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第1部

第30話 幕間という名のエピローグ (第1部完)

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 030 

「がはは! では、行ってくるぞ!」
「ふ……お土産は期待していい」

 大げさに手を振る兄様ズが朝から元気にお山に出発するのを見送って、僕の任務も終了した。

 お山の調査は継続するけど、僕の出番はここでおしまい。
 隣国が何を言ってくるのか知らないけれど、あとは兄様ズと王妃様に任せよう。

 少しだけ意外だったのは、今日も目のやり場に困ってしまう、ミニ浴衣で胸元ふともも剥き出しの、朱華姉様がこの場に残っていることだ。

 てっきり一緒にお山に登りそのまま帰宅すると思っていたから。
 というか、ゴタゴタ騒ぎで有耶無耶になっていたけど、朱華姉様ってどうして村に戻ってきたんだろう? 特に約束はしていないはずだし。
 たまたま僕が仮病でダウンして1日留まったから運良く会えたけど。

 僕の体調不良の情報なんて届かないはずだよね?
 山に住む超自然的な虫の知らせという、ご都合主義はないと思う。

 まさか、メイドネットワークが世界規模だとか?
 アンをついつい見てしまう。

「? 若様、なにかご用でございますか?」

 姿勢正しくみぞおちに手を揃えて待機していたアンが首を傾げる。
 昨日流れで初体験をした女子とは思えないいつも通りの無表情だった。
 王妃様だけじゃなく、この世界の女子は二重人格者が多いな。

 なんでもないよと返しておく。

「で、何故お主は一緒に帰らんのだ?」

 同行していた王妃様が僕の疑問を朱華姉様に、嫌味っぽく伝えてくれた。
 よそ行きの赤いドレスが素敵です。王妃様は本当に赤が似合う。

「うむ。それなのだが」
「……妙だな? 昨日はゴタゴタしていて考えなかったが、ときに、お主はどうして村に戻ってきているのだ?」

 珍しく朱華姉様は自嘲気味に苦笑した。

「実はな、族長の座を妹に託して妾は里を出てきたのだ」

 あらら。家出というのもおかしいから、出奔とでも言うべきか。
 この世界の女性は黙って家を出てくる人が本当に多い。

「妾も、もう若くない。今更ながら妾を抱いて子作りにつきあわされる男衆にも酷だと思うてな」

 なにかアクシデントがあったわけじゃなく、自身の考えだと強調する。

「酷なんかじゃないよ? 朱華姉様」

 だってこんなに魅力的だから。僕だったら、いつでも子作りに協力できるよ?
 言いたい事をくみ取ったのか、朱華姉様は僕に優しく笑いかける。

「ふふ、そうだな。クロが認めてくれているのだ、卑下するのも自重するとしよう」

 王妃様は注意深く朱華姉様を睨みつけた。

「妾は自由に生きたいと考えたのだ」
「……クロは嫁に出さんぞ?」

 王妃様の眉はこれ以上ないくらいに吊り上がる。
 嫁じゃないよ。男の娘でもお婿だよ。

「そう、先を読むな王妃よ。それに昨日の夜で考えは変わった」

 苦笑を続ける朱華姉様に頭をナデナデされる。心地いい。
 その動作でおっぱいがふるふる揺れて眼福です。
 しゅばっと後ろから王妃様の手刀が落ちる。痛いです。

「そう言えば、褒美がまだだったな、王妃よ?」
「クロを嫁に出すという話ならお断りだ」

「いや王妃よ、妾の考えも変わったと申したであろう? 妾が嫁でも構わん。クロは妾よりも強いと証明したのだから」

 美女ははしたなく歯を見せて嗤う。意地悪そうで凛々しく優しい、憑き物が落ちたような晴れ晴れとした笑顔につられてしまう。
 鬼の一族の常識で考えると、お嫁とお婿の立場が逆転。これは一大事なのかも知れない。
 言われた内容も尋常じゃないけれど、まあ、それはそれ。

「は? いまなんと申した?」

 と、王妃様は目を剥いた。

「嫁に入るぞ、つまり王妃が妾の義母と言うことだ」

 僕の配偶者というのは、精神的に王妃様の義理の娘。
 王妃様の目が点になる。

 アンが「若様がお輿入れ……」と失礼なことを呟いていた。
 違うよぉ。朱華姉様の輿入れだってば。

「懸念は無用だ。クロを縛り付けるつもりはない。お主の国では、嫁は何人いても構わぬ法なのだろう?」

 朱華姉様が僕をそっと抱きしめる。
 女尊男卑の鬼の一族の女としては全面降伏みたいな言葉に僕は驚愕した。
 その分、嬉しさも半端ない。

「アン! 今から緊急会議だ! 急いで主立った者に招集をかけろ!」
「か、かしこまりました」

 え? もしかして今から一夫多妻禁止法の設立布告ですか?
 それはちょっと国を揺るがしちゃいますけど。へんなしきたりなんかが生まれてしまう、助平でお金持ちの人が大勢いる国だよ?

