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第32話 15日目昼過ぎ 高度な嘘も方便

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 協力要請のために赴いた、佐藤が経営するメイド喫茶はそこそこ繁盛していた。

 世界の危機が扉をノックしているのに気楽なものです。

 初めて足を踏み入れた事務所みたいな部屋で、久しぶりに4人と顔を合わせる。
 お元気そうで何よりです。

 形から入る性格なのか、女子2人はコックの格好をしている。白い露出の少なめの衣装だけれど、とっても似合って可愛かった。

 料理人シェフ皿洗いプロンジュール、かな?
 皿洗いだけじゃなくたまにシャワー係にもなる、即戦力の立花も頑張っているみたい。

 1回きりとはいえ体の関係を持ってしまった各務と、綾小路の前で顔を合わすのはまだ僅かに緊張する。

 あまり見ないようにしないと危険。

 綾小路はファミレスのウエイターの格好だけど、この店で必要なのか首を傾げてしまう。

 佐藤は自由人だからか制服のまま。
 立花の清潔スキルがあるから着の身着のままでも安心の一張羅だ。

「おお! 狭間キュン、益々男の娘ぶりが上がってござるな!」
「黙れオタク」

 男の娘ぶりって何だよ? 怪しい形容詞のお披露目は脳内だけで留めておけ。

 予想通り、キモッと口から漏らした各務は一歩引いて白い目で佐藤を見ている。

「……」

 こくっと小さく頭を下げて挨拶をした立花は相変わらず無口だった。
 同じ動作で挨拶を返しておく。

 各務の隣で半分俯いた立花とも、1回きりとはいえセックスしてしまった仲だから物凄く気不味い。
 立花もどういう態度が良いのか模索する雰囲気で、目を泳がせていた。

「元の世界に戻る方法が分かったから、伝えに来たよ」

 拍手喝采かと肩をすくめたけれど、ぱぁっと顔を輝かせたのは各務だけで、あとの三人は微妙そうな反応だった。

 帰りたくないでござると駄々をこねるのは佐藤だけだと考えていたけれど、綾小路もオタクの病に冒されていた。
 立花は戸惑ってるのかな?

「……どうして皆、黙っちゃうのよ?」

 常識人である各務は大いに不満そうだったけど、帰還条件の詳細を聞いている内に3人に倣ってなって黙り込んだ。

 佐藤と綾小路は眉をひそめ、立花は複雑そうに顔を引きつらせる。

 やっぱり、内容が内容だけに一般高校生という立場でしかない僕達にとっては、荷が重い案件だよね。

 ヒーローの真似事をして、一人で皆の分まで頑張ろう!
 なんていう心境に至れなかった僕が、脆弱というわけではなくて少し安心。

 最悪、男で独り身の佐藤だけでも引き入れよう。成功の秘訣は多くを望まないことなのです。

「拙者、愛のないセックスはちょっと……」

 僕の視線で察したらしい佐藤が牽制してくる。
 真面目に言っている感じで、たちが悪い。

 佐藤のピュアな発言に、各務は「セックスとか口にするなし」と舌打ちを返す。本当に相性が悪いなこの二人は。

「ケモミミっ娘相手なら、喜んで協力するでござる!」
「ちょっと……幸人は黙ってて!」

 各務に脇腹を肘打ちされた綾小路は悶絶していた。

 イケメンがオタク言葉を話すと凄い衝撃だよ。前を知っているから更にドン引き。
 綾小路の覚醒は小説より奇なり。

 今の所、本物のケモミミって師匠以外には見ていないけど、どこかにいるといいね。

「ところで、佐藤と綾小路のギフトって、結局なんだったの?」

 重くなった空気を撹拌するつもりで、気になっていた案件を口にする。

「拙者は話術でござるよ、狭間キュン」

 キュン言うな。
 話術ね、なるほど。
 短期間でお店を構えるくらいの詐欺師めいた口の上手さというわけですか。
 戦闘には向かないなぁ。何しろ魔物は言葉を理解してくれないから。

「拙者は動物愛護でござる!」

 と、胸を張って答える綾小路。
 ああ、なるほど。
 色々と謎が解ける。

 魔物を退治できなかったのは、異論はあるかもしれないけれど、奴等を動物だと認識したからか。

「だから、ケモミミ萌えに進化したんだ」

 厳密には人間だって動物だけど、理屈じゃなくて動物好きになったのだ。

「は? 退化でしょ?」

 歯噛みして各務は眉を釣り上げる。
 環境に適応したのだから進化で間違いないと思うけど、下手なことを口にしない。
 揚げ足なんて取ってる場合じゃないからね。

 異世界に転移して冒険活劇をするには、まるで役に立たないギフトだった。僕も含めて。
 帰還条件が判明した今ならおかしいとは思わないけど。

 はて?

