もうこれ以上、許さない

よつば猫

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苦しめたら許さない4

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 風人は今、どんな顔をしてるだろう。
どれだけ傷ついてるだろうっ……
ごめんね、風人。
ごめんねっ……

 そう、風人じゃなきゃダメとか言っといて。
裏では他の男と抱き合ってたり、あっさり鞍替えした現場を目の当たりにしたら……
さすがに愛想尽かしたり。
そんな女のために頑張ってたのが馬鹿馬鹿しいと、諦めもつくんじゃないかと思った。

 すると思惑通り……
「ごめん、無理」
愛想を尽かされて。
胸が潰れそうになった瞬間。

「無理だから、手ぇ離そ?」
酷く切なげな声で、優しく問いかけられて。
とっさに風人に顔を向けた。

 その無理は、あたしの選択を受け入れられないという無理のようで。

「俺、もっともっと頑張るからさっ。
もう泣かせないようにするからさっ……
一緒にいよ?」
合間に唇を噛みながら、精いっぱいの笑顔を作って、再び手を差し伸べる風人。

 堪らず「うっ」と嗚咽がこぼれて、心が揺らぎそうになったあたしは……
思わず、抱きついてる手を離すと。

「いいかげんにしろ!
お前に一緒にいる資格はないっ」
風人を制する誉。

「黙ってろよ!
お前には関係ねぇだろっ」

「あるから言ってるんだろっ!
何で月奈の両親が、職場まで怒鳴り込んで来たと思ってるんだっ?」

「えっ」と目を丸くする風人と同時。
「待って誉っ、言わないでっ!」
今度はあたしが、慌ててその人を制した。

 なのに風人は……
「ごめん月奈。
もう遅いし、ちゃんと知りたい」
真剣な目で続きを促す。

「ダメっ、誉お願い!」
風人に首を振ってから、必死に懇願するも。
誉も、誤魔化すにはもう遅いといったふうに首を振り。

「お前の婚約者が、月奈の両親に浮気を告発したからだ」
その途端、風人は目を大きくして固まった。

 あぁ、どうしよう……
頭が真っ白になる。

「俺が彼氏のフリをして、なんとか誤解って方向に持ってったけど。
そうやってお前の知らないとこで、何度も、俺が月奈を守ってきたんだ」
と関係ある理由が続けられた。

 風人は動転した様子で、今までと照らし合わせるかのように目線をふらつかせ……
泣きそうに歪めた顔を、片手で覆ってうなだれた。

「嘘だろっ……
っっ、マジかよ……」
苦しそうに吐き出す姿に。
胸が捻り潰されて、見ていられなくなる。

「月奈ごめん……
謝って済む事じゃないけどっ、ほんとにごめん。
けどこれからはっ、ちゃんと俺が守るから!
だから、頼むからっ!
離して、くださいっ……」
絞り出すような声で、深々と頭を下げて懇願する風人。

 あたしはもう耐えられなくて。
息も出来ないくらい苦しくなって……

「ごめんっ、誉……
離してっ?」
泣き声をあげながら、一緒に頼んだ。

 玉城さんの告発を知られたんなら、それを理由に関係を終わらせればいいわけで。
誉への心変わりを装って、Wで苦しめる必要はない。

 誉は深く息を吐き出して……
ためらいがちに、その腕を下ろした。

 あたしはすぐに、風人の方に身体を向けると。
すかさずグイと、力強く抱き寄せられて。
ぎゅっと、ぎゅううと、潰れそうなほど抱きしめられる。

 愛しくて、愛しくてたまらなくて……
なのにその腕からも体温からも、離れなきゃいけなくて。
心が千切れそうになる。

 すると誉は……
「今日は引き下がるけど、これ以上月奈を苦しめたら……
その時は許さない」
そう言い捨てて、声かける間もなく去って行った。

 あたしの事で、許さないなんて……
ー「俺は、あの婚約者と呑気に笑ってるあいつが許せない」ー
ふとそのセリフを思い出す。

 たぶん、玉城さんの事を暴露したのも、許せないほど心配してくれてたからで……
その相談のために、出張から帰るや否や駆け付けてくれたのに……
そう思って、感謝と申し訳なさでいっぱいになる。

