いつものこと。

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「いつものこと。」の始まり。

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夕暮れの陽はもう残りわずか。月が健気に自己主張を始める頃。

薄暗く音もない部屋の中、吉次はソファに大きく体を預けて、視線は宙を舞っていた。何度も大きなため息をつく。
リビングのテーブルをはじめ、床にも空いた缶ビールが数えきれないほど転がっている。テーブルの隅には吸い殻がうず高くなった灰皿も見える。

「あー!もう!」

行き場のない気持ちを口に出すと起き上がり、キッチンに向かった。暗い部屋の中では、冷蔵庫庫内の光は眩しい。吉次は目を細めながら、冷え切った缶ビールを2本取り出すと、再びリビングのソファーに陣取る。

いつもの癖でテレビのリモコンを手に持つが、眉間にしわを寄せ、電源スイッチを入れることなく、テーブルに戻した。
その際、テーブルに置いていた携帯電話が視界に入る。液晶画面が光り着信を知らせているが、確認もしないまま裏返しにして伏せた。

缶ビールを手に取りプルタブを開けると、小気味好い音が部屋に響く。何本目か分からない缶ビールを飲み始めると、ほぼ同時にインターホンが鳴り響いた。しかし、吉次は動かない。対応するつもりもなかった。何度もインターホンが鳴り響く中、缶ビールを飲み干すとソファーに横になり、時間が過ぎることを待った。

しかし、どんなに待ってもインターホンの音は鳴り止まない。業を煮やした吉次はモニターの覗き込むと、そこには、師匠・吉平太が映っていた。
吉次は驚き、そして会うことに思い悩む。しかし、ここで居留守を押し通しても、いつかは会わなければならない。腹を括り、エントランスの自動ドアを解除した。

数分後、玄関のドアホンが鳴り響く。2本目の缶ビールを何口か飲んで意を決すると、玄関に向かった。
ドアスコープから覗くと、吉平太は白シャツにチノパンツという、ラフながらもきっちりした身なり。

…師匠らしい、な。

性格を表しているような吉平太の身なりに、吉次は口元を緩ませる。しかし、対称的に吉平太の顔は険しい顔をしていた。吉次は口を一文字に結び、ドアを開ける。

「突然どうしたんですか?わざわざこんなところまで…。」

気まずさで吉平太を直視出来ない吉次は視線を外したまま話しかけた。
そんな吉次に、吉平太は軽くため息をつく。そして、真っ直ぐに見据えて話しかける。

「どうして、一門の集まりに顔を出さないんだ。
何も連絡してこないし、電話しても繋がらない。」

瞬間、弾けるように吉次の視線が吉平太を捉える。

「こんな状況で外に出れるわけないじゃないですか!!!」

が、自分の声の大きさに驚き、また視線を逸らしてしまう。

「…でも、電話はすみませんでした。
今、知らない人からの着信ばっかりで電話出てないんです」

吉平太は再びため息をつき、できる限り、優しく話しかけた。

「次の集まりには必ず来なさい。いいね?」

その言葉に吉次は驚き、戸惑う。

「…この前、師匠に落語家は廃業するとお伝えしたよね?
もうその頃は門下ではありません。
…あ、廃業には協会で手続きが必要ですか?
そうであれば、早めに手続きします。それでいいですか?」

誰に見られているか分かっているものじゃない。手短かに会話を切り上げたかった吉次だったが、今度は吉平太が声を荒げてしまう。

「私はお前の廃業を認めていない!!!」

吉次を真っ直ぐに捉えた吉平太の瞳は怒りに満ちている。そして、耳を立てていなくても隣人に聞こえてしまうほどの声量。
吉次は今までこれほど吉平太に怒鳴られたことはなかった。驚いて返答ができない。いや、なんと答えればこの場が収まるか分からなかった。
ただ、もう立ち話で済まないことは分かった。

「…中、汚くて申し訳ないのですが、入られますか?」

吉平太は黙って頷き玄関に入ると靴を脱ぎ始めた。


中学生の時、落語を見る機会があり、その時に吉次は吉平太に一目惚れをした。ずっと吉平太の側にいたくて、中学校を卒業したら、すぐに弟子入り。吉平太に褒められたくて好きになって欲しくて落語の練習を熱心にした。そして、一人前になったら告白しようとも心に決めていた。

それから10年弱。先月、真打ち昇進の話があった。自分は他の弟子と比べて特段可愛がってもらっている自覚もあったし、真打昇進の話があった時には自分のことのように吉平太は喜んでくれたので一人前と認めてくれたのだろうと思っていた。受け入れてもらえる可能性はあると信じて告白した。
しかし、振られた。

「同性」「妻子持ち」という断られる理由は予想していたが、「子供にしか見えない」は想定外だった。"子供がどんなに大人になっても親からすればいつまでも子供"ということなのだろう。吉次にとって、"真打ち"は何も意味を持たなくなったし、"落語家"を続けることも意味がなくなった。

そして、それから数日もしないうちに、有名アイドルとの密会が週刊誌に載ってしまった。最悪のタイミングだ。テレビ業界の人に目をかけられ、吉平太の寛容さもあり、落語以外の仕事もしていたのだが、テレビ収録の際に知り合った子と遊び感覚で会っていた。今、携帯電話が鳴り止まないのも、自称・マスコミ達からだ。

吉平太に振られたうえにアイドルとのスキャンダル。吉次にとってはもう全てがどうにでもよくなり、廃業する旨を先日伝えていた。


…今思えば、前座修業が一番楽しかったな。
何にも考えずに師匠のそばにいられた。

吉次はそんなことを考えながら、吉平太をリビングに案内した。リビングの照明スイッチを入れると、床に散らばった空き缶が目に入ってくる。酔っているため足元がおぼつかないが、邪魔にならない程度に空き缶を部屋の隅へ寄せ始める。

「汚くてすみません。適当に座ってください。」

空いた缶ビールが散乱し、吸い殻が山盛りの灰皿。部屋は煙草と酒の匂いで満ちている。吉次のやさぐれた生活に驚いた顔をしつつも、吉平太はソファーに腰掛けた。

「さっきは大声をあげてすまなかった。
…しかし、とりあえず元気にしているようで良かった。
連絡が取れないから倒れているかもしれないと心配していたんだ」
「…すみません。」

片付けも程々に、吉平太と斜めに対峙する位置に吉次は正座した。

「俺、師匠に迷惑かけていますし、落語家を廃業しようと思っています。」

改めて廃業の意思を吉次は伝える。直視出来ず、俯いたままだ。そんな吉次に吉平太は強い視線を向ける。

「私のことは気にしているなら、なおさら廃業なんてしなくていい。
スキャンダルもしばらくすれば落ち着く。落語への情熱はあるんだろう?
お前ほどの才能があるのに勿体ない。もうすぐ真打昇進なんだ。
これからも大勢のお客様を楽しませて欲しい。」

吉平太の言葉の意味は分かる。
しかし、自分の告白には全く触れられず、まるで無かったことにされているようで吉次は悔しかった。俯いたまま、自然と拳に力が入る。

「申し訳ありませんが、落語への情熱はありません。
…先日、お伝えしましたように、師匠に一目惚れして弟子入りしたんです。
俺の気持ちが断られた今、落語を続ける意味はありません。」

