2 / 41
第2話 チュートリアル
しおりを挟む
002
まるで雲の中に迷い込んだような白さだ。
白い壁に白い床、白い天井は陽の光を透けさせているのか薄ぼんやりと光っている。
長時間見ていると目が痛くなるような空間は、壁に窓らしき枠があり光が差し込んで影を落としていなければ部屋だと気付かないくらいに異常な造りだ。
格子状の窓の向こうはまぶしい光で遮られていて確認できない。
白だけのコントラストで出来上がった3Dレンダリングのような世界。
俺はいつの間にか、その奇妙な部屋に立っている。
「冗談だろ神様」
進路希望アンケートには異世界転生と記入はしたけど無記名だ。あえて名前は書かなかった。内容が内容だけに。
だから法的効力皆無な上に、卒業後の進路希望であって今すぐなんて書いちゃいないぞ? 今すぐにでもあればいいなとは思っていたけど。
出来ることならやり直しを要求したい。
クーリングオフはどこに連絡すれば良いんだ?
……いや、とにかく落ち着こう。
ここが異世界だなんて妄想はこれくらいにしよう。
うん、あれだ。
俺は多分一華姉から貰ったゲンコツで気絶をしたのだ。
夢オチなんてくだらない結末で大変申し訳ない。
ゴツンとゲンコツが落とされた。
「おい、真二」
「真くん?」
「真二くん」
姉三人が後ろにいた。
やれやれ神様。内密だけど俺が異世界に行きたい理由というのを察してくれていないのか。
異世界転移に出来れば顔を合わせたくないと願う姉三人同伴とはまたやりにくいことこの上ないな。というかここが何処なのか不明だけど場所が変わっただけで状況に変化がないぞ?
変えたいのはその状況だというのに。
これじゃあ例えこの場所が異世界でも美女や美少女とエロエロ三昧なんて実現するとはとても思えないんだけど!
「何をたわけたことを口走っている?」
「真くん、そういう事は結婚してからじゃないとダメなんだよ?」
「ひくわー」
うん、あれだ。
見知った顔に再会できて擦り切れそうだった精神状態がリバウンドを起こしただけです。だからそんな物騒で心配そうで呆れたような目で見ないでください。泣いちゃいそうです。
だが上手く反応を返せない。
残念ながら俺の視界も心も想像以上に不可思議な白い世界に飲まれている。
一華姉は俺の態度の怪訝さに首を傾げる。
芹香さんは周囲の異常さに気付いたのか両手で口を押さえて呆然としていた。
詩はストレッチを始めていた。なんでだよ。
「……おい、真二。ここは何処だ?」
「真くん……」
「ねぇ……服がないんだけど。どうして私だけ下着なの?」
それはお前が恥という言葉を知らないからだ詩。
顔にかかっていた黒い艶やかな髪を気怠げにかき上げた一華姉は、切れ長の瞳で俺を睨み付けた。
ここが何処か。俺の方こそ先に生まれたあなたに教えてもらいたいよ。
一華姉は力なく首を振る俺を見て眉を寄せ、全男子生徒と一部の女子生徒が憧れる魅惑の赤い唇を噛む。
「一華先輩、私たち家にいましたよね……」
「ふむ。まあ慌てるな芹香。いま状況を確認中だ」
「は、はい」
芹香さんは不安を隠せないのか俺と一華姉に身体を寄せてそのままステイだ。
本当に二人の関係は昔から変わらないな。
白い世界で唯一外界に繋がっている窓に顔を向ける。
一華姉が手を顔にかざし、全く迷いのない動きで眩い光を乱反射させる窓に近づこうとした時に、ジジっという音が聞こえた。
テンプレートなら召喚した異世界の住人との邂逅だ。
様々なパターンを想定して不測の事態に備える。
まずは定番通りに何故か言葉が通じると良いな。
庶民的な願望で申し訳ないけど。
「110番かな、119番かな? あ、でもスマホはリビングにおいたままだったよ」
オロオロしているかと思えば妙なところで冷静だな。
芹香さんの言葉を聞いてポケットを確認する。
