異世界に転移したら魔術師団長のペットになりました

ことり

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面影

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セスに抱かれて眠りながら、亡くなった母の夢を見た。

俺の中でセスはオカン属性なのだろうか。

俺が何の努力もしなくても、無条件で愛情を注いでくれるようなところで連想したのだろうか。
いや、注がれたのは精液だけど。

出会ったばかりの、しかも厄介者でしかないであろう俺に対して、両腕広げてヘイカモン、みたいなところは、やはり母、カヤを思い出させるのかもしれない。

カヤ、と物心ついた時から名前で呼んでいた。
確か香耶、と書いたはず。

『お店では華夜と書くの。蒼夜とおそろいみたいでステキでしょ』
と上品に笑うカヤは、俺が9歳の時に病気で呆気なく亡くなるまで、女手ひとつで育ててくれた。

カヤはふわふわとお嬢様然とした物腰ながら、朝から新聞三紙に目を通し、経済誌を愛読していた。俺の活字好きはカヤの影響だ。

父はいなく、名前も顔も知らないが、それを寂しく思ったことはない。
カヤによれば、俺に良く似た、それはそれはカッコいいひとなの、という事だが、髪色も目の色も顔立ちもカヤ似の俺にはピンとこなかった。

『ソーヤ、大好き。カヤのところに来てくれてありがとう。愛してるわ』

無邪気に笑いながら、惜しみなく言葉で抱擁で愛情を示してくれたカヤ。
元気で健康だったのに、『風邪ってツライのねえ』と言ったきり意識を失い、それからたったの3日でいなくなってしまった。

「…では、仕立て屋は午後からこちらに寄越すよう手配しましょう」

「そうしてください。朝早くから手間をかけさせましたね」

「坊っちゃまが泊まり込むのはいつもの事ですから。こちらに差し入れも置いておきますので、お食事だけはきちんとなさってください」

扉の向こうから聞こえてくる会話で、カヤの面影が残る浅い眠りから覚める。
眠っていたというよりは、うとうとしながら思い出に浸っていたみたいだ。

おそらくまだそれほど時間は経ってない、はず。
この体の異常なだるさが物語っている。全然疲れが抜けてない。

喘ぎすぎたせいか喉がひりついて、寝返りを打とうとしただけで咳き込んでしまった。

「ソーヤ?目が覚めたんですか?」

セスがすぐに来て、背を支えて起こしてくれる。
なぜか当たり前のように口移しで水を飲まされて、セスに寄りかかるように抱きしめられた。

「まだ眠っていてもいいですよ。それとも何か食べますか?ソーヤ」

ああ、そうだ。この、セスの、『ソーヤ』という発音。

まだぼんやりとした俺の頭の中で、セスとカヤの声が重なる。
カヤも『蒼夜』ではなく『ソーヤ』と何かカタカナっぽく俺を呼んだ。

思えばカヤを亡くしてから、俺をそう呼ぶ人は誰もいなかった。

「…どこか、痛みますか?」

いつのまにか俺の目からはらはらと涙がこぼれて、セスのほうが痛いような顔をした。

これは違うんだ。セスのせいじゃない。

そう言おうとしても言葉にならなくて、俺はセスのシャツをぎゅっと握った。

「ゆめ、亡くなった…母の。セス、似て……」

「私が…ソーヤの母上に似ている、ということでしょうか…」

ちょっと戸惑ったような声のセスが、長い指で俺の髪を撫で、目元の涙を唇で拭う。

なぜ気が付かなかったのかと思うくらい、セスの指先まで洗練された動き、おそらく相応のマナーや教育を受けた者だけが持つ優雅さ、みたいなものが、カヤと被るのだ。

セスがぐいぐい来るのを拒めなかったのは、カヤと重なるせいかもしれない。
うん、きっとそう。そういうことにしておく。

「…っ、ごめん、その、ちょっとした仕草とか……見た目が、似てるわけじゃ…」

セスがとても困った顔をしているので、俺は取り急ぎ弁解した。

抱いた相手から『母親に似てる』と言われて泣かれれば、そりゃ困るだろう。
ごめん、セス。ほんとごめん。

「…いいんですよ。私が嫌で泣いたのでなければ、それで」

「そんなことな、い、っ…こほっ…」

まだ強い声は出せなくて、咳き込んだ俺はセスの胸に顔を埋めた。
こんなに甘えてしまっているのに、セスが嫌なはずないでしょうと、涙目のまま見上げる。

ふっと笑みを浮かべたセスの唇が「ソーヤ」と囁いて降りてくる。

キスされるのかな、と思って目を閉じた時、隣の執務室から「坊ちゃま」と男性の声がかかった。
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