もうこれ以上、許さない

よつば猫

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もうこれ以上、許さない2

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 そんなふうにマスターからも、それに誉からも風人からも……
あたしにはもったいないくらいの気持ちを、たくさんもらった。

 なのに何も返せなくて、心苦しいけど……
せめてその気持ちを無駄にしないように、もう「あたしなんか」とは思わないようにしていた。
そして、その気持ちに恥じない生き方をしようと心がけてた。

 そこで目的地に到着して、心地よい海風が吹き抜ける。
そうそこは、風人と出会った海で……
防波堤に立つと、勢いを増した風が暑さを吹き飛ばしていった。

 遭遇するわけにはいかないのに、散歩してここに来てしまうのは……
本音は会いたくてたまらないからだろう。
出来る事ならあの日に戻って、もう一度出会いたいからだろう。

 だけど、たとえ二度と会えなくても……
あたしはずうっと風人が大好きだし。
一晩中キスしたあの夜に、あたしたちの幸せが詰まってるから……
そこに永遠があるから。
それを糧に頑張ってきたし、これからも頑張れると思う。

 風人も頑張ってるかな?
今ごろ育児に奮闘してるかな?
きっと風人の事だから、いいパパになってるだろうなぁ……
思わず想像して。
心が割れそうになって、涙が滲んだ。

 泣かない泣かない!ほら笑うよっ?
パンパンと頬を叩く。

 あたしが笑ったら応援になるって、マスターが言ってくれたのもそうだけど。
風人が2度も好きになってくれた笑顔だから……
どんな時でも、それを忘れずにいたかった。

 辛くても、笑顔で立ち向かってやる!と。
そう思ったら、海風に立ち向かったあの言葉が浮かんで……
今度は風人が受け取った意味で、それを口にしようと思った。

ー「まさに大胆不敵だなって。
俺も色々恐れずに、やるだけやったら自分の道に突き進もう!って思えたんだ」ー

 そう、この一年半。
めいっぱい残業したあたしは、ちょうど先月で学費を返し終わってて。
これからは自分の道に踏み出そうと思ってたのだ。

 その道が、いつか風人の人生に繋がる事はないけれど……
それでも負けるもんかと、大きく息を吸い込んだ。

「はてーんこーーーう!!」

 叫ぼうとした言葉が横取りされて……
心臓が、肺が、身体が、停止する。

 うそ……
嘘だよね?

 その聞き覚えがある、胸を締め付ける、愛しくてたまらない声の方に……
信じられない思いで振り向くと。
そこには、作業着姿の大好きな人が立っていた。

 会いたくて仕方なかったその人に……
でももう二度と会えないと思ってたその人を前に……
心がどうしようもなく震える。

 その瞬間、風人は泣きそうな顔を覗かせて……
でもすぐに、ぶはっと笑った。

 思わず、本当にあの日に戻って、もう一度出会えたんじゃないかと錯覚するも。
その言葉を発したという事は……

「……記憶、戻ったの?」
恐る恐る問いかけると。

「うん、ごめん……
今までずっとごめんっ……」
風人はまた泣きそうに顔を歪めた。

「ううんっ、あたしの方がごめん!
酷い目に遭わせて、ほんとにごめんっ」
ぶわりと涙があふれ出す。

 ずっとずっと、その事を謝りたかった……

「違うからっ!
月奈はなんっも悪くないっ。
ずっとそう思わせてて、ほんとにごめん……
1コずつ話すから、聞いてくれる?」

 言葉にならずに、コクンコクンと頷くと。

「とりあえず、危ないから下りよっか。
おいでっ?」
優しい笑顔でそう手を差し伸べられて。

 懐かしいリプレイと、その大好きなセリフと、掴んだ手の温もりに……
胸がぎゅっと、ぎゅうっと締め付けられる。

 そうして、あの日一緒にパンを食べた場所に腰を下ろすと。
風人が、今日までの事を振り返る。
あたしの手を、ぎゅっとしたまま……






 月奈と、最後に話した日。
言ってる事はもっともだったし、辻褄も合ってて……
でも俺は信じたくなくて。
胸を切り裂かれながらも、みっともなくすがりついてた。

 そして、俺が傷付く言葉を泣きながら口にする様子に……
そう言って諦めさせようとしてるだけじゃないかって、希望に近い思いで信じて。
そうさせてる事に、いっそう胸を切り刻まれた。

