いつものこと。

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「いつものこと。」の終わりの始まり。

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雲は垂れ込め、今にも泣き出しそうな空。太陽に会えそうもなく、静かに時間感覚が狂いそうな日だった。

青葉はテレビ局にいた。久しぶりのテレビ出演。局内は多くの人々が忙しそうに行き交い、その中には華やかで独特なオーラを纏った人達も垣間見える。また違った世界に入り込んだようだった。そんな中、早々に受付を済ませると、青葉はエレベーターで楽屋へと向かった。

エレベーターから望める、どこまでも続く街並みも、今の青葉にとってはただの風景にしか過ぎなかった。エレベーター上部にある、各フロア到着を示すランプばかり見つめ、楽屋フロアへの到着を合図するランプ点滅が待ち遠しかった。

楽屋フロアへと到着すると、聞いていた部屋番号の楽屋へと向かう。楽屋フロア自体がとても広く、目指す楽屋番号を示すプレートは見えているのに遠い。焦れてしまう。青葉はつい足早になってしまっていた。
到着した楽屋のドアには何も張り出し表示がされていないため、間違いがないか一瞬戸惑うが、青葉は思い切ってノックする。

「どうぞ」

聞き慣れた声。青葉は安堵のため息をつき、一瞬表情が和らぐ。しかし、それも一瞬で、再び表情を硬くすると楽屋へ入った。そこには優也がいた。

台本に目を通していたようだったが、入室者が青葉だと分かると、いつもと変わらない、明るく、屈託のない笑顔を見せた。立ち上がると歩み寄ってくる。

「今日はすみません。早く来てもらっちゃって」
「それはどうでもいいんだ。…それよりどうしてここ1週間ぐらい連絡取れなかったんだ」

問い詰めるような青葉の口調、そして責めるような視線。しかし、優也は動じる様子もなく、笑顔を崩さない。

「…んー…メール、しましたよね?」
「いつも連絡は電話だったじゃないか。メールの後に確認の電話をしても全く繋がらないし。」

青葉の厳しい表情が緩み、視線が揺らぎ出す。

「…何かあったのか?」

心配そうな、不安そうな眼差しの青葉。両手は自然ときつく握りしめられていた。
青葉の顔に触れそうなほどの近さで優也はドアに手をつき、青葉の顔を覗き込む。

「忙しかっただけなんですけど…。次から気をつけます。…それでいいでしょ?」
「本当なのか?最近…」

青葉が言葉を返そうとした瞬間、優也は唇を重ねてきた。青葉は驚き、慌てて顔を背ける。

「優也っ!」

優也は舌舐めずりをし、笑う。

「お詫びのつもりですけど…嫌ですか?」
「話をしている途中じゃないか。…それに…人に気づかれる…かもしれないだろう」

視線を逸らしたままの青葉の顔は赤い。そして、嘘をつけない性格そのまま、決して"嫌"とは言葉を口にしない。優也は笑いながら、青葉の顎を持ち正面に戻す。

「気づかれませんよ」

優也は青葉の全身をドアに押し付け、青葉と視線を合わせた。まっすぐに見つめてくる優也の瞳に青葉は魅入られたかのように動けない。頭の芯が疼き出し、何も話せない。優也は含み笑いをしながら再び唇を重ねた。
青葉は優也を受け入れる。

会うのは久しぶりだった。甘噛みから始まった優也の口付けは否応無く青葉の全身を甘く痺れさせ、たまらなく気持ち良かった。久しぶりの優也の唇の感触、唇を甘噛みされる感触、舌を舐め合う感触、舌が絡まるたびに響く音、全てが青葉にとって心地良い。
さっきまで優也を問い詰めていたのに、青葉の理性は鈍感になり、ただただ酔いしれてしまう。

優也も青葉との口付けを楽しみながらも、手はドアノブへと向かっていた。やがてドアノブに触れると鍵を施錠した。ガチャリと、鍵のかかる重い音が青葉の耳にも響く。
もう誰にも簡単には邪魔できない。そう、施錠の音で合図するかのようだった。久しぶりの快感によって箍が外れた青葉は優也の背中に手を回し、より深く求め始めた。

「優也…本当に…心配…していたんだ…会えて…良かった」

口づけの息つく合間、熱い吐息を共に零しながらも青葉は必死に伝える。優也も片手を青葉の背中に回し、もう片手で青葉の髪を優しく撫でる。

「体が疼いただけかもしれないけど、…俺のこと、心配してくれて嬉しいですよ」

僅かに唇を離し、そう囁くと、優也は青葉の後頭部を持ち、さらに深く舌を差し入れるように食いついた。青葉は驚きつつも、優也の背中に爪を立て、息つく間も惜しむように必死に応える。

青葉の全身は快楽で犯され、理性も思考も溶け、カタカタと足の震えが止まらなかった。もっと欲しいと優也に縋り続けていた。
しかし、青葉の思いとは裏腹に、優也はゆっくりと顔を上げる。名残惜しそうに見つめる青葉の頬を撫でた。

「これ以上はもう止まらなくなりそうですよね」

クスクスと笑う優也を見て、青葉は理性を取り戻す。もっと欲しいと言わんばかりに優也に縋り付いていた両腕を慌てて解き、息を整えた。それでも羞恥心を拭いきれず俯いてしまう。
この1週間どうしていたのか、もう優也を問い詰める気にはなれなかった。

「上がってください」

優也に促され靴を脱ぐと、和室の楽屋に上がる。
六畳程度の広さで、洗面台、テレビ、テーブル、座布団と最小限の備品だけ。部屋の片面は化粧台になっている。

青葉は優也と対面するようにテーブルにつこうとしたが、優也の視線に気づいた。優也は片足を立てたまま足を大きく広げ、空いた中央部分の畳を手で軽く叩く。
青葉は眉間に皺を寄せ、ため息をついた。

「ここは家じゃないんだ。…これから仕事の話をするんだろう?」

仕事とプライベートをはっきり分けたいという気持ちもあったが、いつものように優也の思惑通りのまま流されてしまうことを青葉は避けたかった。しかし優也は青葉を真っ直ぐに見据えて微動だにしない。

「青葉さん、早く!」

拒否を許さない、優也の声。

「…どうしたんだ。子供じゃないんだから分別つくだろう。」

たしなめるように青葉はきつい視線を送るが、優也は考えを変える気配はない。眉間にしわを寄せ、鋭く冷たい視線を青葉に向けていた。苛立ちも隠さず、畳を叩く手のテンポも強さも早くなっている。

普段の明るく社交的な性格は影を潜め、今の優也はまるっきり違っていた。自己中心的で感情を露骨に出す。おそらく本来の性格なのだろうし、実際、今までも子供っぽさを見せることは多かった。
ただ、その日の優也からは子供っぽさだけでなく、薄暗い別の何かも青葉は感じとっていた。気がかりだったが、聞いたところで優也が答えるわけもない。そして、頑なになった優也が考えを変えることも今までの経験上ほとんどなかった。

いつものように青葉が折れるしかなかった。

テーブルを回り込むと、優也を背にするようにし、両足の間に青葉は腰を下ろした。途端、優也は青葉の体を強引に腕の中に引き寄せ密着させる。

「もう普通の"師匠"と"弟子"という関係に戻れないんですよ。」

耳元で囁かれる、優也の苛立ちを含んだ声。青葉は反論しようとしたが言葉に出来ず、飲み込む。

落語二人会が終わり、交換条件だった優也との肉体関係も終わるはずだった。しかし、青葉は終止符を打てなかった。優也の仕事スケジュールの関係上、落語二人会を延長してのシリーズ化することは難しく、それでも優也の求めを拒否することもできず、また青葉自身も求め、肉体関係だけを続けていた。

2人でいる時、優也の腕の中が青葉の定位置になることが多かった。いつでも優也が青葉に触れられるように。そう、教え込まれていた。
結局、その日も青葉は優也の腕の中だった。優也は青葉をきつく抱きしめ、青葉の首に顔を埋める。

「青葉さんの体は俺のものなのに…誰にも触らせたくないな…」

青葉にも聞き取れないほど小さい、優也の独り言。そう呟くと、優也は硬い表情のまま、何度も青葉の髪を撫でていたが、やがて青葉の耳に何度も軽く口付けを落とす。そのまま何度も甘噛みし、耳朶を吸い、ゆっくりと舐めあげる。舐められる感触や音が青葉の体に快感として染み込んでくる。青葉は少しでも平静さを保とうと目を伏せた。
そんな青葉を気にもとめず、優也は首筋に口付けを落とし、そのまま首筋をゆっくりと舐め上げる。青葉の中でどんどん快感が膨れ上がり、少しずつ息が荒くなる。

