虹色アゲハ【完結】

よつば猫

文字の大きさ
上 下
4 / 41

クロアゲハ3

しおりを挟む
「やっぱりあの男、胡散臭すぎ。
表の顔晒してどうする気?
とにかく免許証か保険証をどうにか写メって、さっさと終わらせるわ」

 定職に就いている詐欺師は珍しく、それで高収入を得ているケースは極めて稀だ。
でも岩瀬にはその表の顔があるため、本人名義で簡単に大金を借入出来ると考えたのだ。

「つか来るなら連絡しろよ。
終わっても連絡ねぇし、アンタ他の場所に向かってたから、ジム行ってたのに」

「ごめんごめん、お腹空いてて。
ても私がこっちに来てたからって、そんな急いで戻らなくても……
合鍵で勝手に入っとくし」

 バディを組んでから、揚羽には護身用にGPSが付けられていて。
倫太郎はいつもその動向を見守っていた。

 さらに単独の頃から、揚羽はターゲットとのやり取りを盗聴器で録音していた。
恐喝ネタとして編集したり、詐欺に活用するためだったが……
今では倫太郎が、護衛や調査のために聴いていた。

「つまり連絡する気ねんだな……」

「じゃあ女連れ込んでる時とかダメな時は、そっちが連絡入れてよ」

「……あぁも好きにしろよ」

「なに不貞腐れてんの?」

「とにかく、そいつならキャッシュカードかクレジットカードの情報でもイケそうだし。
こっちでそれ用のウイルスも作っとく」

「さすが天才ハッカー」

 でも倫太郎は、浮かない顔をしていた。





 後日、岩瀬からの連絡を受けた揚羽は……
最寄り駅と偽った、待ち合わせ場所に来ていた。

 早めに来たため。
辺りを見渡すも、それらしき姿は見当たらず。
そこに具合の悪そうな老婦が、ヨタヨタと通りかかった。

「……大丈夫ですか?」
声かけた瞬間。

 老婦はその場に倒れ込む。

「うそっ……
どうされました!?
どこか痛いですかっ?」

 老婦は「胸が胸が」と呻いて、意識を失い。
揚羽は周りに救急車の手配を頼むと、呼吸を確かめ意識が戻るよう声掛け続けた。

 そして救急車の姿を捉えると。
通報者に老婦の状態を伝えて、急用を装いその場から身を隠した。

 倫太郎のおかげで身分詐称は完璧なものの。
詐欺師である以上、色々と身元を訊かれるのは厄介だからだ。

 あぁこれ、完璧遅刻だわ……
岩瀬はまだ来ていないようだったが、隠れてるうちに待ち合わせ時間は過ぎそうだった。

 すぐに遅れる旨を連絡すると……
「急がなくていいんで、気をつけて来て下さい」と、相変わらず優しい言葉をかけられて。

 揚羽はひとまず胸を撫で下ろすと。
老婦の無事を祈りながら、救急車が出て行くのを待ち続けた。


「お詫びなのに遅れてしまって、本当にすみませんっ」

「いえ、待ってる時間も楽しかったりするんで、ほんとに気にしないで下さい。
じゃあさっそく行きましょうか」
そうレクサスの助手席にエスコートされる。

 車まで完璧ね……


 さらに、連れて行かれた場所までも。

「本当に素敵な所ですねっ。
料理もヘルシーで美味しいし、すごく癒されます」

「でしょ?
ガーデンカフェとか、テラスで植物が楽しめるとこは多いけど、今の時期暑いし。
このボタニカルカフェみたいに、店内で植物を楽しめるといいですよね」

「はいもう最高すぎて、なんだか私が接待されてる気分です」

「接待されて下さい。
僕は、気に入った店で一緒に食事してもらえるだけで嬉しいんで」

 聞き覚えのあるその営業トークは、揚羽も水商売や詐欺で常用していたが……
この完璧男が言うと、さらに胡散臭く感じてしまう。

 と同時に。
ずっとそんな営業トークを聴いてきた倫太郎が、胡散臭いに対して「まんまアンタだろ」と言うのも最もだと。
今さら恥ずかしくなる揚羽。

「……え、僕変な事言いました?」

「いえっ……
ただ岩瀬さんなら、私なんかがご一緒しなくても、お相手はいくらでもいるじゃないかと」

「まさかっ。
こう見えて僕、相手のために色々頑張りすぎちゃう方で。
一緒にいると疲れるって、逆に敬遠されちゃうんです」

 それは、作り話だとは思えなかった。
リアルでこうも完璧だとね……

「そんなっ。
私は優しい岩瀬さんとご一緒出来て、すごく癒されてますよっ?
今日だって遅刻で焦ってた時、どれほど救われた事か」

 すると岩瀬は、何か考えてる様子で意識が逸れる。

「あの……」

「あ、すみません。
ホッとしてリラックスしちゃいました。
僕も聡子さんといると癒されます」

「そんなふうに言ってくれるのは岩瀬さんだけです。
私はどうも真面目すぎるみたいで、一緒にいても面白くないって敬遠されてきたので」

「全然そんな事ないですよっ?
僕は聡子さんといてドキドキするし。
ってさっきから馴れ馴れしく名前呼びしてすみませんっ」

「いえ構いませんっ、同じ歳ですし」

 車の中で年齢を聞かれた際。
本当は揚羽の方が1つ上だったが、親しみやすさを考え同じ歳だと告げていた。

「じゃあ僕の事も、下の名前で呼んでもらえると嬉しいです」

 距離詰めてくるわね……
まさか表の顔で詐欺する気?

「そんなっ、いいんですか?
じゃあ……」

 その時、テラスへの扉が開けられて……
風に乗って、甘い香りがふわりと漂う。

 この匂い!
揚羽の胸に、劈くような痛みが走る。

 それは懐かしくて残酷な、愛憎の匂い。
そう、揚羽を絶望に陥れたあの少年の匂いだった。

 うそ……
あの男がここにいる!
瞬時に緊張感が押し寄せて、鼓動が激しくなる。

 どこにっ……
揚羽が周囲に気を張り巡らせた時。

「……聡子さん?
聡子さん、大丈夫ですかっ?」

「あ、すみませんっ。
ちょっとお腹の調子が……
お手洗いに行ってきますね」
そう取り繕って。

 そこへ向かいながら、周囲に探りを入れていると……
ひときわ強く、甘い匂いに包まれる。

 だけど、付近は女性客で……
ふと、その場にたくさん飾られたライラックのような花に気が止まる。

 もしかしてこの花の匂い?
嗅いでみると、まさしくその通りで。
ネームプレートには"ブッドレア"と記載されていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

PetrichoR

鏡 みら
ミステリー
雨が降るたびに、きっとまた思い出す 君の好きなぺトリコール ▼あらすじ▼ しがない会社員の吉本弥一は彼女である花木奏美との幸せな生活を送っていたがプロポーズ当日 奏美は書き置きを置いて失踪してしまう 弥一は事態を受け入れられず探偵を雇い彼女を探すが…… 3人の視点により繰り広げられる 恋愛サスペンス群像劇

処理中です...