異世界に転移したら魔術師団長のペットになりました

ことり

文字の大きさ
上 下
9 / 60

倫理が仕事しない

しおりを挟む
「……ああ、料理が冷めてしまいますね。名残惜しいですが」
「…っあ…!」

最後に腕の内側を強く吸って跡を残してから、セスはようやく俺の手を解放した。
俺は喘ぐように、っていうかモロ喘ぎながら「どうして」と切れ切れに問う。

だってセスは団長に俺の面倒を押し付けられただけで、俺がその立場だったら、迷惑にしか感じないと思う。
優しくしてくれるけど、会ったばかりだし、好かれる理由もない。

何より、策士っぽいセスが、考えなしにこういう行動をとるとは思えなかった。

「ふふ、疑われるとは、哀しいですね」

「……楽しそうにしか…見えません…」

こっちはまだ身体中が騒めいているのに、余裕綽々の笑顔が恨めしい。
目に力を入れて精一杯睨むと、セスは困ったように首をかしげた。

「これでもかなり我慢しているのですが…煽らないでください、ソーヤ」

じゃあ俺は一体どうしたらいいの…。

とりあえずちょっと落ち着こう。

俺はソファに座り直し、グラスに入った果実水を一口飲んだ。
そして時間を巻き戻すかのように、皿の上のカトラリーを装備する。

「セスさんの─」

「セス、ですよ、ソーヤ」

「セ、セスの…」

いかん、もう負けてる。
がんばれ俺。

「……こういう事する、意図は、なんですか?」

けっこう、勇気出して聞いたんだよ?これでも。
なのになんなの、その満足げな顔。手のひらの上で転がされてる感ハンパないわ。

「……どうぞ、お食事を」

食べながら聞け、ってことかな。
正直もう食欲がない俺は、肉を諦め、ぶどうのようなフルーツをつまんだ。

「まず前提として、私がソーヤに惹かれている、というこはご理解ください」

こほん、と咳払いをして、セスは今まで揺るがなかった視線をちょっと泳がせた。お、おお、なんだかかわいいぞ。
セスにつられて照れてどもりながら、俺は「は、はい」と頷いた。

「異世界人であるあなたを、こちらに繋ぎ留めたい、というのが大きな理由です。放浪癖のあるダメ男だけでは心許ないので、もう1人くらい恋人がいても良いのでは、と」

「こ……っ、こここっ」

恋人、と言えず、俺はニワトリになった。
『彼女』とか『ツレ』とか、軽い言い回ししか使った事がない俺には、重いというか、ハードルが高い。

というか、問題はそこじゃない。
セスの言い方だと、俺がイケオジとセス両手に花…いや、そもそも俺は男と付き合った事はなくて。

まさかこの世界、女の人がいない、なんて。

俺がおそるおそる聞くと、セスは事もなげに答えた。

「女性が良ければご紹介しますし、お望みなら何人でも相手を作って構いませんが、私は身を引きませんよ?」

お願い倫理、仕事して。
この世界、恋愛の道徳が破綻しています。俺の常識が怯えています。

俺は両手で顔を覆って、ふるふると首を横に振った。そんな、知らない世界に来て、セスひとりにこんなにも振り回されているのに、恋人何人でも、なんて俺にはむり。

「その、俺の育ったところでは、同時に複数とか、同性間で恋愛するのも、ダメ…ではないけど、よろしくないこと、という風潮で…」

この世界の常識を否定する気はない。でも俺、ついていけない、って事を伝えたくて、手に顔を埋めたまま懸命に言葉を探した。

「俺自身、同性で、というのを…えーと、忌避するつもりはないけれど、逆に言えば、考えたこともなく…」

すでにイケオジにいただかれてしまった訳だけど、あれは恋愛とかそういうのではないし。
薬で頭沸いてたから嫌悪感も感じなかった。

あ、でもセンパイはちょっとイヤだったな。

「…あの男は…本当にいつもいつもおいしいところだけ…」

うん?セス、今、なんて?
俺がつらつらと悩んでいる頭の上で、なにか不穏な空気が漂っているぞ?

