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第2部
第37話 これが王族クオリティ
しおりを挟む037
「んーーっ、やっぱりこの国の料理は美味しいですね」
隣国の大使は感激したご様子で両手を握りしめると、ブルブル震えながらそう言った。
正確には我が国の料理じゃなくて、別の世界の未知なる食材なんだけどね。
というか、どうしてここに部外者がいるんだろう?
*
朝のお勤めを無難にこなして食堂に入ったら、金髪の男装の麗人が薄く微笑みながら僕を迎えた。
ハーフパンツでジェンダーフリーな服の選択具合から、メイドズには周知の事実。また話半分で聞き流した僕の落ち度か。
「おはようございます大使様、お戻りになっていたんですね」
「ああ、クロさん。昨日の夜に戻りました。相変わらず君は可愛らしいね」
ウインクでも飛んできそうな軽々しさだ。
以前なら吐き気と鳥肌間違い無しの会話のチョイスも、相手が年上お姉様なら話は別。
人間の脳って便利だなぁ。
ここは頭を切り替えて、我が国の未来のためにも、男性が苦手という未確認情報を確かめるためにも積極的に対応しよう。
前向き第3王子の本領発揮!
いつものように皆にハグをして周り、最後に大使にも遠慮なく抱きつく。
「おはようございます! サライ姉様!」
「ぐはっ」
「ぐはっ?」
「いえ、気にしないでください」
いたいけな男子がお姉様と百合プレイ。これは、お姉様呼びに反応したな?
休憩中の貴公子のような仕立ての良いシャツを着た大使は、立て直して落ち着いて僕の背中にまわした手で軽く背中を撫でてくれる。
「ははは、今日はぐいぐい来ますね姫、何の心境の変化ですか?」
正体を知ったからです。
僕が間抜けだっただけですけど!
「僕は姫じゃなくて、男の娘です、サライ姉様」
見た目は少女と美青年。
だけど、中味の性別は正反対。
喜劇チックなお話です。
首を傾げる大使に、軽く男の娘の来歴を伝えてあげる。
「男の娘……それはとても興味深い響きです」
興味津々で大使は目を輝かせた。
僕は卒業してしまうけど、ぜひ隣国で流行らせて安寧を手にしてください。
バイザウェイ!
「ところでどうして大使様は、我が家の朝食の場に紛れ込んでいるのでしょうか?」
どうせ飯が目当てだろうけど、空気の読めない世界の理なんて知らない子供みたいに純粋に聞いてみる。
大使は誤魔化すようににっこりとチャーミングに微笑んだ。
残念ながら、我が家にはそんなハイソサエティな笑顔に靡く軟弱者はいないです。
壁際で控えるメイドの中には、玉の輿を狙う猛者がいるかもしれないけれど、しきたり通りに無表情だし。
「大方、暇を持て余しておるのだろう」
「ひどいですね王妃は、有る事無い事報告しますよ?」
王妃様は聞こえるように舌打ちを鳴らして睨み合う。
本当に馬が合わない2人だな。
シーラに目配せを送って朝食の一部に僕の私物を出すように指示を出す。
それは、焼海苔。
基本小麦文化の異世界だけど、意外にパンにも海苔が合う。
チーズと一緒にお楽しみください。
「いい加減席につけ、馬鹿者が」
王妃様に叱られて朝食開始。
「この黒いペラペラした食べ物は最初、抵抗がありましたけど、実に味わい深い一品です、王妃、どうか我が国に輸入の許可を頂けませんか?」
「うむ。考えておこう」
王妃様がドヤ顔だった。
手を焼いている大使が頭を下げてきたから相当嬉しかったのか、それとも贔屓目に見て、僕が発案の食材を褒められて鼻高々だったのか、母親なのに子供みたいでとっても可愛い。
「この風味は、私の故郷に通ずるものがありますこと」
何かと厳しいツバァイ母様が、珍しく賛同してくれた。
ツバァイ母様の故郷は和のテイストが強いみたい。
いま準備中の梅干しも行けるかな?
