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第1部

第26話 涙は男の娘の武器なのです

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 026

 平和ボケしている転生した男の娘なので、謀反だとかクーデターだとか言われてもピンとこない。
 世情に疎い病気っ娘だったから、事情に明るいわけでもないし。

 険しい顔つきの王妃様に呑まれるようにメイドズの無表情も青い。

 首謀者は誰なのかな?
 代表が国民なのか、貴族なのかで対応も違うだろうし。
 そもそも、どうして僕の身柄を要求してるの?
 権力が欲しいなら王族なんていても邪魔だし、国家として血統という正当性が欲しいなら姉様ズがいるわけだし。

 だめだ、謀反を起こした経緯がまったく見えてこない。

 あまり考えたくない僅かな可能性だけど、僕が転生者であることが露見して知識チートを利用したいと考えている線。怖っ。
 王妃様ならその可能性に行き着くね。正体を知っているわけだし。

 もっと少ない僅かな可能性として、実は女性と思われているとか?
 一番年下の女で御しやすい!
 男の娘だから、ちゃんと着いてますよ?

 んーやっぱり、これはきっと、何かの間違いで行き違いだと思うな。

「王妃様――」

 姉様ズと兄様ズがこちらに向かっているはずだから、判断をするは生の情報を聞いてからの方がいいと思いますよ? と伝えようとした所でタイミング悪く邪魔が入った。

「クロくん! 平気なの!?」
「愚弟、情けない」

 見事に泣きはらしたお顔の姉妹ズが部屋に飛び込んできた。
 ピンク色のワンピースドレスのララ姉様は、髪の色に負けないくらいの赤い目で、僕に突撃して見事にベッドに組み伏せられる。
 袖の部分がメッシュで透けていてとてもセクシーな出で立ちだというのに、はしたなくしわになるのも気にせずに僕に体重をかけまくり。ぐえっ。

 そんなに力いっぱい抱きつかれたら、本当に具合が悪くなります。
 ララ姉様にぐわんぐわんと身体を揺さぶられ、「ギブギブ」とベッドをタップしていると、ちょこんと横に座ったパテイ姉様にぎゅっと手を握られた。

 黒いミリタリーゴシックなドレスが本日もキュートです。胸元のボタンが多いデザインと赤のライン。フレアーがしっかりと広がったちょっと椅子に座りにくそうなスカートが大変良くお似合いです。
 だけど高貴な色白なお顔の目は腫れぼったい。

「ごめんね、姉様」

 ご心配おかけしました。
 仮病だから胸が痛い。

 王妃様の白い目も痛い。メイドズの無表情が取っても怖い。

 謹慎の命令違反をしている娘達を見る王妃様の目は母親らしく慈愛でたっぷり。
 叱るのは後回しにしてあげて下さい。
 僕の無事を確認できたら、姉様ズもすぐに落ち着くと思います。

「それで、お転婆ども、中央の様子は――」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしていた姉様ズのお鼻をハンカチでシーラとビビィがお世話をしているタイミングで、王妃様が言いかけた言葉は野太い声で遮られた。

「クロ、無事のようだな! がはは!」
「ふ……心配はないようだな」

 久しぶりの兄様ズが登場。

「クロを病にしたお山というのはどこだ? すぐに俺が打ち払ってやるぞ?」
「ふ……今日の剣は血に飢えている」

 王妃様の手刀が二刀流で振り下ろされていた。
 ちょっと涙目の兄様ズが可愛い。

「それで、バカ息子共よ、中央の様子はどうなのだ?」

 兄様ズは王妃様の言葉にただ首を傾げていた。

「まだ聞いておらんのか、このうつけ共は……」

 王妃様から事態急変の情報を説明されて兄様ズも顔色を変える。

 どうも、謀反騒ぎは兄様と姉様が出発してから起こったみたい。
 王妃様に知らされた早馬が、王族関係者を考慮した低速移動の馬車を追い抜いたのかな。

「王家の者の留守を狙った計画的な行動というわけか……」

 いえ、まだ邸宅にはアストレア母様とツバァイ母様がいらっしゃいますけど?
 同じ解答に至ったのか、王妃様の顔色は更に悪くなる。

 謀反というのが本物であるならば、邸宅に残っているひ弱な母様ズなんて紙みたいなものだ。
 破られてくしゃくしゃにされちゃう。
 どっちも美しい女性だから、その前に落書きまでされちゃう可能性は否定できない。

