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第1話 絶壁もまたひとつの美しさだと思う
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冒険者ギルドの依頼掲示板の前に、見る者の目を奪うけど直視をするには憚られる美貌の女子が、全身を黒いマントで覆って立っていた。
顔立ちから年齢を測るのは得意じゃないけど、多分10代後半。
絹糸が行儀よく整列したような美しい髪が金色に輝いている。
小さめの顔、華奢な肩。180近い長身が、ちょっとだけ羨ましい。
大きめの群青色の強い光を宿す瞳は、古びた依頼票をじっと睨みつけている。
女子以外に人気はない。
閑散とした室内は下がりはじめた気温の影響なのか肌寒く、冬の到来を予告している。
前の依頼が長期にわたり疲れが身体から抜けきらないのか、ここ何日かは寝坊の連続で、昼前という中途半端な時間になってしまった。
併設されている食事処は、昼食の習慣がないため客はおらず、従業員の机の一角に突っ伏して休憩中だ。
近寄りがたい女子が前に立っているので、後方に移動して依頼票が貼られている掲示板を遠目に眺める。
条件の良い依頼は争奪戦だから、目ぼしいものは朝の間に売り切れてしまう。
案の定、取り残された1枚の古びた紙だけが、開け放たれた窓から流れ込む風に煽られて、今にも落ちてしまいそうにひらひらと揺れているだけだった。
つまり、今日も仕事にあぶれたということ。
ダメだな。懐具合に余裕があると緊張感を削がれてしまう。
いっそ自戒のために悪条件の依頼を受けてみるのも一興なのかも。
自然と貰い手のない1枚の依頼票に目が向いた。
「……少年、興味があるようだな」
気配を察したのか、女子は肩越しに胡乱げに細めた目を向けてくる。
齧りつきそうに依頼票を凝視していた態度から、ライバルになると思っていたけれど、まさか探りを入れてくるとは思わなかった。
クエストの受注は早いもの勝ちが不文律。さっさと依頼票に手をかけてくれれば、仕事にあぶれたと言い訳をしてふて寝ができるのに、ままならないです。
「残り物には福がある、というのが僕の故郷の習わしなんだよ」
無視をするのも失礼なので当たり障りのない言葉を返すと、女子は何故か憂いに満ちた苦笑を返してきた。
「なるほど、残り物か、それで興味が湧いたと言うのだな? 少年」
「少年……と呼ばれる歳か微妙なところだけど、だいたいあってるよ」
「そうか……私の見立てに間違いはなかったか」
さすが女子だ。視線に敏感。
残った依頼票の内容は分からないけど、これはもしかすると「一緒にやろうぜ?」的なお誘いの展開なのかも。
美女からのお誘いを期待して少しだけ胸を弾ませてしまう。
「では」
女子はゆっくりと振り返る。横顔でその可憐さは十分に伝わってきていたけれど、正面から見ると人を惑わすニンフのような雰囲気に圧倒される。
耳が尖っていたらエルフと間違えたかもしれない。
だけど、マントの腰のあたりがかすかに膨らんだのを見逃さない。
帯剣している。
男勝りな話し方だなと思っていたら案の定、女冒険者だ。綺麗なお姉さんタイプだけど油断はできない。だって、この世界は世知辛いから。
「こちらに来るがいい」
返事も聞かずに打ち合わせを提示してきた。
ついてくるのを確信しているのか、確認もせずに女冒険者は移動を開始。
ギルドの入口からも半分寝惚けて船を漕いでるカウンターの受付嬢からも見えにくい一角に誘われた。
どうせこの仕事が駄目ならふて寝の予定なのだから、条件だけでも聞くとしよう。低い確率で罠を仕掛けてきているかもしれないけど、天下の冒険者ギルド内だし、そう無茶はしないだろう。
美人局とかいやだなぁ。
「ここに立て」
形の良い綺麗な顎で壁際に行くように促された。この身長差で見下されると綺麗なお顔だからより一層迫力が増す。
え? これ、もしかしてカツアゲ? ここでジャンプさせられるの?
新人冒険者が初めてギルドを訪れたときに絡まれる定番ネタに今更遭遇なの?