 考えてみれば、僕達が与えられたギフトって、何気に婚活には有効だな。
 話術や料理、清潔とフィット。
 動物愛護だって、師匠のような獣人の種族には有効なわけだし。

 ヒロイックファンタジーの世界だと勘違いしていた自分が恥ずかしい。
 考え方とギフトの使い方を間違っていたわけだ。

 それもこれも、恥ずかしいとかいう理由で、口にできなかった世界の言葉を担当する声の人の落ち度だけどね!

「あー、各務も猫耳ヘアバンドをつければいいんじゃないの?」
「は? 死なすわよ?」

 殺意って目に見えるものだと実感させられた。ガクガクブルブル!

 男子受けするお洒落は良くてもコスプレは難易度が高いらしい。
 語尾に「ニャー」とつけたら、すぐにベッドインの雰囲気なのに。本物がいる世界だから偽物は相手にされないのかな?

 さて困ったぞ。
 とても協力の要請どころじゃないんだけど。

 重い空気の沈黙に誰もが居心地の悪さを感じていたら、立花がゆっくりと顔を上げた。

「狭間くん、その……」

 立花が何かを言いたげにこちらを見ている。

「立花、もしかして協力してくれるの?」
「え? 違っ……」

 立花はそのまま黙り込んでしまう。

 各務はまた舌打ちをして、それからヘアスタイルが乱れるのも気にしない様子で、髪をガリガリと手でこねくり回した。
 明らかに一人だけ情緒が不安定だ。

「……まったく。狭間! あんたこれからバンバン子供作るつもりなの?」

 すごいことを言われた。
 すでにバンバン2人孕ませましたとはとても言えない。
 いや、それより。
 
「どうして僕限定で聞くんだよ? 皆で帰るために協力を頼みに来たんだけど」

 一斉に目を逸らされた!

「幸人は論外! キモオタもキモいこと言って拒否でしょ? 当然、私たちも無理」

 勝手な事を……。
 駄目なら最悪一人で、なんて考えていたけれど、ここまで利己的だとカチンともくる。

「みんな、帰りたくないんだ?」

 何かを手に入れたいなら対価を払ってもらいたい。僕は君たちのお母さんじゃないからね?

「帰りたいわよ! でも嫌なものは嫌って言いたいのよ」

 バカじゃないの? という目で見られる。

 周囲の目を気にする各務の言いようは、まるで雑用を押し付ける気満々みたいに聞こえた。

 子作りが雑用というのもおかしな話ではあるけれど、気分は良くないぞ?

「じゃあ提案するけど、女子は期間的に無理があるから1人に免除するとして、残りを男子が受け持って1人で6人のノルマになるけど、問題ない?」

 各務は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「は? 勝手にきめんなし! ……じゃなくて! そういうことを聞きたいんじゃなくて! ああもう、イラつく!」
「ハル……ごめんね?」

 立花が心配そうに横に寄り添う。
 いやいや、こっちの方が苛つくっての!

 もちろん、子供を作るという大仕事は、身体的にも精神的にも女子の方が負担が大きいのは理解している。
 だからといって一方的に甘えられても困ります。

 機嫌悪そうな目付きをしていたのかもしれない。

「ち、違うの、狭間くん……ハルは」

 立花は小さな声で訴えてくる。
 その涙ぐんだ表情で我に返る。

 熱くなって売り言葉に買い言葉で、嫌味混じりの台詞になってしまった。

 超恥ずかしい!

 落ち着こう。落ち着いて。
 感情的になったら、まとまるものもまとまらなくなる。
 今度こそ僕が水と油が分離しないように仲介役にならないと!

「ごめん、各務」
「ああもう! 狭間、ちょっと来て。いいから、こっち!」

 各務は僕の手を引っ張って事務所から外に出る。残される3人はポカンと呆けたお顔だった。

「なんか誤解してるみたいだから言っとくけど、さっきと別の話よ! なおはね、狭間に子供を作るような真似をしてほしくないって言いたかったの! 分かりなさいよ!」

 各務は誰にも聞かれたくないのか耳元で小声で強く訴える。
 はい?
 立花が僕の心の負担を心配してくれてるってこと?
 それで、どうして各務が怒るのか全く理解が及ばなかった。

「……ごめん、意味が……」
「だから、苛つくっつってんのよ! ああもう! 狭間って世界一鈍い!」

 各務は僕の胸ぐらを掴む。
 きれいなお顔が急接近。
 この間と同じ匂いがした。

「私が幸人に他の女と子供を作ってほしくないって気持ち、わかるよね?」

 例えオタクになって性格が豹変しても、彼氏が他の女と浮気セックスなんて断じて認めたくないという乙女心。
 というか、まだ二人の恋人関係って破綻していないんだ?

