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第1部

第14話 お清めの真実、納得納得

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 014

「ねーアン、供物はおやつにはいると思う?」
「若様、おそれながらご健康を管理させて頂いております関係で、間食のご要望にはお応え致しかねます」

 アンは、無表情で遠回しに「食うんじゃねえ」と回答した。

 食べたいじゃなくて、分類の話だよ? 分類されたら食べるんだけどね!
 お山にお邪魔するのだから手土産が必要だと考えて、無難に果物を選んだのは間違いだった。

 五穀とか生花にしておけばまだあきらめがついたのに。
 決まりがないって逆に困る
 村を出る前に村長さんにも聞いたけど、信仰の流儀も常識も、誰に聞いても知らなかった。

 お山って宗教的な形式とか儀礼が特にない、民間信仰に近い部類に入るらしい。
 変な団体が出来上がらないことを祈っておこう。人間対自然の対立構造とか、どこ他所でやってほしい。関わりたくないことこの上ない。

 山林破壊につながる開発の現地調査に来ている僕が言う台詞じゃないけどね。

 そよ風に漂うララ姉様みたいな果物の甘い香りが麗しい。
 自然に囲まれて空気もおいしい。

 場所はお山。
 一昨日挨拶をした見晴らし抜群の観光スポットにお邪魔してます。
 前にはワイングラスを上から圧縮して引き伸ばしたみたいな形の木製の供物台。
 その上に、たっぷりと季節の果物が盛られている。

 つまり、おいしそうに並べられた供物を見ていたら、お腹が空いてきたのです。
 子供みたいに指をしゃぶっちゃいそう。

「か、可愛いお顔をされてもダメでございます」

 アンが無表情のままキョドる。
 おやおや? どんな顔なのか自分ではよくわからないけど、珍しく隙をみせた。
 これはもうひと押しで果物ゲット。

「メイド、押されてる」
「申し訳ございません」

 だけど、パティ姉様の一声でアンは正気を取り戻した。
 回復魔法の言葉かよ!
 お食事は先ほどお済ませになりましたよ、若様。
 無表情でそう語る。

「愚弟は食いしん坊だから、油断は禁物」
「あは。パティちゃんはご機嫌ななめなんだね」

 ララ姉様は僕の髪を櫛でとかしながら幸せそうに言葉を弾ませた。
 僕の背中に、ずっしりとした重量感の突き出たおっぱいが当たっていて僕も幸せ。
 近い近いと前から思っていたララ姉様の距離感が、さらに縮まったのは一昨日の夜の出来事の影響なのかな? 男の娘にはない女子の心理だ。

 幸せで充実している上の姉様と比べると、下の姉様は一昨日からご機嫌ななめだ。

「……ララ、お前が言うな」

 パティ姉様は、黒い前髪で隠れがちのくりくりした瞳で精一杯ララ姉様を睨みつけた。
 なるほど。なにかララ姉様に対して思う所があるらしい。
 腹違いとはいえ姉妹なんだから仲良くしてほしいものです。困ったものだ。

「……愚弟、他人事みたいな顔がムカツク」

 あらら。姉妹が仲良くけんかをするのもいいものだなとか呑気に眺めていたら、パティ姉様に噛みつかれちゃった。
 つまり僕にもご意見があるということ?

 不機嫌オーラをまとわせてシャーッと子猫みたいに威嚇してくるけど、僕のすぐ横に座って千早の端っこを握ったままだから愛くるしくてこの上ないです。

「照れちゃった顔も可愛いね!」
「て、照れてない、怒っている!」

 さすが天然浮世離れ。ララ姉様の見る世界は僕たち常人では想像もつかない。
 照れていると冤罪をかぶせられたパティ姉様はお顔を赤くして抗議していた。

 鳥のさえずりと遠くで川のせせらぎ。
 シーラが食後のお茶のおかわりを用意してくれる。
 ビビィは食後の跡片付け。
 アンはお世話係として待機中。兼、果物の護衛役。

 大自然に囲まれた、触れるな危険のお山の中でも王族関係の面々はいつも通りでのんびりしていた。

 木陰で周囲を警戒している案内役の男性もさぞや呆れているだろうな。
 いいぞ。王族の真の思惑を悟られない、擬態は大成功だ。
 嘘です。何も考えずにいつも通りに過ごしているだけです。

 お山と呼ばれる山の連なりが見渡せる、勝手に決めた境界線で、お日様が気持ちがいいピクニックだ。
 いや、調査なんだけど。
 王妃様に与えられた任務も3日。経過は、まあ順調。

 調査するのは主に3項目。

 お山に危険な生物は存在しないか。
 お山に開発するだけの価値があるか。
 あとは地域住民の心情。これ大事。国民あっての国ですから!