剣呑な雰囲気にちょっとビビる。
「よく見るがいい、少年」
僕を壁際に立たせた女子は、閑散とした周囲を素早く確認してから、おもむろにマントの合わせ目を左右に開く。
え? 抜剣!?
まさか、こんな大胆な行動に出るなん……て?
「……え?」
なん……だと?
それは青天の霹靂。ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
日に焼けていない、真っ白い肌が目に焼き付く。
それもそのはず、マントの下はまさかの半裸。女の裸に免疫があまりないから滅茶苦茶たじろいでしまう。
シャツも下着も着ていない、だと?
裸の女体と綺麗なお顔を視線で往復してしまう。
薄ら笑いを浮かべている女子は、僕の反応を織り込み済みらしい。つまり愉快犯!?
罠だ。見てはいけない、見てはいけないなんて考えつつも、どうしても露出した女の白い肌に目が釘付けになる。
だけど、そこには女性の象徴である胸のふくらみはなく、微乳と呼ぶのも申し訳ない平らな胸部があった。
桜の花びらが張り付いたみたいな乳輪。誰にも吸われたことのないような頼りなげな尖り。
控えめに言って、美しい。
駄目だ、目が離せない。これが「一緒にやろうぜ」の条件で報酬の現物支給なら一も二もなく頷いちゃいそう。
例えどんなサイズや形であっても、女性の胸を神聖だと崇め、憧憬の念を持つ僕の信仰心を揺さぶる精神攻撃の一種なの?
驚くべきことに、事前調査は済まされていた。トップシークレットの性癖はどこで漏れたんだろ?
胸の隆起だけで判断すれば男性を疑うけど、胸以外は女性の身体だ。
引き締まった腹筋と腰のくびれ。かすかに浮いたアバラの陰影。
下はショートパンツで、スラリと長い脚が伸びている。
色気というより筋肉質。
女性特有の丸みがあまりないスレンダーな体格だけど、肌の艶はやっぱり女だ。
なまじ顔がいいから胸のなさが際立っている。すごいギャップだ。萌えないわけがない!
いや落ち着こう。それからよく考えよう。これは本当に依頼を一緒にやろうぜのお誘いなのか? 美人局にしては場所が場所だし、今の所怖いお兄さんも出てこない。
……もしかして、公衆の面前で平らな胸部を見せて悦に入るヘンタイ?
何故、冒険者ギルドに痴女がいる!?
変態は万国共通なのか?
「分かったか? 少年」
いえ、意味不明です! 綺麗な身体を見せられて、何を分かれと言われたのか理解に苦しみます。
「どうしておっぱいを見せるの? もしかして、今日は僕の誕生日?」
誰だよ、こんなサプライズを企画したやつは。それとも新手の客引きなのか?
「見ず知らずの少年の誕生日を私が知るわけがないだろうが……察しの悪いやつだな」
マントを開いて女の柔肌を見せつけたままの痴女は、舌打ちをして美しい顔を歪ませた。
どうして貶されたのか意味不明すぎて、納得出来ない。
「私の顔に釣られて声をかけてくる男は多い。だから最初に正体を明かすことにしている。下を着ていないのは、いちいち服をまくったり脱いだりするのは面倒だからだ」
勝手に顔で判断した後で詐欺だの契約違反だのと喚かれるのも懲り懲りだからな。
自嘲気味に痴女はつぶやく。
なるほど、合点がいった。そういうことか。
女の価値は胸の大きさで決まる。
この世界の女の価値は胸の大きさで語られる。
ヒエラルキーの最底辺の地べたを這いずる貧乳女は人間以下の扱いを受ける。
