異世界に転移したら魔術師団長のペットになりました

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閑話:Side Seth

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閑話は出し切れなかった設定とか、回収できなかった伏線とかそういうものになります。

◆────────────────────────────────────◆

職場である魔術師団に早朝出勤すると、団長室の前で実務部隊が騒いでいました。

「団長!!起きてくださいよ~!今日は騎士団との合同魔獣討伐ですよー!」

「もぉ~!サボっていいから出発前の挨拶くらい出てよぉ~!騎士団に示しつかないってばぁ」

扉を叩いたり、かけられている結界を解除しようと試みていますが、あんなでも魔術師団の団長を任される男です。強固な結界は得意とするところ。悔しいですが副団長の私とて、力技ではどうにもできないでしょう。

「あっ、副団長!こ、この際副団長でも…」

いやですよ。むくつけき男たち相手に挨拶など。
大柄で屈強な者が多い騎士団には、この私を性愛の対象に見る連中が一定数いるのですから。
抱いてくれ、と言うなら検討しますが、逆の立場など考えたこともありません。

意外ですか?ええ、よく言われます。

「起こしてきます。騎士団はもう少し待たせておきなさい」

私がドアノブに手をかけると、魔力がすぅっと吸い込まれてのち、扉はいとも簡単に開きました。後ろから感嘆の声が聞こえますが、『結界を通過して良い者』として魔力登録されているだけなので、驚かれる筋合いはありません。

カーテンが閉め切られた室内は暗く、ベッドの幕も閉じていました。
が、ベッドの周辺にはキラキラと木漏れ日のような魔力が満ちて、そこに眠る者の存在を知らしめています。
幕を上げてベッドに近づくと案の定、私のかわいい恋人が体を丸めるようにしてすやすや眠っていました。

「…ソーヤ?朝ですよ?」

「ぅっ…ん、セ、ス…?」

後ろから団長の腕に抱かれているソーヤの頬をそっと撫でると、私の声に反応して愛らしく微笑みます。裸の団長になど触れたくありませんが、仕方ないのでその邪魔な腕を外し、引きはがしたシーツで情交の跡が残る真珠の肌を包んで抱き上げました。

「ひでえな、セス。俺の至福の時間が…」

はっきりとした非難の声は、最初から起きていた、と白状するようなものです。
狸寝入りのダメな大人を起こす真似など労力の無駄。ソーヤを取り上げてしまえば、一人でゴロゴロ惰眠をむさぼるような質ではないのだから、とっとと討伐にでもなんでも行けば良いのです。

「んふ…セスのにおい…」

姫抱きにされながら、ソーヤが私の首筋に鼻を摺り寄せてきました。
たまった書類を処理するために早く出てきましたが…甘い誘惑に負けてしまいそうです。

「団長はこれから魔獣退治のお仕事ですから、ソーヤは私と行きましょうね」

「おい、セス」

「早く支度したらどうですか。実務部が廊下で騒いでいましたよ」

団長が立ち上がって近づいてくると、ソーヤがその姿を目に留めて、「ジュード、魔獣討伐行くの?」とまだ夢の中のようなあどけない口調で問いました。

「やだ。行きたくない」

なんですかこのおっさ…んん。
うちの団長は王族とは思えないほど自由な人ですが、大好きな魔獣討伐を前に『やだ』って言いましたよ。一回りも年下の恋人にどれだけ甘えてるんですか、恥ずかしい。

「ふふ、ちゃんと行かないと、みんな待ってるんでしょ?」

しかもその年下の恋人に諭されて拗ねているとか。
魔術師団長にあこがれている国民の皆様に見せたいほどのダメ男ぶりですね。

「でも…気を付けて。ケガしないで帰ってきてね」

シーツから腕を抜いたソーヤは、団長の首を引き寄せて触れるだけのキスをしました。一瞬だけ柔らかく抱きしめてからすぐに離れましたが、触れ合った部分に魔力が流れていったのを見逃すことはできませんでした。

「……ああ、行ってくる。お前はもう少し寝てろ」

「うん…」

団長がソーヤの頭を撫でながら、睡眠魔法をかけました。
微笑んだまま目を閉じたソーヤは、そのまますぅと眠りに落ち、私の腕にしっかりとした重みがかかります。

「…セス、気づいたか?」

「ええ、どれも小さな力でしょうが…治癒と、防御、ですか?」

「魔法防御と耐性も少しずつ上がった感がある。魔法を使ったっていうより、祈り……分類するなら加護、か」

ソーヤが団長を抱きしめた時に動いた力に、それだけの効果が秘められていたことに、私は驚きを隠しきれませんでした。
魔法の同時展開も重ねがけも、我々クラスの魔導士にはさほど難しい事ではありません。ただひとつひとつの魔法に対し独立したイメージを持つことが前提なので、ソーヤのように『気を付けて』の一言だけで、複数の補助魔法が一度にかかることなどありえないことなのです。

