悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫

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悪妃作戦1

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 翌朝。

「おはようございます、お嬢様。
じゃなかった!失礼しました、王太子妃殿下」

「おはよう、リモネ。
言い方には気をつけてちょうだい」
ヴィオラは冷たく言い放った。

「はいっ、申し訳ございません」

 リモネは、ヴィオラが実家から連れてきた侍女だった。
長年真心を込めて仕えていたため、ヴィオラからの信頼は厚く、いつしか親友のような存在になっていた。
そのため今までは、崩し敬語を使う事が多かったが……
それではリモネが宮廷侍女に見下されてしまうと思い、ヴィオラは注意したのだった。

 また、リモネにだけは悪妃計画を話していたため。
作戦の一環として、冷たい態度をとるようにもしていた。

「それより、ウォルター卿に呼ばれてたらしいけど、何の用だったの?」

 ヴィオラが目覚めた時、リモネは不在で。
宮廷侍女に所在を尋ねたところ、そう告げられたのだった。

「はい実は、王太子殿下の使いでいらっしゃり、殿下に拝謁しておりました」

「殿下に?」

 この時2人は知らなかったが……
ウォルター卿という人物は、サイフォスの側近であった。

「それで、殿下は何用だったの?」

「はい、妃殿下について色々と尋ねられました。
好きな食べ物や、苦手な食べ物。
好きな色や好きな事など……」

ーーもしかして、それを参考にして気を引こうとしてるの?
だったら私は、どう対応すれば悪妃らしいかしら?

「……そう。
何をしてくださるのか、楽しみね」
と、ヴィオラは期待を膨らませた。

 上手くいけば、早々に離婚出来るかもしれないと。





 後日、ヴィオラはサイフォスから食事に招かれた。

 ところがその時間になっても、ヴィオラはまだ支度に手間取っていた。

「妃殿下、急がれませんとっ……
王太子殿下がお待ちです」
年長の宮廷侍女が焦った様子で、いつまでも鏡を見ているヴィオラに催促した。

 元よりのろまなヴィオラは、支度にはいつも手間取っていたが……
今回は慌てる必要はないと、のんびり対応していたのだ。
そう、わざとサイフォスを待たせるために。

「わかってるわ?
それより、やっぱりあっちのドレスにしたいから、着替えさせてちょうだい?」

「妃殿下っ!」

「大きな声を出さないで。
このドレスで行く気はないから、やらなきゃもっと遅くなるだけよ?」
冷ややかに告げるヴィオラ。

 その美しく淡白な風貌は、儚げにも見えるが……
クールに振る舞えば、それが一際映える風貌でもあり。
宮廷侍女たちには、氷のように冷淡に見えていた。

 そうしてヴィオラは、そのあと2度もドレスを着替え直して……
忙しい王太子を、なんと1時間も待たせたのだった。


 にもかかわらず、謝罪や悪びれた様子も見せず。
テーブルに着くと、逆にサイフォスが謝ってきた。

「すまない。
待ってる間、ここで仕事を片付けさせてもらってた」

「……構いません。
ですがそんなにお忙しいなら、今後は招かないでくださいませ。
私は気が乗らないと、支度に時間がかかるので、その当て付けのように感じますわ」

「そう感じさせたくなかったから謝ったんだ。
むしろ気が乗らないのに、来てくれてありがとう」

ーーまさか、お礼を言われるなんて。

 それは、あり得ない事だった。
国の2番手ともいえる身分の者が、これほど無礼な扱いを受けながら、相手を気遣い感謝を告げるなど……
ただその口調は、相変わらず素っ気なかった。

ーーそうか、気に入られるために聖人ぶってるのね?
私が離婚されるために、悪妃ぶるように……

 若干戸惑ったものの、すぐにそう合点して。
ヴィオラは次の悪妃作戦に移った。


「わざわざお招きくださったので、どれほど素晴らしいご馳走を、振る舞っていただけるのかと思っておりましたが……
正直、がっかりしました。
いつも私が、口にしているものばかりですもの」

 そう、ヴィオラの好きな食べ物を用意するならば、当然の状況だった。

「それなら味付けは、慣れ親しんだものの方が口に合いますし。
気が乗らない中、せっかく足を運んだのに……
とんだ無駄骨でした」

 それは、先程のお礼に対して……
来たのはサイフォスのためではなく、ご馳走のためだと示す言動でもあった。
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