結婚はおろか、娼婦になっても客が付かない。
女と見れば見境無く襲い犯そうとする亜人でさえも、貧乳女には目もくれないという。
一応、知識として共有している。文化の違い、嗜好の違いとして。
だけど、どうしても胸の小さな女子を目の当たりにすると判官贔屓に囚われる。
おっぱいの大きさと形で差別などしないけど、コンプレックスに悩む女子というのはそそられる。
嘲りでもない憐れみでもない。
純粋に応援をしたいという気持ちがふつふつと湧いてくる。
「なんという、目をしているのだ……」
仄かな温かみのある心情が目に表れたのか、痴女は一瞬戸惑いを見せた。
慌てたように目が泳いでいる。なんか可愛い。まとった雰囲気ほどクールな性格ではないみたい。
いつもなら、小さな胸に唾を吐かれるような罵詈雑言でも浴びてきたのだろう。
そんな場面を想像しただけで切なくなる。
これ以上、僕の心を掻き回すのは止めてくれ。
「きょ、興味が失せたのなら、私の事は諦めるがいい!」
ツンデレっぽく言い放つと、痴女はマントを戻して女子に戻り、大げさな仕草で踵を返す。
それからまた元いた掲示板前まで移動した。
だけど、勘違いです。
女に興味がないなんて聖人君子みたいなことは言わないけれど、僕が興味を持ったのは痴女じゃなくて今も睨みつけているその依頼票です。
まあ、結構なものを拝謁賜ったので相殺しておくけど、色々と出鼻を挫かれる1日のはじまりに、ため息が漏れそうだった。
*
さて。
僕が冒険者ギルドが存在して、亜人と呼ばれるモンスターが跋扈するファンタジーな異世界に迷い込んだのは2年前の事だ。
詳細は不明だけど、入学したばかりの地元高校に登校中の駅で、階段を踏み外し転がり落ちたら異世界だった。
今なら笑い話だけれど、当時はいくらか混乱もした。
神の啓示もなければ、召喚した王族関係者の出迎えもなく、チュートリアルもなかったので、ただ食べるための仕事として仕方なく冒険者の道を選んだ。
セイフティネットとしての職安じみた冒険者ギルドがあったことに感謝をしよう。
争い事など皆無に近い平和ボケした世界から突然の転移に神経は擦れ切れそうだったけど、のんびりバイト感覚で仕事をこなすその日暮らしが妙にしっくりときた。多分、適性はあったんだろう。
元の世界に対する未練も薄い今どきの若者で何よりだった。
転移した影響なのか、天性の特技なのか、幸い動体視力に優れていた。
だけど、相手を追えても反応した動きができるわけもなく、最初の1年は仕事というより訓練に近かった。
地道に剣の技を磨いたおかげで、亜人と呼ばれるゴブリンみたいなモンスターや、野生動物には遅れを取らない程度には成長できて僥倖だった。
この2年で、性格も性分も随分落ち着いた気がする。
身体ひとつで稼げる内は気楽に生きようという享楽的な考えに至れて幸いだ。
老後の心配をするのも18という歳では気が早い。
いまだに掲示板の前に立つ「少年」呼ばわりをした女子の言葉を思い出す。
18歳は少年か否か、この世界と前の世界では意見が分かれる所だな。
「あらあら、おつかれさまですケイスくん、今日も随分のんびりですねぇ」
ブルネットの長髪をふんわりとなびかせて、同じ色の大きな瞳が細められる。
ギルドを牛耳る受付嬢に、ひどい挨拶のお言葉をいただいて気持ちが沈む。
連日の重役出勤なので否定はできないんだけど!