「妾の応援をしてくれるのは嬉しいが、クロには申し訳無いのう」

 朱華姉様は涼しく笑う。
 ああ、確かに。今から法律が変わると僕と朱華姉様の一夫一妻。
 王妃様、完全に墓穴ですから諦めましょうよ。

 ぐぬぬと王妃様はマンガみたいに悔しがっていた。

「では、褒美として、妾がクロの側にいることを許すがいい」

 朱華姉様は呵々大笑。

 こうして朱華姉様は客人待遇、鬼の一族からの非公式な大使として、同居生活を送ることになった。

 *

 馬車に乗り込んで村を出発。
 どちらが僕の横に座るのか多揉めに揉めたあと、アンが隣に座るという決着になった。
 子供だなぁと呆れたけれど、愛されているって素敵です。

 久しぶりの我が家に戻ると、姉様ズの熱烈なハグで迎えられる。

「クロくん! おかえりなさい!」

 ララ姉様のタックル攻撃。

「愚弟、あの女は誰?」

 僕の服の裾を掴んだパティ姉様は朱華姉様をジト目で睨む。
 パティ姉様、ちゃんと前に会っていますから、知らない人みたいな扱いはやめてあげてください。

「……今日から着任する、鬼の一族からの大使だ。家は追って用意する故、今夜は客間の用意を頼む」

 王妃様は嫌そうに執事に申し付けている。
 絶対このままズルズルと居座りそうな予感しかない。

「おかえりなさい」
「よく帰りました、クロ。息災ですこと」

 母様ズにしっかり「ただいま」の挨拶。
 元気そうでなによりです。

 夜に朱華姉様の紹介を兼ねた大宴会で、王妃様は心配になるくらいの勢いで朱華姉様と飲み比べをして大変だった。

 *

 久しぶりの自室での睡眠は快適でした。
 噂では僕の部屋の前には護衛がついていたらしく、朱華姉様は入ってこれなかったみたい。

「……若様、おはようございます」

 僕を覗き込む、無表情だけど綺麗なお顔に迎えられるいつもの朝。
 なんだか懐かしいアンのフレーズだった。
 朝の爽やかな日差しで輝く部屋を見回して、他に誰もいないことに気がついた。

 シーラとビビィは帰省中。
 3人待機の時の合図もいらない、アン1名バージョンだからか。

「……若様、本日のご予定ですが――」

 着替えを手伝ってもらう間、特になんの悪戯もないけれど、僕のペニスは元気いっぱい。
 無表情でアンは見て見ぬ振りを続けている。
 でも必死に頭の中で時間を測りながらシミュレーションでもしているのか、チラチラと視線が泳いで、やっぱり無理そうだと落胆する百面相。
 一番搾りはお預けみたいで、ちょっぴり残念そうな態度が可愛い。

 アンが1人の時は、僕が病弱王子だったから、朝の性欲処理おつとめなんてなかったんだった。
 1人で着替えの補助に入ると時間が逼迫しちゃうから、余計なことに時間を割く暇もない。
 ある意味健全。ある意味残念。

 いつもの朝と違うなら、前向き第3王子も変化が欲しい。
 よし、決めた!

「アン、今日はあっちの服でお願い!」
「え? か、かしこまりました!」

 *

「おはようございます!」

 ダイニングルームに入ると、皆がギョッとしたような顔になってとても満足。

「いやーん! クロくんが男の子の格好してる! とっても可愛い!」

 いえ、本来は男の子です、ララ姉様。男の娘だけど。
 屈託のないひまわりみたいな笑顔のララ姉様にハグハグ。
 横のパティ姉様にもハグハグ。うわ。凄くお顔が真っ赤になった。

「愚弟が、男装……じゅるり」

 男装じゃなくて正装だってば。
 パティ姉様の目が妖しい。
 え、そっち系!?

 まったく、失礼な姉様たちで困ります。
 僕は白いシャツとスラックスという、ごく一般的な少年が良くする格好なんだけどね?

 一緒に歩いてきたけれど、入り口で待機状態になったアンが無表情でも誇らしげだ。
 はいはい。いつもどっちつかずの格好で悪かったね!

「おはよう、クロ」

 アストレア母様にとっては、僕の格好は関係ないみたい。
 いつも通りに、にこにこと笑ってハグハグしてくれた。

「……せっかく私の故郷の衣装を仕立てたというのに、気まぐれですこと」

 え? ツバァイ母様!?
 スカートの苦い思い出が口の中を苦くします。
 どんな服なのか聞くのが怖いのでスルーしてハグしていると、いつまでも甘えてはいけませんとぴしゃりとやや笑顔で諭された。

「おはようございます、朱華姉様」
「うむ。男の娘とやらは返上か? 妾にはどちらでも構わないほど可愛らしいがな」

 朱華姉様は薄く笑う。
 元々ラフな格好が多い中でも際立って、露出の激しいミニ浴衣が色っぽい。
 どうしてこんなに魅力的な女性に鬼の一族の男子は萌えないんだろう?
 結果オーライだから、まあいいんだけど!

 で。

「……少しはまともな考えに至ったのなら、仕事を任せた甲斐があったというものだな」

 王妃様は、いつも通り僕を半目で睨みつける。
 笑顔がないのは王妃様だけ。だけどそれが昼の王妃様。
 凹凸の激しい身体をたっぷり堪能するようにハグハグ。
 ハグハグ。

「……、……ええい! 長い! うっとうしい! さっさと席につかぬか、この馬鹿者!」

 いつも通りに王妃様に叱られました。

 うん、大丈夫。兄様ズは不在だけど、家族の顔に憂いはない。
 もう、僕に気を使う家族はいない。
 僕は僕と言うだけで受け入れられている。

 随分前からそうだったのかも知れない。
 気の持ちようかも知れないけれど、自分が満足することがなにより大事。

 任務を無事にこなせて、本当に良かった。

 えへへ、僕の愛くるしさに皆がほんわか笑っている。大満足!
 眉間にシワを寄せるのがデフォルトの、王妃様を除いてだけど。
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