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家族
しおりを挟む俺とジュードは予定通り翌日戻ることにし、蒼士郎は1ヶ月後に迎えに来ることになった。
俺は1ヶ月いてもいいんだけど、3日で戻らないとセスが怖いし、会いたいし。
「俺だけ呼ばれた時点で、静か~に怒り狂ってると思うぞ?」
「…デスヨネ」
セスの機嫌がよくなりそうなお土産、買わなくちゃ。
明日はジュードと街デートだ。
蒼士郎は俺たちが帰った後この屋敷を一旦閉鎖し、欧州に戻るそうだ。
伯父伯母やほかの親族の目を盗んで資産の整理をして、可能な限り貴金属として持ち去るらしい。
あと、向こうの恋人たちに別れの挨拶をするのだとか。
「恋人たち?って…何人もいるの?」
「今は、3人だな」
「うぇ?!3人?!」
「やっぱりソウシはランドルフィア向きだな」
ははは、と笑う2人を茫然と見ていると、「蒼夜だって2人いるだろ?」とジュードに言われた。うぅ、そうでした。
「私を入れれば3人だぞ?」と蒼士郎に迫られ、ぷるぷると首を振る。いつか押し切られそうでコワイ。
「蒼夜」
不意にジュードの真剣な視線を受け、どきりとする。
なんだろうと向き合うと、低い声がはっきりと告げた。
「1ヶ月後、ソウシの転移が終わったら門を閉じる。おそらく二度と、こっちには来られない」
俺はまず蒼士郎の顔を見た。承諾している、と頷くのを確かめて、ジュードの目を見つめ返す。
「うん、わかった」
「…なんだ、あっさりしてんな」
ジュードは拍子抜けしたような声を出した。
でも俺、そもそもこうやって戻ることすらできないのも覚悟してたし。
それに。
「俺の大事なものは、全部あるもの」
俺は腕にしっとりと馴染む腕時計を見つめた。
畳んでおいてある、ジュードのマントで作ったケープに、セスの瞳と同じ色のスカーフ。
それぞれが俺を思って、守ってくれる証としてここにある。
あ、ケープはセスが勝手に作ったけどね。
だから俺もランドルフィアで、みんなを守れるようになりたい。一緒に生きていきたいんだ。
「そうか」
ふっと優しく緩むジュードの精悍な顔を見つめながら、俺はどうしても行きたい場所があるのを思い出した。
「明日、カヤのお墓参りだけは行きたい」
できれば分骨したい。
カヤが愛してくれた、俺と蒼士郎の人生を見ていてほしいから。
「そうだな。俺も挨拶しねえと」
「私も行こう」
そして翌日の朝早く、俺たちは村上家の墓を訪れた。
分骨の許可を得て、お参りした後、納骨堂のふたを開ける。
錦の骨袋を開けようとすると、結び目がびくともしない。
「どれ蒼夜、貸しなさい」
蒼士郎がやっても解けない。
すると蒼士郎の腕の中で、骨袋全体がふわっと一瞬赤く光った。
これは、魔力の光だ。
「……カヤ?」
蒼士郎には見えなかったらしく、不思議そうな表情だ。骨袋が光ったことを説明すると、驚きに目を見開く。
ジュードが「やっぱすげえ女だな」と言って、クククと笑った。
「分骨じゃなくて、全部ソウシに連れて行ってほしいんだろうよ。ほんっと一途だな」
「…俺が持っても光らなかった」
蒼士郎は目を何度か瞬いてから、骨袋をじっと見つめた。
ふっと微笑んで、ぽつりとつぶやく。
「香耶、お前が望むなら、そうしよう」
また、淡く光る。
「俺、カヤにお別れ言いに来たのに…」
空へと昇る、お線香の煙を目で追う。これは亡くなった人に届くように、という意味があると聞いた。
でもカヤは、蒼士郎の腕の中にいる。
「…一緒に、行ってくれるんだね」
俺への返事のように、カヤはもう一度だけ、赤い光を明滅させた。
その後、昨日のブティックへ連れて行ってもらい、俺の瞳に近い色のストールを選んで購入した。
ちょっと照れ臭いけど、セスへのお土産だ。
「俺には?」とジュードがニヤニヤしながら言うけど、ジュードが身につけるものが思いつかない。
「ちょうど、珍しいお品がございますよ」
店の紳士が奥から出してきたのは、澄んだ薄茶の宝石が付いたカフスボタンだった。
これはブラウンダイヤというらしい。
「ダイヤ、なんですか?」
