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第2部
第38話 ある日の昼の王妃様
しおりを挟む038
王妃様の気分が乗り移ったみたいに空気はジメジメと湿っていて、空は厚い雲で覆われていた。
「それで、この際だから聞いておくが、他にはいないのだろうな?」
ソファーに深く腰掛けて長い脚をはしたなく組んだ王妃様が、大きなおっぱいの下で両手を組んで、僕を赤い瞳で睨みつける。
扉の前で控えているシーラとビビィは、王妃様の剣幕に緊張気味の無表情。
客間は昼間だというのに薄暗い。
窓から見える空が遠くでゴロゴロと鈍い音を発していた。
さすがこの国の代表者。空の機嫌も連動している。
朱華姉様に続いてララ姉様の妊娠申告。
追い打ちでアンまで加わった大騒動の次の日のことだ。
昼間からの王妃様の呼び出された理由は明白。
出会い頭の手刀の一発も覚悟していたけど、まずは事情聴取からはいるみたい。
王妃様に促されて、ここ一月の激動の異世界生活を振り返る。
エロいイベントが満載だった。思えば病弱王子が偉くなったものです。
「んー、もう1人いるよ」
王妃様の目が半分閉じられる。綺麗なお顔で睨まれると照れちゃいます。
魅惑のぽってりとした朱色の唇がへの字口になっている。
「……誰だ?」
「言っていいの?」
扉付近に控えるメイドズを見て王妃様に確認を取る。
メイドネットワークを介した噂話の拡散を警戒するならメイドズは席を外させた方がいいと思う。
口外法度の箝口令をしいた所でメイドの耳は地獄耳。お口はお喋り雀だし。
異世界らしく娯楽が少ない環境だから、スキャンダルと恋バナは女子の活力なのです。
アンは昨日の今日の当事者だから一旦席を外すように王妃様に命じられて待機中。
具体的にはツバァイ母様とアストレア母様にララ姉様ごと捕まっている。
妊娠初期というのは大事な時期だというのもあるけれど、アンに関してはメイドのしきたりとの摺り合わせが済むまで謹慎という現実がある。
王妃様が僕を呼び出した理由のひとつに、アンの今後の処遇についての話があるはず。
「今更、一人増えようが構わぬ、言うがいい」
「本当に?」
「くどい!」
王妃様は一喝した。シーラとビビィがシンクロして首を竦めていて可愛い。
本人に覚悟が有るならまあいいか。
「王妃様」
「は?」
「だから、もう1人は王妃様」
妊娠してしまう可能性のある女性を話せというなら、王妃様は外せない。
僕と王妃様はセックスした仲だから。中には出していないけど。
王妃様の立場上、妊娠をしたら大変だから、しっかり膣外射精をしたけど避妊はしていない。
まだ推定だけど一撃必中に近い成果を上げてきた、僕の活発な精子を放出する愚息が王妃様の中に入っていたのは事実だし。
低い確率かもしれないけど、セックスしちゃっている以上、絶対はない。
「なにを口にするかと思えば……」
案の定、メイドズは目を丸くしている。側付き仲間のアンは知っているし、メイドネットワークは侮れないから初耳と言うことはないかも知れないけれど、生の情報というのは想像力をよりかき立てちゃうものなのです。
そういえば、昼の王妃様に夜の王妃様の事を話すのは初めてだけど、どうなんだろう?
王妃と王子の艶事を暴露されて慌てふためく王妃様の姿はちょっぴり見てみたい。
だけど王妃様は、はぁと盛大に溜息を着いて眉間の皺を伸ばすように額をマッサージしただけだった。
あれれ? 想像していた態度と違う。
もっとこう、赤面したり言い淀んだり、メイドズを慌てて退室させたり色々あるよね?
子供のしがない悪戯に悩まされている母親みたいな態度だった。
「私がクロの子を妊娠するわけがなかろうが、戯れ言はいい。他にはおらぬのだな?」
可能性の話をするなら、お清めプレイを通じて素股で粘膜同士を密着させたシーラも候補になるんだろうけど黙っておこう。
処女懐妊というのも萌える要素なんだけど!
