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嫁に来ないか

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召喚、した?俺が?

そういえば、こっち側に設置するための魔方陣を持ってきていたっけ。
ソファの横に荷物と一緒に丸めて置いてあったはず。あそこから出てきたってこと?

「だいたい、『いってきます』つってから1時間も経ってねえぞ?」

「ごめん…だって…おじいさまが…」

乱れたシャツを直していると、ジュードはあきれたような笑みを浮かべて近づいてきた。デスクの前で立ち止まって、険しい表情の祖父を見下ろす。

「おじいさま?もっと近い血縁じゃ…まあ、いい」

「何者だ」

祖父が俺の前に立ち、デスクを挟んでジュードと対峙した。
口を出そうと椅子から立ち上がると、ジュードに黙っていろ、と手の動きで制される。

ジュードは「ふうん。知らない言語が理解できる、ってのは不思議なもんだな」と軽く肩をすくめた後、祖父に向かって名乗りを上げた。

「ランドルフィア王国、魔術師団長のジュード。ジュード=ランドルフィアだ。一週間前から蒼夜の保護者をやっている」

…は?ジュード、いまなんつった?
初めて聞いたジュードのファミリーネームに、開いた口が塞がらない。

「つまり王族、か。申し遅れた。私はソウシロウ=ムラカミ。蒼夜の祖父だ。大事な孫を守ってくれたこと、感謝に堪えぬ」

「そう、し、ろ、う、か。蒼夜みたいに、意味はあるのか?」

「呼びにくければソウシ、で良い。そうだな、文字の意味合いで言えば、青い戦士の男、となるだろうか」

ええとじゃあ祖父が村上蒼士郎、だろうか。
祖父の名すら今知った俺だが、ジュードの名前の方に衝撃を受けていた。
王族、と言われて、否定もしていなかった。でも王族避けてたみたいだけど、どういうことかな。

「…俺、ジュードがランドルフィアって、知らなかったけど」

「普段、必要ねえからな。お前の家族に挨拶するとなりゃ別だろ」

むぅ、と拗ねた形を取っていた俺の頬は、簡単に緩んだ。
ちょろい俺の様子にふっと息を吐いた祖父が、くしゃりと頭を撫でてくる。

「ところで、なんで俺を呼んだんだ?」

「えっ、と…それは…」

もごもごしながらジュードの顔をうかがうと、面白そうにニヤニヤしていた。

「…っ、わかってるなら聞かないでよっ」

「っはは、だから言ったろ、お前がかわいくないヤツなんざいないって」

「それって性的な意味なの?!」

「うむ。初めて会った時から予兆はあったが、まさかここまでそそる子に育っているとは…」

「はい?!」

ぼそっと呟いた言葉に慌てて振り返ると、祖父はニッと口端に笑みを浮かべた。
あ、この人、ジュードとおんなじ、悪い男だ。

俺は知らなかった祖父の一面を垣間見た。
でもその親愛の情を知ったから、いやだとか、怖いとは思わない。

「初めて会った時って、俺、9歳だよ?」

「私はゲイだからな。あの時点で手元に置けば性犯罪に走りそうで引き取れなかった。成長してからと思っていたが…横からかっ攫われたようだな」

「え、ゲイって…あれ?だって、カヤと伯母さまが…」

俺の尻が祖父に狙われていた、というのはとりあえず横に置く。
さっきの手管だけでそれもゲイなのも納得できちゃうから。

でも結婚して子供がいるのはなぜ?バイだったらゲイって名乗らないよね。
はてなマークを顔中に張り付けた俺に、ソファを示しながら祖父は言った。

「多少、込み入った話になる。座ろうか」

この際、ジュードの素性もみっちり教えてもらおう。
そう決意して、俺はジュードの袖を引いてソファに腰掛けた。



なるべく簡単にまとめよう。

祖父、蒼士郎はカヤの叔父にあたる。
俺の本当の祖父である、カヤの父親が事故で亡くなったのは、カヤが10歳、蒼士郎が26歳の時。
当時イギリスの大学院にいた蒼士郎が、グループ会社のトップであった兄の後釜として呼び戻され、ゲイであることの隠れ蓑にするため、お互い好きに遊んでいいという条件付きで兄嫁と入籍した。
兄嫁と子供たちに興味はなかったが、蒼士郎とそっくりの髪と目の色で『まあ、おじさまがカヤの新しいお父さまになるの?なんてすてき!』と笑うカヤには、瞬時に父性が芽生えたそうだ。あー、カヤ言いそう。