途端に吉平太の視線が揺らぐ。強い視線は無くなり、困ったような表情を見せる。

「それは…その…、吉次の気持ちに応えられなくてすまないが、
キッカケはどうであれ、落語を10年近くやってきたんだ。
全く落語に興味ないことはないだろう?
…真打ちの吉次をみんな待っているんだ。」

"落語家として成功することが吉次の幸せ"だと、吉平太は信じて疑っていないような口ぶり。吉平太は言葉を続ける。

「…それに、雑誌を見たが、
あのアイドルの子とは付き合っているんだろう?
可愛い子じゃないか。今は難しいかもしれないが、いずれ結婚…」
「やめてくださいっ!!!」

突然、吉次は立ち上がると、吉平太に詰め寄った。

「あんな女と俺が結婚!?あり得ない!!!ただの遊び相手ですよ!
…大体、師匠が俺を受け入れてくれたら、女なんて最初から要らない!」

女なんて性欲処理程度のもの。その女との結婚を進めてくるなんて、吉次にとって心外だった。それに、告白した自分の気持ちを蔑ろにされているとさえ感じていた。酔っていることもあり、師匠とはいえ、叫ばずにはいられなかった。
そのまま、物事全てを悪い方向にしか考えられず、吉平太にぶつけてしまう。

「真打ち昇進が決まっているのに、
本人が廃業するなんて師匠として体裁が悪いんでしょ!?
はっきりそう言ってくださいよ!」
「違う!どうしてそんなことを言うんだ!」
「…あぁそうだ、良いこと思いついた。」

そう言うと、吉次は吉平太を強引に立ち上がらせると無理やりベッドに連れて行き、押し倒した。

「師匠に振られた失恋の思い出にセックスさせてくださいよ。
そうしたら、お望み通り、真打ちになりますよ。それでいいでしょ!?」
「吉次、悪ふざけもいい加減にしないか!」

吉平太は逃げようと暴れるが、吉次は一回り以上若いうえに体格も良い。20代ゆえの腕力・体力には勝てない。あっという間に組み敷かれてしまう。近くのハンガーから吉次はネクタイを取ると、吉平太の両手を強引に縛りあげ、ベッドフレームに括りつけてしまった。

「吉次、やめなさい!」

その間、叫び続ける吉平太。
いくら酔っ払っているとはいえ、吉次は罪悪感に襲われ気持ちがグラつく。

「…あぁ、うるさい。…うるさい!」

もうすでに過ちは犯している。今更やめるつもりはなかった。
近くにあったタオルを無理やり吉平太の口に押し込んだ。吉平太のくぐもった声だけが部屋に響く。

「…そうだ。気持ちよくなれる薬がありますよ」

一時期、女性とセックスする時に使っていた液体のことを吉次は思い出した。布に染み込ませ、気化した匂いを嗅けば嗅ぐほど気分が高揚する、あの薬。ベッドサイドのデスクを探してみると、多少残っていた。

「男とは初めてですか?少しでも気持ちよくなってくださいよ」

そういうと、吉平太の口に押し込んでいるタオルに、液体全てを染み込ませた。甘ったるい匂いがほのかに香る。吉平太のくぐもった声は止まらない。

仰向けの吉平太に吉次は馬乗りになると、震える指でシャツのボタンを外す。タオルで息苦しいのか、この状況に緊迫しているのか、呼吸のたびに吉平太の胸が大きく上下している。

酔っていても緊張してしまう。まるで強い力で触れると壊れてしまうかのように優しくゆっくりと吉平太の肌に触れた。無駄のない、細身の体。年齢の割に肌は柔らかく、ハリがある。ずっとずっと触れたかった体。触っているだけでも興奮してしまう。

やがて、躊躇いがちに吉平太の首筋に舌を這わせた。途端、体をよじり、声にならない声をあげる吉平太。その姿に吉次はかえって興奮し、ゆっくりと舐る範囲を広げていく。

乳首に触れると、吉平太は体を震わせた。少しだけ指の力を入れて摘むと、さらに体が震える。

…乳首が敏感なんだな。珍しい。

そう確信した吉次は、乳首は念入りに愛撫し始めた。
暴れる吉平太の身体を押さえつつ、乳輪を指で丹念になぞったり、乳首を唇で弄びながら、刺激を与える。すると刺激に反応し、乳首が僅かにそそり立つ。

まるで果実が熟すのを待っていたかのように、吉次は吉平太の乳首を口の中に含んで、舌先でより強い刺激を与えた。吉平太のくぐもった声が一際大きくなったが関係ない。むしろその声に吉次は興奮していた。乳首を吸い上げつつ甘噛みしたり、舌先で転がす。
吉平太の体はずっと震え続けていた。

吉平太の右乳首をねっとり愛撫しつつ、吉次の右手は吉平太の左乳首を弄び刺激を与え始めた。吉平太は諦めることなく抵抗するが、吉次には響かない。

吉次の愛撫でぷっくりと勃起した右乳首は、唾液でテラテラと光ってずいぶんと卑猥に見える。吉次は満足気な笑みを浮かべると、今度は吉平太の左乳首を口に含んで愛撫する。再び吉平太の体は大きく震えた。しかし逃げ場はない。左乳首を愛撫され、勃起した右乳首も爪で引っ掻かれたり、指で弄ばれる。その屈辱と快楽が入り混じり、吉平太は涙が溢れた。

左乳首もぷっくりと勃起させ、満足感を味わいながら吉次は顔を持ち上げた。見ると、吉平太の視線は泳ぎ、熱を帯びている。だいぶ薬が効いているようだ。

…いや、薬が効きすぎているかもしれない。

吉次は恐る恐る吉平太の口からタオルを抜き取った。吉平太はまるで熱に浮かされているかのように視線は定まらず、口も半開きのまま、言葉もすぐに出てこない。そんな吉平太の顔に吉次は欲情を掻き立てられた。この機会を逃したく無かった。

「…師匠、好きです。」

吉次は意を決して、唇をゆっくり重ねた。初めての吉平太とのキス。ずっと夢見ていたキス。緊張からどうしても震えてしまう自分に自嘲してしまう。そして、涙も出てしまう。止まらない。

「好きだ!好きだ!好きだ!好きだ!」

吉平太に抱きつき、子供のように泣きじゃくる。堰を切ったように感情が溢れ出していた。一緒に過ごした今までの楽しかった時間や、告白を断られた絶望感、好きな人を犯している罪悪感、いろんな思いが交錯していた。そして、「吉平太が欲しい」という気持ちを捨てられない自分にも気づいていた。

「きち…じ…」

泣き叫ぶ声はもちろん吉平太も聞いていた。何か声をかけようとするが、薬のせいで口がうまく回らない。

しかし、その吉平太の声で吉次をかえって冷静さを取り戻した。顔を上げた吉次はもう泣いていなかった。迷いもなくなっていた。吉平太の顔に手を添え、親指を口内に押し入れると深く口付けする。時に唇を甘噛みし、時に吉平太の舌を刺激する。薬の効果か、吉平太は抵抗しない。