男の娘とはいえ男だから、女子はしっかり孕ませようと思って孕ませたい。
ララ姉様の件はなかったことにしておきます。記憶にないし。
とはいえ自信たっぷりの王妃様の見解も気になっちゃう。
中で出さないと妊娠しないというのは都市伝説だと説明するのは難しい。
というか、そもそも疑問が残る。
「ねービビィ、膣外射精って知ってる?」
「……はい、若様、存じております」
突然振られた質問に動じることなく無表情でビビィはしれっと答える。
隣で聞いていたシーラの方が気まずそうなお顔になっている。
つまり庶民のシーラでも耳にしたことがあるけど憚られる内容なんだ。
セクハラみたいな質問になっちゃったけど、なるほど、異世界でも避妊方法として膣外射精は一般的らしい。
なら、王妃様の回答が間違っているというわけじゃないか。
「して、どうなのだ?」
「うん、王妃様だけ」
「私のことはいいと言うておるだろうが」
「でも、王妃様、膣内で出さない外出しは避妊方法としてはとても危うい考えですよ?」
露骨で卑猥なワードに王妃様は忌々しそうに顔を歪めたけれど、聞く価値があると判断したのか遮ろうとはしなかった。
「……詳しく話すがいい」
真っ昼間からメイドズを前に王妃様と避妊の話。
僕が知る限りの前世の医学的見解を簡潔に説明してみる。
王妃様は僕の転生について理解を示す希有な存在だったと今更思い出した。
「だから、ビビィもシーラも安心しちゃ駄目なんだよ?」
「うむ。理解した。メイドたちも精々クロに気をつけるがいい」
王妃様は嫌味っぽくいじわるを言う。
「ためになるお話しを聞かせていただきまして、ありがとうございます」
「クロ様はとても物知りでございますね」
感心しているメイドズは、無表情だけど頭を下げて受け容れた。
例えメイドズが理解した所で立場上、「中では出さないでくださいまし」とは言いづらい。懇願した所で聞いてもらえる保証もない。
中で出したらいけない場面に発展する前に阻止する措置が無表情。それから正しい性知識。
だけど控えているメイドズは、「妊娠することに抵抗がありませんので王子のお好きなように振る舞い下さい」なんて今にも口に出しそうな無表情です。
気付いているから王妃様の皮肉なんですね。
これ以上、厄介事の種を蒔くなという掛詞。
「だから、王妃様にも可能性がありますよね? 体調が悪いとか貧血とか、好きな食べ物の匂いが苦手になったとかないのですか?」
妊娠組の今までの症状を列挙する。
「またそんな戯れ言を……そんな可能性などない。いないなら、話を次に進めるぞ?」
あら。なるほど。
強がっているとか誤魔化してるとかいう次元の態度じゃなかった。
昼の王妃様の中では、息子代わりの王子とのセックスなんてとてもじゃないけど認められない出来事なので、意識的にか無意識になのか記憶を切り離しているみたい。
だけど、荒唐無稽で名誉に関わる誹りだと非難していない所に矛盾がある。
人の記憶って本当に便利。
昼の王妃様のかぶり物が夜の王妃様を隠している。またはその逆?
興味深い。
「アンの処遇についてだが、当家の習わしでは――」
契約では、メイドが王族の子供を孕んでも王位継承権は放棄されるし地位も認められないのが暗黙の了解。手切れ金をいただいて、メイド契約を解除して遠方に引っ越すのが習わしです。
酷い話だとは思うけど、王位を簒奪しようという不逞の輩のハニートラップを防ぐもの。
女に溺れる男というのは一定数存在してしまうのは歴史が証明しているらしい。
悪女に手練手管で籠絡されるというのも一種の醍醐味で興味深い!
ある意味、隣国の大使が近い存在なのかも。
だけどそれは、傲慢な王族側の助平な男のクズ理論。
中には、不本意に関係を迫られた挙げ句の果てに犯されて、望まない妊娠をしてしまうケースもある。
うん……あると思う。
んー……多分あった。
うーん。うちの側付メイドを見ていると本当かなぁと首を傾げてしまいます。
僕と王妃様のやりとりを無表情だけどほんわかした目で見ているメイドズだから尚更です。
期待に応えるのが第3王子。
「じゃあ、アンと結婚するね、王妃様」
これは、今後関係を持とうと迫っているシーラとビビィにとっての福音だよね。
「簡単に言いよって……」
王妃様は難しいお顔で返す。
だって僕は前向き第3王子。この場合は、前向きという冠よりも第3の部分が肝心です。
兄様ズも姉様ズもおわすので、僕が玉座に座る可能性はとことん低い。
僕が王位継承権を放棄してもまったく問題ない。
ただの小国の貴人なら、庶民を娶っても問題なし。子供が生まれても問題なし。
医療文化が発達していない異世界だから子供は宝。生めや増やせは富国強兵の第一歩。
アンが僕の顔を今後見るのも嫌です、お金をいただいてさようならと意思を示さない限りは王族のしきたりに縛られる必要もない。
「クロの決意は一考しよう」
でも、最終決定者は僕じゃなくて王妃様。
王家の理というものは一筋縄では行かないのです。
考えたくない未来を想像すると、少しだけ物悲しい。
「っ……」
「はうっ……」
メイドズから息を飲むような声が聞こえた後、王妃様も似たようにたじろいだ。
あれれ? 男の娘の不安顔が、姉的な琴線に触れちゃったかな?
こういうのって意識すると出来ないんだよね。
「くっ……、そう不安そうな顔をするでない、クロよ。結論を急ぐことはない」
王妃様は慎重派だった。妊娠というのはデリケートな問題なので。
続いて嫌そうに王妃様がお話ししたのはララ姉様。
「法で禁じられていないとは言え、腹違いの姉弟で子を作るとは、まったく……」
あの、王妃様、ブーメランという言葉をご存じですか?
血のつながりが無いとはいえ、母親と息子で子作り紛いのセックスも同様ですよ?
昼の王妃様に言っても無駄みたいだから自重する。
「まあ、あの溺愛具合からいずれ訪れる未来だとは予想できていたがな」
ララ姉様の浮世離れな弟狂いは、国民の周知の事実。
いずれ王子と結婚するのは自明の理というのが至極当然の言わずもがな。
実は、前世では一番問題がありそうだったララ姉様との関係が、この世界では一番問題がないという謎理論だった。
将来的に同じ子供でありながら、ララ姉様の子供には王位継承権が残るという不平等はあるけれど、僕のもララ姉様にも権力に対する固執はないから問題なし。
朱華姉様との話はなかった。
結婚式のような具体的な話も出なかった。
「まだ確定しているわけではないのだ、国民にぬか喜びをさせることもなかろう。メイドたちが無責任に話を広めぬようにメイド長に伝えておこう」
王妃様はそう締めくくると、僕に退室をお命じになった。
おやおや? 王妃様らしからぬ手落ちだぞ? お説教は見送りなのかな?
いつもなら、定職についてもいない放蕩王子が無責任に子供をぽこぽこ作りおって、責任を取って辺境のひとつでも治めてこいとか言いそうなのに。
気付いていないなら幸いだから、とっとと退散退散、ドロン!
*
夜のことだ。
「あはっ、今日もお姉ちゃんにたくさん出していいんだよ?」
「子供が出来た祝いだ。繰り返すがよく妾を孕ませた、褒めて使わす。そうだな、褒美は妾の身体で構わぬか?」
僕の部屋のベッドでは、やる気満々の美女が2人。
スケスケネグリジュで僕を誘惑するララ姉様。
裾の短いミニ浴衣を羽織っただけで肌を見せ放題の朱華姉様。
「ララお嬢様、朱華様、ツバァイ奥様より当分の間は若様との性行は不許可とのご命令でございます、どうかお控えください。若様、御前でございますので、どうかお鎮めを。朝まで持ちそうにありませんのでしたら、いつでもアンにお命じください」
メイド服を脱いで寝間着姿というのにメイドみたいな無表情のアンも同行。
アンは2人の女性の暴走を押さえるお目付役だけど、言っていることはあまり違わないから始末が悪い。
なにこの入れ食いハーレム状態。感激でむせび泣きそう。
出来ても問題ないけど、もう出来ちゃっているらしい魅惑の女性にやりたい放題。
だけどそうは問屋が卸さない。
「若様、夜分恐れ入ります。王妃様がお呼びでございます」
「ララお嬢様、朱華様、アンさん、王妃様が夜更かしは身体に障るので先に休むようにと言伝でございます」
メイドズがノックの後、アンの取り次ぎで入室すると、部屋に少しだけ石鹸の匂いが混じった。
シーラとビビィは王妃様の湯浴みを手伝っていたのかな?
髪の先が少しだけ濡れていた。
なんとなく嫌な予感。
いつもの王妃様なら真っ先にあった筈のお説教が、昼間の呼び出しではなかったから。
落ち着いて思い出したに違いない。
行かないなんて言う選択肢はないから仕方がないんだけどね。
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