欲情プール

よつば猫

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流れる欲情4

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 3年後。


「まったく、どこで育て方を間違えたのかしら。
ねぇ、いつまで親元で甘えるつもりなの?
ご近所さんの目もあるし、いい加減、」

「生活費は充分過ぎるほど入れてるでしょ?
遅刻するから、もう行くね」

 あれから、県外の実家に戻った私は……
これでも少なくなった親の小言を日々聞きながら。
淡々と、PCオペレーターの仕事をしていた。

 その仕事を選んだのは……
今の私には難しい、笑顔を作らなくていいからで。
親元に居座ってるのは……
甘えではなく、小言で戒めてもらう為で。
そうやって、身体はただ生きていた。


 でも最近、嬉しかった事が1つ。
人伝てに、聡が再婚したって話が届いた。
既婚者の時でも、かなりモテてた聡だから。
フリーなら余計、女の子がほっとく訳もなくて。
当然と言えばそうだけど……

 今度こそ、私の分まで幸せになって欲しい。
改めて、そう願うと共に。
私まで救われた気がした。


 だけど私は相変わらずで。
溺死しても尚、未練の亡霊のように……
今でも慧剛を求めてる。


 あの日……
マンションを出て、実家に戻る日。

 専務室の窓を背に。
振り返って、見上げずにはいられなかったけど……
死に物狂いで抑えて。
止まってた足を、一歩前に踏み出した。

 慧剛から、ちゃんと離れる事が出来て。
私の想いも、漸く愛になれた気がしたけど。
あの人はもう、完全にあのコのもので……
愛しちゃいけない人だから。
やっぱりこの感情は永遠に、醜い欲なんだと思う。

 だからあの時。
ー「慧剛を愛してるのっ」ー
本当は一度くらい、そう口にしてみたかったのかもしれない……


 あれから、もうずっと。
慧剛の熱を浴びた身体は、あちこちと毟り取られてるようで……
心を亡くした魂は、じわじわと抜き取られてるようで……
代わりに。
慧剛を求める醜い欲情だけが、今でも尽きる事なく増え続けてる。

 いつしかそれは、私の中に溜まってて……
気付けば私自身が、欲情のプールだ。

 しかもその欲情を流す栓は、見当たらなくて。
シーズンオフのプールみたいに、どんどん膿んで腐ってく……

 いっそ、朽ち果ててしまえたら楽だけど。
きっとこの欲情に、一生苦しみ続けるんだろう。
もっともそれは、当然の報いだし。
覚悟の上だ。


 ただ、今日は慧剛の夢を見た所為なのか……
いつもより苦しくて。

 仕事が終わった頃には、精神力も尽きて。
職場近くにある公園のベンチに、崩れるように座り込んだ。

 そんな時はいつも、この音で安息を得る。
慧剛がくれたお揃いの腕時計を、そっと耳に当てて瞳を閉じると……
その秒針の奏でに耳を澄ました。

 ねぇ、慧剛……
せめてこの時だけは、同じ時間を刻んでると思わせて?


「大丈夫ですか?」
不意に掛けられたその声に、耳を疑って。

 すかさず映した、その姿に……
幻でも、見てるんじゃないかと思った。


「あ、俺……
こーゆう者です」
差し出された名刺には……

 代表取締役社長 大崎慧剛

 愛しい、その人の名前と。
肩書きが記されていて。

 ちゃんと目的を成し遂げたんだね……
胸がそっと撫で下される。

 だけどそれは、あのコとの結婚が上手くいった事を意味してて……
胸が切なく切り裂かれる。


「……あの。
ナンパ男の我儘だと思って、聞いて下さい。
まずは、もう少し自己紹介させてもらうと。
前に婚約者が居たんだけど、上手く破棄されるように持って行って。
それからはフリーなんだけど、こんな肉食面して片思い歴3年です。
それで、良かったら俺の……
人生の相棒に、なってもらえませんか?」

 信じられない、状況に。
とうとう自分が、壊れたんじゃないかと思って。
混乱まじりに戸惑いながら、瞳を揺らして見つめると……

「大丈夫。地盤は充分に整えた」

 その人は私に、懐かしくて優しい眼差し向けて。
今日までの事を説き明かす。

「本来、政略婚で手に入れる筈だったものは……
だいぶ時間は掛かったけど、自力で全て手に入れたし。
社長選任の時には、やっぱり常務一派に裏切られたけど。
株主達には好条件の優待を打ち出して、なんとか抑えた。
けどその優待を履行する為と、裏切りのダメージを埋める為。
更には婚約破棄を認めてもらう為に、親父から出された条件を全うするのに3年もかかったけど……
人間死ぬ思いを味わえば、何でも果たせるんだなって!」

「死ぬ思いっ?
そんな思いを、したんですか?」
心配になって、咄嗟に尋ねると。

「……したよ。
今目の前にいる、最愛の人を。
傷付けて、離れて……
苦しくてっ、死んでしまいそうだった!」

 耳にした言葉と内容に、堪らず「うっ」と嗚咽が零れて。
慌てて口を覆うも。
ずっと封じ込めてたそれは、次々と激情に押し出されていく。

 すると、お揃いの時計を付けた手が……
その慧剛の手が、私のそれをキュッと掴んだ。

 瞬間、その熱が心にドクン!と命を灯す。

「茉歩っ……
ずっと辛い思いをさせて、本当にすまなかった!
お詫びにこれからは、生涯かけて。
満たされる時間を、贈らせてもらえないかっ?」

 きっと……
ー「傷付けて、離れて……
苦しくてっ、死んでしまいそうだった!」ー
そんな慧剛の方が、より辛かった筈で。

 しかもこの3年で、そこまで地盤を整えるのは……
たぶん、至難の業どころじゃなくて。

 慧剛の事だから……
恐らく壮絶な努力と、相当な無理を重ねて来たに違いなくて。

 それを、私のためにっ……
相変わらずこの人は!

「っっ、本当に、ほっとけない人ですねっ。
だからこれからは、ずっと側で……
私も慧剛に、満たされる時間を贈ります」
涙ながらに、そう微笑むと。

 愛しい体温に、強く強く包まれる。


 醜い欲情は、涙と一緒に流れていって。
きっとこれからは……

 私達の心のプールに。
唇から、漸く愛が注がれ始める。












fin
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