「優也…仕事の話があるんじゃないのか…?」

堪らずに青葉は声を上げる。このままだと再び歯止めがかからなくなってしまいそうで、青葉は自分自身が怖かった。

青葉の言葉で優也の動きが止まった。しかし優也は何も言葉を発しない。ただ時が止まったように時間が流れる。青葉は不安になり、振り返ろうとしたが、おもむろに優也は青葉の背後で膝立ちした。

青葉の首に優也は腕を回し、力を入れた。青葉の顔は自然と天井を向き、見下ろす優也と視線が絡んだ。優也の表情は相変わらず硬く、何を考えているのか青葉には分からなかった。

「優也…」

青葉は声をかけようと口を開いたが、その口を塞ぐように優也は再び口付けを落とした。青葉は突然のことに戸惑いつつも受け入れる。互いの唇を何度も重ね、何度も舌を舐め合う。青葉にとってやはり心地良さしかなかった。何度でも、もっと欲しいと思ってしまう。

しかしそんな快感を味わえる時間は束の間だった。優也は唇を離すと青葉の耳元に顔を寄せる。そのまま優也はゆっくり少しずつ腕の力を入れ始めた。

「これからの収録で俺のエピソードを話してもらいますよね。
…あ、収録中は俺のこと"吉次"って呼ばなきゃダメですよ?」
「…分かっ…ている」

優也の裸絞めで青葉の喉は絞まり、声を出すのもやっとの状態になっていた。あまりの息苦しさに、青葉は口を開いたまま呼吸を続ける。
そんな青葉を見て優也はようやく笑顔を見せた。青葉の唇を舐め、優しく口付けを落とす。

「それで、ここから大事なんですけど…。
青葉さんも知らないとは思いますが、もし収録中に俺の昔話を聞きたいって流れになったら
適当に誤魔化して話を変えてもらえませんか?…俺、落語家になる前は良い思い出がなくって。」

青葉の首を絞める、優也の腕の力は強さを増し、青葉はもう声を出すことができなかった。僅かに頭を上下に動かし頷く。優也の口元が大きく緩むが、それでも腕の力は緩むことはない。青葉の息苦しさは加速し、大きく口を開き、胸を大きく前後させながら呼吸を続ける。

青葉はなぜ優也がこのようなことをするのか分からなかった。しかしそれでも青葉は抵抗はせず、大腿部を両手で強く握りしめ、爪を立て、耐えていた。指は微かに震えている。

「良かった。助かります。」

優也は満面の笑顔を見せると、大きく口を開けて呼吸を繰り返す青葉の口を塞ぐように、優也は唇を重ねた。そして、腕の力もさらにこめる。

堪らず青葉の両手は、首を絞める優也の腕に縋り付くが、引き剥がすほどの力はない。むしろ、まるでもっと絞めて欲しいかのように指を絡ませていた。
そのまま、息をすることも声を出すこともままならない青葉の体は震え続ける。視界がチラつき、思考が止まる。空気を求め、早くなる鼓動が聞こえる。意識が飛びそうになる中、それでも青葉は必死に優也の求めに応えようとしていた。舌を差し出し、望むように絡ませ、流れ込む優也の唾液を飲み込む。

優也も瞼を閉じ、ただ貪欲に青葉と唇を重ねた。征服欲を満たすかのように、唇の感触を味わい、舌を吸い上げては舐め、唾液を流し込む。青葉の舌や唇が震え、空気を求めて青葉が喉を鳴らしていても構わなかった。強く抱きしめるかのように首を絞め続けた。

やがて優也の腕に縋り付く、青葉の両手が落ちた。腕にまとわりつく青葉の指の感触が無くなったことに気がつき、瞼を薄く開く。優也の視界に青葉の顔が入ってきた。
目に涙を浮かべ、口元を僅かに緩ませ、まるで微笑んでいるような表情の青葉が。

その瞬間、優也は放心状態になったかのように力が抜け、青葉を解放した。青葉は崩れ落ちるように蹲る。そして、今まで呼吸出来なかった分を取り戻すように全身を使って大きく早く呼吸をし始めた。体の痙攣も止まらない。
優也はその場に腰を落とすと、青葉を気遣う様子もなく、呆然と無表情のまま眺め続けた。指一つ動く気配がない。

青葉の呼吸に落ち着きが見えてきた頃、ようやく優也は腰を上げた。蹲る青葉を包むように四つん這いになる。

「…気持ち…良かった…でしょ」

優也がいつも口にする言葉が青葉の上部から降ってくる。しかし、いつもと違って何も感情がこもっていない。そのことに青葉は狼狽え、優也の様子を伺うようにゆっくり見上げた。すると、気まずそうな、寂しそうな優也が見下ろしていた。青葉は安堵の溜息をつく。

「…良かった。…泣いているかと…思った。」

青葉は笑顔で優也に手を差し伸べ、そのまま優也に抱きついた。
優也の考えていることは何も分からないままだったが、言動から優也が泣いているのではないかと青葉は不安に駆られていた。青葉は自分の直感が間違いだと分かり、呼吸がまだ完全には落ち着かないものの、つい笑顔が出てしまっていた。

優也は一瞬大きく目を見開く。そして薄く笑いながら、独り言のように小さく呟いた。

「やっぱり青葉さんには敵わないなぁ。」

優也も青葉の背中に手を回し抱き寄せた。そのまま青葉の首に顔を埋め深呼吸する。微かに身体が震えている。青葉は戸惑いつつも、優也の背中を優しく撫でた。

優也はしばらく撫でられるままだったが、おもむろに顔を上げると満面の笑顔を見せた。いつもの、明るくて社交的な優也。青葉もつられるように笑顔を見せると、優也は青葉に口付けをした。
先ほどとはまるで違い、優也はひどく優しかった。唇を何度も優しく甘噛みし、舌を撫でるように舐め、歯列をなぞるように舐める。同時に優也の両手は青葉の背中や胸、臀部、足などを優しく撫で続ける。青葉の中では再び快楽が湧き上がっていた。優也の求めるまま、夢中で唇を重ね続ける。

このままだと体の芯が熱くなりそうだと2人とも分かっていたが、それでも止めることは出来なかった。互いを求め合い続ける。
しかし、廊下をせわしなく歩く足音、隣の楽屋からの物音、遠くから聞こえる賑やかな話し声などが少しずつ増え、現実に引き戻される。
どちらからともなく唇を離すと、優也は青葉をきつく抱きしめ、耳元で囁く。

「さっきの"お願い"、よろしくお願いします。…それと、今日、うちに来てください」

青葉は躊躇いなく頷いた。



それから数時間後。優也が心配していたような過去の話に流れることもなく、収録はつつがなく終了した。

ただ、師匠からの要望として「落語の精進を」と収録中に言われてしまったのは優也にとって耳が痛かった。落語二人会が終わってからまともに高座に上がっておらず、青葉との約束を守っていない。収録中は苦笑いするしかなかった。

優也は青葉にどう取り繕うか悩んでいた。優也にすれば落語に強い思い入れがあるわけではない。青葉に近づくための手段にしか過ぎなかった。むしろタレント活動の方が性に合う。
しかし、青葉にとっての落語は違う。天職と言っていいほど大事にしていた。「もう落語はやらない」と言ってしまうことが一番簡単なことではあったが、青葉との関係にヒビが入ることは明白だった。

どう取り繕うかの答えも出ないまま、優也は自分の楽屋で2本目の収録の打ち合わせを番組スタッフと行う。レギュラー番組のため、決まりきった流れを再確認し、早々に終了した。

そこへスタッフと入れ替わりで青葉が楽屋に入ってきた。収録中の着物姿から再びラフな格好へと着替え済みだった。優也は笑顔で出迎える。

「上がってくださいよ」
「いや、家で待っているよ。…それじゃあ、また後で。」

青葉はそう言い残し、すぐに楽屋を後にしようとした。青葉は1本目の収録へのゲスト参加だったため、もう仕事は終わっていたのだ。
しかし、優也は強引に青葉の手を引いて引き戻すと、楽屋のドアを閉め、強く抱きしめた。

「ここで俺を待っていてください。…気持ち良いことしましょうよ」
「…何を言っているんだ。」

青葉は優也の腕の中から逃れようともがく。しかし、優也は慣れた手つきで青葉を壁に押し付ける。シャツを乱暴にたくし上げ、手を滑り込ませると素肌を撫で始めた。そのまま、優也は青葉の首筋に何度も口付けを落とす。