 そこで「ごめんっ」と、たまらなそうに呟く風人。

「好きになって、ごめん。
ムリやり好きにさせといて、責任取れなくてごめんっ。
口ばっかでごめん。
親まで巻き込んでごめんっ。
知らなくてごめん。
ひとりで辛い思いさせててごめんっ。
守れなくてごめん。
泣くほど苦しめててごめっっ……」
ひたすら謝って声を詰まらす風人が、あまりにも痛々しくて。

 あたしはぼろぼろ涙をこぼしながら、首を横に振った。
だけど風人が謝ったそれらの理由で、関係を終わらせようとしてたから……

 ぜんぜんいいよ?
風人といれるなら、なんだって平気だよ?
むしろあたしの方が、辛い思いをさせてごめんね。
また苦しめてごめんねっ……
その気持ちを飲み込んで。

「あたしこそ、隠してて、ごめんねっ」
その言葉だけ絞り出した。

 結局あたしたちは、どう足掻いても結ばれない運命で……
お互いを苦しめないためにも、離れるしかないんだと思った。

 なのにまだ離れたくなくて……
どうしても離れたくなくて。
終わりを切り出せずにいると。

 あたしのごめんに対して、首を横に振った風人から……
「ちゃんと話そっか。
俺んちで、話せる?」
そう提案されて、ハッとする。

 そう、いくらロールスクリーンで見えないとはいえ。
いつまでも職場でプライベートな事をやってるわけにはいかなくて。
あたしはコクリと頷いた。

 見張られてるだろうけど、お泊まりじゃなければ条件違反にはならないと思ったし。
関係を終わらせるには、どのみちちゃんと話す場所が必要だからだ。


 そうして、風人の部屋に着くと。

「ねぇ唇、どうしたの?
血豆が出来てる」
お店に現れた時にはなかったはずだけど……
そのあとはうなだれてたし、来る途中は暗かったから気付かなかった。

「あぁ、なんでだろ?
それより」
と、さっそく親への告発に至った経緯《いきさつ》を求められる。

 そこであたしは……
前にこの部屋に来た時、身バレした事。
それにより、もう2人っきりで会わない約束をした事。
にもかかわらず、ホテルに出入りしてたのが見つかった事。
そのため彼女さんとしては、あたしの親に泣きつくしかなかった事。
そして、それらを口止めされてた事を話した。

「だから、これ以上約束を破るわけにはいかないから……
この話、聞かなかった事にしてくれない?」

 風人は片手で頭を抱えながらうなだれて……
渋々といったふうに、小さく頷いた。

「ほんとにっ?
絶対だからね?」
じゃなきゃ条件違反で、風人をもっと苦しめてしまう。

 あたしの念押しに、ため息混じりに頷くと。
「つか全部俺のせいじゃん。
俺が我儘言って、ここにもホテルにも誘ったから。
挙句、1番守りたいものを苦しめて……
ごめん、なんかもうっ、自分が嫌でやり切れないっ……」
髪をぐしゃりとしながら、両手で頭を抱え込む。

 違うよ、風人のせいじゃない!
あたしが一緒にいたかったから、そうしただけ。
そう言って、すぐにでも抱きしめたかった。
抱きしめたくて、抱きしめたくて、心がどうにかなりそうだった。
だけど……

 あたしももう、疲れちゃった。
そう言うしかなくて。
風人の発言とあたしの目的に、ぴったりなその言葉を言おうとして、泣きそうになる。

 震える唇を噛んで、言葉に出来ずにいると……

「……もうさ、駆け落ちしよっか」
耳を疑う言葉が飛び込む。
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