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閑話:Side Jude 1

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「ジュードぼっ…様!お待ちしておりました」

蒼夜が住む邸に着くと、執事のハミルが出迎えた。
俺は「よお」と手を上げて応え、勝手知ったる邸内を進む。

「ハミル、『ぼっさま』ってなんだよ」

「は…不慣れなもので、大変失礼いたしました」

笑いながら言うと、斜め後ろに付き従うハミルも笑顔のまま悪びれなく謝罪する。
ハミルは元々親父付きの従者で、風雷公の住居である離宮の管理者だった。だが親父も俺も不在、優秀なのに暇を持て余していたところをムラカミ家の執事として連れてきた。
俺が生まれた時にはすでに親父に仕えていたので、まだ坊ちゃま呼びが抜けていない。

「ジュード様には、遣り甲斐のあるお仕事をご紹介していただき、感謝しております」

ハミルの顔には充実感が溢れている。ソウシは良い主のようだ。

「頼むぞ?」

「命に換えましても」

「重い」

軽口のように掛け合って、笑いながらサロンへ向かう。
使用人の命がかかる羽目にならないようセスが手を回しているが、この先何があるかはわからない。まあ親父と俺の旅に付いてきていたハミルなら、頼りになるだろう。

「ジュード、来たか。貴重な物を借りっぱなしですまないな」

「構わんが…ソウシ、珍しい格好だな。ガウン、じぇねえし」

ソウシの言う貴重な物とは、引っ越し荷物を詰め込んだマジックバッグの事だ。まずは内容の目録を作ると言うので、珍しいものがありそうだと立ち会いに来たが、早速ソウシが見たこともない形式の服を着ている。

「これは着物とか和服、と言ってな。祖国の民族衣装だ。金具を一切使わないため着るのにコツが必要で、文化として廃れてはいるが、反物…布地と合わせていくつか仕立てて持ってきた」

足首まであるガウンを二重にして紐できっちり合わせてあるようだ。生地は絹。布だけでも高値が付くだろう。ソウシが着ているキモノはグレーだが粗く織られていて、中に着ている青い布を透かして複雑な色合いを醸し出している。

「着方が難しいなら流行らないだろうが、この布の重ね方はいいな」

布を巻く服飾文化の国もあるが、原始的な物か留め具がじゃらじゃら付くかどっちかだ。
生地の方をもっと見せてもらおうか、と考えた時、廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。間違えようのない、俺と最高に相性のいい魔力が近づいてくる。

「蒼夜」

「ジュード!おはよう!」

名前を呼ぶとぱぁっと笑顔を見せて、歩む足が速くなった。蒼夜もキモノだ。着る人間が違うと印象も全く違う。
蒼夜は光沢のある白っぽい布地の上に、薄い黄色とピンクのグラデーションの透ける生地、いや、下の布が色付きで、上の布が一色か?花の模様が織り込まれた長い袖をひらひらさせながら小走りで駆けてくる姿は、あれだ、お前はちょうちょか。
布の合わせ目からちらちら見える白い足首がまた目の毒だ。

「お前が着るとエロいな」

「えっ、ひどい!」

腕に飛び込んできた蒼夜を受け止めると、抱きしめた感触も生地のせいかいやらしい。何よりいいのが、布の合わせ目を捲るだけで素足が出てくるところだな。手だけ忍び込ませるのも簡単だ。

「わぁ、や、んっ、んー!んんっ…!」

抗議はキスで塞いで、滑らかな太腿を撫でまわす。びくびく震えて、背中にぎゅっとしがみついてくるのがかわいくてたまらない。
お楽しみは後にして、そろそろ解放しようと思ったら、蒼夜が下着を着けていないことに気がついた。俺の理性を試す気か。

「準備万端だな、蒼夜?」

「あっ、ン、ちが、ちがう、のッ!着物用の下着がなくてっ、線が出ちゃう、から、だめ、だめだってばっ」

蒼夜の竿を根元からゆっくり撫で上げれば、俺の指を追うように芯を持ち始める。先端を指で弄るとぷくりと滴が滲んだ。素直な反応にほくそ笑む。

「やれやれ。ジュード、蒼夜、するなら寝室に行きなさい。ハミル、始めようか」

「はい、旦那様」

「ちょっと待て。蒼夜をイかせたらやめるから」

「いっ、イかせなくていいっ」

そうしたのは俺だが、このままじゃ辛いだろうと伸ばした手を蒼夜に捕まれ、魔法がふわっと発動した。治癒と清潔の合わせ技みたいな感触がして、固かった蒼夜の熱が引いていく。

