欲情プール

よつば猫

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欲情プール1

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「おはようございます」
何事も無かった様に、早めの出勤をした私を。

 挨拶を受けたその人は、驚きを纏って見つめた。

「……もう、来ないかと思った」

「いえ、仕事なので。
それとも、来ない方が良かったですか?」

「……いや」
視線を横に落として、曖昧な返事をする慧剛を。

「でも」
こっちに向き戻させる。

「この状況を、ちゃんと説明して下さい。
私なら、何を聞いても平気なので」

 昨日の夜は……
聡には体調が悪いと告げて、部屋に篭ると。
色々と思い返して、これまでの事と照らし合わせた。

 その結果。
解らない事が殆どだけど、いくつか解った事も。

 まずは……
ー「必ず離婚を阻止してやる」ー
他人は介入出来ないと思う夫婦の問題に、こうも断言した理由に納得。
慧剛は婚約者を挟んで、この問題の関係者だったからだ。

 そして聡とあのコを、スカイラウンジの下階で目撃したのも……
彼女がこのマンションに住んでたからだ。
そう言えばあの階は、ゲストルームとオーナーズルームで。
慧剛もそこで寝泊まりしてる。

 あとは……
ー「彼に婚約の事バラして、別れるように仕向けたんでしょ!?」ー
それはきっと、慧剛が聡と挨拶した日で。
その日やたらと青ざめてた聡を思い出す。

 事実。
「俺は騙されてたんだ」と戻って来たのは、その数日後で。

ー「脅して口止めするなんて……
……訴えたって揉み消してやるっ」ー
脅した内容は、訴えるに他ならなくて。
聡が慧剛を不審がってたのも、無理はない。

 更にはこの4人の関係性を知って、私と慧剛の繋がりが偶然とは思えず。
ー「2人で変な関係とか、なったりしてないよな?」ー
いち早く自分への報復だと疑ったであろう聡が、口止めにより1人で抱えて。
仕事という名目で、私と慧剛がベッタリだったこの1か月を。
今までにないくらい不安がってたのも、納得出来る。

 ごめんね、聡……

 でもそれは自業自得で。
同じく私も、自業自得で。
今はただ、慧剛が何を語るのか……
それしかない。

「……わかった。正直に話す」
そう口切られたのと同時。
少し怖くなって、緊張の糸が張り詰める。

「彼女は、武生露美。
もう解ってるだろうけど……
俺の婚約者で、旦那さんの不倫相手だ」

 解っていても。
明確に告げられた事実は、心にずしりとのしかかる。

「そして彼女は、武生興産社長の一人娘で。
知ってると思うが武生興産は、この業界じゃかなりの力を持つ老舗の大手だ」

 その社長が訪ねて来た時を思い出して、席を外された事に納得する。

「けどワンマンで時代錯誤な経営体制から、今は経営難に陥ってる。
そこに付け込んだ親父は、そのブランド力と様々な不動産ネットワークの加入権欲しさに、この婚約話を持ち掛けて。
うちの資金力に目の眩んだ武生社長は、喜んでそれを引き受けた。
でも露美は当然、勝手に婚約を決められたのが気に入らなくて反抗した。

今まで思い通りに生きて来たようで。
なのに今回ばかりはそうもいかず。
ますます腹を立てた露美は、婚約が破談になるような事を繰り返した。
そして手に負えなくなった武生社長は、俺を気に入ってくれてた事もあって、露美の一切を委ねて来た。
そこで俺は、何とか露美を丸め込んで。
とりあえず、オーナーズルームでの同棲へと漕ぎ着けたんだ」

 同棲!?
慧剛とあのコ、一緒に住んでたんだ……
同じフロアに住んでるとは思ってたけど、それぞれオーナーズルームとゲストルームに分かれてると思ってた。
違う寧ろ、願ってた。

 何を聞いても平気、だなんて言っときながら。
思わず瞳に動揺を浮かべると。
それに気付いてか、補足がされる。

「同棲したのは、俺は忙しかったから。
その中で手懐ける為と、監視目的で。
そうまでしても、この婚約話を成立させたかった。
それを土台に武生興産との揺るぎない提携を結べば、株主や役員達の評価や信頼度が上がる。
常務を敵にして俺が社長になるには、外せない条件だからだ」

 そこにはきっと……
前の彼女さんを傷付けた責任も、のし掛かってるんだと思った。

「だけどその結果……
茉歩達夫婦を巻き込んだ」

 どういう事?
本題を前に、心臓がドクリと覚悟を示す。

「今まで何でも手に入れて来た露美は、与えられたものや簡単に手に入るものには魅力を感じない。
だんだんと俺の存在を疎むようになって、手に入らないものを欲しがった。
そんな時、茉歩の旦那とスカイラウンジで出会って。
優しくて、奥さんに一途なそいつに惹かれていった。
だけどそいつは、どんなに口説いても奥さんの事ばかりで。
それが逆に、落とせない男なんていなかった露美を本気にさせた」

 そんな経緯いきさつがあったなんて!
聡は簡単に心変わりした訳じゃなかったんだ……
今さら胸が痛むけど。
だからって、それを知ってたとしても許せなかっただろう。

「そしてそいつは、寂しさと子供好きな所を上手く擽られて。
結果的に、オーナーズルームに入り浸るようになった」

 それって!

「まさか、そこで不倫関係を重ねてたのっ!?」
驚きの問いをぶつけると。
慧剛はためらいがちに頷いた。

「そんなっ……
第一そこは、慧剛と同棲してる部屋でしょっ?
鉢合わせしたら、どうするつもりだったんだろ……」

「寧ろ、最初はそれを狙ってたんだろ。
そしたら婚約解消出来ると思って。
仮に、相手の男に俺の存在がバレても。
自分が間に入れば、上手く取り繕えると思ってたんだろ」

 慧剛の解釈を聞きながら……
こんな近くで不倫されてた事に、ショックを受ける。

 だけど、それは私も同じか……
夫婦は鏡だなんて、よく言うけど。
今の私達は、そんな最低なとこだけ夫婦らしいだなんて……
皮肉だね。

 そんな私に、新たなショックの制裁が加えられる。

「だから寧ろ、こっちが鉢合わせを避け続けて。
打開策として……
そいつの奥さんを、上手く利用出来ないかと考えた。
その為に色々と調べて……
職安で声を掛けたのも、偶然じゃない」

 そっか……
偶然は、このビルに住んでた事だけで。
私に近づいたのは……
最初から全部、策略だったんだね。

 ここだけは絶対、何が何でも!
絶対に泣きたくなくて。
必死にそれを我慢する為と、耐え難い胸の痛みに……
息を殺して、閉じた瞼に力を込めた。

 それは、惨めだからだじゃなくて。
慧剛に罪悪感を持たせたくないから。

 大丈夫、昨日推測した事じゃない。

 そう、今となれば……
聡の顔を知らない筈の慧剛が、私ぬきの状況で堂々と挨拶出来た事から、私達を調べてた事が窺える。
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