6 / 30
侵食の体温1
しおりを挟む
大崎不動産で、専務の秘書として働き出してから……
残業も少なく、前職より帰宅時間が早くなってた。
あれから数日、聡の帰宅も早くなってて……
少しずつ、離婚に向けた話を進めてる。
だけど。
離婚が承諾されて浮かれてるのか、それとも最後だからなのか。
私への接し方は、今まで以上に優しくて。
まるで、何事もなかったかのように朗らかだった。
もしかしたら離婚話が無くなるんじゃないかって、僅かな期待を抱かせるほど……
*
*
*
「ごちそうさま。
相変わらず、聡の作るオムライスは絶品だねっ。
楽させてもらった上に大満足させてもらったから、明日は聡の好きなもの何でも作るよ?何がいい?」
今日は早く帰ったからって、夕飯作りを買って出てくれた聡に。
感謝を告げながら、後片付けを始めると。
「ああっ、いいよ!片付けも俺がするから。
それより、明日は茄子と豆腐の揚げ出しがいいなっ。
茉歩の揚げ出しはプロレベルだからなぁ!」
「褒めすぎ。
聡の好みに合わせてるだけだって」
そう返しながらも、何度褒められても嬉しいもので。
遠慮された片付けも、さりげなくサポートを続けた。
すると、しんみりした様子で……
「……そうなんだよな。
ここ最近はともかくとしても、茉歩は忙しくても料理の手を抜かなかったし、そんな風にいつも俺目線で作ってくれてた。
ちゃんと俺の事を考えてくれてたのに、俺はいつからか自分の寂しさばっかりで……
ほんとは、今になって後悔してるんだ」
後悔!?
その2文字に、思わず期待が湧き起こる。
だったら今からでも考え直せないっ?
そう口から出そうになって……
ぎゅっと、食い止めた。
きっと逆効果だ。
だから、敢えてここは……
「……私も後悔してる。
もっと色んなものを作ってあげたかったって。
もっと聡との時間を優先するべきだったって。
ごめんね……
じゃあ、後片付けは甘えます。
……おやすみなさい」
名残惜しいけど、辛いから……
そんな雰囲気で、その場を後にした。
ねぇ……
あっさり引かれると、追いかけたくなるでしょ?
もっと後悔すればいい。
*
*
*
じわじわと策略の効果も出てるんじゃないかと、そんな期待もしつつ……
さっそく今日は揚げ出しの材料を買って来て、4階のフロアに到着した。
その直後、上から降りてきたエレベーターの扉も開いて。
「っ、茉歩!
あっと、早かったんだなっ?」
「聡……
うん、聡はラウンジにでも行ってたの?」
このマンションの最上階には、スカイラウンジが併設されてた。
聡にとってお気に入りの場所らしく。
私の帰りが遅い時は、いつもそこで時間を潰してたらしい。
「うんまぁ、ちょっと飲みたくなってさっ」
少し焦った様子に……
嫌な推測が働いてしまう。
「……1人で?」
「う、うん!」
さらに焦った様子に……
不倫相手のコも一緒だったんじゃないかと、憶測に胸が痛んだ。
まさか私の住むマンション施設で、一緒に居ないよね?
そんな堂々と、デリカシーのない事しないよねっ?
もし2人で居る所を見てしまったら……
そんなの耐えられない!
「それより茉歩っ、最近仕事終わるの早いんだなっ?
例のビッグプロジェクト、終わったんだ?」
「え……
うん、終わったよ。
それに仕事も……変わったんだ」
「えっ?
え、変わったって?」
玄関でのカミングアウトに、廊下を進んでた聡が立ち止まって振り返る。
「うん、今までの会社ね?先月いっぱいで辞めたの。
今は新しい会社で働いてる」
「え、それって……
もしかして、俺の所為?」
「……違うよ。
ただ、聡の為ではあったかな。
あ、揚げ出しの材料買って来たから、今から作るねっ」
「待って茉歩!
俺の為って、それどーゆう……」
横を通り過ぎようとした私の、腕を掴んで。
困惑を露わにする聡。
絶好のタイミングだと思った。
そう、ずっと伝えたかった。
ちゃんと聡の事を考えてるって、こんなに愛してるって……
そんな自分の想いを伝えずに、無駄にしたくなかった。
だけど自ら伝えると恩着せがましくなって、逆効果だから。
こうやって聞かれるのを待ってた。
「……ん。
これからは家庭に落ち着いて、子作りに専念しようかなって……
喜ばせようと思って、サプライズ報告するつもりだったんだけど、意味なくなっちゃったねっ。
でも新しい会社もすぐ決まったし、何の問題もないから、聡は気にしないで?