「自分が父親になれるとは思ってなかったからな。戸惑ったが、懐かれてうれしかったよ。香耶は私の大事な娘だった」

カヤが俺を生んだのは、短大卒業のころ、20歳。
バブル期をうまく乗り切った村上グループの才媛には、引きも切らない見合い話が山と積まれていた。中には子供がいてもいいという縁談もあったし、父の名を明かしたくないのならシングルマザーとして実家で子育てすればいいと蒼士郎は言ったが、カヤはすべてを蹴り飛ばして家を出ていった。

『大好きなお父さま、今までありがとうございました。カヤは村上の家と縁を切って、この子と二人で生きていきます。どうかお元気で』

と、それはもう清々しく、幸せそうな顔で出ていくカヤを、誰も止められなかったらしい。

「ジュード。私と蒼夜が、近い血縁、だと言ったな」

「覚えていたのか…そうだ。魔力、こっちではどう言うんだ?血の波動?みたいなものが、近い。まるで親子ほどにな」

ひゅっと、自分の息をのむ音が響いた。
カヤは俺の父親のことを、俺によく似た、とってもかっこいい人、と言っていた。
俺、どう見たってカヤ似だから、そんな人いないだろ、と思ってたけど、いるわ。俺の目の前に。

「……身に覚えは、ない」

長いため息とともに、蒼士郎ははっきりとそう言った。
ほっとしたのもつかの間、「だが」と続いた言葉に唖然となる。

「香耶が寝酒を用意してくれた時だけ、やけに深く眠ってすっきり目覚めるな、と」

隣りでジュードがぷっと吹き出した。
蒼士郎もくくっと忍び笑う。

え、ここ笑うところなの?

「すげえ女だな」

「そうだ。美しくて賢くて、一途だった。出会ったころから私のお嫁さんになるんだと言って聞かなかったからな。カヤに娘以上の気持ちはなかったし、そもそも女性は抱けないが、意識のない間くらい気のすむようにしたらいいと思うくらいには、いとおしかった」

カヤったらカヤったらなんてこと。
でもやりそうだ。いつもふわふわ微笑んでたけど、それでいていつのまにかカヤの思惑通りにすべてが運んでしまうようなしたたかさもあった。

「おじいさまは俺の…」

「覚えがないんだから、ノーカウントだよ、蒼夜。そうだな、戸惑うなら蒼士郎と呼びなさい」

「どっちでも、ソウシがお前の家族なのには変わりないさ」

「えぇ……」

俺の出生の謎は、どっちでもいいという結論に達しました。
それでいいのか、と思わなくもないけど、カヤが大事に墓まで持っていった秘密なんだ。

なら、謎は謎のままでいいのかもしれない。

「んー、じゃあ次。ジュードが王族ってどういうこと?」

「あ?俺の親父が、王の弟ってだけだぞ?」

「ほんとに王族だ!」

「母親は魔族らしいぞ?」

「は?」

ぽかんとする俺を見ながら、ジュードはいつも通り人の悪そうな笑みを浮かべている。
ジュードたちの世界で魔族と言えば、ちょっとだけ次元がずれたところにある魔族界に住んでいて、召喚魔法で呼び出して契約できれば、人間に協力してくれる異種族だ。そう資料で読んだが、人との生殖が可能かどうかまでは書いていなかった。

「異種族を母に持つのか。ならば難しい立場だな。継承権は?」

「ある。三位、だったかな。いらねえつってんのに、なかなか外されねえ。そのくせ子孫は残すなって言うんだから、勝手なもんだ」

蒼士郎が、異世界について簡単な説明しかしていないのに、理解が早すぎる。
長くヨーロッパを拠点にしてるから王制に詳しいのか、ジュードと対等にぽんぽん話が進んでいく。

「子孫を残すなって…なにそれ」

「まあ、いろいろあるのさ。蒼夜を嫁にする分には問題ない」

でも子孫を残せないのと残さないのでは意味が違うじゃないか。
ジュードが王家を忌避するのも当然だ。勝手すぎる。

「ふむ…同性婚が可能なのか。蒼夜を嫁にすると?」

「そのつもりだが…こいつの恋人はもう一人いるからな。俺とそいつが蒼夜に嫁ぐ方がいいかもしれん」

「な……っ…」

ジュードとセスが俺のお嫁さん?
さっきまで感じていた怒りは吹っ飛び、蒼士郎の驚いたような視線を受け、俺の顔はぷしゅーと湯気を立てた。
ペットでも嫁でもなんでもいい、と思っていたけど、俺がもらうのは想定外だった。
冗談でしょ?とジュードの顔を見ると、にやにや笑いは消えて蒼士郎と真面目に向き合っている。

本気、なの?
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