スマホどころかか財布もない。鞄もない。
どうやらチートはお預けらしい。
半裸の詩には何も期待はしない。
真っ先に調べていたのだろうか、一華姉は耳を澄ませて足を止めたまま悠然と腕を組んで何やら思考中だった。
しばらく待っても何も起きず誰も来ない。
「目が痛い」
詩が目を押さえて呻く。
白い世界というのは目に刺さるな。
どうやら経緯は特殊で分かりづらいが、贔屓目に見て俺たち四名は、場所はともかく拉致監禁されたらしい。
≪ゲーム会場にメンバーが揃ったことを確認いたしました≫
突然、部屋に声が響き渡る。
抑揚がどこか独特の合成音声だ。ボカロか? なんとなくしましま柄の詩を見てしまったのはご愛敬だ。
≪ただいまよりチュートリアルを開始します≫
それが始まりの合図だった。
≪尚、この放送はライブではないため、ご質問等はお受けできませんことをあらかじめご了承ください≫
何か声を上げようとする詩を一華姉は手で制する。
≪また、チュートリアルは今回のみとなります。聞き逃しのないようにご注意ください≫
危ないところだった。
お互いが息を殺して目配せしあう。
気心の知れた集まりで何よりだ。こういう場合往々にしてヒステリックに悪態をついたり泣き出したりして事態をややこしくする奴が現れる。
そして最初に命を落とす。
この意味不明の拉致監禁劇がどんな展開を望んでいるのか不明だが、初めの一歩でつまずくことは回避できた。
≪それでは、改めましてチュートリアルを開始します。まずはお手元のタブレットをご覧ください≫
白い床に誰も気付かない内にB5サイズのタブレットが鎮座していた。
一華姉が眉をひそめて拾い上げる。
≪現在あなた方は約100キロの広さのある森に建てられた建物の中にいます≫
タブレットに映された緑色の地図上で白い光が点滅する。
画面一杯が緑色なので地図としては役に立たなさそうだな。
タブレットには、日頃見慣れた電波を示すマークもバッテリー表示もない。
今回のために作られた特別製らしい。それだけで金がかかっていると言うことが分かる。感心より呆れが強い。
手間のかかることを。
だが、時間だけは表示されていた。
午後を示す13:38。
≪建物の広さは80平米。少しゆったりとした3LDKクラスです≫
ただの四角の箱の中だから表現としてはワンルームだ。キッチンもない。
≪今後はこの場所を家と呼称します≫
一区切りずつ。声は説明を続ける。
さすがに不安になったのか耳を澄ませている詩がいつの間にか近付いていて、俺の服をつまんでいる。下着姿だからこの良い匂いは素肌からなのか。女子の七不思議だな。
ま、これくらいは許してくれよ、友也。
一華姉が責任を持って元の世界に帰してくれるから。
隣では眉をしかめた一華姉に眉尻を下げた芹香さんがくっついている。
≪家を中心に10キロ離れた場所に出口を用意しています。ただし、方角は不明です≫
点滅する光りを中心に赤い円が描かれる。
10キロか。徒歩で3時間強。
≪出口を見付け触れることでゲーム攻略となります。その時点で元の生活に戻ることが可能です≫
再三聞こえてはいたが、この拉致監禁劇がゲームと認識できた。
少なくともゴールが有り、終わりがある。元の世界に帰還することも可能なのだ。ほっとする。いわゆるひとつの脱出ゲームという奴だ。
なるほど。この赤い線上を歩けば脱出が叶うと言うわけか。
だけど、だとすれば疑問が残る。
最大で約60キロの探索だが歩きづめで20時間。
いや、常識的に計算すれば、夜は身動きを取れないし、何かと明言されていない目標物を見逃す危険性があるから、日の出ている時間を使用して2日。
同様のタブレットが各自に手に入りGPSが搭載されていれば、四人で手分けをすれば半日もかからず見付けることが可能で、それほど難しいミッションではない。