じゃあ、ごはん作るね?」
腕を掴んでる手をそっと押すと、その手はボトンと力無く落ちて……
聡は黙ったまま俯いてた。
だけど、出来上がった夕食を食べ始めた時。
「美味い!
美味いよ、茉歩っ。
やっぱり茉歩の作る揚げ出しは最高だっ。
俺、ほんっと!
ほんっと……
ほんとにごめん茉歩っ……」
そう言って、泣き出してしまった。
ねぇ、聡……
泣くくらいなら戻って来てよっ。
それとも、もう戻れないから泣いてるの?
伝えた想いは、ほんの少しも……
離婚の足止めには、ならないのかな?
◇
そんな日々の中。
「茉歩、メシに行くぞ?」
「……またですか」
あの焼肉を食べに行った日から……
塞ぎこんでなくても、頑張り過ぎてなくても、3日に1度のペースで食事に誘って来る専務。
「そう嫌がるな」
「嫌がってません。
それで、今日は何ですか?」
この前は……
専務の苦手なお得意様のお店へ、付き合いで顔出しするに当り。
そのフォローを頼まれたけど、特に役にたった覚えはない。
その前は……
新規プロジェクトについて、食事しながら説明を受ける筈だったけど。
すぐに終わって、ほぼ雑談だった。
「今日は何も。ただの俺の我儘だ。
茉歩の気に入ってたイタリアンに行こう」
「………」
呆れて返す言葉を失くしたけど。
実際、専務との食事は嫌じゃない。
寧ろ……
この人には弱ってる所を何度も見られたし。
洞察力の鋭い人の前でカッコつけても、無意味だろうし。
ー「相棒の俺には、もっと甘えろ?」ー
そう言ってくれた専務と過ごすのは、心地良かった。
残業も少なく、前職より帰宅時間が早くなってた。
あれから数日、聡の帰宅も早くなってて……
少しずつ、離婚に向けた話を進めてる。
だけど。
離婚が承諾されて浮かれてるのか、それとも最後だからなのか。
私への接し方は、今まで以上に優しくて。
まるで、何事もなかったかのように朗らかだった。
もしかしたら離婚話が無くなるんじゃないかって、僅かな期待を抱かせるほど……
*
*
*
「ごちそうさま。
相変わらず、聡の作るオムライスは絶品だねっ。
楽させてもらった上に大満足させてもらったから、明日は聡の好きなもの何でも作るよ?何がいい?」
今日は早く帰ったからって、夕飯作りを買って出てくれた聡に。
感謝を告げながら、後片付けを始めると。
「ああっ、いいよ!片付けも俺がするから。
それより、明日は茄子と豆腐の揚げ出しがいいなっ。
茉歩の揚げ出しはプロレベルだからなぁ!」
「褒めすぎ。
聡の好みに合わせてるだけだって」
そう返しながらも、何度褒められても嬉しいもので。
遠慮された片付けも、さりげなくサポートを続けた。
すると、しんみりした様子で……
「……そうなんだよな。
ここ最近はともかくとしても、茉歩は忙しくても料理の手を抜かなかったし、そんな風にいつも俺目線で作ってくれてた。
ちゃんと俺の事を考えてくれてたのに、俺はいつからか自分の寂しさばっかりで……
ほんとは、今になって後悔してるんだ」
後悔!?
その2文字に、思わず期待が湧き起こる。
だったら今からでも考え直せないっ?
そう口から出そうになって……
ぎゅっと、食い止めた。
きっと逆効果だ。
だから、敢えてここは……
「……私も後悔してる。
もっと色んなものを作ってあげたかったって。
もっと聡との時間を優先するべきだったって。
ごめんね……
じゃあ、後片付けは甘えます。
……おやすみなさい」
名残惜しいけど、辛いから……
そんな雰囲気で、その場を後にした。
ねぇ……
あっさり引かれると、追いかけたくなるでしょ?