カウンターに近付き、受付嬢の悪気のない皮肉に眉を寄せてから無難に挨拶を返しておく。
口の悪い受付嬢だけど、噂で聞くところによると冒険者ギルドの大幹部の娘らしいので、ある意味人気があって、別の意味では怖れられている。
世渡りの上手さこそ長生きの秘訣だから、対応は慎重にだ。
異世界に転生して、生活のために冒険者ギルドで仕事を始めて早2年。
1年前からカウンターに座る受付嬢に顔を覚えられる程度には勤勉に働いているというのに、僕は「のんびりもの」の評価らしい。
この世界はワーカホリックな奴が多すぎて困る。
食べていくだけなら、しゃかりきになって働かなくても問題ない。
「残っている依頼の詳細を知りたいんだけど?」
親指を立てて掲示板を指さすと、つられるように目をむけた受付嬢は、「あれですかぁ!」と目を光らせた。
確認するまでもない、早く処分したい売れ残りなんだろう。
長い間放置されていたらしく紙もいい加減くたびれている。
聞き逃せない言葉だったのか、依頼票を睨んでいた女子がピクリと身体を震わせたのを確認する。
誤解からとはいえ結構なものを拝ませていただいたのに、恩を仇で返す行為に心苦しい気持ちはあるけれど、依頼は早い者勝ちが不文律だからどうか悪く思わないでほしい。
ここ3日間収入がなくて、残った1枚のお仕事に興味を示す他人の姿を見かけてしまい、焦燥感が湧いたので多少条件に見合わなくとも受けるつもりだ。
とはいえ、残り物特有の悪条件に交渉の余地があるなら少しでも好条件に近づけたい。
「でもですね、この間戻ってきたばかりで疲れが取れないまま、また長期の護衛任務になりますよ?」
残った1枚は長期の護衛任務だったのか。道理(どうり)で人気がないわけだ。冒険者はその日払いを好む性質があるからね。
心配そうに受付嬢が首を傾げて返答を待つ姿勢。女の表情を額面通りにとらえてはいけないと学んだ相手が相手だから気を許したり勘違いをしたりしない。
というか、仕事内容だけではなく、万全ではない体調まで把握されていた。
受付嬢の仕事は侮れないな。出来る女という部類なのだろうか?
疲れは確かに残っている。だけど、お金に困っていないが貧乏性という性分なのだから仕方がない。
「構わないよ。条件が合うなら寒さが厳しくなる前に出発をしたい。詳細を教えてくれる?」
「ホント物好きですねぇケイスくんは。当ギルドと致しましては、不人気で誰も受けたがらない依頼を請け負っていただけて嬉しい限りなんですけどぉ」
行儀悪くカウンターに肘をつき組んだ手に顎を載せてウインクを投げてくる。
美形と言うより可愛い系の受付嬢だから様になっていてイラッとする。
前かがみになった分、シャツの胸元から白い肌と豊かな胸の谷間がチラリとこぼれて眼福なので相殺しておく。
この世界の常識では勝ち組の女。
おっぱいに罪はない。
いいから早くしろと睨みつけると受付嬢は「はいはい」と肩を竦めて依頼内容を説明し始めた。
乱暴者や破落戸が多い冒険者ギルドの受付に座っているだけあって、年のわりに肝が据わっているらしく僕の睨みなどでは怯んだりしないので可愛げが無い。
大幹部の娘というバックボーンを差し引いても只者とは思えない貫禄がある。
見た目は同年代のくせに何者なのか時々不安になるくらいだ。
「以上が、依頼内容ですよ、ケイスくん」
内容を聞いて、やっぱり依頼者に交渉が必要だと判断した。
受付嬢に催促する。
「……そんな怖い顔をしないで下さいよぉ。わざわざ連絡をいれなくても……というかケイスくん、依頼者に何を交渉するつもりなんですか?」
「依頼料が安すぎる。いまさら相場を出せとは言わないけど、せめて8割に上げて欲しい」
提示されている額は相場の半分。下手をすると足が出る。儲けのない依頼などに冒険者は反応しない。
「じゃぁ、交渉します?」
だから連絡を取ってくれって頼んでるよね?
受付嬢の言い方が引っかかるけど、口が悪くて意味が分からないのはいつものことなので流しておく。
「んー、足りない分を、身体で払わせるとか駄目ですよ?」
「……つまり、依頼主は女なのか?」
受付嬢は、意地悪そうにニヤニヤと笑いながら忠告してくる。トラップかもしれない。何かにつけて僕をからかい倒してくる受付嬢だから油断も隙もなくて困る。
東洋系の顔立ちで実年齢よりも若く見られるのが原因に違いない。
長旅の護衛任務を依頼するのは戦闘能力のない者で大体は女だけど、身体で支払いとかどこのエロマンガの話だよ。
そういう邪な決済は端から微塵も考えていないから余計なことを言わないで欲しい。
そばで聞き耳を立てている女子に品位を疑われて噂が広まったりしたら目も当てられないよ。
ん……身体で、支払う?