焼酎があれば飲んベえにも有効だから、朱華姉様にも試してみよう。
パティ姉様、それは舐めるものではなくて食べるものです。
はしたなく、口に含んでちまちまと味わうパティ姉様はリスみたいで可憐です。
気に入ったんですね。ちょっと嬉しい。
カツンという音がする。
朝から一人だけ赤い盃でお酒を嗜んでいた朱華姉様だ。
もちろん、焼き海苔はお酒の当てにもなる万能食です。
長い睫毛が麗しい、閉じていた目をゆっくりと開き、じっと盃を睨んだあとに墨のように深い黒色の髪を手で跳ねる。
迫力はあるけれど、とても美しい流れるような所作だった。
「どうした朱華、そのような顔をして。酒の味が気に食わなかったのか? それとも傷んでいたのか?」
やめてあげて王妃様! 料理長が失神しちゃう!
「味か……ふむ。そうだな。酒の味が変わった」
用意されているのはお酒はいつもと変わっていないはずだし、水で薄めているなんて場末の酒場みたいな真似は王家ではあり得ない。
温度管理が甘かったのかな?
日本酒テイストなお酒がいたく気に入っていた朱華姉様だけに気付くような些細な味の変化かな?
それから朱華姉様は、王妃様みたいに眉間にシワを作った。
「クロよ、お前に褒美を取らせよう」
どういうこと!?
え? 表情と言葉が噛み合っていないよ、朱華姉様。
焼海苔がそんなにお気に召したの!?
こちらに顔を向けると朱華姉様は、でも、歯切れが悪そうなお顔だった。
んん?
なにか戸惑っているご様子だ。
「なにせ貧弱な角なしの人間が、鬼の女を孕ませるなぞ、前代未聞だからな」
うむ真に天晴れだ。
そう言い終わると、肩の荷が下りたように朱華姉様は晴れ晴れと呵々大笑。
それなりに賑やかだったダイニングがしーんと静まり返る爆弾発言。
朱華姉様が降ろした荷が、まとめて他のみんなの背中に載せられた重さだった。
「は? 孕んだだと? 朱華、それは、どういうことなのだ?」
「……しまったですこと」
ツバァイ母様は額に指を当てて俯いた。
「なに、妾とクロの子供ができた兆しがもたらせたのだ」
「……それが、酒の味が変わった事となにの関係がある?」
「お主も子持ちなら、思い当たることがあるのではないか?」
王妃様は派手に眉をしかめる。
確かに。妊娠初期の頃、特定の食べ物の匂いが急に苦手になるという話を耳にしたことがある。
えーと、僕に子供?
いきなりすぎて、ふわふわした頭はあまり回らない。
「あらあら、まずはおめでとうね、朱華さん、でも……クロの子供ということは、私はお婆ちゃんなのかしら?」
アストレア母様が朗らかに笑う。
おっとりした母様の声もどこか遠くに聞こえる。
「クロくん? お姉ちゃん聞いていないんだけど?」
「愚弟、正座」
止まっていた時間がゆっくりと動き始めた。
待って待って、姉様ズ。
僕だって初耳で寝耳に水で耳朶に触れたばかりだから。
まあ驚いたけど、朱華姉様の場合、元々子供が出来なくて、なくした自信を取り戻してもらうために妊活をしていたも同然だから、落ち着くところに落ち着いたというべきだと思う。
でも、本当に子供が出来たんだ。
僕がだらしなく朱華姉様の中に撒き散らした種が素で、子供ができるなんて神秘だなぁ。
「なるほど。これでこの国は、鬼の一族の力を手に入れたと言うことですね」
大使の声が低く響く。
「まだ、確定したわけではない」
王妃様が溜息とともに吐き出した。
お山を守る人の力を軽く凌駕する鬼の一族との間に子供が出来たというのは問題が大きいみたい。
身内に子供ができたとはわけが違う。
なにしろ朱華姉様は、領地内とはいえ独立した一族で、身分は王族の姫兼元王女。
うわ。さすがにそこまで考えてはいなかった。
元族長の朱華姉様のお子様には、次世代の族長の継承はない。
言葉のチョイスがあれだけど、降嫁したようなものだし。
その前に伝えたいことがある。
確かめたいこともある。
「朱華姉様!」
食事中に無作法だけど、席を立って移動して朱華姉様に抱きついた。
「む。何だクロ、褒美が決まったのか?」
動じることもなく、朱華姉様は僕を抱きとめ、気にすることもなく食事を続ける。
いい匂いをたっぷり堪能。
「おめでとう! 朱華姉様! やっぱり不甲斐無かったのは朱華姉様じゃなくて男の方だったね!」
「ふふ、そうだな」
えへへ、とっても嬉しそう。
「それで、生まれてくる子供は鬼の子なの? それとも人間?」
「うむ。生まれてみないことには分からぬな」
あ、そういうものですか。
どちらにしても楽しみではある。
だって、僕は前向き第3王子!