もっと後悔すればいい。
*
*
*
じわじわと策略の効果も出てるんじゃないかと、そんな期待もしつつ……
さっそく今日は揚げ出しの材料を買って来て、4階のフロアに到着した。
その直後、上から降りてきたエレベーターの扉も開いて。
「っ、茉歩!
あっと、早かったんだなっ?」
「聡……
うん、聡はラウンジにでも行ってたの?」
このマンションの最上階には、スカイラウンジが併設されてた。
聡にとってお気に入りの場所らしく。
私の帰りが遅い時は、いつもそこで時間を潰してたらしい。
「うんまぁ、ちょっと飲みたくなってさっ」
少し焦った様子に……
嫌な推測が働いてしまう。
「……1人で?」
「う、うん!」
さらに焦った様子に……
不倫相手のコも一緒だったんじゃないかと、憶測に胸が痛んだ。
まさか私の住むマンション施設で、一緒に居ないよね?
そんな堂々と、デリカシーのない事しないよねっ?
もし2人で居る所を見てしまったら……
そんなの耐えられない!
「それより茉歩っ、最近仕事終わるの早いんだなっ?
例のビッグプロジェクト、終わったんだ?」
「え……
うん、終わったよ。
それに仕事も……変わったんだ」
「えっ?
え、変わったって?」
玄関でのカミングアウトに、廊下を進んでた聡が立ち止まって振り返る。
「うん、今までの会社ね?先月いっぱいで辞めたの。
今は新しい会社で働いてる」
「え、それって……
もしかして、俺の所為?」
「……違うよ。
ただ、聡の為ではあったかな。
あ、揚げ出しの材料買って来たから、今から作るねっ」
「待って茉歩!
俺の為って、それどーゆう……」
横を通り過ぎようとした私の、腕を掴んで。
困惑を露わにする聡。
絶好のタイミングだと思った。
そう、ずっと伝えたかった。
ちゃんと聡の事を考えてるって、こんなに愛してるって……
そんな自分の想いを伝えずに、無駄にしたくなかった。
だけど自ら伝えると恩着せがましくなって、逆効果だから。
こうやって聞かれるのを待ってた。
「……ん。
これからは家庭に落ち着いて、子作りに専念しようかなって……
喜ばせようと思って、サプライズ報告するつもりだったんだけど、意味なくなっちゃったねっ。
でも新しい会社もすぐ決まったし、何の問題もないから、聡は気にしないで?
じゃあ、ごはん作るね?」
腕を掴んでる手をそっと押すと、その手はボトンと力無く落ちて……
聡は黙ったまま俯いてた。
だけど、出来上がった夕食を食べ始めた時。
「美味い!
美味いよ、茉歩っ。
やっぱり茉歩の作る揚げ出しは最高だっ。
俺、ほんっと!
ほんっと……
ほんとにごめん茉歩っ……」
そう言って、泣き出してしまった。
ねぇ、聡……
泣くくらいなら戻って来てよっ。
それとも、もう戻れないから泣いてるの?
伝えた想いは、ほんの少しも……
離婚の足止めには、ならないのかな?
◇
そんな日々の中。
「茉歩、メシに行くぞ?」
「……またですか」
あの焼肉を食べに行った日から……
塞ぎこんでなくても、頑張り過ぎてなくても、3日に1度のペースで食事に誘って来る専務。
「そう嫌がるな」
「嫌がってません。
それで、今日は何ですか?」
この前は……
専務の苦手なお得意様のお店へ、付き合いで顔出しするに当り。
そのフォローを頼まれたけど、特に役にたった覚えはない。
その前は……
新規プロジェクトについて、食事しながら説明を受ける筈だったけど。
すぐに終わって、ほぼ雑談だった。
「今日は何も。ただの俺の我儘だ。
茉歩の気に入ってたイタリアンに行こう」
「………」
呆れて返す言葉を失くしたけど。
実際、専務との食事は嫌じゃない。
寧ろ……
この人には弱ってる所を何度も見られたし。
洞察力の鋭い人の前でカッコつけても、無意味だろうし。
ー「相棒の俺には、もっと甘えろ?」ー
そう言ってくれた専務と過ごすのは、心地良かった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
初恋の呪縛
泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー
×
都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー
ふたりは同じ専門学校の出身。
現在も同じアパレルメーカーで働いている。
朱利と都築は男女を超えた親友同士。
回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。
いや、思いこもうとしていた。
互いに本心を隠して。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる