがない。特に略奪品の確保より、外憂の排除を優先したい領主様方には人気のプランですよお客様。
他にも何点か口頭で確認しながら、今回の任務の報告をうける。
「よし、報告はこんなもんかな。書類はいつ提出できる?」
「今回の書記は…カッツェだったな。ケツ叩いておくよ」
報告書は実務部隊の中で持ち回りにしている。隊長か副隊長が口頭でまず報告、それから後日詳細を記した報告書を提出する仕組みだ。実務部隊の連中は書類嫌いなヤツが多いけど、その中でもカッツェは特に筆が遅い&字が汚いことで有名なヤツだからね。しっかり叩いていただこう。
「また報告書の期日破ったら始末書追加するからって言っておいて」
「イエス、マム!」
脳筋男には書類の追加が一番堪えるだろう。胸をドンと叩き、気取って敬礼するビョルンに笑って、私は左耳のピアスを外した。補聴器ピアスが入ってたケースに入れて、ダイニングテーブルの上に置く。後で事務の子に渡して、先ほど録音した口頭報告と後日提出予定の報告書の照合、あとは買い取り業者からの査定金額と、買い取り希望者との金額のすり合わせ…とまだまだ事務のやることは多いけど、実行部隊であるビョルンたちは一区切りでよさそうね。
私は部屋にあった新しいピアス(録音&イヤホン再生機能付与)を取り出した。これは以前、公園に現れた吟遊詩人の声がめちゃくちゃ良くて、録音してイヤホンみたいに聞きたくて作ったピアスだ。残念ながら完成したときにはその吟遊詩人は姿を消していたので、お蔵入りしてしまっていた。仕事用の録音機能のみのピアスに比べて録音時間は劣るし、再生機能までつけたら音声が書き込み式で取り消せない仕様になっちゃったんだけど、いまちょうど録音ピアス全部使っちゃってたのよね。とりあえずそのピアスを左耳につけ直すと、私はビョルンに微笑みかけた。
「ま、無事で何より。ご苦労様でした」
「ああ」
「ランチは?食べた?」
「まだだ。一緒にどうだ?」
「いこいこー、みんな変な勘違いで気を回すんだもの。しばらくはあの子たちと一緒にランチはできないわね」
いま一緒にランチしたら、絶対に根掘り葉掘り聞かれる。そして話に尾ひれ背びれがついて、ご近所中を泳ぎまくることだろう。
「変な勘違いってなんだ?」
きょとり、と何もわかってなさそうな顔で聞かれて口ごもる。えー、それ、聞いちゃう?
「あー、まぁ、なんていうか?多分アンタとあたしがデキてるとか、恋人じゃなくても実はお互い想い合ってるとか、そういうのを期待してるんだと思うよ」
恋バナ大好きだもんね、若い女の子は。見た目は乙女、中身オバチャンの私とは違って。
「娯楽みたいなもんだから、怒らないであげてね。あとでちゃんと否定しとくからさ」
肩をすくめながら言うと、急に空気が重くなった。
不思議に思いながらビョルンを伺うと、なんだか顰めっ面をしている。あれ、そんな深刻な話だっけ?もしや知らぬ間に恋人ができてて、即刻否定しないと嫉妬されてマズイとか?!
「あー、変なウワサが出る前にすぐ否定した方が…」
「否定するのか?」
よかった?とまで言う前に被せられる。
ん?
「そりゃあ否定するでしょ。私とアンタの間にそんな関係ないじゃないの」
笑いながら言うも、ビョルンの眉間の皺がグッと深くなる。
んん??
「俺とお前は…関係ないのか?」
「関係ないって言うと語弊があるけど…ホラ、長い付き合いだし」
私がこの世界に来てすぐ出会ったから、5年以上の付き合いだ。色んなことを一緒に乗り越えてきたし、『対するもの(コントラ)の王』…もうめんどくさい魔王でいいや、とも一緒に戦った。一緒にランチや夜飲みに行ったりもよくしてるし、気の合う仲間や友達のつもりだったけど。
そんなことを戸惑いつつ説明すると、ビョルンは絶句していた。
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