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第34話 【完結】ビキニアーマーとコスプレ おまけ

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「ユリス、俺と結婚してくれ」
「もうしてるよ!?」

 十年連れ添った夫婦が朝一番にする会話としては、どこかおかしいと理解している。
 だが、一晩うとうとしながら考えて、行き着いた答はこれだった。

「まさか、あっくんにもう1回プロポーズされるとは思わなかったよ……」

 ユリスは朝からのサプライズで顔を赤くして、寝起きで乱れた髪を気にして手で直している。
 新しく寝間着として作成したU字ネックのキャミソールは、胸元に谷間が見えて眼福だった。

「さあさあ、寝ぼけていないで、起きますよ!」

 手をグイグイと引っ張られる。

 寝惚けてプロポーズをしたわけではない。

 ユリスを奪い取る方法として、アレクと別れて俺と結婚するという、関係の仕切り直しが有効だと判断した結果だ。

 名前を思い出せない俺が、ユリスの求めるアレクに飲み込まれる恐怖を断ち切るための悪足掻き。
 浅慮で短絡だと自覚はしている。

「返事を聞かせてもらえるか?」
「いえもう、結婚してますから……あなた、早く起きてくださいな」

 頬を優しく撫でられる。

 名前で呼ばなくなったユリスは、俺を何だと思っているのだろう?
 
 間男という俺の存在に気づいているのか?
 いや、あり得ない。
 気づかれたのなら相応のリアクションが、絶対にある。
 
 昨日も俺に抱かれたのだ。
 アレクじゃないと知られれば、ユリスが俺にこんなにも愛しげに優しく微笑むことなどない。

「あなた、すごく寝不足のお顔ですね」

 朗らかに笑うユリスを見て思う。ユリスの瞳に映っているのは、いつも通りアレクだ。

 背中が少しだけゾワゾワとする。

 間男として人妻の身体を貪り、快楽の調教を行った結果が、眼の前の美しいユリスだ。もしかして俺が今までしてきたことは、ユリスとアレクの仲を取り持つ行動だったのか?

「あなたー、起きてくださいー」

 客観視すれば、アレクとユリスの仲は、主に肉体的にとはいえ恐ろしいくらいに進展した。

 ここで、俺という人格が乖離系同一障害の定番通りに消えてしまえば、ハッピーエンドだ。

 まったく、笑えない冗談だな。
 
 *

 昼になる。
 多くはないが途切れることがない来客の応対で、ユリスは店内を動き回る。
 いつも通りの後ろ姿を眺めていても、不安は増大していく。

 どうして前世で読み漁っていた、異世界に転生した主人公たちは、疑問を抱かない?

 最初から異世界での記憶がなければただのリスタートだが、俺のように途中で思い出した奴は、人格に影響を与えなかったのか?

 俺は、アレクではない。
 つまらない承認欲求がアレクへの嫉妬に昇華する。

 人妻を寝取ってやろうという欲望は、そんなつまらない動機だ。
 人妻を美味しく頂く計画は成就した。
 だが、俺はユリスを愛してしまった。

 ユリスを失いたくない。
 ユリスは俺の嫁だと叫びたい。
 独占欲が悲鳴を上げる。

 アレクになりきらないと、ユリスは手に入らないという現実を受け入れることは難しい。
 ユリスの身体だけではなく、心もものにしたい。

 白黒はっきりつけたいと、クソ真面目で融通がきかない性格が表面に出てくる。

 子供みたいな支配欲の発露だ。
 調教などと嘯いて目を逸らしていた。

 俺は俺としてユリスに愛されたい。
 そのためにはアレクが邪魔だ。

 だが、アレクこそが愛されている。
 そして、恋敵は同一人物なのだ。

 出口のない迷路に迷い、胸はどんどん苦しくなる。
 
 異世界に転生して途中で記憶を思い出したラノベの主人公たちよ、是非ともご教授願いたい。
 
 お前たちはこの闇を、どうやって打ち払った?

 アレクと同化して個を失えばいいのか?
 それとも個を残してのたうち回ればいいのか?

 吐き気がしそうな胸の重さだった。

 *

 日が暮れて夜になり、夕食は味がしなく喉を通らなかった。
 葛藤続きで、もう、心は限界だった。
 壊れてしまう前に、どちらでも構わないから答を求めたかった。

「ユリス、話がある、聞いてくれ」
「はい、あなた」

 この笑顔を見るのも最後なのかもしれない。

「俺は、アレクじゃない……前世の記憶を持つ名前も知らないアレクとは別の男だ」

 ユリスは目を見開く。
 さあ、ユリスはどう出る?

