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第3話 胸を張れ! 美しさは姿勢から!
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翌日、街を出発して4時間ほど歩き続けた辺りで、ディアナの表情に陰りが見え始めた。
歩き通しで疲れたのかな?
歩けど歩けど樹木と畑ばかりの、のんびりとした田舎風景の連続で変化が無いから徒労感が増しているのかもしれない。
「ディアナ、もうすぐ見えてくる街で宿を取るから、もう少し頑張って」
「いや少年、私は疲れてなどいないが……待て、宿だと?」
ディアナは綺麗な眉を八の字にした訝しげなお顔になる。
表情に少し色気が混じっているのは汗ばんだ肌が艶めかしいから?
それとも昨日の目くるめくペッティングでも思い出したのかな? 可愛らしい。
感度抜群の神聖な胸を顔に押し当てられて眠った記憶を反芻して幸せな気分に浸ってしまう。
隣街が見えてくると、その表情は何かを我慢するような苦悶に変わる。
昨日は勢いづいて張り切ったけど、一晩たって落ち着いて、夜のお相手という任務に葛藤が生まれたのかもしれない。
胸はなくとも乙女だからね!
「宿を取る前に冒険者ギルドに寄るよ。なにかお手軽な依頼があれば路銀の足しにしたい」
「……少年、これは決してお前の指示に逆らうわけではないのだが」
あと数メートルで街に入るという場所で立ち止ると、デイアナは絞り出すようにそう切り出した。
そのまま黙り込み、思いつめた様子で俯いてしまう。
「なにか質問?」
宿と聞いて心を乱したみたい。
口では平気そうだったけど、やっぱり貞操の危機に怖気づいたのかな?
でも安心して、僕は紳士だから覚悟が決まらない女子を無理矢理襲ったりしないから。なんていうのは僕の方にこそ覚悟ができていない言い訳なのかも。
受付嬢の薄ら笑いがフラッシュバックして大変気分が悪い。
「思っていることは言ってほしい。長旅なんだからいちいち気を使っていたら疲れちゃうよ」
「そうか。優しいな少年は」
デイアナは唇で少しだけ笑う。お姉さんじみた態度にほっこりする。
「では、言わせてもらおう。少年、豊胸の森に向かうにしては、方向を間違っていないか?」
想定外の質問だった!?
言いにくそうにしていたのは、僕に恥をかかせないため?
宿に泊まると聞いて悩んだ顔をしたから勘違いしちゃったよ!
「やはり、気分を害してしまったか……いや忘れてくれ、例え道を間違っていたとしても、指示に従うと決めたのは私なのだ。少年には何か深い考えがあるのだと自分を納得させる」
そんな指示に従わないで!
妙な所で深慮遠謀を期待されても迷惑だから!
「待って待って、道は間違っていないよ!?」
「分かっている」
言い訳なんてしなくても私はお前の指示に従うのだから安心しろという、妙に生暖かい目で見ないでほしい。
平面的に見れば、目指すべき地は南東にある。西に向かって進むのは、中央にそびえる山脈を迂回する為だ。
これは、もしかすると旅の経路を誤解をしているな?