 うん、気持ちは分かるよ?

「だけど、帰るためには――」
「いいから聞け! なおもね、同じ気持ちなのよ……狭間に他の女とエッチしてほしくないのよ」

 はい?

「ちょっと口下手なのよ」

 えーと?

「つまり?」
「……ホント鈍いわね。私が言うのは反則だけど、なおはね、狭間のこと好きになっちゃったのよ」

「どういうこと!?」
「こっちが聞きたいっての!」

 私が言ったって内緒だからね!
 各務は、面倒くさそうにそう言って身体を離す。

 だけど、僕の頭の中は真っ白だった。

 何をどうしたら、立花が僕に好意を持つ流れになるの?
 意味不明なんだけど!?

「話は変わるけどさ、狭間はデリカシー無さすぎよ。私だってね……子供生んでも帰ったらなかったことになるんだから、最悪我慢するわよ。でもね、心は別! 幸人の前で、他の男の子供を生むとか言わせないでよね」

 ああ、そうか……。
 各務の言いたいことが分かった。何を焦って怒っているのかも理解した。

 例え割り切ったとしても、心を殺す必要はない。自分の心も相手の心も守るために、嘘が必要だったんだ。

 場に飲まれて慌てた僕の話の持って行き方が間違っていた。

 帰還条件だけを告げて、せめて男女で別れて個別に提案をするべきだったな。

 好きな男子の前で、他の男の子供を作るとか、好きな女子の前で他の女とエッチする話とか、どうしょうもない事情があったとしても避けるべきだった。

 僕達には、元の世界に戻ってから続きがあるのだから。ここで拗らせるわけには行かない。

 嘘も方便。これが必要だったんだ。

「ごめん」
「……謝んなし」

 各務はバツが悪そうに唇を尖らせている。
 我儘女子的な穿った見方をしていた事を大いに反省します。

 それはそれとして。
 僕のことを好きな女子が、他の男の子供を生む?
 ないない!

「でも安心して各務、女子は待機にするから。やっぱり効率が悪いし、ここは男が頑張るべきだと思う!」

 だから、綾小路の事は見てみぬふりをしてほしい。

「は? ……これだから、男子は」

 ちょっと女子に「好き」とか言われて、方針を変更する僕を各務は心底呆れた様子で眺めていた。

 *

 男女平等と言いたいところだけれど、男子諸君がヤル気になってくれれば、女子は免除でOKでしょう。

 現金だと笑いたければ笑えばいい。
 僕に寝取られ俗姓の趣味はない!
 女子を守りたいと思うのが漢だから!

 出来ないなら出来ないなりに、方法を考えるとか、説得するとかやることはいくらでもある!

 綾小路と佐藤だけで密談を開始する。

「狭間キュン、拙者、愛のない――」
「佐藤、大丈夫だよ」

 愛があればいいなんて、そんな望みは障害でもなんでもないから!
 だってここは娼館テーマパーク!
 愛なんて街中に溢れている!

 お金で買える愛は愛じゃないって?
 そんなものは気持ちの持ち方次第の幻想だよ?

 僕達は勇者扱いの異世界転移者だから、例えお金で手にした愛も本物に昇華できる状況は整っている。

 中二病を患うオタク佐藤はチョロそうだ。話術程度で回避はできまい。

 綾小路も各務の妨害がないのなら、師匠に煽ててもらえばなんとかなりそう。

「綾小路、僕の作戦に乗ればケモミミ娘があっちから殺到するよ?」
「話を聞くでござるよ!」

 ほらね。

 作戦なんて大層な物じゃない。
 この2人には、僕が辿ってきた道を案内してあげよう。
 まずはギルドで手続きしてゴブリン退治だ。
 綾小路の動物愛護の程度も見てみたい。
 ちんまい師匠の天然スマイルで吹き飛ぶと思うけどね!

 こうして後に語り継がれる、緑の悪魔を薙ぎ倒しオークも倒す、3人の伝説の勇者は誕生した。
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