 頭がおかしくなったと心配するのか、下手な冗談だと笑い飛ばすのか?
 それなら構わない。口に出したというだけで楽になれる。

 それとも、俺の言うことを信じて狂乱して拒絶をするのか。

「信じられないと思うが、本当のことだ。だが、俺はお前を愛している」
「あなた――」

 ユリスは、一度目を閉じて間をとると、ゆっくりと微笑んだ。

 微笑んだ、だと?

「やっと言う気になってくれたんですね? あなたがどのあっくんなのか。あっくんじゃない、あっくんなのか」

 ユリスを困惑させる覚悟での告白は、より困惑させられる返答だった。

「どういう、ことだ?」

 ユリスは首を傾げる。

「まさか……気づいていたのか!?」
「え? はい」

 キョトンとした表情だ。

「いつからだ!?」

 ユリスはかわいらしく顎に指を当て、視線を斜め上に向ける。

「えーと、あなたがそこで倒れて頭を打った時ですよ?」

 最初からだと!?

「何故……気づいた?」

 だってと、ユリスは申し訳無さそうに口元を手で押さえる。

「覚えてないのかもしれませんけど、あなたは結婚した頃、あっくんって呼ばれるのをすごく嫌がってました。だけど、あの時は……嬉しそうでしたから、あ、違うあっくんだなって」

 馬鹿な!
 アレクの記憶を引っ張り出しても、そんな分かりやすいパーソナルデータは出てこないぞ?

「気づいてなかったのですね、でも、呼ぶと眉がピクってなってましたよ? 今のあなたが、アレクって呼ばれた時と同じ顔です」

 ユリスは苦笑する。
 本人も気付かない程度に眉が動いていたらしい。
 なるほど、アレクと呼ばれる俺と同じ反応だ。呼ばれるのを嫌がることに、本人だけが気づいていなかった。

 前世の記憶を思い出した時を思い起こす。
 最初にユリスがあっくんと呼んだ時に、すまなそうに謝ったのはそのためか。

「そんなことで……」
「むう、あっくんのことならたいてい分ります!」

 惚気けられた。
 かわいいな。

 いや、そうじゃない。
 アレク専門家の能力には驚嘆するが、問題は別にある。

「何故だ? どうして分かっていて俺を受け入れたんだ? 俺は別の――」

 正体不明の何者かが、愛する旦那になり変わったんだぞ?
 アレクファーストで、一途なユリスらしからぬ行動が意味不明すぎる。

「え? だって、あっくんだし」

 あっけらかんとユリスはいう。

「昔あっくんは、なんとかって凄い冒険者の人に憧れて、すごい真面目ですごい頑固になったんだよ? あの時も別人みたいでした」

 くすくす笑う。
 その記憶はおぼろげに覚えている。少年が憧れのヒーローのモノマネをする、よくある話。

 人は知識で変化する。
 つまり、前世の記憶は知識であり、この世界のアレクに幅を持たせた?
 
「もし、誰かと入れ替わったとかなら、絶対見破れる自信があります」

 ユリスはふんすと鼻を鳴らし、自信たっぷりに胸を張る。
 専門家の顔だった。

 確かに、俺はアレクの延長でツギハギだ。
 混ざりものだが、別人とは言えないだろう。

「変な能力を隠してたことを、誤魔化すためなのかなって思ってました」

 転生チート能力を見せたときに、正直に言ってと聞かれたな。

「私の中には、色々なあっくんがいますよ? 真面目なあっくん、優しいあっくんエッチなあっくん、意地悪なあっくん、ほら、いっぱいです」

 ペルソナか。
 人は誰しも状況に応じて自分の仮面を被る。
 俺は別人格ではなく、昔とは違う自分のペルソナを被っていたのか。
 前世の記憶を思い出したことで、混乱していた。

「違うあっくんが、1人増えたくらいで拒絶とかしません!」

 多重人格者のような扱いに戸惑う。
 つまり、俺は前世の記憶が追加されただけで、最初からアレクだったというわけか。
 肩すかしも甚だしい。

「少しだけエッチになりましたけど、まあ、それもありかなって」

 ありなのか。

「うふふ、なんだ……心配して損しました。あなたは変わって不安だったんですね。少しくらい変わってもあなたのこと、大好きですよ? どんなあっくんでも、安心して私に甘えていいんですよ?」

 少しだけ意地が悪そうな、ニヤニヤした顔でユリスは言った。
 その後で、すべてを包み込むユリススマイルをかましてきた。
 呆れるくらいのアレク好きの人妻だ。

 微妙に違うアレクの亜種としての俺をユリスは受け入れると言った。
 実際には、既に受け入れられていた。

 ああ、身体中に貼り付いていたベトベトしたものが、きれいに流されるような開放感だ。
 気づかないまま、ユリスの掌の上であたふたと躍らされていた事は赤面物だが、取るに足らない黒歴史と割り切ろう。