「ソーヤは、うちのバカ団長が、男性では初めての相手だった、ということでよろしいでしょうか?」

「……う、はい…」

セスが一言ひとこと、ハッキリ区切って聞いてくる。その圧がすごくて、俺は俯いたまま頷いた。

「そうですか。ソーヤはどんな食べ物が好きですか?」

「は?」

脈絡のなさに驚いて顔を上げると、セスの魅惑的な微笑に捕まる。
呆けている俺を見て、「明日にはソーヤの服が仕上がってきますから、外食にお連れしますよ」と言ってくれた。

それはとても嬉しい申し出だ。
異世界に来たのに、セックスした以外ろくに記憶のない廃墟と、この魔術師団執務室と、団長の自室しか知らないのだ。この建物のことも知りたいし、街があるなら行ってみたい。

「だから今夜はご容赦ください」

「へ?」

ここまで洋食しか見てないけど、ごはん、お米はあるのかな、と、うきうきしていた俺の体が宙に浮く。
いつのまにかテーブルを回り込んだセスに、お姫様抱っこをされていた。

だから俺、重いって!176センチで56キロくらいあるはず。10kgのお米が約6袋だよ!

さらにぎゅうっと背中を抱いて来たので体が密着して、行き場のない俺の腕は自然とセスの首に巻きついた。

「もう少し時間をかけて口説くつもりでしたが…すぐにでも可愛がりたくなってしまいました」

「ん…っ…!」

首筋に唇を押し付けて喋るのはやめてほしい。くすぐったくて震えてしまう。
はむはむするのもヤメテ。必死に声を噛んでも、体がビクつくのを止められない。

「あ、あのっ!」

ガチャ、と。仮眠室のドアを開ける音に気づいて俺は慌てた。
さっきかわいがるって言った?それってベッドでするやつ?!

「まだ、その、かわいがらなくて、いい、かな…」

この世界で、今、俺はセスしか頼る相手がいない。

セスは頼ってくれと言ったけど、恋人になるとかも言ったけど、それは俺にはハードルが高すぎる。正直もっとゆっくり考えたい。

でもどうすればOKで、何がNGなのかわからない。
打算的だけど、下手を打ってここから放り出されると困るのだ。
イケオジにさんざんに散らされた俺の貞操など、命がけで守るものでもないし。

っていろいろ考えてみるけれど、セスのことイヤじゃない自分が一番困る…。
俺のモラルどこ行った。元の世界に置き去りか。

困惑する俺の視線を受けて、セスは妖艶な笑みを浮かべていた。
その後ろで、仮眠室のドアがパタン、と閉まる。

「もっと暴れて、引っ掻いてもいいんですよ?」

ベッドに座らされた俺は、長いローブを脱いで椅子にかけ、レースのネクタイのようなものを外すセスの姿を見ていた。
拒否してもいい、とも取れる言葉の真意を測りながら、シャツ1枚だと均整のとれた体つきが際立つなー、などと逃避気味に考える。

その見惚れるほどきれいな男が、俺を見下ろしてうっすらと目を細めた。

「ソーヤが嫌がったら、行為の名称が『愛玩』から『しつけ』に変わりますね。私はどちらでもいいですよ?」

「ひゃい?!」

そうでした、俺ペット枠ー!!

『しつけ』と口にしたセスがとてつもなく楽しそうで、俺はちょっと震えてきた。
鼓動が激しいのは恐怖からか、それとも俺がMだからか。

「震えていますね、ソーヤ。私が怖いですか?」

シャツの胸元をくつろげて、現実味がないほど整った指が俺の髪を撫でる。
セスが怖いわけじゃないと、俺は首を振った。

「状況に、流されてるのが怖いです…」

「ソーヤは世界の迷い子。1人で立とうとしなくていいんですよ」

ううう、そう言われると涙腺にぐっとくる。
甘えたい。
今まで自分の立ち位置を守るのに精一杯で、そんな風に思うのはいったい何年ぶりなのか。

でもだからって、体差し出すのはどうなの、と、遠くでモラルの声がする。

「ふふふ、そんな困った顔をしないで下さい。団長にあんなソーヤを見せつけられて、あなたを愛でずにいられる訳がないでしょう」

それはどんな俺ですか。
心の中でしらばっくれてみたものの、イケオジとの激しいアレコレを思い出して、鼓動が高鳴ってきてしまう。

「セス……」

「不安がられると、いじめたくなりますね…」

そう苦笑しながらも、そっと俺を押し倒したセスが、優しく覆い被さってくる。
シラフで同性に組み敷かれ、見下ろされるのは初めてで、俺はぎゅっと目を閉じた。

「…ん……ふ…っ…」

最初は、キスから。
何度か軽く啄んで、俺の緊張が溶けるのを見計らって、角度が深くなる。

口内のイイところを舐められ、もっと、と思うと逃げられる。
追いかけたつもりが捕まって、絡めた舌を吸い上げられて、体がびくっと跳ねてしまう。

俺はいつのまにか夢中になって、セスの首にしがみついていた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。 恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。 ※猫と話せる店主等、特殊設定あり

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...