もうこれ以上、許さない

よつば猫

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予断を許さない4

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 そんな翌日。

「ルナちゃんひどくないっ?
また明日~って言ったくせに休みだしっ」

「だって別に、あたしが休みでもお店は開いてるし」

「そーだけどっ。
俺はルナちゃんに会いたくて来てんのに」

 またそーゆう思わせぶりな事を!

「いやここクリーニング屋!」

「怒んなくていいじゃんっ。
ちゃんと洗濯物も持って来てるし」

「それ当たり前だから」
怒りながらも。

 いじける風人が可愛くて、思わずキュンとし……
ちゃダメ!!
慌てて自分をセーブする。

「ところでさぁ、どっかいい飲み屋知んない?
俺大家族だから、家で1人晩酌とか寂しいし。
仕事絡みの人とも飲み行きたいし」

「ああ、それなら」
マスターに営業協力しようと、Cyclamenを紹介しかけて……
ハッとする。

 そこでも顔合わせたらたまんない!

「っ、そこのラーメン屋さんとかいんじゃないっ?
美味しいし一品メニューも豊富だし、夜は居酒屋代わりに利用してる人多いよ?」
とっさに、ガラス戸から見えるその店を紹介した。

「知ってるよ俺、家近くだからよく行ってるし。
確かに旨いけどそうじゃなくてさぁ~。
ルナちゃんの行きつけとか紹介してよ」

「ないよ。
飲み行かないもん」
と嘘をつく。

「マジでっ?
え、飲めないタイプ?
てかルナちゃんって何歳?
未成年じゃないよなぁ?」

「ワケないじゃん。
菊川さんと同じだし」
そんな事訊かないでよ……
風人の記憶に存在してないってわかってても、何度も胸が切り裂かれる。

「え、24っ?
てか俺、歳言ったっけ?」

 しまった!
瞬間青ざめて、慌てて取り繕う。

「っ、言ってないけど、それくらいかなって」

「うんそう!
そっかタメか~。
ますます仲良く出来るじゃん」

「はいじゃあYシャツ2点と紳士スラックス1点で870円になりまーす」

「うわ流す~。
てゆうか、風人でいいよ?
タメなんだし」
と千円札をトレーに置く。

「タメでも一応お客様だし、彼氏に誤解されたら困るから。
はい菊川さん、130円のお返しとお預り票でーす」

「切なっ!
それ言われたら何も言えないじゃん。
しかも一応客って……」

 とそこで、他のお客様が来店し。
あたしの「ありがとうございました~」を受けて、風人はしょんぼり去っていった。

 だけど、そのお客様を見送ったあと。
一気に脱力して、カウンターにうつ伏せる。
ヤバい、このままじゃそのうちボロが出そう……

なのに明日も来そうで、もう盛大なため息を吐かずにはいられなかった。


 そして案の定。

「いつも訊こう訊こうって思ってたんだけど、ルナってどんな字?」

 風人はあれから毎日通ってきてた。

「お月様の月に奈良の奈」

 そんで「それでルナって読むんだ!?
すげえっ、カッケー!
つかさらに可愛いしっ」とか言うんでしょ?

 予想通り、指で漢字を書いた風人は昔と同じ反応をして……
またため息が出た。

「それより菊川さん。
ここで油売ってる暇があったら仕事しなよ」

「してるし!
むしろめちゃくちゃ頑張ってるから、こーやって昼休憩に、月奈ちゃんの笑顔で癒されに来てんじゃん」

「あたし全然笑ってないと思うけど」

「うんだから、いらっしゃいませとありがとうございましたの笑顔」

 そのために!?
確かにあたしは、いつも不意打ちで現れる風人に満面の笑みを向けてるし。
体良く追い払うためにもそうしてる。

 でもそんな営業スマイルのために、毎日通ってくれてたなんて……
突き放してる事を申し訳なく思ったと同時、胸が締め付けられる。

「そういえば、月奈ちゃん昼メシはどうしてんの?」

「どうって、お客様がいない隙に食べてるよ?」

「ええっ、それじゃゆっくり食べれないじゃん」

「そう!
だから頬張った時にお客様が来るとめちゃくちゃ焦るし、歯とか口周りとか汚れてないかなって笑顔がぎこちなくなっちゃうんだよね」
的を射た発言に、思わず乗ってしまうと。

 ぶはっと吹き出す風人。

「なんで笑うのよ」

「ごめんっ、急に熱く語り出すから可愛くてっ」

「っ~~、うるさいなぁっ」
しまった油断したぁ~!

「とにかく、今からそーやって食べるからもう帰って!」

「マジっ?
じゃあ俺も弁当買ってくるから一緒に食おっ?
行ってくる」
と言うや否や、店を出る背中に。

「ちょ、待っ……」
断りを告げようとするも、間に合わず。



「ただいま~。
デザートも買ってきたんだけど、どっちが」

「ただいま~、じゃない!
あたし、一緒に食べるとか一言も言ってないんだけどっ」
呑気に戻ってきた風人の言葉を遮って、怒りをぶつける。

「ダメ?」

「ダメ!
だいたい、スタッフでもないのにここで一緒に食べるわけにはいかないからっ」

「それは分かるけど、あそこのベンチならいいかなって」

 それはここから8mほど離れた、スーパーの入り口脇にあるベンチで。

「そこならお客さんが入ってくのも見えるし、ゴックンする時間も稼げるし」

 なるほど……
だからって、これ以上風人と絡むわけにはいかない!

……だけど。
そこまで考えてくれてたのは嬉しいし。
デザートまで買ってくれてるし。
それに、こうも突き放してるのは申し訳ない。

「わかった。
じゃあ今日だけだからね?」

「やった!ありがとっ。
じゃあマンゴープリンとジャージー牛乳プリン、どっちがい?」

 願わくは、食べ終わると同時にお客様が来ますように……


 そうしてベンチに移動すると。

「ヤバい、なんかドキドキしてきた」

「大げさっ」
思わず吹き出しながらも。
それはこっちのセリフだよ…

「あ、笑った。
やっぱ月奈ちゃんの笑顔は最高だねっ」

 ああもうほんとに、胸が痛い。

「もうっ、いいから食べるよっ?
いつお客様が来るかわかんないんだから」

「うわ~、とーぶん来ませんよーにっ」

「それ営業妨害だから」

「じゃあその分あとでいっぱい来ますよーにっ」

「それめっちゃ大変だからっ」

「ええっ、じゃあ…」
「いいから食べる!」

 そう、痛いけど……
風人といると、なんでこんなに楽しんだろう。

「じゃあさっ、おかず交換しよっ?」

「やだよ」

「いーじゃんケチ~!
肉じゃが好きなのに」

「知らないよ」
なんて、知ってるけどね。

 けどそんな昨日の夜の残りもんとかあげられないし。
そもそも人に食べさせられるレベルじゃない。

 ご飯や他のおかずと同様に、早々と胃の中に仕舞うと。
願い通りお客様が来て、風人とのランチはあっという間に終了した。

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