依頼料が相場より遥かに安かった件が頭をよぎる。
「ディアナ、豊胸の森まで歩いてかかる日数を知ってる?」
「馬鹿にするな。二十日程度だ。これでもちゃんと調べたのだ」
胸を張るドヤ顔が凛々しくて可愛らしい。
だけど、回答はへっぽこだった。
二十日って。
考えることから逃避するように視線は南にそびえる山に向く。上の方にはうっすらと雲がかかっていて幻想的だ。
あれを踏破するつもりだったのか。
痛くなってきた頭を守るように額を指で押さえる。
何をちゃんと調べたんだろう? 女冒険者の格好の割に世間知らずな面がある女子だった。
「それはあの山を横断したときの日数だよ」
指した指の先を見て、ディアナはキョトンと無防備な顔をする。
「更に言うなら、無理無茶無謀のかなりの強行軍」
ポカンと口を開けたお顔が無防備で可愛らしい。
美人というのは間抜けな顔にも愛嬌があってお得だった。
「山越えルートは、訓練を受けた複数人の冒険者ならまだしも、僕たちでは体力的にも精神的にも辛くて、脱落は目に見えているよ」
確実に到着を目指すなら、左回りに迂回が正しい。
ディアナは次第に困惑の表情になる。
「大きく迂回することになるけど、西に向かって海沿いを南下して東に回り込むルートで目的地には辿り着ける。危険は少ないし、無事に到着する可能性としては極めて高くなる」
「なん……だと……」
ディアナは言葉を失っていた。やっぱり誤解していたか。
「そうだったのか……すまない。少年を疑うようなことを言ってしまって」
ディアナは深く項垂れた。
依頼料はこの影響だな。平坦な道を二十日の行程ならそのくらいの料金なのかもね。
「それに深い森や山には亜人が多く住んでるって話だから、僕一人じゃディアナを守り切れないよ」
空気が重くなっちゃうのもあれなので、気にしないでと元気づけておく。
比較的とはいえ安全な道があるのだから、わざわざ火中の栗を拾うこともない。
「価値のない私を守ってくれるというのか、ふふ、だが心配は無用だ」
疑われた事で怒っていないと分かってくれたのか、ディアナは顔を上げるとキラキラと群青色の目を輝かせる。
「少年、私はこれでも剣に多少心得がある」
ディアナはマントの下を握った剣でふくらませて、噛みつかんばかりの勢いで顔を寄せてきた。
勢いよく動いたためにハラリとマントが捲れるが、下は街を出る前にしっかりと着込んでもらったから問題なしだ。
ちょっともったいない気もするけど、お腹を冷やすのはご法度なので我慢しよう。
ほんのりと甘い匂いが鼻孔をくすぐる。真近で見ると美貌が際立って息が詰まる。昨晩抱きつかれたままベッドで寝てしまった光景を思い出して、また幸せな気分に浸ってしまった。
剣の修行は重労働だ。度が過ぎると余計な筋肉もついてしまうしマイナスが大きいので遠慮してもらわないと。
「それにいざとなれば、私を囮に使えばいい」
さも妙案という態度でデイアナは両手を腰にあてて胸を張った。
何を言い出すかと思えば。
護衛対象を生贄にする真似なんて願い下げだよ! 仕事放棄も甚だしいよ! 僕の仕事はディアナの護衛!
本気で口にしているところがポンコツ具合を光らせている。
深呼吸をして、やれやれと首を振る。
日が高いうちに遭遇する戦闘だけが問題じゃないんだよね。
異世界といえども陽が沈むと夜が来る。
「……僕は二十日も寝ずの番をするほど酔狂じゃないよ」
森の深い場所は亜人の住処で別世界。夜になったら更に危険度を増す別世界。
当然、見張りをせずに夜を明かすなど到底不可能。
護衛は1人しかいないのだから、必然的にどちらかが寝ないで警戒することになる。
「亜人は人を襲う。……亜人に捕獲されたら女としては辛い目に合うのは想像できるでしょ?」
ゴブリンもどきの亜人と呼ばれる異質な化物は何故か人間の女に欲情をする。
悲惨な話もチラホラと冒険者ならば聞いているはずだ。
レイプというだけで心身に深い傷を残し、犯される相手が人外という事実が更に塩を擦り込んでくる。
一説には、捕獲した女を使って繁殖をする個体もいるという。
遺伝子学的な常識を打ち破るファンタジーだけど、亜人の子供を産まされるなんて女にとっては絶望に近い耐え難い経験になるに違いない。
「ふ……その点は心配いらぬ。女と見れば見境もなく犯しに来る亜人ですら貧乳の国の女は避けて通ると言われているからな」
ドヤ顔で胸を張られた。自虐が痛すぎる。そんなことで神聖な胸を使わないで欲しいというのが本音。