簡単すぎる。それが疑問だ。
もちろん、これだけ摩訶不思議で大がかりな舞台を設えて、そんな簡単な試練を用意するわけはないだろうな。
≪ただし、森には凶暴なモンスターが放たれていますのでお気をつけください≫
森に赤い点が無数に表示された。
ほらな。
半日どころか数分も森の中にはいられない数だ。
だけど、なんだろう。刀の一本もあれば野生の動物くらいなら一華姉が屠りそうな雰囲気がある。
だからだろうか、それほど悲壮な雰囲気には陥らなかった。
過大な期待を背負わせて申し訳ない限りだが、責任は無駄にオーラを放っている一華姉に帰結している。
≪また、ご希望の方のために救済措置を設けさせていただきました≫
徒手空拳で特攻をさせるつもりはないらしい。
≪お手元のタブレットをご覧ください≫
タブレットの画面が切り替わり現在のポイントという文字が白く浮かび上がる。
≪ポイントを使用して商品を購入することで、このゲームを有利に進めることが可能となります≫
ネットショッピングだ。様々な役に立ちそうなアイテムが表示され、武器や防具の他にスキルだなんて物まである。
きましたテンプレート。
≪現在のポイントは0ポイントです≫
ぬか喜びをさせるところまでテンプレートか。
最初はお試しに何点か付与しておく物じゃないか?
まあ、初っぱなからチャージが必要ということか。
これはRPG風に言うならモンスターと戦ったりクエストをクリアすることで経験値かポイントが得られるという仕組みだな。
こんな時になんだけど冒険活劇に夢が広がりワクワクと胸が躍る。
ただし同時に嫌な予感もする。
こんな性悪な企画を思い付くやつの考えるポイントチャージなんて碌な物じゃないとしか思えない。
お互いの疑心暗鬼を煽るような悪辣な無理難題を吹っ掛けて、モニター越しに高笑いでもしている、そんなくそったれな場面しか思い浮かばない。
同様のことを想像しているに違いない一華姉は剣呑な目付きでタブレットを睨み付けていた。
≪ポイントチャージの方法は――≫
息を飲む。
≪セックスとなります≫
ほらな。
……、……、……。
え? ちょっと待って。ホント、待ってくれ。何て言った? いま何て言った? 俺の聞き間違いか?
日常会話では聞き慣れない、だけど、良く目にする言葉だった気がするが。
周囲を確認するとポカンと皆が同じような顔で口を開けていた。
≪セックスはしっかりと膣内に射精するまでをセックスとします≫
なんだその家に帰るまでが遠足ですみたいな決まり事は。
あまりセックスセックス言わないでくれ。
性教育はあまりすすんでいないお国柄なんだよ。
一時停止機能なんてない。最初に宣言されたようにリピート機能もない。
だが、聞き間違いでないトンデモなチャージ方法が宣言された。
ピー音で消されても困るが、卑猥な言葉に顔を赤くしたりいずれ訪れる事態を想像して青くしたり、三人の反応は様々だ。
≪他の部位を使用した射精につきましては、別途のポイントとなりますのでご注意ください≫
タブレットに卑猥な内容の白い文字が浮かぶ。
セックス(膣内射精) → 10ポイント。
口内射精、アナル内射精、乳房内射精 → 2ポイント。
その他部位射精 → 1ポイント。
これはもう本番以外はおまけですみたいな適当さを感じる配点表だな。
アレだ、男の射精=ポイントと言うことだ。
倍率が違うのはそれを何処で出すかの違いだけ。
≪また、日を跨いで連日の同じ相手とのセックス及びポイントチャージは無効とさせていただきます≫
一人を生け贄にすることを防ぐためか?
同じ相手って、男は俺しかいないんだが?
いやいや。
つまりこの救済措置とやらに頼るということは、最低でも二人とのセックスが確約されることになる。
ここで俺はどんな顔をすればいい?