 1番目の、危険な生物が存在しないか現在鋭意調査中。
 道のりは覚えたけれど、山の常識なんて持ち合わせていない王族関係者だけでは心細いので、案内役に前と同じ壮年の男性にアドバイザーとして参加してもらっている。

 前回の経験を踏まえて、足を踏み入れる場所を間違えなければ信仰の対象となっているお山も牙をむいてこないと判断したので、今日は姉様2人に僕のおつきメイドが全員参の大所帯だ。

 調査は、草地に布を敷いて、食べ終わったあとの眠気と戦うだけの簡単な内容。
 この世界の昼食は軽食で、健康な身体になった育ち盛りには少し小食。

「ララ姉様、もう身体は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、クロくん。心配かけてごめんね?」

 朗らかな笑い声が聞こえたと思ったらぎゅうと頭に抱き着いてきた。
 せっかく髪を整えてくれたのに台無しです。

 失敗したお清めから一夜明けた翌日にララ姉様は体調を崩した。
 ものすごく心配で、何度も何度も確認すると、アンはこっそり「昨日若様を受け入れた場所が痛むそうです。お嬢様の気持ちをお察し願います」と教えてくれた。

 なるほど、納得。僕が大騒ぎしたら症状の説明をしなくてはならないから恥ずかしいか。
 それでも心配だったから昨日は調査を村の心情調査に切り替えたので、お山に登るのは2日ぶり。

「でも、少しだけ違和感があるよぉ、まだクロくんのが入ってるみたいな感じだよ?」

 赤裸々なララ姉様の言葉には、僕の方が気持ちをお察ししてほしいです。
 密着されてさらに顔が熱くなる。
 昨日のアドバイスの有効性を確認しようとアンをこっそり見るけど無表情。こんな時にメイドのしきたりというのは有効だった。
 ララ姉様は、ただの女子とは違うんです。

 女子が初めてを迎えた後の、定番の微笑ましいやり取りだ。
 男の娘だから女子会チックなトークに参加してもいいんだろうと割り切ろう。
 記憶にございませんから、上手く笑えているか自信がないけど。

「あの太いものを入れたんだから当然」

 パティ姉様がぷいと顔をそむける。
 あ。そうか。パテイ姉様の少なくて短い言葉を拾って集約すると、拗ねているという結論に達した。
 妬いて拗ねているから不機嫌なんだ。

 ララ姉様と僕が仲良くしていて疎外感を感じたのかな?
 それとも、僕とララ姉様が不慮の事故とはいえセックスしちゃったから?

 まいりました、ララ姉様。見当違いの言葉をかけると思ったけれど、パティ姉様が焼きもちで拗ねている自分に照れていると見事に看破していたという真相。

 精一杯、前向きに2度目の人生を謳歌するのが目的の僕なら、次はこう言いわないとね?

「次はパティ姉様の番だね!」
「姉妹丼とか、死ねばぃぃ……」

 お顔を赤くしてパティ姉様の毒舌は波が引くように小さくなった。

「でも、……約束」

 千早を握りしめるパティ姉様の小さな手をきゅっと握る。

「愚弟、気安い」

 頬を染めたパテイ姉様はふんと顔を背けて、「供物はおやつ。メイド、ひとつ愚弟にあげて」とアンに言った。

「かしこまりました」

 お供えものは、お下がりとして、美味しくいただくことに。
 パティ姉様の許可が下りたので梨をしゃくしゃく。

「仲が良いことは喜ばしいことなのですが、セックスはお山の調査が終わってからでお願いします、若様」

 アンが無表情でそう告げる。
 パティ姉様とセックスしちゃうことに異論はないのか。
 お清めの関係上、仕方がないとはいえ無表情メイドが昼間からセックスの許可とか滾ります
 この世界の倫理はどうなっているのか、神様を問い詰めたい。