知能の低い亜人が胸のサイズで女を選り好みするとは思えないけど、男ならば殺され食われることと比べれば、地獄が待っていることに変わりはない。
若く美くしい女が胸のサイズ程度を理由に襲われないなど人の間だけの価値観だと思うけどね。
おっぱいは平等なのです。
「ディアナに夜のお相手を所望する人間の男がここにいるよ? 亜人にいても決しておかしくはないと思うけど」
「少年! 言葉に気をつけろ……」
ディアナは血相を変えて周囲を窺う。
街の入口付近で行き交う人も多いから、さすがにデリカシーが足らなかったな。素直に反省しよう。
「こんな出来損ないの女に欲情するなどと世間に知られれば少年の将来に関わるではないか」
ディアナは誰かに聞かれなかったかと疑心暗鬼になって目を泳がせた。
女が立たないと思い込んている分、男を立ててくる。形はどうあれ献身の塊だった。
この性格ならメイドとか従者として重宝されそうだ。
「まったく……事なきを得たな。少年には慎重さが欠如している」
人前で胸を丸出しにする痴女に言われたくない台詞だけど、僕の身を案じてのことだから聞き流そう。
「それで少年、改めて聞きたいのだが、豊胸の森まではどの程度かかるのだ?」
「早くても一月半、予定では到着まで2ヶ月ほどの予定」
「そ、そうか、2ヶ月……か」
ディアナは両の手をそれぞれ握りしめた。一刻も早く、豊胸の森に。そう目は語る。
素直に顔に出るタイプらしい。
遠足に心を躍らせる子供のようで、たいへん微笑ましい。
「何を笑う……。男のお前にはわからぬのだ。胸の大きさだけで女の価値が測られる、持たざるものの屈辱をな。そのような恥辱から脱したいと乙女が思って何が悪い」
唇を尖らせて拗ねちゃった。
「焦って怪我でもしたら元も子もないよ」
急がない理由は他にもあるけどね。
「くっ……だが、すでに依頼を待つ間に相当時間を無駄にしたのだ。少年は知らないだろう? 胸の成長は若い内だけなのだ。万が一豊胸の森の効果に年齢制限があるとすると万事休す。私もじきに19になる。もう峠はこえているのだ」
あ、同じ歳なんだ。親近感がぐっと上がるけど、身長差とか見た目とか僕のコンプレックスを抉る異世界事情を呪いたい。
女の胸の成長は一般的に第二次性徴期に起こるけど、時期が過ぎたからといって成長しないわけではない。
「隣国の豊満な女に囲まれた、貧乳の国の女は価値が一段も二段も低い。まともな結婚も怪しい。生活するために身体を売ろうにも客がつかん。奴隷となっても伽など要望はなく、労働力としても男よりも力がない役立たずの底辺なのだ」
貧乳に人権が無いって本当なんだな。当人が語るとリアリティが半端ない。
「急がば回れだよ、ディアナ」
「なんだそれは?」
「僕の故郷の諺」
「……昨日聞いた習わしと良い、少年の故郷は色々と興味深いな」
はて? 何のことだろうと考えて、昨日のディアナとのやり取りを思い出す。
残り物には福がある。もしかして、僕は依頼票を差したのだけどディアナに取っては自分のことだと捉えたの? とんだ掛詞で失礼なことを口にしていたみたい。
小さな胸を残り物だなんて! おっぱいの神様、懺悔します。
「どうしたのだ、故郷を思い出して寂しくなったのか? だとしたら申し訳ない」
「……いいから、街に入ろう」
ディアナを促すと渋々と止めていた足を動かし始めた。
*
「……それで、どうして受付嬢がここにいるの?」
「あらあらケイスくん、決まってるじゃないですかぁ。ここが冒険者ギルドで」
受付嬢は冒険者ギルドを讃えるように大きく腕を広げる。
「私が冒険者ギルド受付嬢だからですよぉ」
なにか哲学的な言い回しをした受付嬢は、目を閉じて豊かな胸元にそっと清楚に両手を当てた。
森で迷って彷徨った挙げ句、元の場所に戻ってきたような脱力感に捉われてしまう。
なんというデジャヴュ。
後ろに控えるように立っていたディアナもさすがに目を丸くしていた。
ホームにしている冒険者ギルドに比べると間取りが少し広く、まばらにだけど冒険者の姿もある。明らかに別の建物。
元の街に戻ってきた訳じゃないのに、見慣れたキュートで意地悪な受付嬢に出迎えられた。
世の中に、そっくりさんは3人いるって俗説だけど、受け答えから昨日冒険者ギルドで会った口の悪い受付嬢本人だ。
「遅いですよケイスさん。女性を待たせるなんてマナー違反ですよ?」
「約束をしたつもりはないんだけど……」
どうしてデートの待ち合わせをしていたみたいな言い回しなの!?
