元カノがめんどくさい

よつば猫

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アディショナルタイム1

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 ショックは今だけ、寂しいのは最初だけ。
そう思ってた……

「……蓮斗さん。
あの、蓮斗さん?」

「えっ?
あ、ごめん。なんだっけ?」

「……いえ、大丈夫ですか?」

 最近の僕は、こんな状態が多くて……
それでも奈々は、怒るどころか心配する。
そんな奈々を大事にしたいのに……

 元カノとさよならしてから、2ヶ月。
日々追うごとに、その実感が押し寄せて……
寂しさや辛さは増すばかり。

 エネルギーはもう底をつきそうで、まるでガス欠間近の車みたいだ。
元カノじゃあるまいし。
あぁ、余計な事思い出した!

 どうしよう、苦しくてたまらない……
もう、限界だと思った。


「ごめん、奈々……
っ、別れてほしいんだっ……」

 今の僕は、奈々を大事になんて出来ない。
いやたぶん、これからも。
こんな僕に、これ以上付き合わせるわけにはいかないし。
僕自身、誰かといる余裕なんかなかった。

「……わかりましたっ。いいですよ?」
あまりにもアッサリした返事に。

 泣かせてしまうだろうと懸念してた僕は、少しだけ拍子抜けすると。

「その代わり。
自分の気持ちに、素直になって下さい」
思わぬ要求。

「え……?」

「蓮斗さんの事が好きだから……
その心が誰に向いてるのか、わかっちゃいますっ」

 ドキリとしてすぐ、鍋パーティーが浮かんで……
誘った事に、今さら申し訳ない気持ちが押し寄せる。

「それに……
気付いてました?
蓮斗さん、1度も好きだって言ってくれませんでしたよっ?」

 うん、そうだね……
今までの彼女には言えたけど。
奈々の事は、ほんとに大事にしたいと思ってたからこそ。
そんな本気じゃない"好き"なんか、軽々しく口に出来なかった。

「……ごめん」

「謝らないで下さいっ。
もともと私が、半ば強引に付き合ってもらったんですから。
何より。
私なりに精一杯頑張ったので、後悔はしてません。
やれるだけやったら、後悔なんてしないと思いませんかっ?」

 罪悪感でいっぱいの僕を……
天使の声がそう救う。

「だから蓮斗さんも……
後悔しないよう、素直な気持ちを伝えてみて下さい」

 本当に奈々は、どこまでいい子なんだろう……
だけど僕は、苦笑いしか返せない。

 僕の想いを後押ししてくれる奈々の気持ちはありがたいし。
そのアドバイスも理にかなってるかもしれないけど。

 僕のケースで素直な気持ちをぶつけるのは、自己満足でしかなくて。
黒歴史を刻んだ僕の悪足掻きなんか、遥さんとの人生を選んだ元カノの気持ちに水を差すだけだ。

 そんな心中を察したかのように。

「相手の状況を考えるのは、わかりますが……
大切に思うからこそ、きちんと本音を伝えるべきだと思います。
それとも蓮斗さんは、負けてる試合を諦める人ですか?」

 突然そう聞かれて、戸惑う僕に……
奈々の言葉はさらに続く。

「前に、私の高校がサッカーの選手権で、地区優勝した事を話しましたよね?
その時の試合、こっちが主導権を握っていたにもかかわらず。
1-2で負けてる状態で、後半の40分が終了したんです。

アディショナルタイムは5分でしたが……
相手チームはずっと無失点で勝ち上がって来た、ものすごく守備が堅いチームだったので。
その5分で逆転するのは、かなり厳しすぎる状況でした。

なのに、誰もが諦めず。
残り3分で同点に追い付いて。
さらには土壇場で、PKを奪取して。
それが見事決まったと同時、試合終了のホイッスルが鳴ったんです。
もう、ほんとに本当に感動して……
諦めないって、こんなに素晴らしいんだなって」

 わかるよ……
サッカーをやってれば、いやそれに限らずだろうけど。
僕だって、似たような奇跡を味わって来た。

……ああ、何やってんだ!
そうやって僕は、諦めずに戦って来たはずなのに……

 つまりは。
僕と元カノは、まだ終わってなくて。
追加時間が残されてるなら……
いや、残されてるって信じて。
最後の1秒まで足掻くしかないんだ!

「ありがとうっ、奈々……」
やれるだけ、めいっぱい戦ってみるよ。

「いいえ、こちらこそですっ……
私だって、蓮斗さんの優しさには沢山救われて来ました。
なので、少しでも恩返し出来て良かったです。
ほらっ、善は急げですよっ?
私も前に向かって頑張るので、蓮斗さんも頑張って下さいねっ」

 まったく奈々は……
最後まで本当に、どこまでも天使だ。

 僕の気持ちに気づいてたくせに、いつも優しく寄り添ってくれて。
僕はそんな奈々を守るどころか、何ひとつしてあげられなかったのに……
挙句、恩返しだなんて。
傷付いてるはずの奈々が、傷付けた僕を応援してくれるなんてっ……


 そうして、そんな天使が去って行く車を……
込み上げる謝意で、胸を詰まらせながら見送った。


 奈々の優しさを無駄にしないためにも。
最後の最後まで、諦めずに頑張るよ。

 さっそく僕は、逸る気持ちに押されながら電話を手にした。
だけど掛けた相手は仕事中なのか、繋がらない。

 こうしてる間にも、アディショナルタイムは減ってるワケで……
僕はすぐさま、元カノが働くスポーツ用品店に向かって車を走らせた。
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