薬の効果は全身にも表れているようで、吉次が吉平太のボトムスを無理やり脱がせても大きな抵抗はなかった。
そのまま無理やり押し入れても良かったが、良心の呵責に耐えられそうにもない。

「きち…じ…はな…し…を…しよう」

薬のせいでおぼつかないながらも吉平太は必死に話しかける。
しかし吉次は何も話したくないし、聞きたくもなかった。再びタオルを吉平太の口内に押し入れると、ベッドサイドテーブルからローションを取り出す。
吉平太の足を持ち上げると、ローションを指に取り、アナルに差し込んだ。途端、吉平太の体が震える。

「力抜かないと、痛い思いするのは師匠ですよ」

そう言いながら、たっぷりとローションをぬりこめる。そして、何度かほぐしてみるが、やはりきつく閉じようとする。吉平太には苦痛しかないことが予想されたが、やめるつもりはなかった。
吉次はコンドームを取り出してはめると、無理やり押し入れた。

「んーーー!!!」

吉平太は今までにない大きな声を上げる。目には涙が浮かんでいる。
そして、吉次も余裕はなかった。

…きっっっつい!!!

締め上げられるような感触。ゆっくりと腰を動かし始めるが、吉平太にとっては苦痛しかないのだろう。叫び声のようなくぐもった声しか聞こえてこない。
それでもやはり吉次はやめるつもりはなかった。腰の動きを早めると、肉体的にも精神的にも苦痛の限界を超えたのか、吉平太は意識を失った。
間をおかず、吉次は達した。


数時間後。
吉平太は意識を取り戻す。薄暗い部屋の中、見慣れない天井にベッド。ここがどこなのか、自分に何があったのか、思い出すまでそう時間はかからなかった。そして、夢であって欲しいと思うが、身体のあちこちが悲鳴を上げていて、現実だと思い知らされる。

自分の体を確認すると、両手は解かれていた。全裸だったが、タオルで拭き上げられたのだろう、肌に嫌な感触はない。ただ、あの薬のせいか頭が重い。思考がまとまりそうにもなかったが、上半身をどうにか起こす。

「起きました?」

薄暗い部屋の奥から吉次が現れた。そして、すぐさま土下座をする。

「許される行為ではないと承知していますが、申し訳ありませんでした。
殴られることも訴えられることも、
いえ、師匠の気が少しでも済むのであれば、どんなことも覚悟しています。
…そして、破門にしてください。」

吉平太は思い返していたが、その中でも泣いている吉次が忘れられなかった。なぜなら、今まで泣いている吉次を一度も見たことがなかったのだ。吉次はどんな時でもいつも笑顔だった。そんな吉次が泣くということは、それほどまでに思いつめていたということだろう。声を荒げて叱る気にはどうしてもなれなかった。

「吉次がやったことは許せないことだが…。
吉次の気持ちを何年も蔑ろにして、私は甘え続けたんだろう。
結果、追い詰めてしまったことは私の責任だ。…済まなかった。」

吉平太の素直な気持ちだった。しかし、その言葉は吉次を傷つけていた。

「…どうして?どうして謝るんですか?
酷いことしたのは俺ですよ?
どうして俺のことを怒らないんですか?
嫌いにならないんですか?
…期待するじゃないですか!!!」

吉次は感情のままに叫ぶと、立ち上がり、財布と携帯電話を手に取る。

「師匠の優しさは残酷すぎます!」

吉次は叫ぶと、そのまま自分の部屋を飛び出す。目に光るものが見えた。

…また泣かせてしまった。

吉平太は深いため息をついて俯いた。



吉次は結局、遊び相手であるアイドルのセカンドハウスに転がり込んでいた。マスコミが自宅に張り付いているため、女性がセカンドハウスを利用していることを知っていたし、またマスコミにセカンドハウスの存在がまだ気づかれていないことも知っていた。
ただ、転がりこんだのは良いものの、相変わらず携帯電話を確認する気になれず、誰かに連絡する気にもなれず、ベッドでダラダラと過ごしていた。
何度もため息をつきながら。

「そんなに週刊誌に載ったことがショックなの?」

揶揄うように女性は吉次に話しかける。自分の師匠を犯して落ち込んでいるなんて言えるわけがない。

「あー、まぁそんなとこ」

吉次は濁す。しかし、それもどうにかしないと。本当に真打ちに昇進するなら、身辺整理しないといけない。

「俺たちさ、別れよう」
「…何を言っているの。私達は付き合ってもいないじゃない。」

女性は微笑む。
芸能界で生きるために必要な強さだった。
吉次も笑う。

「そうだった。
…でもさ、ここにはもう来ないから、最後にもう1回ヤらせてよ」
「高くつくわよ」

2人は笑いながら、ベッドで絡み合い、快楽を楽しんだ。



翌日、タレント活動の契約している事務所のマネージャーに吉次は連絡をとった。音信不通だったことをひどく叱られながらも、アイドルとの関係を絶ったことを伝え、今後のことを相談した。タレント活動は自分の性に合っているので、できれば続けたかったのだ。すると、もう既にお詫び行脚のスケジュールが組まれていた。

…あとは師匠か。

今までのことを考えると吉次は気持ちが沈む。また、どんな顔で会いにいけばいいか分からないし、会っても感情が昂ぶって何を言い出すか分からない懸念があった。

考えあぐねた結果、吉次はマネージャーに同席してもらうことにした。もし落語家を続けるならタレント活動とのスケジュール調整もある、そう言い含めて。

数日後、意を決して、吉平太の家に向かった。出会い頭早々に吉次は再び土下座した。もう、そうするしか他になかった。

「今までのこと、本当に申し訳ありません。どんな処罰でも受けます。
…そして、破門にしてください。」

同席したマネージャーや女将からすれば、週刊誌スキャンダルのことを指しているとしか思わないだろう。しかし、もちろん、吉次と吉平太にとっては、"あの日"のことも含まれていた。
吉平太はしばしの間を置き、答えた。

「…これからも落語の精進して欲しい。」

それは、真打ち昇進に向けた準備が始まることを指していた。
そのまま、真打ち昇進の準備や今後のタレント活動とのスケジュール調整の話し合いになったが、吉次は顔を上げることが出来なかった。吉平太に合わせる顔がない。それに、吉平太が言ったから真打ちになるだけであって、吉次は真打ち昇進への思い入れなどないのだ。何を聞かれても曖昧な返事を繰り返してしまう。結果、真打ち昇進の準備は女将や弟弟子が中心にすることになった。それは吉次が吉平太と顔を合わせることが減るということ。吉次は内心、安堵した。

謝罪のため、マネージャーとこれからテレビ局へと向かう時。吉次は吉平太に呼び止められた。気まずさでまともに顔を見ることはできず、顔を背けてしまうが、吉平太は話を続ける。

「2人だけで会えないか?話し合いたい。」

どこまでも優しい。でも、その優しさが吉次には辛かった。話し合ったところで、吉次の罪や恋心が消えるとは思えなかった。

「どんな償いでもしますので仰ってください。
ただ、もう会わない方がお互いのためだと思います。
…自ら廃業はしませんが、真打ち昇進が終わったら、
しばらく寄席からは距離を取るつもりです。」
「どうして一人で勝手に決めるんだ!」

吉平太が苛立っていることは分かったが、かと言って吉次は考えを変える気は無かった。無言で一礼すると、吉次は逃げるように吉平太宅を後にした。



それから真打ち昇進披露興行まであっという間だった。吉平太から吉次へ連絡は何度かあったものの、結局、話し合うことのないまま当日を迎えた。

披露興行は目出度いお祭りのようなものだが、残念なことに、強い雨だった。雨が止む雰囲気はない。しかし、普段よりも楽屋は賑やか、というか五月蝿い。
その中には当然、吉平太もいるが、口上に同席する師匠方への挨拶回りや弟弟子への指示出しなどをし、意識的に吉次は近づかないようにしていた。

時間もだいぶ経った頃、高座から吉平太の出囃子が聞こえる。堪らず、吉次は舞台袖に移動して落語を聴いた。

…親しみやすさと上品さの調和が取れてて、聞いてて気持ち良いな

吉平太の、凛として清楚感のある語り口調が吉次は好きだった。そして、人情噺が得意だが、気軽に触れられないような色気があるのも好きだった。

…でも、喉が?

言い回しが辛そうに聞こえた。しかし、周りはもちろん本人も気にしている素ぶりもない。拍手で終わった。

顔を合わせるのが気まずく、吉平太が高座を降りる前に吉次は袖から消えた。
その後、色物が始まるが、ふと気づくと吉平太の姿が楽屋にいない。

…こんな雨の日に外に出るわけないし。

距離を置いた方が良いとは言ったものの気になる。
心配になった吉次がさりげなく探したところ、寄席の裏側にある小さな縁側の下で一人佇んでいた。しかし数センチ先は雨の中。風が吹けば、あっという間にずぶ濡れになってしまう。
吉次は思い悩むが、楽屋から自分の小物入れを持ってくると意を決して話しかける。

「中に入ってください。風邪をひきますよ」

突然声をかけられた吉平太は驚き、吉次に視線を送るが、再び視線を雨の中に戻す。

「この程度、大丈夫だよ」

ここを離れたくないらしい。吉次は軽くため息をつく。

「そう言って、2年前、風邪をひいて大変だったじゃないですか」

2年前のことを思い出し、吉平太は目を丸くした。そして苦笑いが出てしまう。そんな吉平太の横で吉次は言葉を続ける。

「あと、今日、喉の調子があまりよくないですよね?
開封済みで申し訳ないですけど、このノド飴を良かったらどうぞ。
最近、気に入っていて、味に癖があるけど即効性があります。
…あと、念のため、風邪予防で漢方薬も。
眠くならないうえに効きめも早いです。」

ゴソゴソと小物入れからノド飴などを出して、吉平太に渡そうとする。そんな吉次に再び驚き、そして視線を落とす吉平太。

「喉の調子に気づかれるとは思っていなかったよ…
君は本当に私のことを想ってくれていたんだな。
そんな君にずっと甘えていてすまなかった。」

吉平太の目から涙がこぼれる。吉次は突然のことに驚き、吉平太に触れようとしたが、"あの夜"のことを思い出すと触れられない。掌は空回りして強く握りしめられた。

「…とにかく楽屋に戻りましょう」

手ぬぐいを渡しながら促すが、それでもやはり吉平太は入ろうとはしない。

「いや、恥ずかしいのだが…。
君と他の師匠方が仲良くする光景を見ると寂しくて嫉妬してしまうんだ。
…でもそうだな、ここも寒いし、他の部屋にでも行くとしよう」

吉次は驚いた。

「え、…嫉妬するってどういうことですか?
…俺のこと、どう思っています?
子どもにしか見えない、んですよね?」

自分は恋愛対象ではないと思っていたのだ。まだ吉平太を諦めきれていない吉次は質問責めする。途端、吉平太の視線が泳ぎだした。

「あぁ、あの時は、そう言ったが、
その、自分の気持ちがよく分からないんだ。
長年、人情噺をやっている身として恥ずかしいのだが。
…寂しさと嫉妬は感じているが、
きっと弟子が育っていく通過儀礼のようなものだと思う。」

うやむやにはできないと吉平太は吉次をまっすぐに見る。

「でも、君にとっての一番の幸せは、落語家としてさらに磨きをかけて、
そして高座以外でも活躍することだよ。
吉次には芸人としての華がある。
そのために私が出来ることがあるなら手助けするつもりだ。」

吉平太は自信もって話していたが、吉次にとっては大問題だった。
もっとちゃんと話したい。
しかし吉次の出番が差し迫っていた。

「とりあえず、今日、どこかでゆっくり話せませんか?」
「…あぁ、ちょうど君に相談というか、頼みたいことが私もあるんだ。」
「それでは…、打ち上げ前後で。」

吉次は、ノド飴と風邪薬を半ば押し付けるようにして消えていった。

「以前は"当たり前"だったから気づかなかったが。
よくこうやって世話してくれていたな。」

吉次の強引な気遣いに吉平太は懐かしく、そして寂しく笑ってしまった。



真打ち昇進披露興行の打ち上げは小料理屋貸切で開かれた。
飲みの場が好きな人間の多い業界だ。早々に自席など関係なくなり、入り乱れて盛り上がる。

「…師匠、行きましょう。」

宴会開始からまだ1時間も経っていなかった。

「主役がいなくなるには早すぎるだろう」
「こんなに盛り上がっていたら大丈夫ですよ」

吉次は早く話をしたくて仕方なかった。吉平太の腕を掴むと、強引に連れ出す。そして、その日は使われていない個室に入った。誰にも邪魔されたくないため、照明はつけない。外からの灯りで互いの顔が確認できる程度だ。

「…昼間の話の続きですけど。
その、俺のこと、好きな可能性があるんですか?…恋愛対象として。」

元々、振られてやぶれかぶれになっていたのだ。
吉次は単刀直入に聞いてしまう。

「だから、分からないんだ…。
ただ、昼間に言ったように、吉次にとっての一番の幸せは芸事で大成…」
「俺の一番の幸せは、俺が決めます。」

我慢しきれず、吉次は吉平太の言葉を遮って詰め寄った。吉平太は吉次の迫力に声を出せない。

「師匠には悪いですが、俺の幸せは、落語じゃない。
…師匠が欲しいんです。
あんなことして、本当に悪かったと思っていますが、
でも、未だに好きな気持ちが止まらないんです。
…触れてもいいですか?」

吉平太は目を逸らし俯いてしまう。吉次は「嫌ではない」と受け取ると、"あの夜"を思い出さないよう、優しく包み込むように抱きしめて囁く。

「"分からない"なら試しても良いですか?
嫌なら、すぐにやめますから」

そう言うと、吉平太の顎を上げて軽く口づけをした。途端、吉平太は反発し、腕の中から逃げると後ずさりする。しかし、足がもつれて、部屋の片隅に積み上げられていた座布団の山に腰をついてしまった。

「好きです?嫌いです?」
「…ダメだ!」

座布団の山を背に逃げられない吉平太を吉次は再び優しく抱きしめた。

「ダメ、じゃなくて。好きと嫌い、どっちですか?」
「………ダメだ」

そう言いつつも吉次の腕の中から吉平太は逃げない。
吉次の期待感は高まる。

「それ、答えになっていないです。…もう一度、試しましょうよ」

吉次は吉平太に再び唇を重ねると、今度はゆるりと舌を差し込んだ。吉平太は驚き、逃げようとする。しかし、後ずさりする事も出来ず、吉次を押し退けることも出来ず、顔を背けることも出来なかった。ただ、吉次の行為を受け入れるしかなかった。

"あの夜"のことを思い出さないよう、吉次も極力、優しくした。誘導するように舌を絡めたり、歯列をなぞるようにゆっくりと舐める。時に、唇を啄ばむように刺激する。
吉平太はその優しいキスに最初は戸惑っていたが、やがて抵抗しなくなっていた。気がつくと、震える手で吉次のシャツを強く握りしめている。
抵抗しない、それは吉次を受け入れるということ。吉次はひどく興奮し、なかなかやめることができなかった。

しかし、突然、談笑する声と数人の足音が廊下から響いてきた。驚き、今までになく大きな力で吉平太は吉次の腕の中から逃れようとする。しかし、悪戯っぽい笑顔を吉平太に見せると、吉次は強く抱きしめ、耳元で囁いた。

「大丈夫。見つかりませんよ。」

わずか数秒間だったが、2人は物音をたてないようそのまま身動きせず、時が過ぎるのを待った。実際、気づかれることもなく、足音は立ち去る。

しかし、立ち去ったあとも、吉次は吉平太は抱きしめたまま動かない。もう二度と抱きしめることなんて出来ないと覚悟していた人が自分の腕の中にいる。吉次は離れたくなかった。

…この時間がずっと続けばいいのに。

吉平太の髪を優しく撫でながら、何度も「好きです」と小さく呟いていた。
吉平太の耳にもその声は届いていた。吉次の身体を突き放すことができない。

「…吉次…もう…」
「話ってなんですか?」

これ以上、この場で問い詰めても色よい返事は貰えないと吉次は分かっていた。少しでも時間を引き延ばすため、話を逸らす。

「…あぁ。色々と世話になった寄席があるんだが、
最近、経営不振で手助けをしたいんだ。
…それで、もし良かったら、
その寄席で私と落語二人会をやってもらえないか?
真打ちになったばかりだし話題になると思うし。
ただ、済まないが、経営不振ということもあって出演料が無さそうで…
吉次の知名度を利用したうえに出演料が無いのは心苦しいし、
断ってくれてもいいんだが…」

吉次はずっと上の空だった。

…欲しい。このまま離したくない。誰にも渡したくない。俺のことしか考えられないようにしたい。

欲望は止まらず、むしろ膨らみ続けていた。

「吉次、聞いているのか?」
「…えぇ、聞いていますよ」

弱みに付け込むのは卑怯だとは思うが、この機会を利用しない手はなかった。ゆっくり顔を持ち上げると、正対して吉平太を見つめる。

「スケジュールは俺に合わせてもらうことが多くなると思いますが、
落語二人会いいですよ。
…ただし、条件が2つあります。
1つ目は、二人会に関連する日は必ず俺の家に1人で来てください。
2つ目は、2人っきりの時は、本名で呼び合うことにしてください」
「そんなっ…!」

吉平太の眉間に皺が寄る。吉次の家に1人で行くことがどういうことか察しているようだった。吉次は笑顔で追い討ちをかける。

「師匠にとって俺は、ただの親愛の情なのかどうか確認しましょうよ。
…もちろん、嫌ならすぐにやめます。何もしませんから。」

条件に有無を言わせたくなかった。名残惜しそうに吉平太の髪に触れると吉次は立ち上がる。

「もちろん今すぐ返事はいりません。また連絡ください」

吉平太は思い悩み、目を伏せたままだ。吉平太を残し、吉次は薄暗い小部屋を後にした。

打ち上げ会場に戻ると相変わらず盛り上がっていた。抜け出していたことを誰かに咎められることなく、遅れて戻ってきた吉平太を入れて三本締めをして終了した。これで真打ち昇進披露興行に一区切りがついた。



その後、落語二人会を開催することが伝えられた。つまり吉平太は吉次の条件を飲んだ。「嫌なら何もしない」という言葉を信じたのだ。しかし、結局、吉次に絆され拒否が出来ず、会うたびに体を重ね続けていた。


落語二人会決定から約1ヶ月ほど経った。その日も落語二人会の話をするため、吉平太は吉次のマンションにいた。

真打ち昇進してからの吉次はタレント活動に比重を置き、寄席から遠のいていた。吉平太としてはもっと寄席に出て欲しいところだったが、皮肉なことに、吉次の落語を見られる貴重な機会として落語二人会は注目を集めていた。
また、吉次のスケジュールの関係上、落語二人会開始は当初予定より半年近く延びていた。

この半年間に少しでもより宣伝したかった吉平太は、制作したチラシを取り出す。キッチンでコーヒーを入れる吉次を横目に、見本のチラシを見ながら吉平太の口元が緩んだ。

「何、見ているんですか?」

そんな吉平太が気になり、吉次は声をかけるが、見本チラシだと分かった瞬間、拍子抜けた顔をする。

「なんだ、嫉妬して損した。」

ソファーの背もたれに腰掛け、コーヒーを飲みながらチラシを一瞥すると話を続ける。

「俺はデザインに拘りないので、修正箇所ないです。
ただ、問題ないと思いますけど、一応、事務所確認用に10部程ください。
万が一、何か問題あったら、今週中には連絡しますから」
「分かった」

吉平太は吉次に見本チラシを手渡す。

「二人会に関して他に何かあります?」
「あぁ。出来れば、SNSでも告知をして欲しいんだ。
寄席のSNSはどうも告知力が弱いらしくて…」
「分かりました。じゃあ、明日にでもやっておきます。
…あと、チケット販売日にも。」
「ありがとう。助かる。」

今思いつく限りの告知はやれたはず。吉平太はホッとして安堵する。

「…他には?」
「…急ぎは、…もう無いな。」
「それじゃあ、今度は俺から話があります。」

吉次は吉平太に触れるかのような近さでソファーに座り直した。

「二人会の話じゃありません。"あの夜"のことです」

瞬間、吉平太の体が強張る。吉次も気まずさで吉平太を直視できない。

「自暴自棄になっていたとはいえ、
やっちゃいけないことをやってしまったと思っていますし、
どんな償いでもするつもりです。
でも、そう言ったのに、落語のこと以外、何も言ってくれませんよね?
罪は無くなりませんが、少しでも許して欲しいのに。
俺、どうすればいいですか?」

その言葉に吉平太は俯き、眼を閉じた。

…あやふやにしたら、また吉次を傷つけてしまうかもしれない。先延ばしにせず、今、決めないと。

吉平太は深呼吸をした。

「…許せないことだったが、君は反省している。
…それに、私にも一因があったと思う。
落語をこれからも続けてくれるなら、それでもう十分だよ」

吉次は吉平太の顔を覗き込み、おそるおそる確認するように話しかける。

「…水に流すってことですか?」
「…あぁ。落語は続けて欲しいが。」
「ありがとうございます!」

吉次の顔が明るくなり、吉平太を強く抱きしめた。

「そうだ。女将さんに今日は"お泊り"って伝えてきました?」

吉次の問いに吉平太は黙って頷く。2人のスケジュールが合わず、やや間が空いたこともあり、吉次から要望されていたことだった。
安心したように吉次は一呼吸着くと、耳元で囁いた。

「"あの夜"のことを思い出さないように、
今まではずっと優しくしてきましたけど、
今日からはもっと気持ち良くなりましょうね」

言葉の意味は分からなかったが、吉平太は不安に駆られた。吉次を見ると、眼を細めて薄く笑っている。その目には深い欲望の炎も見えた。

「き…ちじ…?」
「ダメですよ。今は2人っきりなんだから。優也って呼んでください。
…青葉さん。」


笑顔でそう言うと、優也は青葉を強引にソファーへ押し倒した。そのまま深く口付けする。
しかし、今までとはまるで違う、荒々しい口付け。きつく舌を吸い上げたかと思うと、乱暴に舌を絡ませる。青葉の舌に噛みつかんばかりの勢いがあった。青葉は驚き戸惑い、顔を背ける。

「吉次!どうしてっ!」
「…言ったじゃないですか。"もっと"気持ち良くなろうって。
大丈夫ですよ、青葉さんなら素質あると思うからすぐに慣れます。」

優也は青葉の顔を強引に正面に戻す。

「それと、今の俺は"優也"です。
今度、"吉次"と言ったら、ペナルティありますよ」

優也は薄く笑うと、無理やり青葉の口をこじ開ける。そして青葉に見せつけるように、優也は自分の唾液を雫のように青葉の口内にたらし落とした。まるで青葉が自分の所有物であることを証明するかのように。
青葉が唾液を飲み干す前に再び舌を差し入れ、わざと音が立つように荒々しく舌を絡ませた。

…この人は俺のモノだ。

"あの夜"の過ちが今まで歯止めとなっていたが、許しを得た今、優也の独占欲が剥き出しになって青葉を襲っていた。

その無理やり服従させるかのような荒々しい行為に青葉はもがき抵抗したが、体格で勝る優也が動じることはなかった。
そして次第に、快楽が青葉を侵食していた。自分本位に無理やり舌を絡ませてくる感触、舌を絡ませるたびに起きる卑猥な音、止めどなく流れ込んでくる優也の唾液、その全てが今まで感じたことのないほど刺激的で、青葉の頭の芯が痺れ熱くなる。優しいキスとはまた違う、支配される愉悦に酔ってしまう。
やがて、青葉は目の前にある快楽しか見えなくなっていた。

そんな青葉に優也は気づく。思いのほか、従順になることが早かった青葉に優也の独占欲は膨らんでいた。ゆっくりと顔を持ち上げると舌なめずりする。

「青葉さん、…舌を出して」

青葉は言われるがままおそるおそる舌を差し出すが。

「…もっと!」

鋭い言葉に身体を一瞬震わせ、青葉は限界まで舌を差し出す。優也は薄く笑い、青葉の舌をそっと撫でると、青葉の舌先を摘み、より口の外へと引き出す。

「飲んじゃダメですよ」

再び、優也は自分の唾液を雫のように青葉の舌にたらし落とした。すると、目に涙を浮かべながらも逆らうことなく従う青葉。その姿に、優也は独占欲に加え、加虐心も掻き立てられる。十分に唾液を流し込むと、空いた手で青葉の頬を撫でながら言い放つ。

「俺の目を見ながら飲んでください」

見下ろし、まるで支配するかのような優也から目を離すことなく、青葉は混じり合った唾液を飲み込んだ。青葉の体がゾクゾクと震える。

飲み込んだことを確認し、ようやっと優也は青葉の舌先から指を離した。しかし青葉の顔は紅潮し、口は半開きのまま、だらしなく舌先が出ている。もっと刺激が欲しいと言わんばかりに。

…やっぱり思っていた通りだ。もっと俺しか見えないようにしないと。

優也は薄く笑うと、以前までやっていたような、優しい口づけをした。唇を啄むように刺激し、導くように舌を絡ませる。まるでご褒美のように。
それに呼応するかのように、青葉の両手は優也の背中にきつく抱きつき、離れなくなった。


唾液で糸をひくのではないかと思うほど、長く口づけを楽しんだあと、優也は青葉を抱き起こし、寝室まで手を引く。青葉に抵抗する気配はない。もう優也の家で体を重ねることは当たり前になっていた。

「青葉さんにとって初体験が多くなるけど、もっと気持ち良くなれますよ。
…むしろ、いつも欲しくて堪らなくなるかも。」

そう嬉しそうに笑いながら話す優也だったが、青葉の不安な表情は変わらない。優也に言われるがまま、青葉は服を全て脱ぎ、ベッドに腰掛ける。

「オモチャ使いたいので、両手首を揃えて前に出してください。
…これ、初めて、ですよね?」

優也は手枷を青葉に見せつける。青葉は一瞥すると顔を背け、黙って頷く。しかし両手首はきちんと揃えて差し出していた。つけたくない。が、逆らえない。そんな様子の青葉に優也は笑いつつ、器用に青葉の手首に巻きつけ、ベルトを締め始める。

…今まで、道具を使うことなんて一度もなかったのに。

青葉の不安感は増していた。二人会が決定して体を重ねるようになってから優也はずっと優しかった。怖がらないように、痛くないように。拭いきれない背徳感はあったものの、青葉は緩慢とした気持ち良さに身を委ねていれば良かった。
先ほどの乱暴な口付けといい、道具を使うことで何か大きく変わるのではないかと、不安で青葉の呼吸が自然と荒くなる。

優也に促されて青葉はベッドに横になるが、手枷が思っている以上に存在感があった。手枷は重量があり、動かすたびに短い鎖がこすれあう音が響く。そして、両手を自由に動かせないもどかしさ。なぜか、嫌じゃなかった。カチャカチャと無意味に動かしてしまう。その度に自分は束縛されていると自覚する。

「もしかして興奮しています?」

そんな青葉を見て、優也が耳元で笑いながら囁く。青葉は慌てて顔を背けてしまう。優也は青葉の耳を甘噛みし、言葉を続ける。

「俺と2人きりなんだから、隠さなくていいのに。
…全部さらけ出してもらっても俺は受け止める自信ありますよ。」

優也の口調は優しい。しかし、"全てをさらけ出せ"と命令されているように青葉は聞こえた。青葉は何も声に出せない。

何も答えない青葉を気に止めることもなく、優也はバイブを取り出し、媚薬入りクリームを塗り出す。

「腰を上げてください」

青葉は言われるがまま腰を上げる。羞恥心が掻き立てられるのか、うっすら汗をかいている。優也は臀部を優しく撫でると、双丘を押し広げた。

「バイブも使うの初めてですよね?楽しんでください。」

ゆっくりと、しかしやや強引に青葉のアナルに押し入れた。事前にほぐしていなかったが、クリームの潤滑が良かったのか、青葉は苦痛で声を上げることは無い。そのままバイブの振動スイッチを入れた。

「あっ、んっっ!!!」

青葉を圧迫感、そして今までに味わったことのない無機質で規則的な、終わることのない快感が襲う。初めての経験に体を震わせると、腰を落としてうずくまってしまう。青葉自身が震えているのか、手枷の鎖がカチャカチャとこすれあう音も聞こえてくる。

「気持ちそうで良かった。でも1人だけで気持ちよくなっちゃダメですよ」

優也は青葉の髪を優しく撫で、顔を持ち上げる。すでに青葉の顔は紅潮し始めていた。

「フェラ、してください。
青葉さんはやるの初めてだけど、
今まで俺がやってあげていたから分かるでしょ?」

青葉は眉を潜め一瞬躊躇するが、ノロノロと体を起こし、優也の股間に顔を埋める。そして、辿々しく優也の陰茎を舐め始める。

「…舌全体を使って舐めて…ん、そう……そのまま口に含んで…」

最初は辿々しかったものの、砂が水を吸収するように優也の教えを飲み込み、青葉は夢中で奉仕していた。

…これでもうすぐ激しく突かれる。

目の前に優也の陰茎があることで、これから起こることを嫌でも想像し、青葉は期待してしまう。バイブによって絶え間なく下半身が快感で疼いていることもあり、青葉は繋がることしか考えられなくなっていた。
青葉の口端からはよだれのように唾液が漏れ、顔も高揚し、目は虚ろ。ゆるゆると腰を振っていた。

…高座に上がっている、凛とした青葉さんしか知らない人が見たらショックだろうなあ

青葉の髪を優しく撫でながらも、今までになく卑猥な青葉を見て優也はひどく興奮していた。そして、つい虐めたくなる。

「青葉さん、初めての割にフェラ上手だから、ご褒美上げますね」

青葉に差し込まれたバイブの強度を上げ、優也はバイブを乱暴に前後させた。

「やぁっっっ!!!」

突然の強い刺激にたまらず、青葉はびくんと体を大きく反らすとうずくまった。下半身の刺激が強すぎて頭の中が一瞬真っ白になる。

しかし、そんな青葉を見ても優也は変わらない。バイブをピストンさせる手を止めることなく、淡々と突き放す。

「1人で気持ちよくなってちゃダメですよ。…フェラ続けて。」

青葉はどうにか上半身を立て直すと、震える舌でフェラチオを再開した。
フェラチオを再開しても、当然、優也の手は止まらない。ピストンのスピードを早くしたかと思えばスピードを落とす。浅くピストンしていたかと思うと、突然、深く挿入して抉るかのようにピストンする。挿入角度を変えて、性感スポットを刺激する。それらの不規則な動きにバイブレーションが加わるため、青葉はどんどん快感に追い詰められる。足がガクガクと震え、悲鳴を上げていた。

余裕のない青葉はより一層しゃぶりついてフェラチオをする。深く咥えたためなのか、快楽に苛まれているためか、目には涙を浮かべ、許しを請うかのように何度も上目遣いで優也を見てくる。気がつけば、青葉の顔も随分と唾液にまみれている。

「すごく淫乱ですねぇ、青葉さん」

優也の興奮も膨らむばかりだが、余裕があるような、冷静な振りをし、青葉の髪を優しく撫でる。その、終わりの見えない優也の態度にとうとう堪らず青葉は声を上げた。

「もうっ!優也が欲しいっ!」

今までにない快楽に追い詰められていたとはいえ、優也を欲しかった言葉を青葉が初めて口にした。優也は嬉しさのあまり、つい微笑んでしまう。

「…今回は、もういいですよ」

コンドームを手渡すと、青葉は震える手で開封し、青葉の唾液でテラテラと輝く優也の陰茎に装着させた。

「青葉さん、腰をこちらに向けてください」

青葉はその言葉にすぐに従い、腰を優也に突き出す。バイブを深く咥えたままの腰は相変わらず揺らめいている。バイブをゆっくりと引き向くと、青葉の体が僅かに震えた。そして、ずっとバイブを挿入していたためか、アナルの締まりが悪く、刺激をもっと求めるかのように入り口は蠢いていた。

「いやらしいなあ。おあずけを言い渡された犬みたい」

優也は薄く笑う。青葉の羞恥心がひどく刺激されるが、それ以上に快楽が欲しくて堪らないのだろう。より高く腰を上げて、優也を求める。その青葉の姿に優也の加虐心が満たされる。

優也は腰をゆっくり下ろして挿入すると青葉は体全体を震わせる。まるで全身で喜んでいるかのようだった。

「あっ!んっ!いいっ!」

優也が腰を前後させ始めると、青葉は喘ぎ声を上げ、痴態をさらけ出していた。焦らされ追い詰められ、そして快楽を与えられる愉悦。今までとはまるで違う、初めての刺激的な快楽。快楽に酔いしれるが、それも一時だった。

青葉の絶頂が近づいてきていた。だがしかし。今までだったら、互いのタイミングを見計らい、優也が青葉の陰茎を刺激してくれていたのに今日はそんな素振りがない。

「ゆうっや!もう…っ!」

青葉は僅かながらも振り向き、声をあげる。しかし優也は動く気配はない。むしろ荒く息を吐きながら、突き放した。

「もう…触らなくても…イけるでしょ?」

青葉は激しく頭を左右に振り懇願する。

「無理だっ!…頼むから!」

まるで追い詰められた小動物のように、震えながら見上げる青葉。加虐心をひどく煽られた優也は青葉に覆いかぶさると耳元で囁く。

「俺のことだけ考えて。
俺に何をすれば、何を言えば、俺の気持ちが変わるか答え出ますよ。」

そういうと姿勢を戻し、優也自身の快楽を求めてピストンを繰り返す。

「なっ…んで…!」

青葉は早く欲望を吐き出したいので、優也の望むことを考える。しかし何も思いつかない。ただ、時間だけが過ぎてしまう。

青葉は自分で処理をしようとも考えるが、両手は手枷で自由が奪われていた。シーツを強く握りしめることしかできない。手枷の鎖が擦れ合い、ガチャガチャと大きな音を立てる

もう少しなのに。あと少しなのに。快楽に酔いながらも、出口が見えないもどかしい時間を無限に感じる。気が狂う。青葉はもう泣き叫び縋るしか出来なかった。

「ゆうっやぁ!なんでも…するからぁ!」
「っ…仕方ない…なあ」

そう言いながらも、優也は素直に応える気は無かった。
一瞬考え込み、青葉の乳首が敏感なことを思い出した。青葉の体を這うように両手を滑り込ませると乳首を探し出し、やわやわと刺激を与える。そして、そのまま腰の動きを早めた。

「これで…イけるでしょ?」
「…ゆう…や?」

青葉の快楽のピークを見計らって、優也は青葉の乳首をきつく摘んで強い刺激を与えた。

「あああっっっ!!!」

青葉は大きく叫び、体を何度も震わせた。絶頂を迎えたようだった。
そんな青葉に目を細めて薄く笑い、優也も間を置かずに果てた。


荒い息のまま、優也は青葉の顔を覗き込む。泣き腫らした顔で視線は定まらず、宙を泳いでいたが、…意識は手放してはいなかった。
優也は笑顔を見せる。

「このまま、もう1回、いいでしょ?」

疑問形だったが、青葉に拒否権はなかった。優也は青葉を促し、仰向けの体勢に変える。

「足上げて、待っててください」

躊躇いもなく、青葉はまるで主人の機嫌を伺う犬のように、両足を抱えるように持ち上げ股間を突き出す。普段の上品さの欠片もない、卑猥な青葉の姿に優也は満足そうな笑みを浮かべる。

優也は新しいコンドームに変えると、青葉の両足を押し広げ、ゆっくりと青葉のアナルに再び押し入れた。まるでまだ物足りなかったかのような、待ち望んでいたかのようにズブズブと飲み込んでいく。
そして、青葉の体は新しい快感に否応なしに震えてしまう。優也は耳元で囁いた。

「新しいゴム、イボと返しがついていて良いトコに当たるみたいです。
さっきより遥かに気持ち良いはずですよ」

優也のその言葉は本当だった。

「っん!…やぁ…だ…気持ち…良いっ!」

軽くピストンしただけで、青葉は悶え、甘く上ずった声で喘いだ。優也は薄く笑うと、深くゆっくり腰を動かし始めた。

アナル内部が突起物で余すところなく刺激されるたびに強烈な快楽が生み出され、下半身から全身へ快楽が襲う。青葉は全身を震えさせ、恍惚な表情を浮かべるが、口にする言葉は裏腹だった。

「いっやだぁ!これ…以上は…もうっ…やめっ!」

優也は腰の動きを止めることなく、むしろ、わざと性感ポイントを突きながら話を続ける。

「何が嫌なんです?ほら、気持ちいいでしょ?」
「…んぁっ!もぅ…気持ち…良すぎて…気が変っ!…になる!」

快楽に溺れたい本能と、まだギリギリ踏みとどまっている理性がせめぎ合っているのか、恍惚な表情ながらも、青葉はまたボロボロに泣きだす。
青葉の予想外の言葉に優也は一瞬驚き、そして独占欲が掻き立てられ膨らむ。

「大丈夫です。
これからずっと俺だけを見て気持ち良くなっていればいいんですよ。
これが、当たり前で、いつものことになるんだから」

そう耳元で囁くと優也は腰の動きを早めた。

「んあっ!もうっ!やめっ!…てくれ!ダメ…だっ!」

そう言いながらも、快楽に飲まれた青葉の体は正直だった。大きく背を反らしながらも、快楽を貪るかのように、手枷がついたままの両手は優也の首に回し、両足は淫らに優也の腰に抱きついていた。紅潮した顔ははしたなく口は半開きになり、やがて嬌声だけしか聞こえなくなった。

「他にもオモチャいろいろ買ってあるから、楽しみにしててくださいね。
…あぁでも、青葉さんのペニスリングをまず買わないとなぁ」

青葉を深く突き上げながら、優也は独り言のように話しかける。快楽の渦に飲み込まれた青葉から返答はない、そう思っていたが。

「分かった…からぁ!ゆうっや!キスしたいっ!」

目に涙を浮かべて懇願する青葉。一瞬驚き、そして優也は笑ってしまった。

「欲望に素直な青葉さんも好きですよ。」

優也は荒い息のまま、青葉が望む通りに口付けした。優しく、甘く、啄むように。

それまでどうにか意識を保っていたが、その口付けで気が緩んだのだろう。青葉はあっけなく気を失った。優也はそんな青葉に不服そうな顔をする。

「残念。…でも、青葉さんのこと逃がさないから」

そう呟くと泣き腫らした青葉の頬を撫で、自身の快楽の捌け口を求めて腰を動かした。


青葉が開放されたのは翌日の昼過ぎだった。
意識を取り戻した青葉に優也が何もしないわけがなく、結局、優也は外出する時間ギリギリまで青葉を求め、その欲求に青葉は従い続けた。

頭が重く身体中が痛い青葉はソファーから動きになれず、コーヒーを飲みながら宙を見つめている。そんな青葉を横目に優也は既に仕事へ出かける準備をしていた。

「いつものように、服は乾燥機に入っています。
冷蔵庫の中、適当に食べてもらって構いませんから。
…と言っても、出さないと食べないでしょうから、
ダイニングにヨーグルト置いてます。」
「…ありがとう」

どんな時も優也の面倒見の良さは変わらず、青葉はつい居心地の良さを感じてしまう。

「あ、あとこれも。」

思い出したかのように言うと、優也は小走りで青葉に近寄り、両手で青葉の顔を持ち上げる。ニッと笑うと、優也は青葉に口付けしつつ、自分が舐めていたノド飴を口渡しする。

「…んっ!」

そのまま、青葉の口の中でノド飴を転がしつつ、優也は弄ぶかのように舌を絡めた。青葉も優也の行為を受け入れ、進んで舌を絡ませる。舌を絡ませていれば自然とノド飴も溶ける。そして青葉と優也の唾液にノド飴が混じり、青葉の喉に落ちていく。
その感触が堪らず、もう精根尽き果てたかと思っていたが、また高揚してくる。優也にすがりつきそうになる。
が、その前に名残惜しそうに優也は顔を持ち上げた。

「青葉さんをさっきまでずーっと泣かせちゃったから。
落語に支障が出ないように、喉のケアしてください」

青葉の目元を撫でながら屈託無く笑う優也に、青葉は目を伏せ頷くしかなかった。

「そうそう。今度、外で会いましょうよ。
家の中ばっかりだとつまんないし。」
「…分かった」

優也に振り回されているとは分かっていたが、断る理由がなかった。

「良かった。それじゃあ、スケジュール連絡待ってます」

優也は笑顔で外出した。

青葉も自宅に帰る準備をすれば良いのだが動けない。青葉は口の中のノド飴をゆっくりと舐めていた。舐めるほどに優也との心地よいキスの感触を思い出してしまう。そして、昨晩から続いた快楽の数々を思い出す。どんなに泣き叫んでも追い詰められ、痴態を曝け出し、開放されれば泣いて喜んでしがみつき、さらに痴態を曝す。思い出すだけで身体の芯が自然と熱くなるのが分かった。

…これが"当然"?"いつものこと"になるのか?

優也の言葉も思い出していた。乱暴な扱いが初めてだったにも関わらず、受け入れている自分を否定しようがなかった。また、少なくとも落語二人会が終わるまでは、優也にやめさせることも出来ない。

知らない自分を知る恐怖、作り変えられていくような不安に襲われ、手枷の生々しい痕を押さえつけ隠すが、それでも自然と涙が溢れた。

逃げられない檻の中で。ずっと。
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