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第15話 寝取り?ビデオレター その1

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「……じゃあ始めますね。今から旦那様のアレクとキスをします」

 決して画質がいいというわけではないスマホサイズの画面の中で、ユリスとアレクの距離が縮まると、ちゅっとキスをする。

 ツギハギ屋の制服を着た清楚なユリスは、身長差があるので少し上向加減。
 ユリスはアレクの背中に手を回し、アレクはユリスの両頬を手で包んでいる。
 仲の良い夫婦が微笑ましい。

 唇で突き合う軽いバードキスから始まり、互いの唇を挟み合い徐々に開いた唇を密着させて舌を絡める大胆なディープキスに変化していく。

 ギリッと噛み締めた歯が軋んだ。
 いかん。落ち着こう。せっかく新調したアイテムを握りつぶしてしまう所だった。

「んん……んふぅ……はぁ……あっ、んふふ」

 アレクの悪戯っぽい舌の動きに苦笑するユリスの声も、ぴちゃぴちゃという卑猥な唾液が混ざる音も、抱き合う二人が絡み合う衣擦れの音まで生々しく拾う。

「んふー……はー、んっ……」

 ユリスの少しだけ荒くなった息遣いまでも拾いやがる。画質はともかく音質は素晴らしいな、おい。

 ユリスは嫌がる素振りもなく、喜々としてアレクに身を任せて唇を貪り合う。
 しなだれ掛かり甘えているようでもあり、甘えてくる年上の旦那をあやすようでもある。

 旦那が相手なのだから当然だが、こうしてモニター越しに鑑賞すると尻の軽い女だと非難したくなるな。ユリスのお相手は俺だが、見慣れないアレクの顔なのでややこしいが。

 ああ……しかし、なんといういやらしさだ。
 巨乳が押し潰されるくらいに密着した2人に嫉妬心が爆発する。
 絶対この後はベッドインだ。実際そうだった。
 桃色の空気が嫌でも見える。

 アレクの手は決してユリスを離さないと誓うように優しく撫でている。
 うっとりとしたユリスの横顔が憎らしい。当事者では決して見えない角度から人妻の顔を見ることが出来ることは重畳だが、どうしても素直に喜べない。

 暫くして唇が離れる。そのまま数秒間2人は見つめ合っていた。
 唾液がついたアレクの口元を見て、ユリスははにかみながらハンカチで優しく拭う。
 きれいになったか真剣な顔で確認してから、恥ずかしそうに自分の口元にハンカチを当てていた。
 
「ふぅ……キスしました。これでいいですか、あなた?」

 ほんのりと頬を朱に染めた金髪ボブがよく似合うユリスは、チラリとカメラ目線になった。
 すぐに視線はアレクに戻り、幸せそうに顔を綻ばせる。

「変なあなた……でも、とっても嬉しそうなお顔ですね、うふふ」

 その後も、動画は続き――。

 俺は3日間寝込んだ。

 *

 事の発端は3日前だ。

「しつこいですよ? いくら頼まれても主人には会わせません!」

 聞いたことがないようなユリスの低い声が聞こえた。

 作業の手を止める。
 遂にユリスとの一線を越えた割に俺の中にある寝取り願望があまり満足出来ておらず、何が足りないのかと考えながらツギハギ屋で売る下着を作成中の事だ。

 贅沢に過ぎる悩みであることは重々承知しているが、スッキリしていないのだから仕方がない。

 女性客が増えた影響で開店中に顔を出しづらくなったなった影響もあり、今まで通りユリスに店を任せていた。

 クレーマーか?
 この世界にも困った輩がいるらしいな。
 やれやれと重い腰を上げる。
 力仕事とアイテム作成くらいしか役に立っていないのだから、ここいらで株を上げておくとしよう。

 店に入ると入口付近で交通整理でもするように、ユリスが両手を広げて進入禁止ですと男の侵入を阻んでいた。
 少し想像していた場面と違うので様子を見る。

「いや、だから、俺はツギハギ屋の友人で――」
「そんな名前の人は当店には在籍しておりません! 在籍していたとしても友人関係なんて聞いていません!」

 はっきりとNOと言える、勇ましくも凛々しいユリスに見惚れてしまう。

「いや、前とは事情が違うんだよ、前だって同じような理由だったが……とにかく違うんだ」
「問答無用です!」

「話聞いてくれよ奥さん……ほら、これを見てくれ、これを売りに来たんだ」
「……正規品でしたら冒険者ギルドか商用ギルドにお待ち下さい」

「いやだからな、これはツギハギ屋に頼まれた物で」
「宅の主人は、そんなことを頼んでいません。あとツギハギ屋って誰のことですか?」

 男は心底困ったなという顔になる。

「頼む、一目で良いから会わせてくれれば誤解は解けるんだ」
「主人は旅に出ました。あと50年くらい帰って参りません!」

 いつのまにか旅に出されていた。
 ああ。見覚えがあると思ったら冒険者ギルドで話した昔の仲間だ。

 手にしているのは魔物の毛皮だろう。
 約束を律儀に守って素材採取を行ってくれたのだな。

 取るに足らない話だからユリスに報告を怠っていた。報告連絡相談は社会人の基本だというのに申し訳ない。
 そもそも本気だとは思わなかったし、ユリスに心配をかけたくなかったからな。

