悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫

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剣術大会2

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 そうして、剣術大会当日。

「妃殿下、お急ぎくださいっ」

 今回は嫌がらせではなく、のろまな気質のせいで、ギリギリの時間に支度が終わったのだった。

「……わかっています」
にもかかわらず、サイフォスの事を考えると胸が痛んで……
なかなか出向く気になれずにいた。

ーーこの姿を見たら、どれほどショックを受けるだろう。
いっそ、怒ってくれたらいいのにっ……

 事の経緯に立ち会ってきた宮廷侍女たちですら。
立場も忘れて、あからさまに呆れた素振りを見せていた。

 リモネは、そんなヴィオラを気持ちを察して……

「王太子妃殿下、とてもお綺麗です」
励ますように、そしてその選択を肯定するように、そう優しく微笑むと。

 ヴィオラは意を決して、悪妃の仮面を被り直した。


 部屋を出ると。
外には、サイフォスが迎えに来てくれていて……
その不意打ちに、思わず悪妃の仮面がはずれそうになる。

 そしてヴィオラの姿を目にしたサイフォスも、思わずショックが滲み出そうになる。

 ついさきほどまでは……
自分が選んだものに身を包んでる姿を想像して、秘かに胸を躍らせていたというのに。
何一つ選ばれてないどころか、何の役にも立てなかった事まで突き付けられていたからだ。

ーーやっぱり俺のセンスは駄目だったのか!?
それとも……
そんなに俺の事が気に入らないのか?
今までの嫌がらせを考えると、後者の可能性も濃厚だった。

 「……すまなかった」
どちらにせよ、またヴィオラを悪者にしてしまったと、謝るサイフォス。
だがせめて、少しでもその体裁を守ろうと、理由を前者の方に仕向けた。

「俺のセンスが悪いせいで、まともな物を選べなくて」

「っ、はいっ?」
また逆に謝られた事と、その勘違いに面食らう。

 とはいえ。
こんな嫌がらせをしてる本当の理由の、悪妃作戦やラピズの事は明かせないため……
その理由に乗っかる事にした。

 事実。
サイフォスはヴィオラに似合う物を選んではいたが、センスがいいものとは言い難かった。

 そしてなにより、問題はそこではなかった。

「……だとしても、なぜ怒らないのですか?
あれほど親身に、真剣に選んでいただいたのに……
私はそれを、踏み躙ったのですよっ?」

 すると、今度はサイフォスが面食らって。
途端、嬉しそうに吹き出した。

 そのレアなギャップの笑顔に、またしてもヴィオラの胸は跳ね上がる。

「っ、何がおかしいのですかっ?」

「あぁ、すまない。
あまりに嬉しくて」

ーー嬉しいっ?
むしろ悲しむところなのに?と、困惑すると。
その理由が続けられた。

「そうやって選んでた事を、わかってくれてただけで十分だ。
ありがとう。やった事以上に報われた」

 というのも、選んでる最中も相変わらず……
気持ちとは裏腹に、その表情は冷淡で。
その口調は素っ気なかったからだ。

 そのため、誰が見ても……
ヴィオラの我儘にウンザリしながら、適当に選んでるようにしか見えなかっただろう。

 それにはサイフォスの、冷酷な噂やイメージが起因していて。
ヴィオラはそういったものを真に受けないため、見極める事が出来たのだった。

 だがヴィオラにとっては、ありのままの状況を答えたに過ぎず。

「あなたという人はっ……」

 感謝するような事じゃないのに、深くその気待ちを抱ける人だと。
相手を気遣って、悪くもないのに頭を下げれる人だと。
そしてそれを裏付けるような、これまでの出来事も相まって……
なんて素晴らしい人なんだろうと、敬服させられていた。

 なにより、そんなサイフォスのおかげで……
ヴィオラは胸の痛みや、罪悪感から救われていたのだった。

 でも悪妃的に、それらを告げるわけにはいかなくて……

「俺が何だ?」

「……いえ。
今回は私の負けです」
敬服の念を、そう誤魔化した。

「負け?
俺と勝負でもしてたのか?」

「好きに受け取ってくださいませ」

「……ならば勝った褒美に、望みを聞いてもらえないか?
今日の剣術大会でも、優勝者は望みを聞いてもらえる事になっている」

「そうなのですか?
でも私は、殿下とそのような約束はしておりませんので……」
そう断ると。

「……そうだな」
素っ気なく答えながらも、しゅんとした様子を覗かせるサイフォス。

 思わずそれに、心をくすぐられたヴィオラは……

「……ですが、内容次第です」

 罪悪感から救われたお返しに、少しだけ譲歩しようと思った。
それでフェアだと。

「本当かっ?」
途端、目を輝かせるサイフォスに。

 ヴィオラは再び胸をくすぐられながら、こくりと頷いた。

「ならば……
ヴィオラ、と呼ばせてもらえないか?」

 突然名前を呼ばれて、その心臓がドキリと跳ねる。
というのも……
いつになく優しげに、驚くほど愛しげに、その名を口にされたからだ。

ーーそういえば、今まで一度も呼ばれた事がなかったけど。
この人は、そんな事ですら遠慮していたなんて……

 そしてそんな人がこちらの状況を気にもせず、一方的に求婚するだろうか?と怪訝に思った。

「……それくらいなら、構いません」

「っ、ありがとう……」
サイフォスは、喜びと安堵の顔を覗かせたあと。

「早速だか、ヴィオラ。
お礼にエスコートさせてくれないか?」
そう手を差しだした。

ーーお礼って……
一瞬たりとも触れないでって言ったのに。
そう思ったところで。

「あ……」
サイフォスも気付いたような素振りを見せた。

 しかしヴィオラは、完璧な王太子のそんな抜け目が可愛らしく思え……
今にも引っ込んでしまいそうな、躊躇ってるその手を、思わず取ってしまった。

「……では、お願いします」

 サイフォスはあまりの嬉しさで、重ねられた手をぎゅっと掴むと。

ーーまずい、ニヤける……
必死にそれを押し殺して、いっそう冷淡な表情になったのだった。

 そしてそれを目にした宮廷侍女たちは……
無礼極まりない妃殿下に、表向きは取り繕いながらも、腹の底では報復を企んでいるのだと。
さすがは冷酷な王太子だと、勘違いしたのだった。


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