「今のはなんだ?」

「んーと、なんだろ?腸内洗浄ができるなら、その、精液、も、出す前に、消せるのかなって」

精液を清潔で消す、それはわかる、勃起を元に戻したのはなんだ。現象をバラして、言葉と数に置き換えていく。

「なんだ蒼夜、もういいのか?」

「うん、学者モード入っちゃったみたい」

いつまにか俺を置き去りにした蒼夜が、くすくすと笑いながらソウシと一緒に目録作りを始めていた。考えるのはいつでもできる。今は異世界の珍品の方が気になる。
「俺も混ぜろ」と言いながら、サロンの応接ソファへ足を向けた。

目録作り、と言っても、マジックバッグの中身を出す必要はない。
蒼夜かソウシが魔力を流せば、頭に中身が浮かぶようになっている。それを読み上げ書き写していけばいい。テーブルにはせっせとハミルが書いた目録が積み上がっていく。

「ええ、ピアノなんてあった?!」

「ああ、バラして梱包してあったからな。蒼夜、調律はできるか?」

「大丈夫だと思う。ピアノってこっちにもあるのかな?」

「さて…文明の進度的にはあってもおかしくはないが…」

目録に目を通していた俺は会話の内容に耳を傾けた。
ピアノ、聞いたことがない、か?いや、待てよ。

「音楽用語、だったか?」

「…ああ、そうでございますね。旦那様、それは楽器でしょうか?」

「そうだ。見てもらった方が早いな」

ソウシがマジックバッグから鍛冶屋が使うような工具のセットを取り出した。サロンの開けたスペースにピアノとやらの部品をどんどん出していき、最後に真っ黒で艶のある巨大な箱が出てくる。

「……大きいな」

「オルゴールのような形をしていますね…巨大ですが」

「ハミル、そっちを持ってくれ。ジュードはそこを。蒼夜は足を取り付けろ」

ソウシの指示で『ピアノ』が組み上がっていく。途中で蒼夜が「魔法でねじを回せばいいじゃない」と気づき、あっというまに黒光りする巨大な楽器が鎮座した。蒼夜が蓋を開けると、白と黒の木の板が並んでいる。

「これは…クラヴィコー、ド、でしたでしょうか」

「どっかの王宮で見たな…」

ぽん、ぽん、と、確かめるように蒼夜が紡ぐ音は、どこかで聞いた似たような楽器とはまるで違った。あっちはシャンシャンと若干耳障りな金属音だったが、『ピアノ』は木の柔らかい音だ。蒼夜の後ろに立ち、俺も木の板を押してみる。そうすることで、箱の中に張られた糸を叩き、音を出す仕組みのようだ。なるほどよくできている。こちらの技術で複製もできそうだ。

「弾けそうか?」

「音は問題ないみたい。でも、カヤと遊んでただけだし、7年ぶりだから…」

少し悲し気に言う蒼夜の目は、白黒の板にくぎ付けだ。7年弾いていないという事は母親を亡くして親戚に引き取られてからずっと、という事だろう。俺は『ピアノ』を見つめる蒼夜の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「新しいおもちゃで遊んでろ。お前が下手だろうが失敗しようが、俺たちにはわからん」

「ジュード……うん、ありがと」

俺の肩にこつんと額を付けた後、蒼夜は長い袖をふわっと翻して椅子に腰かけた。白い指が音を奏で始めると、目を閉じてうっすらとうれしそうに微笑む。くそ、かわいいな、おい。

「ふふ、ハノンのエチュードか。カヤも毎日弾いてたな。…ハミル、続けるぞ」

「はい。柔らかく、美しい音でございますね」

蒼夜の演奏を聞きながら目録作りを再開する。宝石類の数がすごい。原石を発掘現場で直接買い付けてきたのも多く、鉱石も混じっている。金銀も塊に精製された状態でごろごろ入っているようだ。

