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邪魔するなら許さない1
しおりを挟む「もうこれ以上、月奈とこんな関係でいんの無理っ」
うそ……嘘だよね?
別れを切り出されたあたしは、ショックで受け入れられなくて。
とっさに逃げ出すと……
足を踏み外して、階段の下に真っ逆さま。
うそ……
ねぇ風人、嘘だよねぇっ?
*
*
*
「……月奈?
月奈大丈夫かっ?」
「んん……
……誉、どうしたの?」
「どうしたのって、うなされてたから……
大丈夫なのか?」
「……大丈夫。
ちょっとヤな夢見ただけ」
そう言ってベッドから抜け出ようとすると。
グイと抱き戻されて、唇を塞がれる。
「んっ……ふっ………」
甘い水音をまとった淫らな熱に、口内を埋め尽くされて舐め回されて……
とろりと身体が溶かされそうになったものの。
その感覚を振り払って、キスから逃れる。
「っ、もおっ。
今日仕事でしょ?
起きたんなら用意しなよ」
「……ほんと、いつまで経ってもドライだな。
俺らもう1年になるし、ちょっとは甘くなってくれてもいんじゃない?」
「甘さが欲しいなら他のコ探せば?
誉ならどんな女のコでもOKしてくれるよ」
そうこの男、松村誉は……
男の色気が漂う、クールな顔つきの究極イケメンだ。
しかも25の若さでイベント会社を経営してるとなれば……
女がほっとくわけがない。
「他のコじゃ逆に、甘さ求められるし」
「それ単なる我儘じゃん。
自分は欲しいくせに、求められるのはヤダなんて」
「けど俺、月奈になら求められてもいいよ?」
そう挑発的な笑みを向けられて……
思わず胸がドキリと跳ねる。
そんな事言わないでよ……
騒ぐ心を慌てて抑える。
「うわ、確信犯。
あたしなら何言っても求めないからって」
「そんな事ないよ。
だって月奈、ベッドでは求めてくるじゃん」
「それはっ、セフレだからね。
そこは求めるでしょ」
だけど、誉はいつも愛があるように抱いてくれるし。
1年もそんなふうに抱かれ続ければ……
つい、その心まで求めてしまう。
もう誰も好きになりたくないのに。
誰とも付き合う気なんてないのに。
あたしは、4年前の別れをずうっと引きずってる。
今でもたまに、夢でうなされるほど……
それでも誉とこういう関係になってからは、だいぶ落ち着いた。
それは、誉に惹かれ始めたから。
出会ったのは行きつけバーだった。
お互い常連同士で、顔見知り程度でしかなかったけど……
ある日。
*
*
*
「諌、まだ受け付けてくれるクリーニング屋知らない?
明後日着るんだけど、明日は県外イベントで行く暇なくてさ」
隠れ家BAR『Cyclamen』にやって来るなり、マスターにそう訊く誉って呼ばれてる人。
「いやどこも無理だろ。
あっ、でも1件知ってる」
とマスターから手のひらを差し向けられたあたしは…
「えっ」とこっち向いた誉って人に、戸惑いながらも会釈した。
「月奈ちゃん、クリーニング屋で働いてんだよ」
「はい。
うちでよければお預かりしますよ?」
「ほんとにっ!?
うわ助かる……
お願いしますっ」
「はいっ。
じゃあ明日、ここに持ってくればいいですか?」
「そうしてもらえると有り難いけど、何時になるか……
あっ、じゃあ連絡先聞いてもいい?」
そうして後日。
助かったお礼にと、食事に誘われたあたしは……
「いえ、自分の仕事をしただけなので」と、お断りしたものの。
それが気に入ったらしく。
何度断っても、度々食事に誘われるようになり……
バーで会えば、一緒に飲む羽目になり……
ある時、突然。
「じゃあさ、食事がダメなら……
俺とセフレになってよ。
俺も、誰とも付き合う気ないからさ」
開いた口が塞がらなかった。
さぞかし自分に自信があるんだろうけど……
女をナメてると、当然腹が立った。
だけど……
あたしだけとか言っといて、あっさり鞍替えしたり。
どんなあたしでも受け止めるとか言っといて、結果的には切り捨てたり。
そんな口だけの人より、なんだか誠実に見えてしまった。
誰だって悪者にはなりたくないし、自分をよく見せようとするものだから。
そしてなにより。
いいかげん、引きずってる別れがしんどくて。
もう忘れたくて。
それを紛らわせてくれる何かに縋り付きたかった。
しかもセフレなら、風人を苦しめた嫉妬や独占欲を持たずにすむ。
「……いいですよ」
*
*
*
そう、何も求めない。
そうすれば、辛い思いをする事もないし。
切り捨てられる事もないだろうし。
もう誰かを苦しめる事もないはずだから……
そんなある日。
「Yシャツ13点ですね~。
お急ぎですか?」
「はい、出来るだけ早く」
「では、明日の17時以降でよろしいですか?」
「えっ、今日出来ないんですかっ?」
「はい、当日仕上げの受付は11時までなので……」
困るならこんなに溜め込まないで~。
渋々了承したお客様を見送ったあと、その大量のYシャツを処理する。
タグ付けや破れ等のチェックはもちろん。
うちの店はサービスで、Yシャツのボタンが取れてたら仮ボタンを付けてあげるのだ。
だけど、13枚も溜め込むような人だから……
「もーお、どんだけ取れてんのよ~」
昼ごはんがお預け状態で、お腹が空いてつい愚痴が出る。
しかも、まだ仮ボタン付けが終わってないのに…
出入り口の開く音がして、次のお客様が来店した様子。
「いらっしゃいませ~」
得意の営業スマイルで顔を上げた、瞬間。
心臓が、肺が、身体が、停止する。
目の前に、4年前に別れた菊川風人がいたからだ。
う、そ……なんでここに?
目を大きくして固まるあたしに……
「え……
俺なんか付いてます?
まさか憑いてますっ?」
緊迫感も束の間、そう肩の上を指差す風人。
「……いえ、すみません。
好きな芸能人に似てたんで、本人かと思ってびっくりしちゃって」
「え、そんなに!?
誰だろ、なんて人っ?」
「いえもう引退してるし、絶対知らないマイナーな人なんでっ」
とっさについた嘘に突っ込まれ、慌てて誤魔化す。
そう、風人は4年前。
階段から落ちるあたしをかばって、記憶喪失になったのだ。
だから、あたしの事は覚えてない。
それは、すごく切ない事だけど……
ほっとする事でもあって。
元気そうな風人に、相変わらずな風人に……
そして、ほんとはずっと会いたかった風人を前に……
泣きそうになるのを必死に我慢しながら、なんとか受付を終わらせた。
だけど見送った途端、ぼろりと涙がこぼれる。
「っっ……
あーも仕事仕事!」
いつお客様が来るかわからないから、今は泣くわけにはいかない。
パンパン!と両頬に喝を入れて切り替えると、さっそく風人の洗濯物の処理を始めた。
すると、さっきはそれどころじゃなくて、うわのそらで受け付けたから気付かなかったけど……
「お前もかい!」
Yシャツ11枚に思わず突っ込む。
まったく、風人らしいや……
そう思うとまた泣けてくる。
風人と出会ったのは、約6年前。
大学1年の夏休みだった。
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