 だけどその涙は……
好きでもない人から、しつこくすがられるのが辛いからだと。
芽衣と同じ事をしてると、突きつけられて。

 やっと両思いになれた月奈を、早く守りたかったのに……
苦しめる事しか出来なくて、やりきれなかった日々や。

 何度言ってもどんなに頼んでも、芽衣にわかってもらえなくて。
泣かせたり傷付けたり、心を鬼にするしかなくて。
それでもどうにもならなくて、辛くてたまらなかった日々が甦る。

 そして俺も、確かにしつこくすがってて。
つまり、そんな思いを月奈にさせてて。
芽衣と同じく、相手の気持ちなんかお構いなしになってたわけで……
だとしたらこれ以上、自分の気持ちを押し付けるわけにはいかないと思った。

 さすがに諦めるしかなくて……
でもそんなの無理に決まってて!
だったら一生片思いでいいから、せめてその笑顔だけでも見ていたかった。

 なのに俺は、こーやって泣かせるばっかで。
さっきから言われてる通り……
好きでもない、信用も出来ない、辛くさせてる男でしかなくて。

 けどそれでも離れたくなくて!
立ち去ろうとした月奈の手を、とっさに掴んで引き止めた。

 嫌だ、無理だっ。
頼むから嘘だって言って?
死ぬほど好きなんだっ……
月奈じゃなきゃダメなんだ!
頼むよ月奈、こっち見てっ?

 そんな思いで心が破裂しそうなくらい、必死に必死に切望した。
だけど……

「いいパパに、なってねっ」
俺の手を押し戻す、月奈の言葉にハッとする。

ー「なんだって犠牲にする」
「それであたしが平気だと思うっ!?」ー

 月奈の話がたとえ嘘でも、そんな現実背負わせられない。
わかってた事だけど、それを実感させられて……
その温もりを絶対手放したくなかったけど、抵抗出来るわけなくて。

 ほんとに終わりなんだって、心が壊れそうになりながら……
月奈がいなくなったその部屋で、泣き崩れる事しか出来なかった。


 それから、実家に連れ戻された俺は……
芽衣から毎日。
「お腹が大きくなる前に、早く式を挙げたい」とか。
「せめて籍だけ先に入れてほしい」とか「そしたら全部水に流すから」って泣きつかれて。
親からもそれを、口うるさく言われ続けた。

 だけど、そんな簡単に割り切る事なんか出来なくて……
死ぬほど好きだった存在を失った事で、ぶっちゃけ生きる気力を失くしてた。

 それでも、結局退職届けは受理されなかったから。
与えられた仕事は、なんとかこなしてたけど。
他の時間は塞ぎ込んでて……

 そんな状態が1ヶ月以上続いた、ある日。
心配した空人が励ましてきた。

「風兄、元気出せよっ。
父ちゃんたちが、なんか文句ばっか言ってるけどさっ……
俺が味方してやるからさっ!
一緒にサッカーでもやろうぜ!」

「……ありがと、空人。
けど今はそんな気分じゃないから、雷人か陸人に教えてもらいな?」

「あいつら容赦ないし!
俺は風兄とやりたいんだよっ」
と俺を引っ張って、無理やり部屋から連れ出す空人。

 だけど階段に差し掛かかったところで……
「ちょ、空人!
危ないからマジで離せって」
焦って俺も、無理やりその手を引き離した。

 すると。
「なんだよ男のくせにっ……
だったら死ぬまで落ち込んでろよ!」
そう俺を突き飛ばした空人が……
体重差で逆に跳ね返されて、「わっ」と階段の方に倒れかかる。

「空人っ!」
自分の大切な存在が自分のせいで落ちていく、その状況を前に……
慌てて腕を伸ばした瞬間。

 空人の姿に、月奈の姿が重なって……
命に代えても絶対守ると、強烈な感情が呼び起こされる。

「っっ、っぶな……
だいじょぶかっ?空人」
階段が狭かった事と手すりがあった事で、あちこちぶつけたものの落下は防いだ。

「うん、俺はヘーキだけど……
風兄ごめんっ」

「お前が無事ならいーよ。
けどマジで気をつけろよ?」
ホッとしながら、空人の頭をポンポンすると。
子供扱いすんなよと、バツが悪そうに去って行った。
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