「あ、風が……」
「シーラ、そこ、押さえて!」
「は、はいっ」

 メイドの3人は慣れない野外での給仕にてんてこ舞い。
 このまま皆でお昼寝というのも悪くないかも。

 その時、ぶるるというバイクのエンジン音みたいな音がした。
 後で聞いた話では、猪が興奮して血が上った状態で発する音だった。

 森の主なんて立派な体躯ではなくて、時々村に迷い込んでくる害獣の類いの大きさ。
 だけど、王族とか前世で野生動物なんてエンカウントしなかった僕達にとっては驚天動地の出来事だ。

 猪らしき動物は、すでにこちらに突進状態。

 壮年の男が血相を変えている。
 警戒していた場所とは反対方向で、ダラダラと午後を過ごしていた王族関係者は無防備状態!

 シーラとビビィが硬直する。手にしていた食器を落とす。

「い、猪!? お、お下がり下さい、若様! お嬢様!」

 アンが果敢に僕たちの前に立つ。
 有言実行なメイドで鼻が高い。
 だけど冗談じゃない。
 アンを盾にした主人として残りの長い人生を歩むメンタルは持ち合わせていない。

 猪はまっ直ぐ僕に向かって走ってくる。
 神様、もしあるのなら僕の異世界転生特典チートを目覚めさせて下さい、なるはやで!

 なんて馬鹿なことを考えている暇はなかった。

 慌てて立ち上がると、凶暴な猪の突進に呆気に取られる後ろのララ姉様と横のパティ姉様を押しのける。前に立つアンも押しのける。

「クロくんっ」
「ちょ、愚弟」
「若様!? い、いけません!」

 なぜか猪が僕を見ている気がしたから。
 手にした梨が目に入る。これが目当て? それとも神罰?
 くそっ。こんなことなら供物を食べたりするんじゃなかった。

「ぐっ」

 突進されてもんどり打って、山の斜面を転がっていく。
 世界中がぐるぐる回る。
 頭がくらくら。
 身体への衝撃はそれほどでもなかった。

 自分では3回転くらい転がったかな? と思ったけど結構斜面を転がったらしい。
 近くに皆の姿はなく、初めて見る景色だった。

 イノシシは?
 姉様達が危ない!
 斜面を駆け上がろうとして、自分があたたかな毛に触れていることに気づく。
 いつのまにか猪ソファーに座っていた。

 一緒に転がってました。まあ、突進されたわけだし。
 怪我がないのはこいつのおかげか。ありがとう、でも許さないよ?

「ぐるる……」

 猪が息を吹き返す。あ、ちょっと待って、タンマタンマ、作戦タイムはどこに知らせればいいの?
 指をTの字の形にする余裕はあった。

 逃げようとして足場が悪くて、また斜面を転がっていく。
 何この斜面、ぐわんぐわんと回る世界の視界に水面がキラキラ反射しているのが見えた。
 って、下は川? それとも湖?
 南無三。

 派手にドボンと水面に落ちた音がしたから、水しぶきも派手に上がたことだろう。
 流れがあるから川の類い。
 足は着く、身体も動く。猪の追撃があるかもしれない。
 火事場のクソ力でなんとか立ち上がって水に濡れた視界を千早の袖で拭う。

 一緒に落ちなかったのか、猪の姿はなかった。
 もしくは、さっきまで猪だった山の生き物が化身した?

 目の前3メートルという場所に、川に長い脚をつけて立つ白い身体の美女がいた。
 濡らしていたのか洗っていたのか、長い黒髪に手を添えた体勢で身体を傾けた状態で静止している。
 眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔。

 見事な全裸だった。
 しなやかな身体と王妃様とタメを張る大きなおっぱい。細い腰。
 下腹部には手入れが中途半端な黒い恥毛。

「ほぉ……」

 お腹が痛くなるような重低音な響き。お山も一緒に鳴動しそう。

「……族長の神聖なる水浴びを大胆に覗いた挙げ句、乱入してくるとはな。我が一族にも骨のある奴がいるらしい、妾は嬉しいぞ」

 水浴び中の女子を覗いた容疑。違います。転がって落ちた先が水浴び場面だっただけです。

「えーと、失礼します。覗きじゃなくて不可抗力です」
「舌も回るようだな」

 男子に水浴び現場を覗かれて乱入されているというのに堂々とした態度。
 綺麗で厳しそうな表情。切れ長の瞳。王族関係者にはない、いや、ツバァイ母様の印象がある和風テイスト。その額には見慣れない白い角。