こんな場面でゲスにニヤつけるだけの厚顔さを持ち合わせていない俺は。
だれか模範解答をカンニングさせてくれ。
だって考えてもみてくれ。ここに集まったメンバーの顔ぶれを。
副担任で人妻の実の姉に、兄嫁という立場の義理の姉、その妹だけど義姉で親友の彼女だぞ?
これなら赤の他人がいた方が何百倍もマシだ。
希望通りに美女や美少女とエロエロ三昧が用意されているけど何かが違う。
神様、チェンジは可能ですか?
二度と現世には帰還できないというなら割り切りもできるだろう。
だけど帰還前提。関係は継続して変わらないんだ。出来るか! そんな不埒なこと。
だれと関係を持ってもハズレじゃないか!
ほらみろ。皆、一斉に俺から目を逸らしたよ。
詩もさりげなく体を離して距離を取っている。
救済措置とやらは使わない方向でお願いします。
使わなくてもなんとかなる難易度であることを祈るしかない。
主に一華姉の頑張りに期待をかけます。
≪最後となりましたが、召喚されたプレイヤーの元世界での社会復帰を円滑に進めるために、ゲーム会場での時間経過は約1000分の1に短縮されます≫
いやいや、円滑に進めたいならチャージ方法の方こそ見直すべきだろうが!
ここで誰かを抱いて以前と同じ生活に円滑に戻れるか!
≪おおよその計算では、ゲーム会場での3年が元の世界の1日となります≫
3年過ごして1日とか、なにその特殊相対性理論。あ、逆か。
問題は時間じゃない。
いや、もちろん、社会復帰するためには必要な措置だろうけど、そうじゃない。
≪以上でチュートリアルを終了します。この時をもちましてゲームスタートとなります。皆様の健闘を祈ります≫
終わるな! 祈るな! 待てコラ!
張りつめた雰囲気を残して声はあっさりと消えた。
責任者がいるなら呼んで欲しい。
あとこの空気を攪拌できるクリーンキーパーもな!
まるで雲の中に迷い込んだような白さだ。
白い壁に白い床、白い天井は陽の光を透けさせているのか薄ぼんやりと光っている。
長時間見ていると目が痛くなるような空間は、壁に窓らしき枠があり光が差し込んで影を落としていなければ部屋だと気付かないくらいに異常な造りだ。
格子状の窓の向こうはまぶしい光で遮られていて確認できない。
白だけのコントラストで出来上がった3Dレンダリングのような世界。
俺はいつの間にか、その奇妙な部屋に立っている。
「冗談だろ神様」
進路希望アンケートには異世界転生と記入はしたけど無記名だ。あえて名前は書かなかった。内容が内容だけに。
だから法的効力皆無な上に、卒業後の進路希望であって今すぐなんて書いちゃいないぞ? 今すぐにでもあればいいなとは思っていたけど。
出来ることならやり直しを要求したい。
クーリングオフはどこに連絡すれば良いんだ?
……いや、とにかく落ち着こう。
ここが異世界だなんて妄想はこれくらいにしよう。
うん、あれだ。
俺は多分一華姉から貰ったゲンコツで気絶をしたのだ。
夢オチなんてくだらない結末で大変申し訳ない。
ゴツンとゲンコツが落とされた。
「おい、真二」
「真くん?」
「真二くん」
姉三人が後ろにいた。
やれやれ神様。内密だけど俺が異世界に行きたい理由というのを察してくれていないのか。
異世界転移に出来れば顔を合わせたくないと願う姉三人同伴とはまたやりにくいことこの上ないな。というかここが何処なのか不明だけど場所が変わっただけで状況に変化がないぞ?
変えたいのはその状況だというのに。
これじゃあ例えこの場所が異世界でも美女や美少女とエロエロ三昧なんて実現するとはとても思えないんだけど!