「おい! 何を悠長な顔をしている、バカ息子共! アストレアとツバァイの助けに向かうぞ!」

 王妃様が吠える。
 だけど兄様ズは揃って首を傾げた。

「私に何か用なのですか? ジュリーナ。火急の用件でないのなら、まずはクロの見舞いをさせてもらいたいものですが?」
「クロ……ああ、クロ、身体に大事はないのね?」

 来てました!
 姉妹兄弟が僕に会う為に用意した馬車に便乗していたとのこと。
 もうこれ以上、入れないとほど部屋の密度が上がりました。

「顔色は問題ないですこと。そのような格好をしているから病などに伏すのですよ? 王族として情けない、クロ、これを」

 ツバァイ母様は、おつきのメイドから手渡されたスカートを僕に託す。
 つまり完全女装がお望みだと!
 厳しく躾をしていただいたツバァイ母様らしく、中途半端は許さないという一本筋が通った行いだった。脱帽します。

 着替えの途中だったから、下はパンツ一丁。このままでは禁断の領域に吸い込まれる。

「ツバァイ、話は聞いておろう? 中央の賊共の動きをなにかつかんでおらんのか?」
「メイドたちの話ですと――」

 でた、メイドネットワーク!
 兄様と姉様と同じ馬車だったのに何故かツバァイ母様は驚きもせずに回答している!

「難しいことは分かりませんが、大挙したのは身形のいい貴族たちと白い服の集団であったということです」

 うわ。白い服の集団というのが気に掛かる。

「……まさか」

 王妃様も同じ見解。

「ジュリーナには、心当たりがある様子ですこと」

 ツバァイ母様は目を細める。
 王妃様はバツが悪そうなお顔になった。

 僕はベッドに座らされて、スカートを手にして迷う素振りのアンに首を振って対抗している。
 だけど、右側からララ姉様、左側からアストレア母様、背中はパティ姉様に抱きつかれたりハグされたり、裾を掴まれているから逃げられない!

「これはメイドの口から聞いた話ですが」

 ツバァイ母様が顔を伏せて王妃様を睨みつける。
 東の国に近い出身のツバァイ母様は信心深い所がある。

 ここは、お山の麓の村。
 別に隠しているわけでも痛い腹があるわけでもないから、王族関係者がお山に対して何か行動を起こしているというのは筒抜け状態。

「神聖なるお山に対して手を出して、第3王子が一時的にとはいえ神隠し、果てはお山の主が怒り王族の屋敷を奇襲して王子を昏倒させたと、そのような噂が流れていますこと」

 本当にあったことだけど、本当になかったことが脚色状態。
 情報は都合良く改竄されて広がるものです。
 尾ひれが付いた噂が蔓延していても決しておかしくない。

 近衛が部屋の外から失礼しますと声をかける。
 あまりに部屋が人でいっぱいだからぎょっと目を剥いていた。
 王妃様は構わぬ申せと声を上げる。

「はっ。先ほど届きました情報によりますと、邸宅にて終結していた不逞の輩が、こちらに向かう準備を始めたとのことでございます!」

「がはは、すでに進軍準備とはな!」
「ふ……兵士共も丸め込んだか」

 すでに進軍準備状態。
 国に忠誠を誓った軍を掌握という事実。

「代表を名乗る者は元子爵であると、報告がございました!」

 大人数で邸宅に押しかけて、僕の身柄を要求した張本人らしい。

「そ、んな……」

 話を聞いた、ビビィは青ざめた。部屋に集まる王族達の視線を受けてその圧に耐えかねて、そのまま横にいたシーラの身体に寄りかかる。

 元子爵はビビィの父親。
 残念ながら、親の罪が子にまで及ぶ世界の常識に、普段は落ち着いているクールなビビィでも抗うことは難しかった。

「ビビィ、こっちにおいで」

 真っ先に声をかける。追随は許さない。
 誰もが息を飲んでいた。

「かしこまりました」

 ビビイはベッドの側まで移動すると、膝を着いて屈み込んだ。

「ジュリーナ母様、ビビィは僕の従者だから、彼女の処分は僕が決めるね?」

 第3王子の我儘に、王妃様が眉を寄せる。横紙破りだと承知してるよ!
 頭をフル回転させる。考えろ、考えろ!

 状況に流されているけど、謀反だと決まったわけじゃない。
 首謀者が元子爵だと決まったわけじゃない。

 今は何を言っても水掛け論。
 だけど僕の手元に置いておけば、はっきりとするまでは時間は稼げる。

 ちくしょう! 冷静になりきれない。

 そんな時に、狭い窓からお山が見えた。
 そうか。
 事実だったとしても最悪ここからお山はすぐ側。
 朱華姉様に頼み込んでビビィを避難させる。

 お山に対して人間だったら手出しは出来ない。
 人間の力をはるかに凌駕する鬼の一族には敵わないはず。
 女尊男卑な文化だから、女だからといってビビィが手ひどい扱いを受ける可能性は少ない。

「クロくん、ビビィちゃんを守りたいのね?」
「愚弟、王族失格。でも、味方する」

 多分、僕の泣きそうな顔を見てまずは姉様ズが味方になった。目が潤む。

「がはは、クロよ、そう心配するな」
「ふ……弟よ、兄を信じろ」

 兄様ズも僕に近付いて肩を叩く。暑苦しいけど嬉しいです。ぼろりと涙がこぼれた。

「クロの信じる道をおゆきなさい」

 アストレア母様はいつでも僕の味方だった。しゃくり上げる。

「……仕方がありませんね、クロ、今回だけです」

 涙もろいツバァイ母様は、僕にもらい泣きをしてハンカチに手を当てていた。

「この……バカ者が!」

 王妃様は不承不承、おもいっきり機嫌が悪そうな表情でそう怒鳴る。
 それは、暗黙の了解だと判断します。
 みんなの優しさで号泣してしまいそうになるのを踏みとどまる。

「若様……」

 ビビィは両手で顔を覆うとそのまま静かに肩を震わせた。
 王族に仕えるおつきのメイドは泣くときも無表情のしきたりだから。
 その細い壊れそうな肩を軽く撫でるように一度だけ叩く。

「ふふ、強がって頑張る弟って可愛い!」
「愚弟の泣き顔……ぐふっ」

 あの、恥ずかしいから以上弄るのはやめて下さい。

「がはは、それで母上、いかがいたす?」
「ふん。国など欲しいならいくらでもくれてやる、だが、クロを渡すわけにはいかぬ!」

 王妃様は決して顔を下げない。
 愛されているって素晴らしい!

 期せずして王族が勢揃い。
 事の真偽はともかくとして、だけど、手元の兵は近衛だけ。
 逃げるにしろ、起死回生を狙うにしろ、真実を明かすにしろ、時間をかけない方がいい。

「ふん。何やら困っている様子だな?」

 開け放たれた扉にもたれた、黒いミニ浴衣姿の美女が嗤った。
 凛々しいお顔の額には、白い角。
 朱華姉様まで!

 ちっと王妃様の舌打ちをした音が物凄くよく通る。
 一瞬にして部屋は恐ろしいくらいに静まりかえった。
 朱華姉様の全身から放たれる怒気のせいだ。
 なんだかお怒りだった。

 朱華姉様が身体をこちらに向けると遅れて赤い帯が揺れ、はだけた浴衣の前からは白い肌がこぼれる。
 大股で踏み出したので、裾から剥き出しのふとももがにゅっと露出。

 妖艶な雰囲気をぶち壊すように帯に差した刀の柄をコツコツと二度叩く。

「それで? 妾の嫁を泣かせた奴は誰だ?」

 嫁じゃなくて、男の娘だよぉ。
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