「そうだぞ、少年。あのような立派な胸の女に対して無礼だと知れ」
胸の大きさで待遇を変えろと非常識な説教をされた。というか、状況を受け入れるのが早いな!
移動した先の冒険者ギルドに先回りをして待ち構えていたストーカー受付嬢の行為に不審を抱かないところが一周回って怖い。
確かに馬でも使えば出勤可能だな。
ある程度の規模の街に存在する冒険者ギルドはチェーン店みたいなものだから、掛け持ちで勤務していてもおかしくはない。おかしくはないけど。
これも大幹部を親にした力技なのかも。
「これといってお勧めの依頼はありませんねぇ……あ、1つありました」
頼んでもいないのに、短時間の労働まで選び出す。どこまで僕たちのことを知っているのか怖いんですけど。
「料金は少なめですけど、どうします?」
色々と言いたいことはあるけれど、まずは目先のお金だ。差し出された依頼票に目を落とす。
「これは……」
標された依頼内容に興味が湧く。
まさに天から降ってわいたようなお仕事だった。
思わず受付嬢を凝視してしまうと、唇にそっと人差し指を当てるポーズで微笑んでいた。はいはい、分かってるよ。
「宿のお風呂掃除か……」
「宿代の割引が依頼料なので、冒険者の方には人気がないみたいですね」
冒険者にとって宿は寝る所だから素泊まりで十分なので、値段は安いに越したことはない。料金免除ならまだしも割引だと受ける方にメリットがなさすぎる。
お風呂付きというだけで割高だし。
だけど棚からぼた餅だ。
旅の行程で南下が始まれば温泉地が多い地域に入るのでまだまだ先だと思っていたけどとんだ朗報に小躍りしたい気分になる。
「ケイスくん、何をにやにやとしているんですか?」
「せっかくの受付嬢のお勧めだから引き受けるよ」
「……んー?」
受付嬢が首を傾げたあとに手招きをしたので顔を近づける。
「その伸びた鼻の下の長さを察するに、ディアナさんと一緒にお風呂に入るつもりなんですかぁ? 童貞丸出しですねぇ」
耳打ちをするみたいな小声で指摘された。
本当に口の悪い受付嬢だった。
*
依頼を受けて現場に向かう。
街はそこそこ賑わいがある。
僕の一歩斜め後ろを歩くディアナだけど、全身から感じられる自信のなさはその猫背に表れていた。
森のエルフが道に迷って街に出てきてしまったのかと、二度見する道行く人々の注目を集める度にディアナはどんどん俯いていく。
高い身長で目立つ事も心理的に影響しているのかな?
「ディアナ、背筋を伸ばして」
姿勢の悪さは様々なデメリットを誘発する。始まったばかりの長旅に悪影響だ。
「酷いな少年は……私にない胸を張れと命令するのか」
えー、そんな恨めしそうな顔をされるほどのことを言ったかな?