「何をたわけたことを口走っている?」
「真くん、そういう事は結婚してからじゃないとダメなんだよ?」
「ひくわー」
うん、あれだ。
見知った顔に再会できて擦り切れそうだった精神状態がリバウンドを起こしただけです。だからそんな物騒で心配そうで呆れたような目で見ないでください。泣いちゃいそうです。
だが上手く反応を返せない。
残念ながら俺の視界も心も想像以上に不可思議な白い世界に飲まれている。
一華姉は俺の態度の怪訝さに首を傾げる。
芹香さんは周囲の異常さに気付いたのか両手で口を押さえて呆然としていた。
詩はストレッチを始めていた。なんでだよ。
「……おい、真二。ここは何処だ?」
「真くん……」
「ねぇ……服がないんだけど。どうして私だけ下着なの?」
それはお前が恥という言葉を知らないからだ詩。
顔にかかっていた黒い艶やかな髪を気怠げにかき上げた一華姉は、切れ長の瞳で俺を睨み付けた。
ここが何処か。俺の方こそ先に生まれたあなたに教えてもらいたいよ。
一華姉は力なく首を振る俺を見て眉を寄せ、全男子生徒と一部の女子生徒が憧れる魅惑の赤い唇を噛む。
「一華先輩、私たち家にいましたよね……」
「ふむ。まあ慌てるな芹香。いま状況を確認中だ」
「は、はい」
芹香さんは不安を隠せないのか俺と一華姉に身体を寄せてそのままステイだ。
本当に二人の関係は昔から変わらないな。
白い世界で唯一外界に繋がっている窓に顔を向ける。
一華姉が手を顔にかざし、全く迷いのない動きで眩い光を乱反射させる窓に近づこうとした時に、ジジっという音が聞こえた。
テンプレートなら召喚した異世界の住人との邂逅だ。
様々なパターンを想定して不測の事態に備える。
まずは定番通りに何故か言葉が通じると良いな。
庶民的な願望で申し訳ないけど。
「110番かな、119番かな? あ、でもスマホはリビングにおいたままだったよ」
オロオロしているかと思えば妙なところで冷静だな。
芹香さんの言葉を聞いてポケットを確認する。
スマホどころかか財布もない。鞄もない。
どうやらチートはお預けらしい。
半裸の詩には何も期待はしない。
真っ先に調べていたのだろうか、一華姉は耳を澄ませて足を止めたまま悠然と腕を組んで何やら思考中だった。
しばらく待っても何も起きず誰も来ない。
「目が痛い」
詩が目を押さえて呻く。
白い世界というのは目に刺さるな。
どうやら経緯は特殊で分かりづらいが、贔屓目に見て俺たち四名は、場所はともかく拉致監禁されたらしい。
≪ゲーム会場にメンバーが揃ったことを確認いたしました≫
突然、部屋に声が響き渡る。
抑揚がどこか独特の合成音声だ。ボカロか? なんとなくしましま柄の詩を見てしまったのはご愛敬だ。
≪ただいまよりチュートリアルを開始します≫
それが始まりの合図だった。
≪尚、この放送はライブではないため、ご質問等はお受けできませんことをあらかじめご了承ください≫
何か声を上げようとする詩を一華姉は手で制する。
≪また、チュートリアルは今回のみとなります。聞き逃しのないようにご注意ください≫
危ないところだった。
お互いが息を殺して目配せしあう。
気心の知れた集まりで何よりだ。こういう場合往々にしてヒステリックに悪態をついたり泣き出したりして事態をややこしくする奴が現れる。
そして最初に命を落とす。
この意味不明の拉致監禁劇がどんな展開を望んでいるのか不明だが、初めの一歩でつまずくことは回避できた。
≪それでは、改めましてチュートリアルを開始します。まずはお手元のタブレットをご覧ください≫
白い床に誰も気付かない内にB5サイズのタブレットが鎮座していた。
一華姉が眉をひそめて拾い上げる。
≪現在あなた方は約100キロの広さのある森に建てられた建物の中にいます≫
タブレットに映された緑色の地図上で白い光が点滅する。
画面一杯が緑色なので地図としては役に立たなさそうだな。
タブレットには、日頃見慣れた電波を示すマークもバッテリー表示もない。
今回のために作られた特別製らしい。それだけで金がかかっていると言うことが分かる。感心より呆れが強い。
手間のかかることを。
だが、時間だけは表示されていた。
午後を示す13:38。
≪建物の広さは80平米。少しゆったりとした3LDKクラスです≫
ただの四角の箱の中だから表現としてはワンルームだ。キッチンもない。
≪今後はこの場所を家と呼称します≫
一区切りずつ。声は説明を続ける。
さすがに不安になったのか耳を澄ませている詩がいつの間にか近付いていて、俺の服をつまんでいる。下着姿だからこの良い匂いは素肌からなのか。女子の七不思議だな。
ま、これくらいは許してくれよ、友也。
一華姉が責任を持って元の世界に帰してくれるから。
隣では眉をしかめた一華姉に眉尻を下げた芹香さんがくっついている。
≪家を中心に10キロ離れた場所に出口を用意しています。ただし、方角は不明です≫
点滅する光りを中心に赤い円が描かれる。
10キロか。徒歩で3時間強。
≪出口を見付け触れることでゲーム攻略となります。その時点で元の生活に戻ることが可能です≫
再三聞こえてはいたが、この拉致監禁劇がゲームと認識できた。
少なくともゴールが有り、終わりがある。元の世界に帰還することも可能なのだ。ほっとする。いわゆるひとつの脱出ゲームという奴だ。
なるほど。この赤い線上を歩けば脱出が叶うと言うわけか。
だけど、だとすれば疑問が残る。
最大で約60キロの探索だが歩きづめで20時間。
いや、常識的に計算すれば、夜は身動きを取れないし、何かと明言されていない目標物を見逃す危険性があるから、日の出ている時間を使用して2日。
同様のタブレットが各自に手に入りGPSが搭載されていれば、四人で手分けをすれば半日もかからず見付けることが可能で、それほど難しいミッションではない。
簡単すぎる。それが疑問だ。
もちろん、これだけ摩訶不思議で大がかりな舞台を設えて、そんな簡単な試練を用意するわけはないだろうな。
≪ただし、森には凶暴なモンスターが放たれていますのでお気をつけください≫
森に赤い点が無数に表示された。
ほらな。
半日どころか数分も森の中にはいられない数だ。
だけど、なんだろう。刀の一本もあれば野生の動物くらいなら一華姉が屠りそうな雰囲気がある。
だからだろうか、それほど悲壮な雰囲気には陥らなかった。
過大な期待を背負わせて申し訳ない限りだが、責任は無駄にオーラを放っている一華姉に帰結している。
≪また、ご希望の方のために救済措置を設けさせていただきました≫
徒手空拳で特攻をさせるつもりはないらしい。
≪お手元のタブレットをご覧ください≫
タブレットの画面が切り替わり現在のポイントという文字が白く浮かび上がる。
≪ポイントを使用して商品を購入することで、このゲームを有利に進めることが可能となります≫
ネットショッピングだ。様々な役に立ちそうなアイテムが表示され、武器や防具の他にスキルだなんて物まである。
きましたテンプレート。
≪現在のポイントは0ポイントです≫
ぬか喜びをさせるところまでテンプレートか。
最初はお試しに何点か付与しておく物じゃないか?
まあ、初っぱなからチャージが必要ということか。
これはRPG風に言うならモンスターと戦ったりクエストをクリアすることで経験値かポイントが得られるという仕組みだな。
こんな時になんだけど冒険活劇に夢が広がりワクワクと胸が躍る。
ただし同時に嫌な予感もする。
こんな性悪な企画を思い付くやつの考えるポイントチャージなんて碌な物じゃないとしか思えない。
お互いの疑心暗鬼を煽るような悪辣な無理難題を吹っ掛けて、モニター越しに高笑いでもしている、そんなくそったれな場面しか思い浮かばない。
同様のことを想像しているに違いない一華姉は剣呑な目付きでタブレットを睨み付けていた。
≪ポイントチャージの方法は――≫
息を飲む。
≪セックスとなります≫
ほらな。
……、……、……。
え? ちょっと待って。ホント、待ってくれ。何て言った? いま何て言った? 俺の聞き間違いか?
