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第1話 オープニング

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 本日も収穫なし。骨折り損のくたびれ儲けで冒険者ギルドに戻ってくると、いつものように拍手喝采で迎えられた。

「おかえりなさいませ、狭間様!」
「英雄狭間のご帰還だ!」
「……あれが噂の」
「いつ見ても可愛らしいお顔……」

 ギルド職員のお姉さんたちが半裸でセクシーな衣装で並んでいる。
 日に日に衣装の布地が少なくなってるなぁ。眼福だけど目のやり場に困ります。

 タンクトップにミニスカが多いけど、水着同然の破廉恥な格好のお姉さんもいる。中にはどこで情報を手に入れたのか、ミニスカメイド服姿まであった。
 うん、好きだけど、メイドさん。

 手の空いている職員のお姉さん達は、示し合わせたようにウインクを投げてきたり、投げキッスをよこしたり、おっぱいを強調したり脚をいい角度に前に出したり、腰のクビレを見せつけたり、アピールに余念がない。

 併設した酒場にいる冒険者たちは美女を傍らに、自分の子供の活躍を見守るみたいな顔でお酒を片手で掲げている。

 大人限定の冒険者ギルドは本日も華やかです。

 素直にヒャッホーとフィーバー出来ないのは、異世界に転移して来た僕と皆とは価値観の相違が激しいから。

 こんな時、オタクの佐藤ならはっちゃけるのかな?
 イケメンの綾小路なら、ニヒルに笑ってすっと片手を上げて気取るのかな?

 水でも油でもない僕は、あわわと戸惑うことしかできなくて情けない。

「大物なのに、あの謙虚さがすげぇぜ」
「偉ぶらない所が可愛いい!」
「ストイックだ!」
「あら、でもあっちの方もすごいって、エリーお姉さまが……」

 やめてやめて! 顔が熱くなる!
 そんなんじゃないから!
 実際、褒められるような誇らしげな成績は上げていないから!

「照れてる……初なところが刺さるわぁ」
「ギルドレコード保持者のオーラを見事に隠してやがる」

 いえ、素です。ただの17歳の高校生です。もうこれイジメに近いよ。

「あら、おかえりない、狭間様」

 白いチューブトップブラにマイクロミニスカ姿の美女がニッコリ笑う。

 見事なおっぱいを揺らして、スラリと伸びた長い足で僕に気付いて近付いてくる。
 毛先が肩に触れているサラサラのブルネットの髪をゆらゆら揺らすエリーさんは今日も大変お美しい。

 その姿に見とれてしまい、途端に顔は今まで以上に熱くなった。
 きゃーっと、ギルド職員のお姉さんたちの黄色い声が鳴り響く。

「エリーお姉さまに照れてるわ!」
「最強の英雄でも、エリー嬢には敵わねぇってか!」

 それは合ってますけど、お手柔らかにお願いします。

「ふふ、狭間様は変わりませんねぇ」

 僕の初めての女性ひとで、僕に手ほどきを与えたエリーさんはいつものように優しく笑う。その笑顔に癒やされる。

 どうしても照れてしまう。心臓は早鐘を打つ。
 きっと一生、初めての相手というだけで意識してしまう。

「エリーさんは出世しましたね」

 初めて会った10日前は現場復帰したばかりで、僕たちを見守る職員のお姉さんと同じように冒険者を優しく慰める平職員だったのに、3日でチーフに昇進して近くサブマネージャーの辞令がおりるらしい。
 短期間での異例の大出世だ。知り合いの吉事は誇らしくて胸が熱い。

「すべて狭間様のおかげなんですら、もっと胸を張ってくださいな」

 そっと腕を取られて柔らかい胸が押し付けられて香水の甘い匂いで有頂天になりそう。
 多少影響があったかもしれないけれど、それはエリーさんの人徳と実力だと思う。

 スタイル抜群のエリーさんが横に並ぶと身長差が凄い。
 150センチ強の僕に対して180センチ近いエリーさんだ。
 周囲にはまるで親子か姉弟きょうだいみたいに映っているんだろうな。

 そんなコンプレックスも、逆に誰に憚られることもなくエリーさんに甘える態度を取れるなら十分ありなのかも。
 誰の目もなければそのやわらかくて張りのある身体に抱きついていたかもしれない。

 異世界に転移して、僕は年上の女性好きだという性癖に気付いた。
 やっぱり、初めてが経験豊富なお姉さんの影響なのかも。童貞の魂は成人まで!