「優也、…やめなさい」

青葉の背筋をゾクゾクとした快感が走るが、理性が拒絶反応を起こしていた。優也の体をどうにか押し返そうと腕に力を込め、叫びたい衝動を抑えながら、青葉は優也を諌める。
しかし、優也は聞く耳を持たない。

「実は、今日、青葉さんのために新しい"オモチャ"を持ってきているんです。…試したいでしょ?」

優也は青葉の耳元で囁くと、青葉の両手を払い、さらに体を密着させる。そして青葉の臀部をわざと乱暴に揉みしだく。いやでも快楽へと溺れさせるように。

「自分の欲望に正直にならなきゃ。俺にしばらく会えなかったから、虐めて欲しくてたまらないんでしょ?
今から虐めてあげますから、よがり狂えばいいじゃないですか。いつものように。」

優也の目論見通り、青葉の中で快感が急激に膨れ上がっていた。今までのことを思い出し、これからのことを想像するだけで体が熱くなる。しかし、それでも青葉の理性はまだ残っていた。

「人に…気づかれる…優也の家で…続きをしよう…」

青葉は顔を赤くし、伏せ目がちに顔を背ける。
優也は肌を撫でることも臀部を揉みしだくこともやめないまま、意地悪そうに笑いながら、青葉の顔を覗き込む。

「収録前のキスで興奮して、まだ昂ぶっているでしょ?青葉さんの顔に書いてありますよ。
…今すぐもっと気持ち良くなりたいって。」
「そんなことなっ…!」

青葉が顔を上げ、否定しようとしたが、その言葉を飲み込むように、優也は唇を重ねた。何度も青葉の舌を舐め、舌を絡ませる。頭の芯が痺れ、蕩けるような心地良さに青葉は囚われる。抵抗できない。

同時に、優也は青葉の乳首を指の腹で押し潰すように転がす。久しぶりのためか青葉の体は敏感だった。優也が乳首を転がすたびに電流が走るかのように青葉の体には快楽が流れ、小刻みに震えた。視線は揺らぎ、口端から熱い息が漏れ出す。快感で理性が鈍化し、優也と舌を舐め合うことを止めることができなくなっていた。

優也は目を細め、口元を緩ませる。臀部を揉みしだくことをやめると、青葉のボトムスに手を滑り込ませた。追い討ちをかけるように、優也は臀部の割れ目を指で何度も擦り始める。一番刺激して欲しいところまであと少しなのに、触れそうなのに、触ってくれないもどかしさが青葉を焦らす。

…早く優也と繋がりたい

そう思うには十分だった。青葉の足がカタカタと震え出し、震える指で優也に抱きついた。口は半開きのまま、上擦った声も漏れ始める。青葉の思考は快楽に支配されてしまっていた。

「ゆう…や…もう…」
「我慢出来ませんよね。…青葉さん、まずは、靴を脱ぎましょうか」

優也にもたれかかったまま、足を縺れさせるように上下させ、青葉は乱暴に靴を脱ぎ散らす。優也は楽屋の鍵をかけると、青葉を抱きしめたまま楽屋に連れ込んだ。

優也が腕をほどき解放すると、青葉はその場で力無く座り込んだ。ただ、腰は落ち着かないように微かに揺れ続けている。
優也は自分の荷物を手に取ると、青葉を背後から包むように座り、抱きしめた。偶然なのか、意図的なのか。数時間前と同じ位置、同じ体勢だった。

「青葉さんの体、どんどんいやらしくなりますね。…俺たちの関係ももっと深くしましょうよ」

優也は言い終わらないうちに、青葉の顔を振り向かせて唇をゆっくり重ねた。そして青葉の素肌の上を優也の両手が滑る。唇を何度重ねても、肌を何度撫で上げられても、青葉にとって心地良かった。全ての感触が快感へと変換される。少しでも快感を多く欲し、青葉は自然と優也の胸へともたれかかっていた。

ただ、股間の疼きは膨れ上がるばかりだった。青葉の腰の揺れは少しずつ大きくなる。早く吐き出したかった。

「…優也…触らせて…くれ…」

優也の許可なしに自分の体を勝手に触らないように青葉は教え込まれていた。そのため、青葉は快感に苛まれて淫らに腰を揺らしながらも、自分の大腿部に自らの爪を立て、耐えていた。羞恥心で涙を目に滲ませながら、青葉は懇願する。
しかし、優也は冷たく笑う。

「ダメに決まっているじゃないですか」

けんもほろろだった。何か言おうとしたが諦め、青葉は耐えるように俯く。

そんな青葉を面白がるように、優也はわざとボトムスの上から乱暴に股間を揉みしだく。青葉の腰はその度に大きく震え、青葉の口からは上擦った声が出る。

「んぅ…ゆう…っや…もうっ…」

優也は笑いながら、青葉のベルトを外し始めた。

「青葉さん、腰を上げてください」

青葉が足に力を入れて腰を浮かせると、下着とボトムスをまとめて優也は引き下ろした。空気に触れたことに緊張したのか、見られていることに羞恥心を感じているのか、晒された青葉の下半身は震えた。そして、露わになった青葉の陰茎は首をもたげようとしていた。

優也は青葉の腕や胸を一括りにして力強く抱きしめる。そのまま、爪を立て、青葉の陰茎の裏筋をなぞった。青葉の腰が大きく震える。

「俺が代わりに触ってあげますよ」

優也は右手全ての爪を立て、青葉の陰茎を執拗に刺激し始めた。先端から根本、根本から先端、一直線で何度も爪で引っ掻き続ける。
青葉は声量を必死に抑えながらも声を上げる。

「いっ!…っやぁ…っだ!…やめ…って…くっ!…」

痛みが走るたび、青葉の腰は反射的に優也の手から逃げようとするが、体を押さえつけられているため、逃げることが出来ない。青葉は両手を強く握りしめ、下唇を噛み、俯くしかなかった。
そして、痛みの奥から湧き上がる快感にも青葉はやがて気づき、逆らえなくなっていた。

「…はぁっ…んぁ…いいっ…」

痛いはずなのに気持ち良い。青葉は優也の肩にもたれかかり、腰を小刻みに震えさせながらも、陰茎への刺激を受け入れていた。苦悶の表情の合間にも、熱っぽい視線や甘い声を上げる。やがて青葉の陰茎はそそり立つ。
優也は笑いながら、腕をほどき青葉を解放した。そして、青葉と視線を絡ませる。

「楽屋を汚すとさすがにまずいから、自分でつけてください」

優也はコンドームとペニスリングを取り出すと、青葉の手に握らせた。手のひらの中のものを確認した瞬間、青葉は狼狽え、優也を見つめ、何か言おうと唇が僅かに動く。
しかし、言葉を飲み込んだ。今まで何か訴えたところで優也の考えが変わる可能性はほとんど無かったからだ。青葉は目に涙を滲ませ、顔を赤くしながら、震える指で装着させる。
そう簡単には達することは出来なくなった。

優也は青葉の肩越しにその様子をぼんやりと眺めていたが、見届けると、笑顔で青葉の首筋に軽く口付けする。

「手ぬぐい、何枚か借りますね。」

青葉は項垂れたまま、静かに頷く。
優也は青葉の荷物から手ぬぐいを取り出すと、アイマスク代わりに青葉の顔に巻いて縛った。青葉の視界は光が分かる程度になり、緊張で自然と呼吸が荒くなる。優也はもう1枚手ぬぐいを取ると、青葉を後ろ手に縛り上げる。青葉は何一つ抵抗しない。しかし変わらず緊張の面持ちで、呼吸が荒い。

そんな青葉を安心させるかのように、優也は再び唇を優しく重ねた。青葉自身も緊張を少しでも和らげたいのか、従順に受け入れる。何度も唇を重ね、舌を舐め合う。

「青葉さんの声が外に漏れたら大変だから…。口を開けてください」

泣き叫ぶようなことを家の外、しかも壁は薄く、いつ人に見られてもおかしくない部屋で与えられる。羞恥心からくる不安と快楽への期待で青葉は高揚していた。恐る恐る口を開く。僅かに震えている青葉の唇を優しく撫でると、優也は手ぬぐいを適当にまるめて青葉の口に押し込んだ。青葉が呼吸するたび、胸が大きく上下し始める。

「青葉さん、膝で立ってください」

青葉が膝立ちすると、優也は青葉の両肩を持ち、テーブルの上に上半身だけがうつ伏せになるよう誘導した。テーブルの固さや冷たさに青葉の体は一瞬震えるものの、やはり何も抵抗しない。
腰を突き出す姿は思いのほか卑猥で、優也はつい含み笑いをしてしまう。

優也はしばらく青葉の臀部や大腿部を優しく撫で、触り心地を楽しむ。青葉の細い下半身は敏感に反応し、小刻みに震え続ける。時折、割れ目をそっと撫でると、青葉の腰は大きく震え、もっと触って欲しいかのように、腰を高く持ち上げた。痴態を晒す青葉に優也は含み笑いが止まらない。

優也はローションを取り出し、手に取ると、青葉の肛門をマッサージするように刺激し始めた。何度も円を描いたり上下に擦る。とても優しい快感。気持ち良さはあった。
しかし、青葉はもっと刺激が欲しくて堪らない。もっと奥深くまで刺激して欲しいと、焦燥感が噴き出す。入り口はせわしなく収縮しながら蠢き、腰は物欲しげに揺れ続ける。そして、切なげに喉を鳴らす。

「青葉さん、誘い方もいやらしいなあ。俺に隠れて、体売ってませんよね?」

優也は軽く笑うと、指2本まとめて一気に根本まで差し入れた。青葉の身体が一瞬大きく震え、喜ぶように喉を鳴らした。
優也はそのまま内部で指を大きく回転させながらピストンしたり、指を曲げたり開きながら、ほぐしていく。その間、青葉の腰は揺れ続け、上擦った声が室内に薄く響き続けた。

やがて優也は指を増やし、ゆっくりピストンし始めた。指の根本まで差し入れると、大きく何度も回転させる。一気に引き抜いたかと思うと、間髪入れず再び奥深く鋭く挿入する。青葉の足はカタカタと震え、足の指で畳を掴むように踏みしめていた。陰茎も吐き出し口が見つからず、そそり立ったまま揺れている。
そんな青葉を見て薄く笑う優也だったが、時計に目を向け、眉間に皺が寄った。

「次の収録がそろそろなんですよね…。…まぁ、青葉さんならもう入れても大丈夫かな」

優也は指を引き抜くと、アナルビーズを取り出した。アナルビーズは、不規則な大きさの球体が6つ連続で繋がっていた。
アナルビーズにローションを塗ると、優也は一つずつ青葉の肛門に押し入れていく。しかし、一つめ、二つめまではスムーズだったが、三つめからなかなか入っていかない。異物を拒むかのように肛門はきつく閉じている。
優也はきつめに青葉の臀部を平手打ちした。青葉の体は一瞬大きく震える。

「青葉さん、力抜いて。」

優也の低く、冷たい声。苛立っていることを悟った青葉は意識を下半身に集中した。臀部と共に肛門はいやらしく蠢き、収縮を繰り返す。優也がアナルビーズを再び押し入れると、ゆっくりと飲み込んでいく。
優也は薄く笑う。

「さすが、青葉さん。分かっていると思いますけど、勝手に出しちゃダメですよ。
…と言っても、出したくても出せないでしょうけど。」

優也はアナルプラグを取り出す。優しく臀部を撫でると、青葉の肛門にアナルプラグを強引に押し入れ始めた。青葉の体が大きく震え、無理だと首を横に振る。優也の名前を呼ぶような、くぐもった声も上げ始める。しかし、優也は気にも止めず、力任せに根本まで押し入れた。
優也は笑うと、青葉の上半身を押さえつけ耳元に口を寄せる。

「実はこのプラグ、バイブ付きなんですよ。…きっとすごく気持ち良いんでしょうねぇ」

青葉はすぐに理解し、慌てて首を横に振った。しかし、ほぼ同時に優也はバイブレーションのスイッチを入れる。アナルプラグからアナルビーズへと振動は伝わり、アナルビーズの一つに押されている前立腺はもちろん、内部全体が振動で刺激される。
突然の強い刺激に青葉の全身は大きく震え、声を上げた。青葉の呼吸はどんどん早くなり、時折、甘えるように喉を鳴らす。そして、前立腺への刺激は耐えきれないのか、振動に合わせて規則的に腰を振り続け、陰茎も腰に合わせて揺れ続ける。

その姿は浅ましく、優也は目を細めて笑った。
そして、これから収録があるのに興奮が止まらなくなっていた。加虐心をさらに満たしたくて仕方ない。自身の体重をかけるように、青葉の上半身をさらに強くテーブルに押し付ける。

「プラグの振動がビーズを伝わって奥深くまで届いて気持ち良いでしょ?
…もっと気持ち良くなりたいですよねぇ」

青葉は大きく首を横に振るが、優也は構わずにバイブレーションの強度を上げた。前立腺を強すぎる刺激が直撃し、気が狂いそうなほどの強烈な快感が青葉を襲う。優也によって押さえつけられていたが、それでも青葉の上半身は跳ね上がるかのように震えた。腰は大きく揺れ続け、両手は自由を求めるようにもがく。そして、泣いているのか縋っているのか喉を鳴らし続けた。
優也は笑いながら、青葉の髪を優しく撫でる。愛しくて仕方ない。

「大きい声を出すと、いやらしい青葉さんを知らない人に見られちゃいますよ。
受付には合鍵があるんだから、楽屋に入ろうと思えばいつでも入れるの知ってます?」

途端、青葉の声量は小さくなった。しかし、空気を求めて胸を大きく上下に動かし、快楽の捌け口を求める腰の震えも喉を鳴らすことも止まらない。終わることのない、無機質で機械的な刺激が青葉を追い詰めていく。

それでもまだ優也の加虐心は満足しなかった。もっと優也のことしか考えられないよう、青葉を追い詰めたかった。

優也はテーブルから一旦離れると、ペニスリングとローターを取り出した。ローターの振動がリングに直接伝わるよう、そしてそう簡単に落ちないようにローターをリングに巻きつける。

優也は座り直し、閉じかけていた青葉の両足を力任せに広げた。そして、出口を見つけられず、そそり立ったまま揺れ続ける青葉の陰茎を優也は手に持つ。軽く何度か亀頭を擦ると、青葉は敏感に反応し、男を誘うかのように甘く喉を鳴らし、腰が卑猥に揺れた。
優也は頬を緩めながら、ローターを巻きつかせたリングを雁首にかかるように装着させた。

「オマケ、ありますから。青葉さん、もっと気持ち良くなって下さいね」

優也はクスクス笑いながら、ローターのスイッチを入れた。強度も高めに設定する。
途端、ローターの振動が亀頭へ直接伝わり、新たな快感は生む。しかし、敏感な部位への刺激は、前立腺への刺激と匹敵していた。強すぎる快感がさらに増え、出口がなかなか見つからない青葉の中で激しく暴れる。拷問のような快感からどうにか逃げたいと、逃げられもしないのに青葉は腰を激しく乱暴に揺らし始めた。そして、手ぬぐい越しに泣き叫ぶ。優也は覆い被さるように、再び青葉の上半身をテーブルに押さえつける。

「だから、声が大きいと人が来ちゃいますよ。
…あと、分かっていると思うけど、勝手にイッたらダメですよ」

必死に耐えるかのように青葉の声量は小さくなる。しかし、優也に訴えるような腰の揺れや喉を鳴らすことは止まらない。時折、畳を蹴るように足も暴れ、両手の指も何かを求める様にもがき続ける。

優也は満足げに笑うと、ようやく収録へ向かう準備を始めた。台本を取り出し、髪型や服装の身だしなみを手早く整える。

ただ、その間も青葉の泣いているような、優也を呼ぶような声が収まらない。優也はため息をつく。座布団を拾い上げると青葉の顔を持ち上げ、押し入れた。そしてバイブレーションの強度を下げる。

「もしかして、やりすぎました…?」

優也は呟くと、青葉の頬を優しく撫でる。そのまま背筋をなぞり、臀部を揉みしだく。覆い被さるように体を重ねると、青葉の耳を舐め、首筋に何度も口付けをし、頸を舐める。

「青葉さん、思い出してください…気持ち良いでしょ?
…これ、青葉さんにとって気持ち良いことなんですよ?」

青葉の身体とテーブルの間に指を押入れ、青葉の乳首を指先で転がしては摘み、刺激を与える。やがて、バイブレーションの強度を下げたこともあり、漏れ聞こえる青葉の声が少しずつ上擦った声へと変わっていった。腰の揺れも、止まりはしないが、逃げ場のない快楽に身を委ねたかのように腰が揺れ始める。
優也は安堵の溜息をつくと、青葉の髪を優しく撫でた。

そこにドアをノックする音が室内に響いた。収録開始を伝えるスタッフだった。

「俺が戻るまで楽しんでくださいね」

青葉を残した楽屋に優也は鍵をかけ、収録へと向かった。



収録を終え、楽屋へ優也が足早に戻ってくる。
優也自身でもその時には気づいていなかったが、青葉を追い詰めることに思いのほか優也は興奮し、収録中も感情の昂りがなかなか収まらなかった。優也は早く青葉を連れ出して家に帰りたかった。
優也は楽屋に入るとすぐに再び鍵をかけ、室内に入り、青葉の様子を確認する。

青葉はテーブルからずり落ち、どうにか頭だけをテーブルにのせている状態だった。そして、優也の言いつけを守りつつも捌け口を求めるかのように、切なげに腰を前後に振り続けていた。陰茎もまだそそり立ったまま。微かに上擦ったような声を喉から鳴らしている。
快楽に全身を侵されて卑猥な姿を見せる青葉に興奮しつつも、早く帰りたい優也にとって、青葉が気絶していないことは一安心出来ることだった。

青葉の背後に座ると、優也はバイブレーションのスイッチを全て切った。それに合わせるように青葉の腰の揺れも止まる。しかし、全身は微かに震え続けている。胸は大きく前後し、呼吸も荒い。

「青葉さん、気持ち良かったですか?」

優也の問いかけに青葉は声に出して反応することはない。ただ、臀部を撫でるとビクビクと震える。優也は青葉の臀部を押し開くとアナルプラグを持つ。

「青葉さん、まだイッちゃダメですよ」

優也はアナルプラグをゆっくりと引き抜く。長くプラグが差し込まれていたため、肛門括約筋は麻痺し、完全に閉じることはなかった。小さな空洞は寂しげに蠢き続ける。

優也は指を差し込み、アナルビーズをゆっくりと探す。内部で指を動かすたびに敏感に反応し、青葉の臀部が震える。アナルビーズの紐を見つけると、優也は輪の部分に指をかけ、少しずつ引き出し始めた。アナルビーズが出口に向かって動くたびに内部は刺激され、また快感が生まれる。青葉の臀部は震え、呼吸が早くなっていく。

球体を吐き出そうと肛門が大きく開き始め、ゆっくりと球体1つめが姿を現した時、まるで産卵するかのように、全ての球体がまとめて一気に押し出されてきた。腸液にまみれたアナルビーズはテラテラと光り、鈍い音を立てて畳に落ちた。

同時に、複数の球体によって前立腺を強く刺激された青葉の体はビクビクと大きく震え、そして、上擦った声を上げた。陰茎も揺れる。しかし青葉は達することはなかった。腰は物欲しげに揺れ続け、異物を全て吐き出した肛門はぽっかりと穴が開き、刺激が足りないと言わんばかりに伸縮を繰り返す。

「本当、いやらしいなあ。」

優也は笑いながら青葉の両肩を持つと、自分の腕の中に引き寄せて抱きしめた。青葉は全身が性感帯になったかのように敏感で、突然触れられたことに驚き、ビクビクと全身が震える。
優也はそんな青葉が愛おしくてたまらず、何度も全身を撫でてしまう。その度に青葉は体をよじらせ、手ぬぐい越しに嬌声を上げる。

思っていた以上に快楽へと溺れた青葉を見て、優也自身も興奮が高まっていくことを自覚していた。しかし、このまま楽屋で最後までやるわけにはいかなかった。優也は早く帰れる算段をし始めた。

「今からリング外しますけど、気絶しないでくださいね」

青葉は小さく頷く。優也は青葉の腕と上半身を一括りに抱きしめると、片手で青葉の口を塞ぎながら、もう片手でペニスリングを外し、陰茎を刺激した。途端、青葉は何度も背を反らし、小刻みに何度も腰を震わせて果てた。やがて、全身の力が抜けたかのように、優也にもたれかかる。

優也は青葉の髪を優しく撫でると、青葉の口を塞いでいた手ぬぐいを引き抜く。青葉は荒い息を繰り返していた。

「ゆう…や…もう…」
「喘ぎっぱなしだったから、喉、渇いたでしょう?」

優也はペットボトルを手繰り寄せると、口移しで青葉に水を飲ませる。青葉は躊躇いもなく、まるで一滴も残さないよう唇を添わせ、飲み干した。そのまま青葉は優也の舌を舐め、絡ませようとする。
しかし、優也は青葉の顎を持つと、引き剥がして抑止した。

「随分と出来上がっているみたいですね。…後は家で楽しみましょうよ。」
「優也…早く…」

青葉は口を半開きにし、うわ言のように優也を求め続ける。腰も微かに揺れ続けていた。優也は含み笑いをしつつ、後ろ手に縛っていた手ぬぐい、視界を奪っていた手ぬぐいを解いた。
自由になった途端、躊躇いもなく青葉は優也に抱きつく。熱に浮かされたように青葉の顔は紅潮し、目は潤み、そして熱い吐息が漏れていた。

「優也…優也が…欲しい…」

優也の帰りを待ち続ける間、一つになることばかりを考えていた青葉には羞恥心のカケラもなかった。自ら進んで優也と唇を重ね、何度も唇を甘噛みし、舌を差し込むと何度も優也の舌を舐める。
いまだに優也の肛門は緩々と口を開け続け、下半身には空虚感しかなく、早く優也で満たされたかった。必死に"おねだり"をし続ける。
青葉は我慢しきれず、手が自然と優也の下半身に向かっていたが、優也は青葉の手を絡み取る。

「今、気持ち良さそうにイったじゃないですか。ほら、帰りましょう。
…家でもっといじめてあげますから。」

優也としても興奮と焦りを感じていたが、そのためには早く家に帰りたかった。優也は冷静に返し、あやすように青葉の背中を軽く数度叩く。そして、手身近な物からまとめてバッグに放り込み出した。
しかし、気持ちが急く青葉は止まらない。

「…道具じゃなくてっ!…優也じゃないとダメなんだっ!」

青葉は優也の胸に縋り付いた。目に涙を浮かべ、全身を震わせる。
優也はその言葉が耳に入った瞬間、衝動的に青葉をきつく抱きしめていた。微かに唇を震わせ、耳元で囁く。

「…俺のこと、これからも必要?」

青葉は何度も首を縦に振る。そんな青葉を見た優也は我慢できず、青葉の顎を持つと唇を重ねた。青葉は喉を鳴らして喜ぶ。2人できつく抱きしめ合い、舌を深く絡め、快楽を貪り合う。

しかし、優也が青葉を押し倒そうとした時、廊下から笑い声と足音が響いてきた。優也は我に返り、慌てて顔を上げた。自嘲気味に笑う。

「ダメだ。止まらなかったなぁ…。」

もう既に優也の興奮も家まで保ちそうになかった。軽くため息をつくと携帯電話を取り出した。

「近くのホテルに行きましょう。」

優也はいつも利用しているホテルへと電話しながら、困惑している青葉の顔を優しく撫でた。

「ホテルはすぐ近くですから少しだけ我慢してください。
…大丈夫ですよ、そう簡単に青葉さんのこと寝かせませんから。」

青葉は僅かに頷き、ようやく身支度を始めた。

取るものもとりあえず、2人は身支度するとテレビ局を後にした。



結局、優也の常宿は満室で入れず、近くの古びたビジネスホテルへと入った。

部屋に入るとすぐにベッドへ直行し、2人はリビドーに突き動かされるまま体を重ねた。
久しぶりのせいか、優也は青葉を貪欲に激しく求め続け、青葉も欲望の忠実な下僕になり、応え続けた。
いつまでも続くかのように思えた時間の後、2人とも絶頂を迎える。優也は青葉を抱きしめ何度も口付けを落とし、青葉も受け入れた。おもむろに優也は起き上がる。

「ちょっとタバコ吸っていいですか?」

青葉は黙って頷く。

まだ夕方だったが、室内はカーテンで閉め切られ、灯りはバスルームから漏れる光と非常灯のみで薄暗かった。2つあるベッドの1つに全ての荷物を投げ出され、2人の衣服は床に投げ捨てられている。

優也は薄暗い部屋の中、自分の荷物からタバコとライターを取り出すと、申し訳程度に窓際に置かれた小さな椅子に体育座りで座り、タバコを吸い始めた。薄暗い部屋にタバコの灯りが浮かび上がる。そして、外国製タバコの独特な匂いも広がり始めた。優也は窓のカーテンを開ける素ぶりはなく、ぼんやりと宙を眺め、燻らせている。

優也がタバコを吸い始めたことを確認すると、青葉は静かに起き上がり、自分の荷物から携帯電話を取り出した。2人きりの時に携帯電話を確認することを優也が嫌がることは知っていたが、テレビ局に入ってから一度も携帯電話を確認していなかった。携帯電話を見ると、やはり何件か着信が残っている。電話を掛け直そうか思い悩むが、携帯電話に関しては苦い思い出があった。優也に話すことは気が重く、青葉は躊躇ってしまう。
そんな時、ベッドに近づいてくる優也の声が響いてきた。

「もう1回、いいでしょ?」

青葉は慌てて携帯電話をサイドテーブルに置く。やはり優也には言えなかった。諦めてベッドへ戻ると、優也に背後から抱きしめられた。

「それはいいが…途中で気を失うかもしれない…」

優也と唇を重ねながら青葉は呟く。青葉は既に自分の体を重く感じ、体力的に最後まで意識を保てるか不安だった。青葉は己の老化を感じ、そして負い目を感じ、伏し目がちになる。
優也は微笑みながら再び唇を重ねた。まるで安心させるかのように。

「じゃあ、楽な体勢がいいですよね」

優也は青葉を四つん這いになるよう導き、青葉も素直に従う。優也が優しく臀部を撫で始めると、微かに青葉の体が震える。そのまま、青葉の肛門を指で刺激する。刺激する度に青葉の腰は僅かに揺れ、随分と緩くなった入口は早く入れて欲しいと言わんばかりに蠢いていた。優也は自身の陰茎を押し当てる。

「…青葉さん、言って?」
「…愛してる」

優也は含み笑いしつつ押し入れた。何度目か分からない快感が青葉の背筋を駆け上がり、堪らず上半身が突っ伏した。腰だけ突き出すような格好になる。優也は青葉を背後から包むように抱きしめると耳元で囁いた。

「もっと言って?」
「愛してる…優也…愛してる…」

優也は満足げに笑うと、ゆっくりと腰を動かし始めた。

以前、交換条件で「愛している」と青葉が口にして以来、優也は頻繁に「愛している」と青葉に言わせるようになっていた。
青葉はその行為が"刷り込み"目的だと分かっていたし、優也も青葉が"刷り込み"目的で言わされていると気付いていることを知っていた。それでも優也は青葉に「愛している」と言うように求め、自分を作り変えられているような不安を感じながらも青葉はその求めに応えていた。優也は荒い息を吐きながら、優也の首筋にゆっくりと舌を這わせる。

「青葉さん…もっと…さっきより…たくさん言って…」
「んっ…愛してる…気持ち…良い…愛してる…」

優也に背後から強く抱きしめられ、耳元で優也の熱い吐息を感じ、そして優也に激しく奥深くまで突かれる快楽に青葉は酔いしれる。

「愛している」と言っていれば、優也は青葉に快感を与え続けたし、青葉は不安を感じつつもその快感を本能的に求めてしまっていた。青葉の吐息も少しずつ早くなり、熱を帯びてくる。

「愛してる…もっと…優也…愛してる…」
「…ん…俺も…」

しかし、ただの交換条件のはずなのに、その言葉に感情は伴わないはずなのに、与えられる快楽を楽しみつつも、青葉の心の片隅ではザワザワと別の感情が逆立っていた。
そのことから目を背けるように、青葉は優也に身を委ね、まるで1つになって快楽を共有しているような感覚に酔いしれる。

そんな中、サイドテーブルの携帯電話が明るく光る。着信を意味していた。そのことに優也がめざとく気づいた。

「青葉さん…携帯…見ていました?」

青葉は一瞬にして現実に引き戻された。唾を飲み込む。

「仕事の電話…があったから」
「そう、ですか」

優也は腰を打ちつけながら、サイドテーブルから携帯電話を乱暴に取ると、青葉の目の前に置いた。

「…電話…出て…ください」

優也の声には苛立ちが含まれていた。青葉は眉間にしわを寄せ、首を横に振る。

「後で…折り返す…から…大丈夫だ」

一瞬の沈黙が流れる。それは優也が納得していないことを示していた。
優也は青葉を背後から抱きしめたまま、全体重をかけるように青葉の上半身をベッドへ強く押し付けた。そして、耳元で囁く。

「電話に出ないと…不自然…かもしれないですよね。出て…ください。」

熱い息を吐きながらも、優也の声のトーンはどんどん低くなる。苛立ちが増していることに青葉は気づいた。
電話に出ることが得策とは思えず、しかし言い訳も思いつかず、青葉はベッドに顔を埋め必死に首を横に振る。

しかし、優也は認めなかった。青葉の首下に手を強引に差し込むと、そのまま顎を掴み、力任せに上へと押しやる。埋めていた青葉の顔は露わになり、目の前にはシーツの上で点灯し続ける携帯電話があった。青葉は携帯電話を取り出したことを後悔し、そして、いつものように青葉は諦めた。

「…優也…ゆっくり…動いて…くれないか」

青葉の求めに応じ、優也の腰の動きは緩慢となる。
青葉は渋々、携帯電話に手を伸ばしたが、突然、優也が青葉の手を振り払った。青葉の代わりに「応答」ボタンを押し、スピーカーモードへと変更する。
そして、青葉の手を引き寄せると、会話全てを確認すると言いたげに鋭い視線を青葉に向けた。

「師匠?」

電話の相手は弟子の吉伍だった。青葉が高座に上がる際など、吉伍が寄席周りを担当していた。そのため、今後のスケジュールなどの確認の電話だった。優也の視線を感じつつ、青葉は吉伍から聞かれること一つ一つを差配をし、指示する。出来る限り事務的に。

相手が弟弟子だからか、やがて優也の視線は柔らかくなる。
そして青葉を抱きしめたまま、腰の動きを少しずつ早め始めた。突然のことに驚き、青葉は声をあげそうになるが歯をくいしばる。そのまま諌めるように視線を送るが、優也は気にも留めない。

むしろ優也は意地悪そうに笑って見せると、青葉を抱きしめたまま手の位置を移動させ、青葉の乳首を指で転がし始めた。静止するよう優也の腕を青葉は慌てて握るが、優也の力の方が優っており止まらない。青葉は声を抑えながら電話を早く終わらせるしかなかった。

「…あぁっ、…それでっ、いい。あとは…吉伍に任せる、から。」

早く切り上げて電話を終わらせたかったが、なかなか終わらない。そして、優也から与えられる快感も止まらない。
優也は腰をピストンさせながら、青葉の乳首を弄んでいたが、面白がるように青葉の首筋に何度も口付けを落とし、音をたてないようゆっくりと舌を這わせていた。
気を抜くと、青葉は上擦った声を出してしまいそうだった。耐えるしかなかった。

青葉は流れる時間を長く感じつつも、やがて会話の終わりが見えてきた。どうにか吉伍に気づかれることなく電話が終わりそうだった。

もう少しで終わる。そう青葉が安堵した時、優也は青葉の顔を強引に持ち上げて振り向かせると優しく唇を重ねた。青葉は目を見開いて驚き、反射的に顔を背けるが、優也は再び顔を振り向かせて唇を重ねる。音が出ないように、唇をゆっくりと何度も重ね、甘噛みだけをし続ける。

唇を重ねている間も、優也の瞳は青葉の瞳を捉えて離さない。強い意思と熱情を秘めつつ、全てを見透かしているような、支配者のような優也の眼差し。唇の感触の心地良さに加え、優也の眼差しに魅入られた青葉は、あっという間に理性が追いやられる。無意識に口を半開きにし、順応してしまっていた。優也に合わせるように、優也を求めるように、自らも唇を動かす。
しかし、甘い快感はあるが刺激が足りない。音を立てないためだと分かりつつも、青葉の中で焦燥感が募る。足りない。もっと欲しかった。

「…師匠?どうしました?」

突然、返答しなくなった青葉を心配する声で、青葉は引き戻される。しかし、優也との口付けを止めることも優也から視線を外すこともできなかった。優也と視線を絡ませ、口付けをする合間に言葉を紡ぐ。

「…ん…なんでも…ない。…明日…また…連絡…する…」

そう青葉が言い終わると同時に、優也は携帯電話の通話を切り、隣のベッドへ投げやる。そして、優也は僅かに唇を離すと、青葉の髪を優しく撫でた。

「…青葉さん、言って?」
「…愛してる!…愛してるから!」

焦燥感が募る青葉はもっと深い口付けが欲しくて仕方なかった。口を半開きにし、舌を差し出す。優也は笑うと再び唇を重ねる。そして、舌を差し入れた。青葉は体を震わせて喜び、貪欲に優也と舌を絡ませた。

しかし、それも束の間だった。優也は唇を離し、青葉を抱きしめていた両腕を解く。肘をついて上半身をやや持ち上げ、青葉を見下ろした。青葉はまだ物足りなさそうな顔で優也を見上げている。

「…優也?」

青葉の問いかけにも優也の表情は変わらない。優也は腰をゆるゆるとピストンさせつつも、ゆっくりと青葉の背筋を撫で始める。

「そういえば、吉伍に聞いたけど…青葉さん、どうして俺に隠し事するんですか?」

優也が嘘や隠し事を嫌うことを青葉は知っていた。無条件に青葉の体が一瞬震え、そして優也が何のことを指しているのか、思考をフル回転する。しかし、思い当たることがない。
優也は構うことなく、言葉を続ける。

「女将さん、実家に帰ってますよね?家業が大変みたいで。」

青葉は一気に現実に引き戻された。緊張が走る。しかし、青葉には意図的に隠している認識は無かった。正確に言うと、ここ1週間は優也と連絡が取れない不安の方が強かった。

「隠していたわけじゃない…本当だ」

下手に言い訳することは逆効果だと分かっていた青葉は弁解をしなかった。優也は溜息をつく。

「…まぁ、いいですよ。それで、青葉さん、今は一人暮らしでしょう?
女将さんが帰ってくるまで、一緒に暮らしましょうよ」

青葉は驚き、目を見開いて優也を見上げた。優也は薄く笑う。

「青葉さん、一人だと何もできないでしょう?家事なんて、まともにやったことないだろうし。」
「…いや、…優也の…迷惑に…なるから…」

青葉は反射的に断っていた。一緒に暮らしてしまえば、本当に後戻りできなくなる。止め処なく流されて、快楽に溺れてしまう。青葉に残されていた理性がダメだと叫び続けていた。しかし優也の意思は揺るがない。

「迷惑?どうして?俺、毎日、青葉さんのこと抱けるなら嬉しくて仕方ないですよ?」

優也は両手を使い、青葉の全身を撫で始めた。腕や足、背中、胸、触れるたびに青葉の体は反応して、微かに震える。
優也は青葉の耳元へ口を寄せる。

「青葉さんだって嬉しいでしょ?
今日はいつものホテルじゃなくて、壁が薄いホテルだから出来ないけど。
毎日、いじめてあげますから、
毎日、俺の名前を呼んで泣き叫べばいいし、
毎日、気絶するように寝ればいい。」

優也はクスクスと笑う。対照的に青葉の呼吸は早くなり、視点が定まらなくなる。何か断る理由を作らなければ、と焦る。しかし言葉が見つからない。出ない。
そんな青葉を見透かすように優也は話し続ける。

「青葉さん、他の言い訳は?言ってくださいよ、全部潰してあげますから」

青葉の耳元で優也は変わらず笑う。"下手な言い訳"しか思いつかない青葉は何も言えずに険しい顔をしかできなかった。

無意識に青葉の手は伸び、ベッドのマットレスの縁を掴んでいた。這い出ることなんて出来ないのに優也の体の下から脱け出ようとしていた。優也は笑顔のまま、マットレスを掴む青葉の手を強引に引き戻し、ベッドに押し付けた。

「逃げちゃダメですよ。…大体、青葉さんが俺から逃げられるわけないでしょ」

笑顔とは裏腹に、優也の声は絶対的支配者のように冷たい。そして優也にいつも流されている青葉は何も反論が出来ない。下唇を強く噛む。

そして、ただ純粋に「嫌だ」と優也に言えない自分に青葉は絶望していた。心の何処かで一緒に暮らすことに対して期待している自分がいることを自覚せざるを得なかった。
青葉は行き場のない感情を吐き出すかのように、自然とベッドに爪を立てていた。シーツが青葉の指に絡む。

青葉が何も言わない、それはつまり受諾だと受け取った優也は上機嫌で話し続ける。

「明日はまず青葉さんの家に寄ってから俺の家に行きましょう。
最低限必要な落語関係のものだけ、着物などを運べばいいし。
…他のものは全部、俺が買いますから。俺が青葉さんに似合うものを選びます」

一緒に暮らすことへの現実味が増すほどに、全てを優也に管理され、流され続ける不安も増し、青葉の体の震えは止まらない。快楽に飲み込まれる不安と期待が入り混じり、ただ未来が怖かった。目に涙が溢れる。
対照的に、上機嫌なままの優也は青葉の髪を優しく撫でる。

「青葉さん、何か言ってくださいよ。」

追い詰めるかのように、全身を撫で上げる優也の両手は強く、そしてせわしなく動き始め、青葉を突き上げるスピードを上げた。青葉は堪らず蹲るようにベッドへ顔を伏せる。

そんな青葉をさらに追い詰めるかのように、優也は青葉の上半身を強引に抱き上げた。そのまま乳首を指先で転がしては押しつぶし、耳朶を舌先で転がす様に舐める。

「…青葉さん、言って?」
「…愛…してる…」

青葉はもう何も考えたくなかった。震える声で優也を求めた。再び目に涙が溢れる。優也は口元を緩ませた。

「俺も愛していますよ」

優也は青葉の顎を持ち、振り向かせると唇を重ねた。青葉は一瞬の躊躇いのあと、従順に受け入れ、優也の望むままに舌を差し出す。

舌を舐め合い、優也の唾液を飲み込むたびに青葉は頭の芯が熱くなり何も考えられなくなる。唇を重ねたまま、優也の腰の動きもどんどん早くなり、突き上げられる快感に青葉は理性を手放し、溺れていった。

2人は共に愉悦を楽しみ、やがて絶頂を迎える。
青葉は意識を手放すことは無かったが、重い体を引きずってシャワーをどうにか浴びるとすぐに眠りについてしまった。



それから数時間後、青葉は目覚める。薄暗い部屋、いつもより小さいシングルベッドの上、優也の腕の中にいた。背後から優也の寝息、外から雨音が静かに響いてくる。

青葉の手の上には優也の手が重ね合わせられていた。青葉自身はまだ若いつもりだが、こうやって若々しい優也の手と見比べると、自分の手は細く、乾燥して血管は浮き出ており、皺も刻まれている。年相応なのだと痛感させられる。少し動かしただけでも身体に痛みが走ることもあり、嫌でも自分の"老い"を感じた。

静かにため息をつき、優也の手の甲に触れる。起こさないように優しく触れたつもりだった。しかし青葉を抱きしめていた優也の指が動いた。

「…青葉さん?」
「…起こして…すまない」

疲れが取れない青葉の声は消え入りそうなほど小さかった。優也は青葉の顔を覗き込むように抱き締める。

「トイレ?」

青葉は小さく首を横に振る

「喉乾いた?」

青葉は小さく首を縦に振る。
優也は起き上がり、ガサガサと物音を立てながら荷物からミネラルウオーターのペットボトルを取り出す。口に含むと、青葉の唇を優しく撫で、口移しで飲ませた。青葉は一瞬体が震えるが、咎める言葉を口にすることさえ肉体的にも精神的にも辛く、優也の行為を受け入れた。
優也は青葉の頬を撫でる。

「もっと?」

一瞬の躊躇いの後、青葉は小さく首を縦に振った。優也は微笑むと、再び口移しでミネラルウオーターを飲ませる。青葉が飲み込むたびに喉仏は小気味よく上下する。指は優也の腕に縋り付いていた。優也は黙って何度も繰り返す。
やがて一息つくかのように青葉は目を伏せた。

「…もう…いい…すまない」

優也は青葉の口端から漏れたミネラルウオーターを指で拭き取ると、再び横になり、青葉を背後から抱きしめた。そのまま掌を重ね合わせ、指を絡ませる。

「青葉さん、謝ってばかりですね」
「…すまない…本当に…」

疲れが蓄積されていた青葉に再び睡魔が訪れる。瞼はどんどん重くなり、もう少しで眠りの中へと落ちる時。
優也は独り言のように話し始めた。

「雨、降ってますね…
俺ね、雨が降るたびに、青葉さんに弟子入りした時を思い出しているんですよ。

…一目惚れして弟子入りしたってずっと言ってましたけど、実は半分嘘で。
雨宿りと暇つぶしのつもりで寄席に入って、青葉さんの落語を初めて見た時、綺麗だなぁって思いましたよ。
でも、実はその時、同時に"大嫌い"って思ったんです。
あぁきっとこの人は太陽の下しか歩いたことなくて日陰を知らないんだろうなって。」

突然始まった、優也の独白に青葉の眠気は飛んでいた。しかし相槌を打つことも言葉を挟むことも出来ない。息をひそめ、身体中を強張らせて優也の言葉に耳を傾け続けた。

「青葉さんのことが嫌いで、ムチャクチャにしてやろうって、壊してやろうと思って弟子入りしたんです。

…まぁちょうど家を出たかったということもあるんですけどね。

で、青葉さんが気づいていたかどうか分からないですけど、俺、結構、わざと大きい失敗を繰り返したんですよ。
落語に集中できないように。
でも、青葉さんはいっつも優しくて。何か失敗して迷惑かけても困ったように笑うばっかりで、
たまーに怒っても必ずフォローしてくれて。
俺がヤケになって輪をかけた失敗しても青葉さんは変わらなかった。

…そんな青葉さんに戸惑ってイラついて、でもだんだん嬉しくなって。
どんどん青葉さんのことが気になって仕方なくなりました。

…青葉さんのいない人生なんて考えられないって思うぐらい、
どんな手を使ってでも青葉さんのことが欲しくなったんですよ。」

優也はおもむろに青葉の体をきつく抱きしめ、深く息を吐く。

「俺、自分でも気づいているんですよ。
青葉さんの優しさに俺がつけ込んでいること。
俺だけを見て欲しいということもあるし、
…まぁ、その、青葉さんがいやらしい体していることもあるけど。

…青葉さんは俺だけにすごく優しいんだって、俺がどんなことしても全て受け入れてくれているんだって、
そう思い込みたくて、確認したくて、いじめている時がある。」

優也の声が微かに震えていた。
青葉は何か声をかけなければいけないと思うが、言葉が出ない。ただ、胸が張り裂けそうだった。

「…でも、だからかな。青葉さん、俺のこと、ずーっと子供扱いしますよね。
一人前だと認めて欲しくて、頑張って真打ちになったのに、変わんない。
時々心配してくれるのは嬉しいけど、いつでも、…今日だって子供扱いされて。

実際、俺自身がまだまだ未熟なのかもしれないけど、俺のこと、ちゃんと見てくれていない気がする。」

青葉は堪らず顔を両手で隠した。涙が溢れる。
いつも明るく笑う優也に甘えて、優也の気持ちにきちんと向き合おうとしなかった自分が腹立たしかった。

「…あー、話がずれちゃったな。
何が言いたいかって言うと、青葉さんにはもう少し自信を持って欲しいんです。

年齢差とか同性であることに青葉さんは引け目を感じているみたいですけど、俺は青葉さんが大好きです。
いっつも嫉妬して、独占したくて、虐めるぐらい。嫌なところなんてないですよ。

むしろ、"好き"だっていう気持ちに条件をつけるのおかしいでしょ。それは本当の"好き"じゃないと思う。
もう少し俺のことを信じて、自信持って欲しいです。

…というか、それが、俺のことを好きになってくれない原因だったら嫌ですし。」

青葉はとうとう我慢出来ず、声を上げて泣き出した。

「すまない…今まで悪かった…許してくれ…」

体を小さく丸め、思いつく限りの謝罪の言葉を口にする。

「…その…責めるつもりはなくて…謝らないでくださいよ」

優也は青葉は責めるつもりは毛頭なかった。いつも"いつか良い女性と結婚を"や"抱き心地が悪いだろう。飽きただろう。"と言うことをやめさせたかっただけだった。優也は弱り、青葉を抱きしめる。それ以外、何も思いつかなかった。

優也の腕の中、青葉は自責の念、懺悔の念に駆られていた。

坂道を転がり落ちるように肉体関係を持ったが、「肉体関係だけ」だとその状況に甘えて、快楽に溺れることに逃げたり、言い訳に利用していたこと。優也の気持ちにいつまでもはっきり答えを出さず曖昧にし続け、そのくせ「肉体関係だけ」のはずなのに、優也に普段から大切にされることが心地良くて受け入れていること。

もしかしたら全てが優也の思惑通りなのかもしれないが、肉体関係をはっきり断つことなく、流されて甘え続ける自分が青葉は情けなかった。優也の気持ちに加えて自分の気持ちにも今まで向き合おうとしなかったことへの後悔の念も溢れる。

…優也ときちんと向き合って話さないといけない。

そう決意し、青葉は落ち着きを取り戻す。優也の腕の中で体を反転し、青葉は優也と向き合った。
何か腹を括ったような、吹っ切れたような表情を見せる青葉に、優也は内心驚く。抱きしめていた腕に自然と力がこもった。

「自分の都合の良いように、いつまでも私は優也に甘えていたんだな。本当にすまない。悪かった。」
「それを言うなら、俺も青葉さんに甘えているから、お互い様だと思いますよ…」

優也はこの状況を取り繕う言葉を懸命に探していた。どんな心境の変化があったか分からないが、万が一にも青葉から「この関係をやめたい」と言われることになったら、優也は精神を正常を保てそうになかった。気が狂ってしまう。
そんな優也の心情を知ることもないまま青葉は微笑む。

「そうかもしれないな。…ただ、優也を子供扱いしているつもりは無いんだ。
優也のことが大事で…。きっと誰よりも大事だから守りたくなるんだ。
…それが子供扱いのようになってしまうのだろうが。」

優也は驚き、青葉の顔を覗き込む。

「…青葉さん、俺のこと"誰よりも大事"なんですか?」

青葉は躊躇いがちに頷く。

「…この1週間だって、本当に心配だったんだ。
電話しても出ないし、事故か何かあったんじゃないかと不安だった。
家にも確認しに行きたかったが、以前のことがあるから行けなくて…。
それで…、恥ずかしいからあまり言いたくなかったのだが…
高座でも落語に身が入らなくて、上の空になる瞬間があった…
…ずっと…優也のことばかり考えていた。」

優也は飛び起きる。青葉の体に跨ると、青葉の表情を少しでもより確認しようと覗き込む。

「ちょっと、待ってくださいよ…本当に高座でも?」

青葉が落語を何よりも大事にしていることを優也は知っていたので信じられない。冗談ではない、ということを確認したかった。
青葉は黙って頷く。

落語と同等、もしくはそれ以上に大事にされている、それは優也にとって大きな意味があった。この瞬間を逃すわけにはいかなかった。優也の鼓動は激しくなり、呼吸も早くなる。

まるでこれから祈りをあげるかのように、優也は震える両手で青葉の手を掴みあげた。薄暗い中、カーテンの隙間から差し込む街灯の光を頼りに青葉の瞳を真っ直ぐに見る。

「青葉さん、俺と付き合ってください」

2度目の告白だった。両手と同じく、優也の声も震える。
一瞬の沈黙が流れ、優也は緊張や不安に襲われるが、それでも優也は青葉から目を離すことが出来ない。唾を飲み込む。
青葉も優也から目を離すことはなかった。そして、躊躇いがちに頷いた。

途端に優也は緊張感から解放され、そして今までの様々なことが蘇り、放心したかのように腰を落とした。

「…優也?」

座り込む優也を心配し、青葉は起き上がろうとした。しかし、体が重く、なかなか起き上がれない。
そんな青葉を見て、優也は我に返る。嬉しさがこみ上げる。笑顔が顔に浮かぶ。
青葉を力強く抱きしめ、肩に顔を埋めた。優也の全身は震えている。

「俺、本当に嬉しいです…すごく嬉しい
…幸せってこういうこというのかな。
…俺、もっともっと青葉さんのこと大事にしますから、青葉さんももっと俺のことだけ見てください」

優也はひどく興奮し、勢いのまま一方的に話し続けた。青葉はそんな優也を困ったような笑顔で見守りつつ、躊躇いがちに優也の背中に手を回す。

「…あぁ。ちゃんと、妻と別れるから」

青葉はそれが正しいことだと思っていたし、優也も喜ぶと思っていた。
しかし、その言葉を聞いた瞬間に優也は動きを止めた。

「…あぁ、…それは…まだ…しなくていいと思います」

明らかに優也の声のトーンが低くなっていた。青葉からすれば不可解だった。

「なぜだ?」

一瞬の間を置き、優也は青葉の肩から顔を持ち上げる。いつもどおりの優也がいた。明るく笑顔で話す。

「一緒に暮らしみたら、もしかしたら合わないところが見つかるかもしれないじゃないですか。
それに、女将さんも今大変で、それどころじゃないでしょう?
…まだ、俺の試用期間ってことにしましょうよ」

確かに、一緒に暮らしたらどちらか片方、もしくは2人とも熱が下がる可能性は青葉も否定できなかった。また、実家の手伝いで忙しい妻とちゃんと話す時間を作るにも時間がかかりそうだった。青葉は躊躇いがちに頷く。
優也は安堵の溜息をつくと、優しく青葉の唇を撫でた。

「キスだけ。キスだけ、いいでしょ?」

青葉は僅かに微笑みながら頷いた。優也は満面の笑顔を見せる。

「今日も雨かぁ。…俺たち、雨に縁がありますね。」
「…そうだな」

笑顔のまま、2人は唇を重ねた。
終わりがないような、いつまでも続くのではないかと錯覚するような甘く痺れる時間。
ただ雨音だけが2人を包みこんでいた。
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