いや待て待て。よく考えろ、思い出せ。
長期の旅の護衛依頼で、行き先はサイナス地方。
依頼人が女なら、僕の秘めた欲望を鎮めてくれる条件に合致する可能性があるかもしれない。
依頼料が相場の半分という点も、話を進めやすくなる材料に早変わりだ。
「受付嬢、依頼人が若めの女性なら是非交渉してみたい、連絡を取ってほしい!」
「……あらあら、ケイスくん、本気で身体で支払わせるつもりなんですか?」
受付嬢の目が細められる。このセクハラ野郎と罵られている気分だった。
「待て少年、それは無理な注文というものだ」
同じ女として見過ごすことができなかったのか、痴女が話に割り込んできた。
隙あらば、依頼を横取りとでも考えているのかも知れない。
かち合って交渉になれば、依頼人の選択は五分と五分だ。
貞操を考えるなら女冒険者だが、護衛任務という体力勝負ではやはり男が勝っている。
邪だけど崇高な僕の獲物を狙うとは不届きすぎる。
「いえいえー、依頼料を身体で支払うというのは、割とよくある話ですよ?」
よくあるんだ!? そんな美味しい話はとんだ初耳なんだけど!?
「ただし、ギルドが関知しない場所での暗黙の了解ですよ?」
というか受付嬢よ、さっきとはまるで正反対の掌返しだな。
僕をからかうネタにしたけれど、横やりを入れられそうになったので、なんとしても売れ残り依頼を処理したいという強かさが垣間見えるんだけど。策士策に溺れてしまえ。
女子の皮を被った痴女と対峙する。
だけど妙だな? 冒険者同士の依頼の取り合いに受付嬢が肩入れをするのはルール違反じゃないのか?
「別に倫理的なことを問題にしているわけではない、身体を売ることが必要な事もあるだろう。だが、もっと即物的な問題なのだ」
話に割り込んだわりには、不穏当な発言を正そうという正義感からの発言ではないみたい。
「じゃあ、何が問題なんですかぁ?」
受付嬢は澄まし顔だ。
「少年も、先ほど見たであろう?」
なんだ? 話が見えない。
眉を寄せていると、顔を歪めた女子は周囲を確認してからマントを左右に広げる。
白い肌がまた目に飛び込んでくる。
馬鹿、止せ。口が悪くても正式なギルド職員の前で痴女行為とか何を考えている!
冒険者資格を剥奪されない行為だぞ? 早く仕舞え。下を着るのを忘れてましたと頭をかけ。
普段は口が悪くてよく回る舌を持つ受付嬢さえ黙り込み、蛮行に呆れていた。
2度目の白い肌を晒した半裸の女。眼福だけどここは真っ昼間の公共の場だ。
苦虫を噛みつぶしたときの感覚というのはこれのことか。頭を抱えたくなる。
いいから、まあ、落ち着けと宥めたい。
「ケイスくん? どういうことですか? さっきも見たんですか?」
受付嬢の細められた目が胸に突き刺さる。
待って待って、どうして受付嬢が僕を咎めるの? 見たのではなく見せられたんです。
痴漢容疑を掛ける前に、痴女容疑を咎めてくれ。
「これが理由だ。理解したか? こんな出来損ないの身体の女に対して、伽の要望など洒落にもならない。女というのも憚られるこの身体では、男の溢れる性欲を満たすことなど無理な注文なのだ」
女としての自信は完膚なきまでに喪失している発言だった。
胸だけが女の魅力ではないという説教は、この世界で受け容れられない徒労だろう。
いや、おかしい。
確かに上手く話が転がれば、依頼主に足りない分を別の意味で身体で支払ってもらおうという目論見はあった。
どうしてこの場面で絶壁痴女が僕を説得するのか理由がわからない。
その言い草では、まるで当事者としての回答なんだけど?
……もしかして。
「……受付嬢?」
受付嬢がニマニマと上品に笑う。
「はい。お察しの通り、この方が依頼主のディアナさんですよぉ」
あらかじめ依頼者が側にいるのを伏せて、からかっていたと。この性悪受付嬢め!
前途多難な交渉の予感に心が折れそうだった。
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