「ところで狭間様、お客様がお見えですよ」

 仕事が忙しくなったエリーさんがわざわざ僕を出迎えるなんて、どういう風の吹き回しかと思っていたらそういうことか。

 でも、異世界人生10日目の僕にお客さん?
 なんて、考えるまでもないか。

「あと、そろそろ前からお願いしています、専属スタッフの指名もお忘れなく」
「はい、それはもう決まって――」

 やわらかい指で唇を押さえられる。メッと瞳で制される。ああ、至福!
 そのまま指をペロペロ舐めたい。エリーさんなら笑って付き合ってくれそうだし。

「駄目ですよ狭間様、私のような叩き上げではなく専属スタッフ候補の中から指名するのがしきたりです」

 聞いた話だと、この街にもエリート街道を歩く幹部候補のキャリア組が存在するらしい。

 好成績の冒険者の専属スタッフというのは、この街では超エリートコースで一般職員のエリーさんは指名できないし、してもやんわり断られる。

 初恋に似た憧憬がやるせない。

「狭間様の今のお気持ちは嬉しいですけど、それは女性に慣れていない泡みたいな男の子の憧れですよ。でもたまにならお相手させてもらいますから、そんな悲しいお顔はしないでくださいまし」

 エリーさんはわざと明るく悪戯っぽく片目を閉じて微笑んで、きゅっと胸を強く押し付けてくる。
 溶けちゃいそうな蠱惑的な態度に癒やされる。

 そうだよね。これは恋とは似て非なるものだけど、僕に甲斐性がない結果だ。

 ギルドの規定なんて物ともせずに指名を強行できる力も勇気もないし、例えギルドを飛び出しても僕の手を取ってくれるほどもエリーさんが僕に惚れているわけでもない。

 ただのガキの我儘で独り相撲。そんなのは漢じゃない。
 恋じゃないけど失恋も漢になるための条件なのかもしれない。

「それに、出世しましたので他の冒険者様のお相手をする事もありません。もう狭間様だけのエリーですから」

 ドキッとする台詞をぶっ込んでくる。
 落としてから持ち上げられる。きっとエリーさんには一生敵わない。

「わかったよ。でも、その時は宜しくお願いします」
「ええ、喜んでお相手を務めさせていただきます。さぁ、あまりお客様をおまたせしても失礼ですから」

 腕を取られたまま別室に案内される。
 退場に拍手を送るのはやめて! いいから皆、仕事しろ!

 *

「狭間……」

 案内された冒険者ギルドの広い方の客室には、おろしたての新品みたいな見慣れた制服姿の女子が2人、並んでソファーに座っていた。短めのスカートからは白い膝小僧が見えている。

 視線に気付かれて、2人は裾を引っ張っている。ごめんなさい。

 想像していた佐藤や綾小路ではなくて、少しだけ戸惑ってしまう。
 ローテーブルの上のカップは空っぽで乾いている。随分前から待ってたのかな?

「……上手くやってんじゃん」

 茶色のショートカットがとても可愛い顔立ちによく似合う、各務かがみハルが青ざめた表情で、それでも勝ち気な瞳と態度で嫌みっぽく言葉を投げてくる。

「……」

 隣でペコリと会釈をした、無口な立花たちばななおは、黒い前髪をそっと手で直す仕草をする。
 見事な艶で背中まで伸ばした髪が、よく似合う整った白い顔には憂いの表情。

 エリーさんが軽く会釈をして退出する。
 扉を閉めた音とともに、各務は前のローテーブルに手を置いて中腰で身を乗り出してきた。

「狭間……私を、買ってくれない?」

 買うって……え?
 僕と同じく異世界に転移させられたクラスメイトがとんでとないことを言い出した!

「え……ハル?」

 真意を探るように立花を見ると、隣で身体を固まらせて目を見開いていたから話し合った結果じゃないみたいだ。

「……値段は狭間が好きに決めていいわ」

 恥ずかしいのか自尊心を強烈に刺激しているのか顔を真っ赤にして、でも死んでいない力強い瞳で睨みつけられる。
 クラスメイト女子高生を言い値で買える場面だった。

「ちょっと待って、え? 各務は綾小路の彼女だよね?」

 正確には立花もだっけ? 隣に座る立花と各務はワンセットで一緒に異世界に転移して来たイケメン綾小路の彼女というのが学校中の噂だった。

 元世界でハーレムとは、リア充恐るべし。
 だというのにとんでもないことを口にするのは、関係が上手く行っていないのかな?

「どうしてそんな話になったの? 綾小路は……」

 綾小路が別の冒険者ギルドでデビューしたと聞いたのは5日前くらいだったはず。

 僕でもこの待遇なんだから、やり手の綾小路ならお茶の子さいさいの異世界人生だと思って胸をなで下ろしていたのに。

「幸人も承知の上よ! 理由なんて決まってるでしょ!」

 彼氏の綾小路も承諾済み!?
 つまりこれは、寝取らせプレイ!?
 やだやだ、そんな歪んだ性癖プレイに巻き込まれるなんて修羅場だよ!

 リア充って異世界でもリア充なんだなぁ。マジ感心してしまう。

「……お金が、ないのよ」

 俯いた各務がポツリと漏らす。
 はい?
 ちょっと引けていた腰を元に戻す。

「でも、冒険者ギルドに入会したなら、お金に困るなんて事はないはずだよね?」

 各務は眉を八の字にして睨みつけてくる。あ、はい。冒険者ギルドの入会は彼女の立場である各務的に許せる類いの物じゃないよね。分かります。

「幸人は……上手くやれなかったの。戦えなかったの」

 どう反応していいのか困ってしまう。

 確かに魔物との戦いは怖い。
 戦いにおけるひとつの壁は僕も軽く経験済みだ。
 初見で魔物が迫り来る戦いというのは本当に恐怖が大きい。怖じ気づいて足は竦むし怪我だってした。

 なにしろ命と命のやり取りだから、相手は僕たちと試合をするのではなく本気で殺しに来る。
 腰が引けちゃうとまったく歯が立たない。それに、命を絶つという行為に対する嫌悪感も拭いきれない。

 うん、普通なら。
 僕の戦い方はかなり特殊だし、それだってギフトのおかげだ。
 綾小路が何と戦ったのか分からない以上、予断は禁物だと律することにしておこう。

「あんな……あんなキモオタに抱かれるくらいなら、狭間の方が100倍マシなの!」

 各務は色々と想像したのか総毛立つように身体を震わせて魂の叫び声を上げた。

 何故か佐藤の名前が出てきた。
 佐藤の噂も聞いている。何か商売を始めて大儲けをしているらしい。
 ああ、なるほど。お金に困って借金を頼むなら知り合いは僕か佐藤の二択なのか。

 でもだからって、いきなり身売りとは発想が飛躍してるよ?
 普通にお金貸してで良さそうなのに。
 ああ、佐藤に借金なんて申し込んだら身体を請求されるか。うん、やりそう。

 流れで視野狭窄に陥って僕にまで身体を売るという3段くらい飛ばした発想になったらしい。

 同じく異世界に転移してきたデブでオタクの佐藤に嫌悪感しか抱いていなかった各務にとっては、あんな奴に身体を許すくらいなら死んだ方がましなんだろう。

 僕たちが異世界に転移して来て10日目。
 手持ちのお金が底を尽きると計算した10日目。

「だから! 私を買いなさいよ……」

 何かを吹っ切るような各務の沈んだ声に言葉が詰まってしまう。
 さて、困ったぞ。
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