日常会話では聞き慣れない、だけど、良く目にする言葉だった気がするが。
周囲を確認するとポカンと皆が同じような顔で口を開けていた。
≪セックスはしっかりと膣内に射精するまでをセックスとします≫
なんだその家に帰るまでが遠足ですみたいな決まり事は。
あまりセックスセックス言わないでくれ。
性教育はあまりすすんでいないお国柄なんだよ。
一時停止機能なんてない。最初に宣言されたようにリピート機能もない。
だが、聞き間違いでないトンデモなチャージ方法が宣言された。
ピー音で消されても困るが、卑猥な言葉に顔を赤くしたりいずれ訪れる事態を想像して青くしたり、三人の反応は様々だ。
≪他の部位を使用した射精につきましては、別途のポイントとなりますのでご注意ください≫
タブレットに卑猥な内容の白い文字が浮かぶ。
セックス(膣内射精) → 10ポイント。
口内射精、アナル内射精、乳房内射精 → 2ポイント。
その他部位射精 → 1ポイント。
これはもう本番以外はおまけですみたいな適当さを感じる配点表だな。
アレだ、男の射精=ポイントと言うことだ。
倍率が違うのはそれを何処で出すかの違いだけ。
≪また、日を跨いで連日の同じ相手とのセックス及びポイントチャージは無効とさせていただきます≫
一人を生け贄にすることを防ぐためか?
同じ相手って、男は俺しかいないんだが?
いやいや。
つまりこの救済措置とやらに頼るということは、最低でも二人とのセックスが確約されることになる。
ここで俺はどんな顔をすればいい?
こんな場面でゲスにニヤつけるだけの厚顔さを持ち合わせていない俺は。
だれか模範解答をカンニングさせてくれ。
だって考えてもみてくれ。ここに集まったメンバーの顔ぶれを。
副担任で人妻の実の姉に、兄嫁という立場の義理の姉、その妹だけど義姉で親友の彼女だぞ?
これなら赤の他人がいた方が何百倍もマシだ。
希望通りに美女や美少女とエロエロ三昧が用意されているけど何かが違う。
神様、チェンジは可能ですか?
二度と現世には帰還できないというなら割り切りもできるだろう。
だけど帰還前提。関係は継続して変わらないんだ。出来るか! そんな不埒なこと。
だれと関係を持ってもハズレじゃないか!
ほらみろ。皆、一斉に俺から目を逸らしたよ。
詩もさりげなく体を離して距離を取っている。
救済措置とやらは使わない方向でお願いします。
使わなくてもなんとかなる難易度であることを祈るしかない。
主に一華姉の頑張りに期待をかけます。
≪最後となりましたが、召喚されたプレイヤーの元世界での社会復帰を円滑に進めるために、ゲーム会場での時間経過は約1000分の1に短縮されます≫
いやいや、円滑に進めたいならチャージ方法の方こそ見直すべきだろうが!
ここで誰かを抱いて以前と同じ生活に円滑に戻れるか!
≪おおよその計算では、ゲーム会場での3年が元の世界の1日となります≫
3年過ごして1日とか、なにその特殊相対性理論。あ、逆か。
問題は時間じゃない。
いや、もちろん、社会復帰するためには必要な措置だろうけど、そうじゃない。
≪以上でチュートリアルを終了します。この時をもちましてゲームスタートとなります。皆様の健闘を祈ります≫
終わるな! 祈るな! 待てコラ!
張りつめた雰囲気を残して声はあっさりと消えた。
責任者がいるなら呼んで欲しい。
あとこの空気を攪拌できるクリーンキーパーもな!
0
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】
うすい
恋愛
【ストーリー】
幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。
そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。
3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。
さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。
【登場人物】
・ななか
広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。
・かつや
不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。
・よしひこ
飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。
・しんじ
工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。
【注意】
※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。
そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。
フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。
※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。
※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる