もうこれ以上、許さない

よつば猫

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もうこれ以上、許さない6

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 初めて、あのクリーニング屋を訪れた日。
月奈に笑顔を向けられた瞬間、俺は一目惚れみたく心臓を撃ち抜かれた。

 それからも、その笑顔を見るだけで癒されて、めちゃくちゃ元気が湧いてきて。
一緒にいるとすげぇ楽しくて、なんか切ないような懐かしいような気持ちが込み上げてきて。
とにかく好きで好きでたまんなくて……
そんなふうに思えるのは、運命だからじゃないかって感じてた。

 芽衣とは出張前に、婚約したばっかだったけど。
それも勝手に話を進められて、無理やりって感じだったから。
それに対する不満とか、芽衣と離れてものすごくほっとした自分とか、月奈への気持ちとかが合わさって……
もうこれ以上、芽衣とやってくのは無理だと思った。

 だけど「好きな人が出来た」とか言ったら、月奈に迷惑がかかるかもしれないから……

「遠距離になったら、気持ちがすごく楽になって、今までかなり無理してたって気付いたんだ。
それでやっぱり、この先も一緒にやってくのはしんどいって、はっきり気持ちが固まったんだ。
だからごめん。
今度こそほんとに、終わりにしてくださいっ」
そう別れを切り出した。

 そう、今までも俺は……
思い出せないのが申し訳なくて。
それでも、どうしても好きにはなれなくて。
そんな状態で一緒にいるのはしんどいって、何度も別れ話をしてきた。

 だけど、相変わらず俺の気持ちなんかお構いなしで。
毎回、それでもいいからって泣きつかれて。
好きだった感覚が残ってた事や、芽衣が好かれようと必死に頑張ってるのをわかってた事から……
泣かれると心苦しくて、それ以上何も言えなくなって。
結局ズルズル付き合ってきた。

 そして気付けば、周りをがっちり固められてたし。
実際俺も、なんだかんだ支えてもらってから。
このまま別れられないんだろうなって……
何もかも諦めて、覚悟を決め始めてたわけだけど。

 こっちに来て、月奈と出会って……
諦めてた人生を、もう一度取り戻したいって思った。

 だけど芽衣は、やっぱり受け入れてくれなくて……
今回は後ろめたい理由もあったから、泣かれると罪悪感でいっそう心苦しかった。

 でもそんな事言ってらんなくて……
月奈とあのセフレ野郎は、どう見ても両思いだったし。
その事にお互い気づいてないみたいだけど、それも時間の問題だと思ったから。
早く自由になりたくて、めちゃくちゃ焦ってた。

 そしたら月奈は、俺を選んでくれたから……
死ぬほど嬉しかったけど。
まだ中途半端な状態だったから、申し訳なくてたまらなかった。

 それなのに、芽衣をぜんぜん説得出来なくて。
それどころか、突然こっちに押し掛けられて。
たまってた有給を使って、しばらく俺んちに居座る事になってしまった。

 俺は月奈の事がバレないように、一切その交流を断ったけど……
土下座しても、どんなに頼んでも、芽衣にわかってもらえなくて。

 毎日泣かれ続けると、罪悪感に押し潰されそうで、辛くてやりきれなかったけど……
月奈のためにも、もうその涙に流されるわけにはいかなかった。

 それでも別れ話はぜんぜん進まなくて……
そうしてる間に、月奈とあのセフレ野郎はいい感じになってて。
ショックで、不安で、いてもたってもいられなくなって。
芽衣にいったん帰ってほしいと頼みこんだ。

 もちろん断られたけど、だったら俺が出てくって言ったら……

「ほんとは浮気してるんでしょっ?
その人のところに行くんでしょっ?
だから今回は、自分の意見を突き通してるんだよねっ?
私は風人のために、こっちに来たいのを我慢して待ってたのにっ……
その間にひどいよっ!」と泣きじゃくられた。

 違うからって誤魔化しても……
「でも出て行ったら、そう判断して調べるよっ?」と言われて、諦めるしかなかった。


 すると次の日。
目が覚めたら、俺たちは裸で一緒に寝てて……
慌てて飛び起きた俺は、テンパりながら昨日の夜を思い返した。

 だけど、あれから夜メシを食って……
そのあと疲れが一気に押し寄せてきたとこまでしか思い出せなくて。
嘘だろ、またかよ……
と数年前の事が思い浮かんだ。

 芽衣からは何度も……
「付き合ってるんだから、以前みたいに抱いてほしい」
ってせがまれてきたけど。

 俺はどうしても抱く気になれなくて……
「ごめん、今は気持ちがないから抱けない。
だから記憶が戻るまでは、キスで我慢してくれる?」
そうなだめてきた。

 それでも。
「お願い、1度でいいから抱いて?」とか。
「さすがに女として傷つくよ」って泣かれた事もあったけど。
こればっかりは生理的な問題だし。
だったら別れた方がいいよって返してたから、この件では芽衣の方が何も言えなくなってた。

 でも旅行に行って、一緒に眠った時。
今回と同じ事が起きて……
それ以来、一緒に寝ないようにしてたし。
芽衣がこっちに来てからも、ソファで寝てたのに……
なんでだっ?

 そこで「おはよう」と、芽衣が抱きついてきて。
「いや、今回何もしてないよな?」
その身体を離しながら、わずかな期待を込めて確かめると。

「やっぱり今回、覚えてないんだね?
あんなに激しく求めてくれたのに……」
そう悲しい顔を返されて。
一気に青ざめて、頭を抱えた。

「マジかよ、なんでこんな時に……」

「こんな時だからだよ。
きっと2人の危機に、潜在意識が働かずにはいられなかったんじゃないかな」

 そう、前回。
こんな事が起きた理由を、芽衣が調べたら……

 眠ると、起きてる時の顕在意識から潜在意識に切り替わるらしく。
寝言や夢遊病なんかは、その潜在意識の働きによるもので。
その時、顕在意識は働いてないから覚えてないのは当然らしい。
そして潜在意識には、すべての記憶が存在してるという。

 つまり、眠ってる間に芽衣を好きだった頃の俺が出てきたんだと説明されて……
半信半疑で俺も調べたら、芽衣の言ってた通りだったから。
なんだかそんな自分や状況が、怖くてついてけなくて……
その時も俺は、別れを切り出した。

 でも例のごとく泣きつかれたから、記憶が戻るまで一緒に寝ないのを条件に踏みとどまったわけだけど……
結局またこんな状況になって、ゾッとしたし。

 潜在意識?冗談じゃない!
もう2度とそんなもんに操られるわけにはいかないから。
ここにいたら条件違反を引き起こすのを理由に、問答無用でその日からビジネスホテルに泊まる事にした。

 だけど、そこに月奈を呼んだせいで。
むしろ、以前家に呼んだせいで。
とっくに月奈の事は、芽衣にバレてて……

 俺のせいで泣いてる事や、俺を拒絶してセフレ野郎に抱きつく姿に……
胸がズタズタに切り裂かれた。
それどころか。

 親に責められて辛かっただろうなって、慰めた出来事も……
俺のせいだったって事や。
その時も今までも……
苦しむ月奈を、セフレ野郎が守ってきた事を聞かされて。
心がこれでもかってくらい叩きのめされてた。

 もうこれ以上、月奈を苦しめたくないのに……
今までの状況からして、芽衣は絶対別れてくれないだろうし。

 俺だって、月奈と離れるなんて絶対に無理で……
本能的にか直感的にか、絶対離れちゃダメだって、頭ん中で訴えられてる気がしてて。
もう駆け落ちするしかないと思った。

 ただ、俺は月奈のためならなんだって犠牲に出来るけど。
親と4年半ぶりに和解したばっかの月奈まで、そうさせるわけにはいかなくて……
もうどうしたらいいかわかんなくて、どうにかなりそうだった。

 そしたら月奈は、俺に人生全部あげるとかゆうから……
もう涙をこらえきれないくらい嬉しかったし。
俺も人生かけて、命がけで守ってみせると強く誓った。


 それから俺は、地元の本社に呼び戻されたけど……
色々身辺整理するにはちょうどよくて。
それに専念するために、また月奈との交流を一切断った。
少しでも早く帰ってあげたかったし、駆け落ちを絶対成功させたかったからだ。

 とゆうのも、芽衣の監視の目が光ってたから……
その中で事を進めるには、少しでも疑わしい行動を避けなきゃだったし。

 携帯も頻繁にチェックされてたから……
疑いを晴らすためには、1ミリのミスもするわけにはいかなかった。

 でもその間、ただでさえ不安そうにしてた月奈を、もっと不安にさせるだろうし。
あっちに戻っても、駆け落ちするまで一緒にいられないし。
月奈の妹に、月奈がずっと苦しんできた話を聞いたから。
そんな月奈を少しでも安心させたくて……
どうにか一緒にいられる時間を作れないかと、必死に立ち回った。


ーーーだけど、そのために地元で携帯を解約しなかったのが……
今となれば、詰めが甘かったとしか言いようがない。

 ここまで俺に執着する芽衣の行動を考えれば、この事態を予測出来たはずなのに。
そんな芽衣に不安を感じてたから、ちゃんと駆け落ちするまで月奈に手を出さなかったのに。
肝心なとこで詰めが甘くて、つくづく自分が嫌になる。
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