上 下
68 / 123

その後2

しおりを挟む
 そうまさに、サイフォスだけだったのだ。
ヴィオラが愛しているのも、もちろんそうだが……
サイフォスだけが、ヴィオラの事を何よりも大切にしてくれたのだ。

 そう、父であるシュトラント公爵は、自身の地位や権力のためにヴィオラを犠牲にし。
恋人だったラピズですら、自身の気持ちばかりを押し付けて、ヴィオラの気持ちや立場を顧みなかったというのに。
サイフォスはむしろ、自身の気持ちや立場を顧みず、身体や努力さえも犠牲にしてまで、ヴィオラの事を第一に考えていたからだ。

 シュトラント公爵が、そんなふうに取り乱すヴィオラを目にしたのは……
ヴィオラがまだ幼かった頃に、その母である妻が亡くなった時以来だったため。
しばし狼狽えるも……
まずは同調しなければと、泣き崩れる背中を優しくさすって声かけた。

「そうだな……
確かに殿下は、お前を本当に大切にしてくださっていた。
だからこそ、このシュトラント家まで守ってくださったのだろう」

「……どういう、事ですか?」
思わぬ情報に、気を引きつけられるヴィオラ。

「んん?
まさか、知らなかったのか?
知らずに、あれほど悪妃に扮していたのかっ?」
思わず呆れ驚くも。
今は慰めなければと、仕切り直す公爵。

「まぁ結果的に、有利に事が運んで良かったのだが……
なぜ私が、お前の悪行を黙って見過ごしていたと思っているのだ。
本来ならシュトラント家に悪影響が及ばぬよう、阻止するところだぞ?
しかし殿下が徹底的に、悪影響を防いでくださったから。
お前は好き放題出来て、私は一目置かれるようになり、むしろ好影響だったからだ」

「……なぜそれで、一目置かれるようになるのです?」

「殿下が我々のためだけに、発令してくださったからだ。
王太子として、妃やその一族に対する不敬や侮辱は絶対に許さないと。
さらに舞踏会のあとには……
夫である自分が許している妻の振る舞いを、他の者が批判するのは許さないと、厳しく警告なさり。
反した者は、処刑や国外追放される事になっているからだ」

 そう、だからこそ。
多くの貴族から制裁が下される事もなければ。
フラワベルも、王妃を味方につけるまで表立った嫌がらせが出来なかったのだ。

ーー私はあれほど酷い仕打ちをしたというのに……
サイフォス様はそこまで私と、私の家族まで守ってくださってたなんて!

 ヴィオラはますます涙が溢れ返り、いっそう想いを募らせて……
胸が狂おしいほど熱くなる。

「……そんなに殿下を愛しているなら、それほど後悔しているなら。
殿下が守ってくださったものを、疎かにするでない。
そうやっていつまでも塞ぎ込んでいては、せっかく守っていただいたその身も心も、ボロボロになってしまうぞ?
しかもお前がそんな状態では、安心して南部に行けぬゆえ。
せっかく与えていただいた公領も、荒らしてしまう事になるのだぞ?
殿下がしてくださった事を、無駄にする気か?」

 そう言われては、塞ぎ込んでいるわけにはいかず……

「……わかりました。
ちゃんと、食べます」

 公爵の思惑通りに、ヴィオラは立ち直り始めたのだった。

 というのも、公爵の話でサイフォスへの想いはさらに募り。
会いたい気持ちも増すばかりで……
同時に償いたいという気持ちも、抑えきれなくなったからでもあった。

 そう、そのためにも元気にならなけばと思い。
ヴィオラは体調を回復させながら……
どうにか会える方法はないか、償う方法はないかと、模索したのだった。



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。

新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

「お前のような田舎娘を聖女と認めない」と追放された聖女は隣国の王太子から溺愛されます〜今更私の力が必要だと土下座したところでもう遅い〜

平山和人
恋愛
グラントニア王国の聖女であるクロエはラインハルト侯爵から婚約破棄を突き付けられる。 だがクロエは動じなかった、なぜなら自分が前世で読んだ小説の悪役令嬢だと知っていたからだ。 覚悟を決め、国外逃亡を試みるクロエ。しかし、その矢先に彼女の前に現れたのは、隣国アルカディア王国の王太子カイトだった。 「君の力が必要だ」 そう告げたカイトは、クロエの『聖女』としての力を求めていた。彼女をアルカディア王国に迎え入れ、救世主として称え、心から大切に扱う。 やがて、クロエはカイトからの尽きない溺愛に包まれ、穏やかで幸せな日々を送るようになる。 一方で、彼女を追い出したグラントニア王国は、クロエという守護者を失ったことで、破滅の道を進んでいく──。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

処理中です...