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第5話 2日目午後 魔物を討伐するよ!
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指定された場所に行くと、案外簡単に吹きだまりと呼ばれる「淀み」を発見できた。
そこは、なにもない空間に灰色の渦巻きみたいな気持ち悪い穴がポッカリと空いた不思議な場所。
街の端にある高い壁のおかげで日当たりがあまり良くないジメジメとした草地には、饐えたような匂いが充満して空気も淀んでいた。
渦巻きから一定間隔でポロポロとこぼれ落ちたものがにゅるにゅる動いて移動している。
見た感じ、その半透明な粘液の塊はスライムみたい。
なるほどなるほど。これを退治すればいいわけね。初心者御用達の楽な仕事で助かります。
ウヨウヨ動くスライムは移動速度は遅く行ったり来たり。剣で突き刺すと、すぐに縮んで干からびて青っぽい石に姿を変える。
これが討伐証明の魔石だな。冒険者ギルドで魔石を換金するのが僕の唯一の収入源。
後でまとめて拾うことにして、スライムをさくさくと刺していく。後から後から出てくるからキリがない。
冒険者の心得によると全ての魔物を倒すと「淀み」の渦が消えるらしい。
20匹ほどスライムを倒した時、渦巻きから嫌な声が鳴り響いた。
「ギギッ、ギッ」
スライムと比べるとかなり大きいサイズの緑色の矮躯な異形が渦から湧いて出て来る。
ちょっとファンタジーな光景に見入ってしまった。
あの穴の向こうはどうなってるの? 異空間とかいうやつなのかな? ちょっとだけ首を突っ込んで中を確認してみたい衝動をなんとか抑える。
のっそりとした動きをした魔物はギョロリとしたハ虫類みたいな目で睨みつけてきた。
身長は1メートル未満で僕よりチビだけど、対峙するにはかなり大きく感じる。
ちょっと怖い。ちょっとどころじゃなくて、身体が震えて足が竦むレベルに怖い。
スライムだけじゃなくて、こんな物騒な生き物が街中に出現するなんて世界の危機の話に真実味が帯びてきたぞ。
多分、名前はゴブリンだよね。佐藤が見たら眼鏡を光らせて喜びそう。
節くれだった手には木の棒みたいな物を持っていて、くわっと開いた口で牙を剥いて威嚇された。
口元からは涎が落ちる。興奮しているみたいで鼻息荒くじっと様子を窺っていた。
「ギギキッ!」
「ちょっ」
こちらがあたふたしている隙をついて突進される。棒が振り下ろされる。
うわ、危ないな!
寸前で避けたけど、そのまま体勢を崩して尻餅をついてしまった。
怖い、怖い、怖い! そのまま格好悪く後ずさって距離を取る。
だってあの目は本気だよ。ゴクリと唾を飲みこんで慎重に立ち上がり、慌てて剣を構えた。
追い払おうとか威嚇しようとかそんな高度な知能はなくて、本気で僕を殺そうとしているよね?
剣を握った手が酷く痛んだけど気にしている余裕は与えてくれなかった。
ラノベに出てくる登場人物たちを尊敬してしまう。よくこんな魔物と初見で戦えるな!
この魔物がザコとか誇大広告が過ぎるだろ!
「ギィィッ」
うひー。こっちが弱腰だと見抜いたのか、ゴブリンの動きから緊張がなくなって馬鹿にするような嘲りを感じる。
気のせいかその目は笑っていた。
魔物でも目は口ほどに物を言うらしい。言葉は通じそうにないけどね。
「ちくしょう……」
こんな所で弱気に飲まれてガタガタ怯えていたら、とても目標なんて達成できない。
世界を救うなんて大それた考えはないけれど、僕はこの異世界で一皮剥けたいという思いがある。
漢になりたい。コンプレックスに押しつぶされて、愛想笑いで誤魔化して生きていくのはゴメンなんです。
最初の一歩で躓くわけにはいかないんだけど!
また突進してきたゴブリンの攻撃をなんとか避ける。
単調で直線的な動きで助かった。ゴブリンは地団駄を踏んで悔しがっていた。
この数分間のやり取りだけで息が上がる。手も足も鉛みたいに重く感じる。
戦闘って体力がめっちゃいるんだな。
「グギッ、グギッ!」
あ、なんか怒ったみたい。また大振りで木の棒で殴りかかってくる。
空を切る。デジャヴだった。
「……」
あ、はい。怖いことには変わりはないけけど、さすがに3回もまったく同じ動きをされると落ち着いてしまう。
知能が低いからなのかゲームみたいにアルゴリズムが決まっているのか、攻撃がワンパターンしか用意されていないみたいだ。
同じように突進してきたゴブリンを横に避けて足をそっと出すと、見事に引っかかって地面に顔面からダイブした。
「グギュ!」
チャンスだ!
とどめを刺そうと距離を詰めて剣を振り上げた所で異変が起こる。
ゴブリンの緑色の身体から白い煙が立ち上り、そのまま干からびて消えてしまう。
後には物悲しく緑色の石だけが残っていた。
「ヒットポイント、少なすぎない!?」
足を掛けられて転んだダメージだけで昇天しちゃうって、雑魚にもほどがあるでしょ!