「あ、おい! ツギハギ屋! なんとかしてくれよ!」

 男が顔を出した俺に気づき半泣きの顔になった。図体がでかくて強面の割には気の弱いことだ。

「主人を変な名前で呼ばないでくれますか? あ、あなたは何でもありませんから、あっち行っててください」

 ふしゃーっと怒れる猫のように髪を逆立てたユリスは、小さい身体で俺を守る気満々だった。
 自慢の不倫相手が愛おしくなる。一応、旦那でもあるのだが。

 今までもこうやって、俺に気付かずに色々なものから守ってくれていたのだろう。
 感謝してもしきれないな。もう少し感謝しろよアレク。クソ真面目だから気付けば礼くらいは言っていただろうが、気づく努力を怠っていたに違いない。

 感極まってユリスに近づくと後ろから抱きしめる。
 ああ、柑橘系のいい匂いだ。
 安物の香水だから、最高級品にも負けないユリス好みの物を作成してやろうかと尋ねても、あなたの好きなこの香水がいいんです! と取り合ってくれなかった。可愛すぎるだろ。

「あっくん? 大丈夫ですよ、私がすぐに追っ払いますから安心してください」
「いや、日頃の感謝を伝えただけだ」
「いつも貰ってます……でも、ありがとうございます、あなた」

 ユリスはそっと俺の腕を撫でる。

 ユリスの良い匂いに酔っていると、ジト目の男と目が合った。
 なぜそんな顔をしている?
 ありがとうとごめんなさいを素直に分かり易く伝えるのが夫婦円満の秘訣だぞ?

「ところで、ユリス、こいつは知人だから心配はない」
「あっくん?」

 ユリスは俺の過去を1番近くで見てきた1人だ。
 男との関係も、所業も熟知している。
 だからこそ、俺の態度に対して背中越しに怪訝な表情を見せた。

 だが、一瞬で眉尻を下げてすまなそうな顔になる。

「もしかして……お友達だったんですか!?」

 ユリスは振り返って目を丸くした。正面から抱き合う形で見上げてくる。

 なに?
 友達かどうかと問われると返答に困るな。だから知人と伝えたのに。

「……おい、ツギハギ屋、どうしてそこで考える顔なんだ?」

 男の目尻には涙が滲んでいた。情けない奴だな、このくらいで泣く男があるか。

「はわわ、じゅ、十年も邪魔をしてごめんなさい!」

 いや、十年前は少なくとも友達関係ではなかったと思うぞ?
 男も微妙そうに目を逸らしている。

「お、お客様もごめんなさい。知らなかったとはいえ……」

 ユリスは抱き着いている俺の手を振り払うと男に向かって深々と頭を下げる。

「いや、俺は、その、だな……」

 男はバツが悪そうな顔をしてオロオロしていた。

「ユリス、もう勘弁してやってくれ。こいつが罪悪感で潰れてしまう」
「あっくん、悪いのは私でこの人じゃないと思うの。あ、混乱してるんだね? 十年ぶりにお友達にあったんだもんね」

 おかんか!
 いや、何故か母とも姉とも言えない保護者役を担っているのだが。

「ユリス、あー友人の……、……、……ダンガだ」

 必要がないから思い出していなかった名前をなんとかアレクの記憶から引っ張り出す。

「お前! 俺の名前を忘れていやがったな!?」
「ごめんなさい、主人は忘れっぽいんです」

 ユリスが深々と頭を下げる。
 久しぶりのアレクの友達が相手だから緊張しているのかもしれない。

「い、いや、奥さんのせいじゃねぇだろ?」

 お前いつもこの調子なのか?
 ダンガの目はそう語っている。
 好きでやっているわけじゃない。小言はアレクに直接伝えてくれ。

「すまねぇな、遅くなったが約束の品だ」

 毛皮の束を差し出すダンガを改めて見ると細かい傷だらけだ。
 苦戦するようなクエストではないはずだから、腕が落ちたのかもしれない。
 装備している軽鎧も年季を感じさせる。少しだけ気になるが、気にした所で仕方がない。

「ほら、奥さん」
「あ、はい」

 受け取ってからユリスは視線をよこす。
 通常冒険者ギルドで取引される魔物討伐で手に入る正規品に、ユリスの戸惑いが分かるほど伝わってくる。
 ツギハギ屋では取り扱わない品だからな。

「代金はギルドの引き取り額と同じでいいぜ?」
「いや、そういうわけには行かない」

 素材採取の買い取り価格は多少変動しても、冒険者ギルドより低くなることはない。
 低いか同じ額ならギルドに卸したほうが金銭的にもギルドへの貢献度も上がるからだ。
 更に、冒険者ギルドを通して買うとマージンが上乗せされる。

「いいって、他の魔物討伐のついでだよ、そいつは」

 ついでにしては毛皮の数は多い。やはり気になるな。
 先日訪れたギルドの受付元気娘も急に忙しくなったと言っていた。
 魔物かダンジョン関係でトラブルが発生しているな、これは。
 今更冒険者に戻るつもりはないが、俺たちの生活圏内に危険が迫るなら事前に察知しておきたい。何があってもユリスを失うわけにはいかないからな。

「何があった?」
「ツギハギ屋には関係ないことだぜ?」

 男は嘯く。

「あなた、お友達とこんな所で立ち話をするのは失礼ですよ?」
「いや、代金を頂いたらすぐにお暇するから気遣いはいらねぇぜ?」
「はい、すぐにお持ちをしますけど、せめて中でお待ち下さいな」

 ユリスは営業スマイルをダンガに向ける。

「しゃあねぇな、邪魔するぜ、ツギハギ屋」

 ユリスとしてはその呼び名は頂けないのか不満顔だが、特に何も言わずに店の中に入っていく。
 ダンガは何故か店内をキョロキョロと見渡してから安心した様子で中に入っていった。

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