「では、ユリス、昔の俺と今の俺、どっちが好きだ?」
「今だよ、あっくん」
 
 即答された。

「うふふ、すごく嬉しそうです。でもあなた、好きっていうのは積み重なっていくんです」

 ユリスはふうと息をつく。

「昨日のあなたより今日のあなたが好きですし、今日のあなたより明日のあなたを好きになります」

 新しい考え方だな。だが、日増しに好きになると言えるだけの愛情を、確かにユリスは持っている。

「あーでも、一番最初のあっくんのことも負けないくらい好きです。0から1になったあっくんは、やっぱり特別かな。初恋です、あなた」

 もう20年も前の話ですけど。ユリスははにかみながら言う。
 7歳で俺に恋したのか。さすが女子は情緒の成長が早い。
 少しだけ嫉妬する。だが、微笑ましくも思える。

「私はあっくん好みの女性でいたいです。だから、あっくんが望むなら、違うあっくんと浮気もします。真面目なあっくんの奥さんだけど、エッチなあっくんと浮気しますよ?」

 俺はそのうちの1人というわけだ。
 そこまで見抜いていたとはな。
 もはや勝てる見こみはないだろう。

 元は同じだから、浮気とは言えない。コスプレで相手と楽しむようなものだ。
 だとすると、コスプレとは安全な浮気のためにあるのかもしれない。
 そんな分かりきったことに、ユリスに言われてようやく納得する。

「それに、あっくん嬉しそうでしたよ?」
「何のことだ?」
「もう! 私を知らない男の人相手に、浮気をさせて喜んでました!」

 なん……だと……。俺に寝取らせ趣味があったのか!?
 だが、それは誤解だ。あくまでも寝取っているのを喜んでいただけだ。
 寝取りが寝取らせになるややこしい関係だからな。

「でも、浮気相手もあっくんだったし、いいかなって」

 懐が深すぎて怖いくらいだ。
 絶対に離してはいけない。

「ユリス、やはり俺と結婚してくれ」
「もうしてますよ?」

 ユリスは困った顔になる。

「違う、これはオレのけじめだ」
「変なあっくん」
 
「だめか?」
「うふふ、私は真面目なあっくんも、すごーくエッチなあっくんも、どっちも大好きだよ? だから、ダメじゃありません」

 ユリスは近づくと俺を抱きしめた。

「これからも、私に浮気をさせて、私で浮気するんだね?」
「ややこしい男ですまない」
「ううん、色々なあっくんがいるけれど、ふたりのあっくんに、愛されるとか女冥利に尽きます」

 ユリスは続ける。

「あっくんが望むなら、何度でもあっくんと結婚します。色々なあっくんと結婚して、色々なあっくんと浮気します」

 ユリスは俺の手を取った。

「はしたない、人妻ですか?」
「はしたない人妻、大いに結構だ!」
「ふふ、はい、あなた」

 ユリスは笑う。
 俺もつられて笑ってしまった。

 *

 後日のことだ。

「あっくん!? こ、これはなんですか……」

 飾られた完成したボディを見て、ユリスは戦いていた。
 感涙で咽び泣くほどの素晴らしい出来だろう。

「ユリスのサイズを完全再現したボディだ」

 しっかり細かく採寸した、今すぐ入れ替えても全く違和感を覚えさせない再現度に惚れ惚れとする。

「え? 私の……身体……」

 ユリスはボディを抱きしめる。
 そんなに気に入ったのか。クリエイター冥利に尽きるな。

「あっくん、見ては駄目です! どうして裸なんですか!?」

 作製している内に興がのり、肌の質感からおっぱいの先に至るまで、猟奇的な再現度になってしまったから、もはやボディというよりラブドールに近い。

「ディスプレイ用に作成したが、エロアイテムとしても売れそうだな」
「あっくん!? 私と浮気していいのは、あっくんだけです!」

 ユリスは必死になってボディを抱きしめて隠している。涙目だった。
 何を言ってるんだ?
 ユリスにシャーッと威嚇される。

 ああ、そうだったな。この世界では模るというのは、分身を作るような感覚だった。
 このボディを売ると言うことは、ユリスを他の男に抱かせると同義だ。
 だとすれば、肌を見せるのもユリス的には不味いだろう。

「ああ、すまない、裸では風邪を引くから服を着せよう」

 ユリスボディに本日の主役を着せる。
 これでプレゼンも大成功間違いなしだ。

「あら、少しエッチですけど可愛らしいですね」

 新しく作成した、深紅の甲冑を意識したビキニアーマーは、ユリスボディにぴったりフィットしている。
 肌の露出は多いがユリスも満足の出来らしい。

 これからダンガや元気娘の目にさらされて、着せ替え人形になることは黙っていよう。
 露出プレイというのも、面白そうだからな。
 
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