息をつく間もなく、灰色の渦巻きからゴブリンが次々と現われる。
「澱み」はまだ消えていなかった。
全部で4体。これはさすがに逃走を考える事態なんだけど。
だけど、ゴブリンは律儀に1体ずつ突進してくるので安心して足を掛けて転がせた。
「グギィ……」
「グギィ……」
「グギィ……」
仲間達が為す術もなく倒されて、最後の1体は戸惑っていた。
大丈夫、僕も十分戸惑っているから。おあいこだから。
せっかく大金をはたいて新調した武器なのにスライムを刺しただけで終わりそう。
……もしかして武器と防具のお店の若妻店員さんに騙された!?
冒険者ギルドの冒険者たちって、武装していたっけ? ちくしょう、思い出せない。
若妻店員さんとのドキドキアヴァンチュールは刺激的だったけど、20万円は高すぎだった。やっぱり不倫って良くないことなんだな。
せめて最後の1体はこの剣でケリをつけよう。
向かってこない最後のゴブリンに攻撃を仕掛けようかと剣を構え直すと、突然ゴブリンは慌てふためき奇妙なことを始めた。
少しだけ尖った右耳を引っ張るとスポンと気が抜けるような音を出して引き抜く。
それ、外れるものなの?
「え? 痛くないの!? 大丈夫なの!?」
こちらを慎重にうかがいながら、地面にそっと置いている。
「グギィ、グギギキ」
何かを伝えるようにゴブリンが手振り身振りを混じえて鳴き声を上げる。ごめん、まったく分からない。
これはなに? どういう意味? 貴族が決闘を申し込むときに手袋を投げるみたいなゴブリン独特の儀式とか嗜みなの? オタクの佐藤なら知っているの?
「だ、誰か通訳して!」
《降参、流儀に従い耳をヤル、消える、と言っています……あ》
声が響いたあと、続いて舌打ちみたいな音がした。
「世界の言葉を担当する声の人!?」
思わぬ助け船だった。
世界の言葉を担当するだけあって魔物の言葉も解するらしい。大したマルチリンガルだ。
というか、物凄く砕けた話し方と行儀の悪い舌打ちの音が聞こえたけど、今日はオフですか? いやいや、その辺りは突っ込まない方がいいと理性で判断できたのが幸いだった。
《……わざとですか? その呼び方、本気で止めてもらっていいですか? とても恥ずかしいので》
とても機嫌が悪そうな声だったから。
空気を読めるというのもきっと漢の条件だよね。
「すいません、お名前を伺ってなかったもので……」
世界の言葉を担当する中二病的な職業のわりに、人並みの羞恥心をお持ちのご様子なんですね。
あ、人じゃないから神並みが正しい? 会話内容からだと神の使徒並み?
困ったな、正体がはっきりしないから言葉がまるで安定しない。
「グギンンギ」
《……耳はまた生えてくるそうです》
「あ、そうなんだ。ちょっと安心。重ねてありがとうございます」
ゴブリンの耳ってトカゲの尻尾みたいな性質なんだな。
あっさり引き抜いたのはそういう理由か。
《まったく……あなたに関わってから調子は狂いっぱなしです。神より付与されたあなたのギフトはかなり厄介ですよ……》
なにその怪しいギフトの説明。僕が受け取ったギフトなんて使った記憶もないし役に立った記憶もないんだけど?
事情はわからないけれど、自分のうっかりミスをギフトのせいにしてない?
「声の人、少しだけ質問いいですか?」
この街の非常識についてとか、世界の危機についてとか、聞きたいことは盛り沢山。
だけど、いつまで待っても返答はなかった。
前と同じようにいきなり聞こえて、後悔したみたいに聞こえなくなる。
複雑な事情を抱えているみたいだし、メンヘラちっくな気配もした。
あまり関わり合いになるのは地雷かもしれない。
可能性は極めて低いけど都合のいい幻聴という線も捨てきれないので、たまに聞こえる親切な声くらいに考えておくのがベターかな。うん、精神衛生上、それがいい。
僕だけ何故か都合良く、世界の言葉が聞こえるなんて重荷は背負いたくない。
「グッギィ?」
突然独り言を呟きはじめたちょっと頭が緩い人と思われたのか、そそくさとゴブリンが逃げるように去っていく。え、誤解したまま行かないで欲しいけど、残念ながら世界の言葉の担当の人がいなくなったので言葉が通じなかった。
こちらの気持ちも察することもなく、ゴブリンは渦巻きに飛び込む。
ゴブリンを飲みこんだ後、驚いたことに「澱み」そのものが霧散した。
「澱み」って、そういう仕組みなんだ!
これは、討伐完了でいいのかな。規定通り無くなったんだし、完了だよね。
*
後で拾うつもりだったスライムの魔石の場所にはでっぷりと太ったスライムが鎮座していた。
スライムは好き嫌いなく何でも溶かして食べてしまう性質。魔石も例外じゃないのか……。1体見逃していたらしい。
次からは気をつけよう。くすん。
『討伐の証、ゴブリン✕4 スライム✕1』
説明通りに例のカードを魔石に近づけると自動的に収納されて、文字が浮かび上がった。
このカードの有能さは筆舌に尽くしがたいなぁ。
「イテテ……」
興奮状態から覚めたのか、尻もちをついたときに地面についた手の平が痛み始める。
見ると皮が剥けて血が出ていた。
ドラッグストアはなさそうだから、薬草でも扱っているお店を探さないと。
やれやれ。武器屋のおっさんは怪我することもないって言ってたのに、不甲斐ないデビュー戦だった。
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