「加護などと口にしない方がいいでしょう。歴史上、それを持つのは建国の聖女だけです」

「くくっ…蒼夜は男だから、聖者か聖人になるのか?」

「面白がらないでくださいよ。ソーヤが聖女と同じ力を持つかもしれないだなんて、国に知れたら面倒なことになりますよ。王位は望まないんでしょう?」

ランドルフィア王国は、かつて瘴気渦巻く大陸を憂いた聖女が、呼び出した聖獣と共に大地を浄化し、人の姿を取った狼の聖獣と結ばれて始まった国と言われています。

「…ただでさえ、団長は初代王の再来とか言われているのに…その伴侶が聖女の再来なんてことになれば、王位が一気に傾いてきますよ」

団長ことジュード=ランドルフィア。
本人が王位継承権などいらないと言っているにも関わらず、いまだにそれが外れない大きな理由が三つあります。

わずか15歳で戦争の勝敗を決した英雄であること、魔術師団長を務める実力があること、そして初代建国王の肖像画に生き写しなこと、です。

特に政治的な策略に関係のない貴族や一般国民が純粋に慕い、憧れ、団長を王位に望むのだから始末に負えません。まあ力のないものが大半なので実害はないんですけどね。
ただ、彼らの声を無視して団長の希望通り王位継承権を外すと、国民からの王族への人気が下がってしまいます。面倒くさいことです。

「いえ…王位が傾くだけならまだしも、ソーヤを奪われて利用される恐れも…」

団長以外に3人いる王子の後ろ盾となる上位貴族や他国が暴走すれば、ソーヤを手に入れた者が王位を、という流れにもなりかねません。ソーヤの性別を考えると、王女にだって可能性が。

「俺から奪う…蒼夜を?ハッ、どうやってだ?」

目の前で膨れ上がる覇気に気圧され、私の思考は途切れました。うすらと口端に笑みを刷いた団長が、一般人では気絶しかねない狂暴な魔力を放っています。

「う…ん…むにゃ」

「…ソーヤが起きてしまいますよ?」

冷や汗が背中を伝うのを感じながら、努めて冷静な声を出しました。団長の魔力をたっぷりと湛えたソーヤを腕に抱いていなければ、尻もちくらいはついていたかもしれません。
眠りながら眉間にしわを寄せたソーヤを見て、団長はふっと息を吐いて覇気を収めました。愛し気にソーヤの寝顔を見つめて、「奪わせねえよ」と一言、静かに零します。

「…当然です。どんな力を持っていても、ソーヤは私のかわいいソーヤですから」

以前、私の兄セオドアがソーヤに、私の毒に特化した魔法属性をどう思うか尋ねたそうです。
その答えは、『セスは、セスだから』ということでした。
後日ソーヤに真意を聞けば『それがどんな力でも、持っているのがセスだから』ときょとんとしていましたが、あの時掴み切れなかったソーヤの気持ちが、今はっきりとわかります。

「それより団長。いいかげん、服を着たらどうでしょう」

そう微笑んで部屋を出ようとすると、団長に呼び止められました。
仕方なく足を止めると、剥き出しになっていたソーヤの肩と腕が隠れるように、昨夜脱いだものと思われるシャツを掛けてくれます。そうでした。外にまだ実務部がいるのでした。

「ありがとうございます。ではお気をつけて」

「ちっ」

団長を置いて部屋を出ると、実務部の面々が腕の中のソーヤを見て「おお」とか「ああ~」など、思い思いのため息をつきました。彼らに「まもなく出てくると思いますよ」と告げて廊下を進みます。
執務室横の仮眠室にソーヤを横たえて、秀でた額にそっと唇を落としました。

「…ん、にゅ…」

ああ、かわいらしい。ソーヤを守るためにもいっそ閉じ込めてしまえば、と考えて、すぐに打ち消しました。私は、いつか二人に追いつくから、待っててね、と、はにかんだ笑顔で口癖のように言うソーヤこそが愛おしくて尊く思うのですから。

「大丈夫。守りますよ」

ソーヤの存在も、自分と、ついでに団長の人生も。
我々二人を敵に回して、無事で済む個人も国もありませんから。

さて、ソーヤが異世界人だと発覚した時の対策は済んでいますが、さらに古の聖女と同じ力を持つ、と知られた時の計画もいくつか立てなくてはなりませんね。やれやれ、忙しい事です。

私はソーヤに夜着を着せてから、後ろ髪引かれつつ仮眠室を後にしました。

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