元カノがめんどくさい

よつば猫

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天使と悪魔1

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 そんな僕には、ずっと秘かに憧れてる女の子がいる。

 営業先の受付のコで、挨拶を交わす程度の関係でしかないけど。
基本彼女がいた僕は、別にそのコとどうこう考えてるワケじゃなくて。
いってみれば、芸能人に憧れる感覚と似てるかな。

「こんにちは!
日野測器の山口です。
3時に石原事務長と約束してるんですが、」

「はい、伺っております。
どうぞこちらへ」

 胸のネームプレートには、清松の文字。
名前はなんてゆうんだろう?
きっと見かけ通り可愛らしい名前だろうな。

 憧れのそのコ、清松さんは……
清楚で可憐で、ものすごく愛らしくて。
別にそこまで美人ってワケじゃないけど。
特別な空気感を持つ、透明感溢れる女性。
そう、例えれば天使のよう。

「あ、山口さん?」

 あ、天使に名前呼ばれた。
心を弾ませて、返事をすると。

「あの、コーヒーにしますか?
それとも、特製コーヒーにしますか?」

 なんだその金の斧銀の斧みたいな質問は!
物語じゃ欲張っちゃダメだけど……
ここはやっぱり。

「じゃあ、特製コーヒーで」

 要は勧めてくれてるんだよね?
それは行っとかなきゃダメでしょ。
すごく気になるし……

 すると清松さんは、天使の笑顔でふふっと笑った。

 なにその悩殺的な笑顔わ!
ヤバいでしょ、それは……

「実はその特製コーヒー、石原事務長が趣味で焙煎したものなんです。
ぜひ感想を、話題に取り入れてみて下さい。
商談の足がかりになるかと思います」

「え……
ありがとうございますっ」

 うわ、その行動までなんて天使!
どっかの誰かさんとは大違いだ。

 なんにしても、今日はついてる。
憧れの天使に名前を呼ばれて、笑顔をもらえて、助け船まで出してもらえたんだから。
あとは商談がうまくいけば、文句なしに……


 だけど天使はドジっ子だった。

「っ、ああっ!!」

「ぅわ、あっつ!」

 まさかの、何もない所でつまずいて!
僕は上半身にコーヒーを被る。

 やっぱり、欲張っちゃダメなんだな……

「ああぁっ、すみませんっっ!
どうしようっ……
すぐに冷たいおしぼりを持って来ます!」

「あ、いえ!
これで大丈夫です」

 床に落ちてる、コーヒーと一緒に出されるはずだったおしぼりを拾って。
すぐさまそれで拭き始めると。

「そんなっ……
っっ、すみませんっ……」

 天使は涙ぐんだ瞳で、だけどぎゅっと唇を噛んでそれを我慢しながら……
取り出した自分のハンカチで、僕のスーツを拭き始めた。

 うわなにこれ、役得!
てゆうか、そんな清松さんが可愛すぎてツボなんだけどっ。

 でもその後すぐにやって来た事務長さんは、当然驚いて。
清松さんにお怒りの言葉が向けられたけど、そこは……

「僕は全然大丈夫なので!
それよりこのコーヒー、僕好みのかなりいい香りで……
逆に癒されて、その分仕事に集中出来そうです」

 彼女を庇うだけじゃなく、ちゃっかり特製コーヒーのゴマすりにも役立てる。


 それから、商談を終えると。

「あのっ、先程は大変失礼致しましたっ。
本当に申し訳ございません……」
真っ先に駆けつけて来た清松さん。

「それでこれ、クリーニング代なんですが……」

「いえ、気にしないで下さい!
むしろ、それで商談もうまく行ったと思うんで。
プラマイゼロって事でっ」

「そんな訳にはっ!
私こそむしろっ、スーツ代を弁償したいくらいなのに……」

 このコの場合、受け取ってもらえない方が困るんだろうなぁ。
だけどきっと、そのクリーニング代は多めに入ってたりして……

「わかりました。
じゃあ後日、正式なクリーニング代を請求するんで。
それでいいですか?」

「え、あ……っはい。
じゃあ連絡先を伺っていいですか?
それであの、シミが落ちなかったら、遠慮なく言って下さいねっ?」

 と流れで、お互い名刺と携帯番号を交換する事に。



 奈々ちゃんかぁ……
至って普通の名前だったけど、それはそれで可愛いし、似合ってる。
帰りの車中、清松さんの名刺を眺めて……
天使とお近づきになれた現状に、1人ニヤける。

 だからって、この先どうするつもりもないんだけどさ。




「おっそーい!蓮斗ぉ」

 その日帰宅すると、部屋の前で元カノが待っていた。

「え、どしたの?」

「もぉ、今日休みだったからさぁ!
ひさびさ一緒に夜ごはんでも食べようかと思って、買い物行って待ってたんだけどっ」

 いやそんな怒られても、キミの予定も状況も知らないからね!?

「ごめん……
けど、連絡くれれば良かったのに」

「そこはサプライズじゃーん、たまにはね」

 いや、ある意味いつも驚かされてると思うんだけど……

 僕がフリーになると元カノは、こんなふうに家に入り浸る。


「なに買って来たの?」
買い物袋をキッチンまで運びながら、中身を覗く。

「ん~、なんか美味しそうなもん適当に。
それを上手くまとめてなんか作って?」

 はいはい、お嬢様……
普通の女の子なら、「買い物行って来たから、なにか作るね?」なのに。
相変わらずキミは、「買い物行って来たから、なんか作って?」だよね。

 言っとくけど僕は、シェフでも料理得意でもないからね!?
いや、言えればいんだけど……

「失敗しても大目に見てよ?」

「はあっ!?失敗したら罰ゲーム」

 なにその身勝手さ!
あんな天使の後だから、悪魔に見えるよ……
黒い服なんか着てるから余計。


 だけど実際は、失敗とまでいかなくても微妙な出来だったとしても。

「ん~、悪くないじゃん。けっこーイケる」ってバクバク食べてくれるし。
それに。

「せっかく買って来たんだから、ビールもっと飲みなぁ?
まっ、誰かさんが遅いせーでぬる目だけど。
とにかく、ヤな事は飲んで忘れなっ?」

 元カノなりに、フラれた僕を慰めてくれてるんだって解るから……

 あぁ、もう……めんどくさい。

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