出会った時と同じ黒マントで全身を覆っているのだから、背筋を伸ばした程度で胸の小ささなどバレないよ。
被害妄想もここまで来ると病気だな。
足を止め呆れて眺めていると、観念したのかディアナはため息をついて背筋を伸ばす。
「おっ……」
しゃんと姿勢を正し、凛とした堂々とした佇まいは、陽の光を浴びてキラキラと輝く金髪も美しく、物語に出て来そうな女騎士のように格好が良かった。
黒マントで全身を覆っているのもミステリアスでよく似合っている。
「……見事だね」
「なんのことだ?」
僕の素直な言葉を聞いても、訝しげに眉を寄せる程度にしか反応がない。
罵倒されても褒められることなどなかったのだろう。
今までの不遇の分をしっかりと言葉にして返済してあげよう。
「デイアナは、可愛いいね。ん? 格好いいね、かな?」
「またお前はその目をする……私の体を知っているのだろう? おべんちゃらは依頼内容に入っていないぞ」
そっけなく返される。
焼け石に水だった。重症だった。
「時間がもったいない。はやく移動をしろ、少年」
いつまでも眺めていたいと言う気持ちは、追い立てるようなディアナの言葉で遮られた。
真っ直ぐに伸びた背筋のせいか、足取りも軽くなったようで一安心だ。
5分ほど歩いて到着した、依頼のあった宿の前で建物を見上げる。
「ここで泊まると言ったな、少年」
「そうだよ。お風呂に入れてラッキーだったよ。ゆっくりしよう」
「待て。その件についても聞いていいだろうか?」
中に入ろうとしたら、後ろから服を引っ張られた。
「小休止を入れるのが早すぎではないか? まだ日も暮れていない。いや、指示に従わないわけではないぞ?」
ディアナの言うとおり、無理をすれば次の街まで目指すことは可能かもしれない。
「でも、今から出れば次の街につくのは日が暮れた後になるよ? 夜道は危険だし、到着してから宿が取れなくなると困る」
この世界の道には街灯などないから、夜は月と星の明かりだけ。想像している以上に暗いのだ。
だから、夜は見知った場所でも別世界。
人里からそう離れているわけじゃないから、危険度は低いけど絶対じゃない。
「宿などに泊まらず野営をすれば良いだけではないのか? 人里近くでは亜人も獣も少ない。わざわざ仕事をしなくとも路銀の節約にもなるだろう」
とにかく先に進みたいだな。
まさか、街を飛ばして夜間は野営の提案とはね。
人里近くの夜は亜人や野生動物よりも夜盗に注意しなければならないんだけど。
「不測の事態でもない限り、外で夜を明かすつもりはないよ?」
短期間の移動ならいざ知らず、月単位の長丁場で野営を続けるなど無茶で無謀だ。
「1名の護衛で野営なんて自殺行為に近いし、消耗した体力じゃあ日中の速度にも影響がでる」
やむを得ず1日程度ならまだしも、旅の行程に野営ありきで計画を立てることはしない。
結果的に到着はさらに遅れるから。
「見張りなら、二人で交代で行えるではないか?」
睡眠時間を犠牲にしたコンディシヨンの悪い中で歩いたり、亜人や野盗と対峙など想像もしたくないな。
ただでさえ夜間では視界も悪く、囲まれたら守り切ることは難しい。
難しい表情をしていたのだろう、ディアナはバツが悪そうに口を閉じてしゅんと俯く。
「いや……すまない。指示に従う契約だったな。いまのは忘れてくれ」
ようやく宿に入ることができた。
*
大人が3人くらい使えるお風呂掃除はすぐに終了。
どんな原理でお湯を用意しているのか謎だけど、掛け流し温泉みたいにチョロチョロと流れてくるお湯が徐々にたまっていくのを観察中。
「この時間なら入り放題だって、得したね!」
夕食の後が一般的らしい。2時間程自由にお風呂三昧だ。
気になったのは男湯と女湯という区切りがないこと。時間で分けているらしい。混浴かと思ってちょっぴりドキドキしてしまった。
普段は濡れタオルで体を拭く生活なのでお風呂は本当にありがたい。
南下すれば温泉街がいくつかあるので今から本当に楽しみだ。
「……少年、いくら私の胸が無いとはいえ、男湯の時間にはいるにはいささか抵抗があるのだが」
は?
一緒に入るつもりだったのか。
たしかに今の時間は男湯の時間だ。
清掃中の札を掛けているけど、気にせずに入ってくる男がいるかもしれない。
「無理せず女湯の時間を使えば?」
「女湯に入るのも抵抗があるのだが……」
聞けば同性の豊かな胸を見るのも憎らしいし、見られるのはもっと悔しいらしい。女性の心理は難しい。
「……仕方がない。ざっと汗を流すだけならそう見られることもあるまい」
いい具合にお湯が溜まったのを見てディアナ服を脱ぎ始めた。
ここで脱ぐの!? ちゃんと脱衣所があるのに。
男の視線と女の視線を天秤にかけて、今がマシだと判断したらしい。
胸は昨日の内にバッチリ拝見して堪能したけれど、お風呂と言うことは下半身も丸出しになるから生着替えにドキドキしてくる。
「……少年、出来ればあまり見ないでほしい」
ショートパンツに手をかけた状態で凝視していた僕の視線にたじろいだデイアナは恨めしそうに睨んでくる。
顕になった乙女の柔肌をぼんやり眺めていると顔を赤らめたデイアナが恥ずかしそうに体を隠す。実に萌える!
胸は曝け出せてもそれ以外は恥ずかしいんだな。考えてみれば乙女なのだから当然だった。
どこか抜けているディアナだから気にせずにマッパになって堂々としていると思いこんでいた考えを反省しよう。
だけど、せっかくのお風呂なんだからカラスの行水は困るので却下。
「二十分程でいいから体を温めて。疲労が残らず明日から楽になるから」
「なに……? どうして少年はそんな意地悪を言うのだ……」
なんか、涙ぐんじゃった!?
「はいはいぃ、お邪魔しますよ」
突然声がしたと振り向いたら、受付嬢がタオルで前を隠して現れた。
「あらあら、ケイスくんは服を着たままお風呂に入るんですか?」
タオルで隠されても尚こぼれ落ちそうな見事なおっぱいとくびれが凄い折れそうな細い腰。雪みたいに白い肌。
チラチラと、見え隠れする女の身体に固まってしまう。
どうして受付嬢がここにいる!? まだ仕事中だろ?
というか、それ以前に今から入浴しますよという格好で堂々と現れて、僕たちがいることに驚かないリアクションから察するに、身体を張って僕に嫌がらせをする気満々だ!
全裸を晒して尚、余裕たっぷりに細めた目で見ているから間違いない。
「う、受付嬢!? ど、どうしてここにいるのだ!?」
さっと半裸のディアナが受付嬢の視線から逃れるように僕の背に隠れる。
同性相手にそこまで恥ずかしがらなくても。胸なら昨日見せたのに。
「受付嬢……今は男湯の時間だけど?」
「あれあれぇ? でもディアナさんもいるじゃないですかぁ、お風呂に入る格好の途中みたいですし」
「わ、私は……その……あれだ」
「それにぃ、聞きましたよ? お風呂は夜まで貸し切りだって」
お見通しだった。
本当にこの女は冒険者ギルドのいち受付嬢なのか? 諜報活動を生業とした冒険者の監視員とかじゃないの!?
受付嬢は可愛らしくウインクをしたあと、横髪を指で耳にかける。
濡れないようにまとめられた髪のおかげで普段は見えない、奇麗なうなじに目を奪われる。
それ以前に普段も非常時も見えてはいけない身体の線とか肌とか見えまくっているんだけど。
タオルを押し当てた見事なおっぱいが神々しい。
「……んー、奇遇ですけどこれも何かの縁です。服も脱いじゃいましたし、せっかくだから、一緒に入りましょうか?」
何が奇遇だ、ぜったいわざとだ!
僕とデイアナは別々の意味で「げっ」と下品な声を上げてしまった。
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