僕の甲斐性は未知数だけど、王家の甲斐性は無限大。
ご苦労はおかけしないので安心してください。
「食事中だ馬鹿者! まったく……おぬし達は節度という態度をもう少し持つがいい」
王妃様が一括。
「……大使よ、海苔の輸入を大使個人としてなら許可しよう」
大使もにっこり。
心得てますよと。大使は笑う。
体のいい口止め料だった。
さて、それで終わらないのが王族クオリティ。
*
翌日のことだ。
「んー。これはぁ、お姉ちゃんの女の勘なんだけど、赤ちゃんできちゃったみたい」
「は? 愚弟、正座!」
朝一番からクライマックス。
「あらあら、ララちゃんもおめでたなの!?」
アストレア母様はにっこり。
「……ララ、めでたいことですが、相手は――いえ、詮無きことです」
ツバァイ母様は深い溜息。
もう、朝食の場はてんわやんわ!
「ララ……お前もなのか……」
娘の妊娠という一大事だというのに、王妃様は怒る気力も萎えてしまったのか、ただただ呆れ果てていた。
「お待ちなさいジュリーナ、少しお話がありますこと」
「む、なんだツバァイ、お前も子供ができたのか?」
「冗談を言っている場合では無いですこと」
王妃様は露骨に眉をしかめる。
「アン、こちらに」
「え? は、はい、ツバァイ奥様」
部屋の隅で控えていたアンが名前を呼ばれて少しだけ目を丸くした後で、無表情に戻して静かに近付く。
普段食事中に呼ばれることなどない上に、主ではなくツバァイ母様に指名されたアンはかなり緊張気味だった。
というか、どうしてこのタイミングでアンが呼ばれたの?
奇しくもララ姉様の妊娠というカミングアウト。
控えていたメイドたちは無表情でひそひそ話している。
2日連続の慶事没発に、メイドネットワークも大忙しに違いない。
「ジュリーナ、落ち着いて聞きなさい。このアンも、クロの赤子を身籠もっています」
はい?
え? いま、なんて仰いました、ツバァイ母様。
同様に、何を言われたのか理解できないのだろう、アンは皆の注目の的になってから耳に入ったツバァイ母様の言葉の意味をゆっくりとかみ砕いている様子だった。
「アン、本当なの?」
恐る恐る確認すると数秒の沈黙のあと、アンは「え……ええっ!?」と驚愕して、無表情も忘れて顔を青くした。
あ。本人も無自覚だった。もちろん、僕も無自覚だった。
でも、思い当たる節がないわけじゃない。
数日前に体調を崩したアンの部屋にツバァイ母様が尋ねてきたこと。
その後も、アストレア母様がアンの部屋に来て、やたら抱きついていたのは、そういう意味だったのかな?
例え男の娘でも中身は男。女性の生態には詳しくない。
アストレア母様に目を向けると、穏やかに微笑んでいた。驚いた様子がないから事前に聞かされていたと推測される。
「そ、そんな、え、ですが……そんなことがっ! 何かの……いえ、どど、どうしましょう、若様!? 若様!?」
うん、ごめんなさい。
前向き第3王子を自称する僕でも、ちょっと話しについて行けないくらいに混乱中です。
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