「こんだけありゃ領地がいくつも買えるな」

「それもいいな」

「ああぁ…領地経営しとうございますね…」

話しながらふと気づくと、サロンの空気に光の粒子が混じっていた。これは蒼夜の魔力か。
蒼夜を見ると、『ピアノ』を弾きながら淡く発光するように魔力を纏っていて、楽器から溢れるように光をまき散らしている。これは…音に魔力がこもっているのか。今のところ何かの効果を持つ類ではないが、そうなれば色々とまずい。

俺は立ち上がって蒼夜に近づいた。睫毛を伏せ、光を纏いながら無心に優しい音楽を奏でる姿は神秘的ですらある。キモノの袖がひらひらしてるのもいい。

「お前は妖精か」

「ふぇっ、ジュード?」

つい抱きしめて、仰のかせてキスをする。いや、こんなことするために来たわけじゃないが、止まらない。緩いカーブを描く首筋の先が、合わせただけの襟の中に隠れているのが艶めかしい。
蒼夜の首を撫で下ろした手がそこに吸い込まれ行くのも仕方がない。

「あっ、やん、ん…ッ…んむ…ど、したの…?あっ」

「…そうだった。お前、音に魔力乗ってたぞ?」

「へ……?あんっ、む、ね…ゃ…っ!」

キモノの絹より滑らかな胸を伝って、小さな乳首に辿りつく。軽く触れると健気に立ち上がって指を押し返してきた。もっとかわいがってくれってことだな?よしよし。

「あっ、あっ、ばかっ、待って…!魔力ってどういうこ、ひゃん!」

ひゃんってお前……俄然ヤる気出るわ。
持ち上げて寝室に行こう、と思いかけた時、ソウシが俺の襟首をくいっと引いた。

「ジュード、音に魔力だと?空気が光って見えたのはそのせいか?」

「ソウシにも見えたか。家の者だけならいいが、あれはちょっとまずい。音に、魔法を乗せたらどうなる?」

「あ…」

蒼夜が動きを止めた隙に、すかさず抱き上げる。裾から見える足首が色っぽい。抵抗なく腕の中に納まった蒼夜は、「音の届く範囲に魔法が行き渡る…?」と考え込むように口にした。

「ふむ。完全に抑えて弾けるならいいが、第三者に知られたくはないな。ハミル、今後来客は別の応接室で対応する」

「かしこまりました。サロンはご家族や親しい方たちだけでくつろぐ空間といたしましょう」

不安そうに黙る蒼夜に、ソウシが力強く告げた。

「蒼夜のその力が人の役に立つこともあるだろう。だが邪な考えの者に利用されるわけにいかない。わかるな?」

「はい…お父さま」

蒼夜はこくりと素直にうなずいたものの、「どうやったら悪いことに使えるんだろ?」と真剣な顔で悩んでいた。お前は天使か。

「魔力を抑える練習をしつつ、弾く時は結界を張っておけばいい。この楽器はまだ公表するな。この現象で何ができてできないか、改めてセスも交えて検証する」

早口で言ってサロンを出ていこうとすると、ソウシが「目録はもういいのか?」と苦笑交じりに聞いてきた。気にはなる、が、後で見せてもらえばいい。

「もうだめだ。蒼夜がかわいい」

「クッ、そうだな。蒼夜にも異存はなさそうだ」

腕の中には、ソウシに笑われ真っ赤になった蒼夜。目が合うと、恥ずかしそうに俺の胸に顔を伏せた。ほんともうだめだ。今すぐ犯したい。

「セスに…そうだな、ライラ、バリーも連れて来るように使いを出しておいてくれ。目録は後で見る」

今度こそサロンを後にする。「誰が家長かわからんな…」「申し訳ございません、旦那様」という会話が聞こえていたが、蒼夜のことに関して前に出てしまうのは勘弁してほしい。こいつは俺のかわいいペットで、恋人で婚約者だからな。

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※ことりは楽器はなにひとつ弾けませんが、その分楽器を弾く人にあこがれます。知識がないので間違ったことを書くこともあるでしょう(断言)
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