 お山に住まうと伝説の亜人、鬼人族。
 これからもしかすると何かの間違いで、出会ってしまったら交渉が必要になるかもしれない別種族の女性に粗相をしてしまった不甲斐なさに愕然とする。
 一気に身体が緊張する。

「肝も据わっているか」

 睨みつけてくる鋭い瞳と圧がすごい。
 ついつい前世のブラックな会社の上司と比べてしまう。
 雰囲気的には王妃様と同じくらい?
 じゃあ、なんとかなりそう。

 若々しいというほどではない熟れた肉体。
 柔らかそうな身体だけどしっかりと引き締まり鍛えられているような力強さが感じられた。
 これぞ女の身体というスタイルに色気が物凄い。

 なるほど、お清めはこのためか。
 昨日も今朝もいっぱい抜いてもらって良かった。
 道を誤らなくて済みます。ありがとう、古文書の作者の方。愛すべきメイド達。

 昨日から立て続けに抜いていないと欲情一直線間違いなしの艶やかさ。
 魅惑がパッシブスキルですか? と問い質してみたい。

 妖しい別種の魅力の美女、しかも額に白い角が鈍く光る妖刀の類いの美しさ。
 純粋な人間ではない亜人の魅力とはこのことか。

「しかも、反省の色もなく不躾に身体を舐めるように見るとはな……」

 すいません。ごめんなさい。目が離せないほど綺麗だったんです。
 だって亜人って初めて見たし。
 視界の邪魔になる濡れた前髪をかき上げる。

 今にも怒りを爆発させようとしていた美女は逆立てていた柳眉を下げた。
 細めた目で観察される。

「ん? お前、角が……なるほど、その顔、覚えがあるな、一昨日の少女か」

 はい? 一昨日? 少女?

 額に角を持つ美女は警戒を解いたように身体から力を抜いた。
 それから舌打ちをひとつして、髪を水で濡らす作業を再開させる。
 ちゃぷっと水が跳ねる音。お願いですから、無警戒に裸体を晒すのをやめて下さい。

 少女と言われた。誤解された。
 なんだろう? 男の娘を自称していてなんだけど、男子扱いされなくてちよっと悔しい。
 一瞬の邂逅ならば演じましょう、可憐な少女を。でもこの後が確実にあるのだから、欺し続けるわけにいかない。

 たしか、族長とか言っていたからきっと偉い人。もしかすると代表者。
 女性が代表を務めるということは、立場的には女王なのかも。
 男をあごで使える女王の風格が確かにある。

 だから、この機会を逃してはならない。
 間違いは正すまでの時間が早ければ早いほど損害が減るものです。

 ぺこりと頭を下げて、一世一代のカミングアウト。

「ごめんなさい、僕は――」

 露骨に美女は顔をしかめた。

「おい! 子供とはいえ女だろう? みだりに頭をそう下げるな。この前も見事な土下座だったが、あまり誉められたものではないのだぞ」
「え? いや、ちょ……」
「わかったか、角なし」

 子供扱い。少女扱い。色々と訂正したい箇所が矢継ぎ早に放たれる。
 いやいや、そうじゃなくてですね。
 どこかで会いました? 見事な土下座? つまり、見ていた? 見えていた?

 言葉が上手く伝わっていないだけなのかもしれない。
 種族が違うから話す言葉が微妙に意味が違うのか。

 改めて美女を見る。
 額には立派な角がある。
 絶世の美女と呼んでもお釣りがけっこう来る麗しさ。
 濡れた黒髪まで、美しさを引き立てている。
 見事な凹凸のある身体も張りのある肌も隠すことをしない堂々とした立ち振る舞い。
 路傍の石でも見るような群青色の瞳。

 僕のことを知っている。知らない間に観察されていた。鬼の種族の代表者。
 ぐるぐると頭の中が混乱してくる。
 よし。落ち着け。
 とりあえず、まずは聞きたいことだけを口にしよう。

「あの、すいません、連れとはぐれてしまって……村に帰りたいんですけど、道を聞いてもいいですか?」

 鬼の美女は、呆れたように息を吐いた。
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