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交渉1
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「これはこれは、王太子妃殿下。
本日はどのようなご用件で、おいでになったのですか?」
王宮魔術士のモエは、ぺこりとお辞儀をして、そう尋ねた。
「頼みがあります。
私の寿命を代価に、殿下の治療をしてください」
思わぬ申し出に、王宮魔術士は面食らう。
悪妃の噂は、当然モエの耳にも届いており。
実際、サイフォスへの悪態も目の当たりにしていたからだ。
「……殿下は、お倒れになったのですか?」
「はい。
ですが、口外禁止でお願いします」
「もちろんです。
元より、いつ倒れもおかしくない状態だと、お見受けしておりましたので」
そう、魔術で国王の治療やサイフォスの体調管理にも携わっている事や。
これほど長い間、国王の病気を隠せているのは……
それほどサイフォスが負担してきたからだと、うかがえる事など。
他にもサイフォスの負担を物語る、様々な依頼を受けてきたからだ。
しかしヴィオラは。
「そうですか……」
隠されていたとはいえ。
妻である自分ですら知らなかった、夫の状態を。
元婚約者や魔術士までもが把握していた事に、今さら胸を痛めていた。
「……では、頼みをきいていただけますか?」
「残念ながら、それには応じかねます。
殿下は、ご自分の都合で他の命を犠牲にする術を、嫌ってますゆえ」
「ええですが、あなたが言わなければバレません。
殿下の寿命を、代価にした事にすればいいのでは?」
事実サイフォスは、そうしようとしていたし。
ヴィオラの足の治療依頼をした時のように、自身の代価は厭わないからだ。
「……なるほど。
ですが、殿下の意に背く事にはなります。
失礼ながら、妃殿下とお会いしたのは2度目です。
それゆえ、信用に値する判断材料がございません。
むしろ、悪い噂ばかりを耳にしているので……
妃殿下が自ら明かす可能性を拭えません。
どうか、ご容赦くださいませ」
「……では頼みではなく、命令します。
従わなければ反逆罪とみなし。
私の護衛騎士が、あなたを斬ります。
なので、大人しく従った方が身のためですよ?」
もちろんそれは脅しだったが……
そう言えば、従わざるを得なくなり。
尚且つ、全ての責任をヴィオラが負う事になるからだ。
「……恐れながら。
私を斬れば、大問題になるかと思います。
こう見えても、国宝級の魔術士ですので」
「だとしても、問題ありません。
ご覧になったでしょう?
殿下は私を溺愛してるので、どうとでもなるんです」
そうしたたかに笑って、ヴィオラは精いっぱい悪妃に扮した。
どう思われようとも、何としてでも。
一刻も早く、サイフォスを助けたかったからだ。
「どうしてそこまで……
ウォルター卿から、こちらに連絡がない事を考えると。
急を要する状態ではなさそうですし。
お見受けした限り、妃殿下は殿下を拒んでいるように感じました。
それなのになぜ、ご自身の寿命を使ってまで、治療を熱望されるのですか?」
「……殿下が倒れたのは、私のせいだと聞いたので。
これ以上文句を言わせないために、さっさとケリをつけたいからです。
それと、殿下も代価で私の足を無理やり治療したので。
同じようにして、さっさと借りを返したいからです」
さんざん悪妃として振る舞ってきた自分が、何を言っても胡散臭いだろうと。
悪妃らしい、もっともな理由を並べたヴィオラ。
それにより……
「……わかりました。
妃殿下の命とあれば、逆らうわけにもいきませんので」
少し考えたのち、そう責任の所在を露呈して。
引き受ける事にした王宮魔術士。
というのも。
交渉や頼み事をする際、誰もが良い理由を取り繕うものだが……
一貫して悪妃らしい、飾らない理由が告げられたため。
逆に信用出来ると判断したからだ。
とはいえ、その程度の理由で寿命を捧げるとは考えにくく……
本当は王太子殿下を、それほど心配しているからではないかと思えたのも、引き受けた要因の1つだった。
「ですが、2点ほどよろしいですか?」
「何でしょう?」
「表向き、殿下の寿命で治療したとなれば。
妃殿下がケリをつけたという事にも、借りを返した事にもなりませんが……
それでもよろしいのですか?」
ーー言われてみれば!
その場しのぎの理由にボロが出てしまうも。
それは本当の目的ではないため、開き直る。
「構いません。
自分がすっきりしたいだけなので」
「かしこまりました」
王宮魔術士は、そう恭しく笑みを浮かべた。
悪妃と評されている人物が、単なる自己満足目的で。
自己以外のために寿命を捧げるなど、不自然で……
やはり王太子殿下が心配だからかと、微笑ましく思ったからだ。
「では次に、今回の治療をどのように持ち掛けるお考えですか?
殿下が倒れた事を知らされてもない私が、望まれてもない治療を申し出るわけにはいきませんし。
ウォルター卿は逆に、殿下の代価を嫌っています。
そのうえ忠誠心が厚いため、殿下の意に背く事も致しません。
また、殿下の側近ですので、妃殿下の命に従う事もないでしょう。
それをどう説得なさるおつもりですか?」
ーー確かにそうだ……
先程それを目の当たりにしたばかりか。
ウォルター卿に嫌われている自分が、何を言ったところで……
説得は難しいだろうと、行き詰まるヴィオラ。
ーーどうしよう……
殿下は、私が頼めば治療してくれそうだけど。
ウォルター卿は……
とそこで、その人の言葉を思い出す。
~「生贄を利用されるならともかく」~
ーーそうだ、そういう事にすればいいかも!
「……とにかく、やれるだけやってみます。
あなたは、今から言う通りにしてください」
そうして、打ち合わせを済ますと。
ヴィオラは王宮魔術士を連れて、サイフォスの部屋に向かったのだった。
本日はどのようなご用件で、おいでになったのですか?」
王宮魔術士のモエは、ぺこりとお辞儀をして、そう尋ねた。
「頼みがあります。
私の寿命を代価に、殿下の治療をしてください」
思わぬ申し出に、王宮魔術士は面食らう。
悪妃の噂は、当然モエの耳にも届いており。
実際、サイフォスへの悪態も目の当たりにしていたからだ。
「……殿下は、お倒れになったのですか?」
「はい。
ですが、口外禁止でお願いします」
「もちろんです。
元より、いつ倒れもおかしくない状態だと、お見受けしておりましたので」
そう、魔術で国王の治療やサイフォスの体調管理にも携わっている事や。
これほど長い間、国王の病気を隠せているのは……
それほどサイフォスが負担してきたからだと、うかがえる事など。
他にもサイフォスの負担を物語る、様々な依頼を受けてきたからだ。
しかしヴィオラは。
「そうですか……」
隠されていたとはいえ。
妻である自分ですら知らなかった、夫の状態を。
元婚約者や魔術士までもが把握していた事に、今さら胸を痛めていた。
「……では、頼みをきいていただけますか?」
「残念ながら、それには応じかねます。
殿下は、ご自分の都合で他の命を犠牲にする術を、嫌ってますゆえ」
「ええですが、あなたが言わなければバレません。
殿下の寿命を、代価にした事にすればいいのでは?」
事実サイフォスは、そうしようとしていたし。
ヴィオラの足の治療依頼をした時のように、自身の代価は厭わないからだ。
「……なるほど。
ですが、殿下の意に背く事にはなります。
失礼ながら、妃殿下とお会いしたのは2度目です。
それゆえ、信用に値する判断材料がございません。
むしろ、悪い噂ばかりを耳にしているので……
妃殿下が自ら明かす可能性を拭えません。
どうか、ご容赦くださいませ」
「……では頼みではなく、命令します。
従わなければ反逆罪とみなし。
私の護衛騎士が、あなたを斬ります。
なので、大人しく従った方が身のためですよ?」
もちろんそれは脅しだったが……
そう言えば、従わざるを得なくなり。
尚且つ、全ての責任をヴィオラが負う事になるからだ。
「……恐れながら。
私を斬れば、大問題になるかと思います。
こう見えても、国宝級の魔術士ですので」
「だとしても、問題ありません。
ご覧になったでしょう?
殿下は私を溺愛してるので、どうとでもなるんです」
そうしたたかに笑って、ヴィオラは精いっぱい悪妃に扮した。
どう思われようとも、何としてでも。
一刻も早く、サイフォスを助けたかったからだ。
「どうしてそこまで……
ウォルター卿から、こちらに連絡がない事を考えると。
急を要する状態ではなさそうですし。
お見受けした限り、妃殿下は殿下を拒んでいるように感じました。
それなのになぜ、ご自身の寿命を使ってまで、治療を熱望されるのですか?」
「……殿下が倒れたのは、私のせいだと聞いたので。
これ以上文句を言わせないために、さっさとケリをつけたいからです。
それと、殿下も代価で私の足を無理やり治療したので。
同じようにして、さっさと借りを返したいからです」
さんざん悪妃として振る舞ってきた自分が、何を言っても胡散臭いだろうと。
悪妃らしい、もっともな理由を並べたヴィオラ。
それにより……
「……わかりました。
妃殿下の命とあれば、逆らうわけにもいきませんので」
少し考えたのち、そう責任の所在を露呈して。
引き受ける事にした王宮魔術士。
というのも。
交渉や頼み事をする際、誰もが良い理由を取り繕うものだが……
一貫して悪妃らしい、飾らない理由が告げられたため。
逆に信用出来ると判断したからだ。
とはいえ、その程度の理由で寿命を捧げるとは考えにくく……
本当は王太子殿下を、それほど心配しているからではないかと思えたのも、引き受けた要因の1つだった。
「ですが、2点ほどよろしいですか?」
「何でしょう?」
「表向き、殿下の寿命で治療したとなれば。
妃殿下がケリをつけたという事にも、借りを返した事にもなりませんが……
それでもよろしいのですか?」
ーー言われてみれば!
その場しのぎの理由にボロが出てしまうも。
それは本当の目的ではないため、開き直る。
「構いません。
自分がすっきりしたいだけなので」
「かしこまりました」
王宮魔術士は、そう恭しく笑みを浮かべた。
悪妃と評されている人物が、単なる自己満足目的で。
自己以外のために寿命を捧げるなど、不自然で……
やはり王太子殿下が心配だからかと、微笑ましく思ったからだ。
「では次に、今回の治療をどのように持ち掛けるお考えですか?
殿下が倒れた事を知らされてもない私が、望まれてもない治療を申し出るわけにはいきませんし。
ウォルター卿は逆に、殿下の代価を嫌っています。
そのうえ忠誠心が厚いため、殿下の意に背く事も致しません。
また、殿下の側近ですので、妃殿下の命に従う事もないでしょう。
それをどう説得なさるおつもりですか?」
ーー確かにそうだ……
先程それを目の当たりにしたばかりか。
ウォルター卿に嫌われている自分が、何を言ったところで……
説得は難しいだろうと、行き詰まるヴィオラ。
ーーどうしよう……
殿下は、私が頼めば治療してくれそうだけど。
ウォルター卿は……
とそこで、その人の言葉を思い出す。
~「生贄を利用されるならともかく」~
ーーそうだ、そういう事にすればいいかも!
「……とにかく、やれるだけやってみます。
あなたは、今から言う通りにしてください」
そうして、打ち合わせを済ますと。
ヴィオラは王宮魔術士を連れて、サイフォスの部屋に向かったのだった。
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