ブラックダイヤ、というのは聞いたことがあるから、ブラウンがあってもおかしくないのか。
ジュードが片方を指で摘まんで光にかざし、俺の瞳と見比べる。
「…いいな、透明で、強く硬い」
「ではそれももらおう」
「あっ、待って待って!」
蒼士郎がさっとカードを出すのを制して、俺はバイトで稼いだ全財産を差し出した。
蒼士郎に買ってもらっては意味がない。
さすがにダイヤはお高くて結局足りなかったけど、足が出た分だけ蒼士郎に出してもらった。
ブティック近くの日本料理店で昼食を取った後、俺のよく知る街でジュードと二人だけで車から降りる。
時間を決めて駅まで迎えに来てもらうことにして、街デートへと繰り出した。
デートと言っても、行ったのは家電量販店と図書館。
テレビ放送や電波通信の仕組みなど、家電店でジュードが興味を示したことを、図書館で詳細に調べる。
ジュードの本を読むスピードが異常だ。
読むというより見てるだけなので、それで内容が分かるのか尋ねたら、魔法で脳内に転写しているらしい。俺の婚約者がチート過ぎる。
「自分の中だけで消化する魔法ならいいが、外に放出するのは難しい。こっちの世界は、魔法に使う元素が足りないんだろうな」
なるほど、と頷く俺の頬にジュードの唇が触れて、「俺から離れるなよ?」と囁かれる。
俺は顔を赤くしながらチートで過保護な婚約者の隣に腰を下ろし、『味噌と醤油の作り方』を読み進めた。
蒼士郎と合流した後の夕食はフレンチ。
俺が向こうの食事はフランス料理っぽい、と言ったのがきっかけだ。確かに系統の近さは感じるが、こちらの芸術的なまでの調理テクにはジュードも目を見張っていた。
「腹に入れば一緒だがな」と笑いつつ、カトラリーを持てば洗練された所作を見せるジュードに、俺が見惚れてしまったのは言うまでもない。
あぁあ、かっこいい…惚れ直す…。これがギャップ萌えか。
屋敷に戻れば、蒼士郎とは1ヶ月間のお別れ。
買ってもらった服やお土産をまとめ、蒼士郎とハグをする。
「蒼夜、向こうに行ったら、私のことは父と呼びなさい」
「……いいの?」
蒼士郎は微笑んで頷く。こっちで家族と言えば母だけだった。
新しい世界には、父がいて、母のお墓も作れる。
ついこの間までぼっちだった俺に両親が揃うんだ。なんてすてき。
「ジュード、近親相姦もありだったな?」
ん?
「ああ、同性ならなんら問題ない。親が子に閨の手解きなんざ当たり前だしな」
んんん?
「おじい…、蒼、士郎、さん?」
恐る恐る見上げると、満面の笑顔が近づいてきた。優しい親愛のキスをいっぱい贈られ、条件反射のようにほっと力が抜ける。
心地よくて、油断した。
「んんー!んっ、ふ…ぁっ…ン、ぅん…っ…」
片手で腰をがっつりホールドされて、もう一方の手がうなじを支えながら耳朶をくすぐる。口の中は蒼士郎の深いキスに、飴を舐めるようにほぐし溶かされ、俺はあっという間にまな板の鯉状態になった。
「…あっ、はぁ…だめ…」
これ以上は許してと、力なく蒼士郎の肩を押す。
俺はもう腰砕けだ。
「…本当に危なっかしいな、蒼夜は。ジュード、頼むぞ?」
「ああ、任せとけ」
くっくっく、と、悪役っぽい笑いが2人分、サラウンドで聞こえた。
絶対この人たち、俺で遊んでる。
「じゃあな、ソウシ。1ヶ月後のこの時間、ここで。荷物はいくらあってもいい。運ぶ手段はあるからな」
「うむ。それまでには、準備万端整えておく」
魔法陣が、俺とジュードの魔力を受けて虹色に輝き始める。俺は蒼士郎の前に立ち、「お父さま」と声をかけた。
「一緒に暮らせるの、楽しみにしてるね?」
ちゅ、と、小さな音を立てて唇を吸うと、目を見開いた蒼士郎の頰に、かすかに朱が走った。ふふふ、してやったり。
「…フッ、行くぞ、蒼夜」
「うん」
俺は蒼士郎に手を振って、ジュードと共に魔法陣に飛び込んだ。
後ろで「小悪魔め、楽しみにしているがいい」と聞こえた気がするけど、1ヶ月も先のことだから今は気にしないことにする。
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