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29話
しおりを挟む愛しい弟、玲の存在を感じる方向へひたすら街道を歩んでいた薫たちは、前方に濃い土煙を発見した。次第に争うような声や金属がぶつかる音が聞こえてくる。
先行して確認した五月が、「馬車が盗賊に襲われてる」と叫んだ。
薫は「よし、助けるぞ」と五月の肩を叩いてその背を押す。
「えっ、意外。薫さん人助けとかするんだ」
五月は最悪、自分だけでも助けに入ろうと思っていたが、玲第一でほかはどうでも良さそうな薫が率先して動いたことに驚いた。
「バカだな、五月。情けは人のためじゃない、自分のためだ。キャッシュバックは必ずある。あれは金持ちだ」
続けて「俺を信じろ」と自信満々で笑った薫に、五月は「台無しだよ!」と突っ込んだ。
一方、探されている玲の方は、まだ辺境の街に滞在していた。
兄を探しに行きたかったが、兄である薫には玲を探す魔法が備わっているので、下手に動かず待っていた方がいい、ということになったのだ。『ちょっとくらい焦らされた方が、感動のスパイスになっていいじゃない』とはオルカルマールの弁だ。
それに魔獣退治の拠点となった街には結構な数のケガ人がいて、治療をする人間が足りないらしい。自分の力が役に立つならと、玲はケガを負った人から腰痛に悩むお年寄りまで治して回った。
病に苦しむ人まで助けてしまったので、天使さまと一部で崇められている。
「にいさま…はやく来ないかな…会いたいな」
この街にいればノーランやシャノン、それに腐魔女のミラも、玲をかわいがって家族のように面倒を見てくれる。それはうれしいのだが、兄が同じ世界にいて、会えそうで会えない、というのは、何とも言えず切ないものだった。
「お、おい、天使ちゃんがしょんぼりしてるぞ」
「誰か慰めろよっ。俺はちょっと…レイちゃんまぶしすぎて…アッ」
「ギルマスどこいったっ」
「うふん、泣きそうなレイちゃんも…いいわぁ…」
「ミラ姐さん、あとでその映像くださいっ」
ギルドの1階にあるテーブルセットでくてん、となっている玲を心配する声が聞こえていたが、兄を思い出している玲は動く気力がなかった。そういえば異世界に転移したあの一瞬以外、薫とはもう何年も会っていなかったのだ。
「兄さま、背が伸びてかっこよくなってた…」
道路の向こうで手を振っていた姿を思い出し、玲がふにゃんと微笑んだその時、にわかにギルドの外が騒がしくなった。なんだなんだと窓に張り付いた冒険者から、すごい立派な馬車が来た、と騒ぐ声がする。
「ノーラン、第二王女よ」
ミラに呼ばれて、騎士団長と打ち合わせ中だったノーランが2階から降りてくる。
「あぁ?なんだって、んな急に…」
騎士団長が慌てて出ていくのを見送って、ぼやいていたノーランは玲の横にやってきた。ぽんぽんと頭を撫でられ、玲はようやく顔を上げる。立ったままのノーランに抱き寄せられ、甘えるように寄り掛かった。
「王女様…?」
「ふふ、この国の第二王女は、ノーランがお気に入りなの」
「いや、案外オバさんに会いに来…ふぐぁっ」
「わわわっ」
玲が驚きに目を瞠っている間に、ミラの回し蹴りがノーランの腰に決まり、その衝撃で椅子ごと揺れが来た。「あらレイちゃん、ごめんなさい」と笑うミラを睨みつけたノーランが、「この魔女は現国王の姉」と言いかけて、今度はかかと落としで床に沈められた。
『…レイ、聞かなかったことにしましょう』
小声でシャールが囁く。
玲はうんうんと頷いて、ミラに向かって、僕は何も聞いていません、と笑顔でアピールした。
現国王が一体何歳なのかは知らないが、ミラの見た目は20代後半、うん、それ以上のことは考えない。
でももしかして、玲がこの国で自由にしていられるのは、ノーランだけじゃなくミラの力添えもあるのかもしれない、と思い当たる。ちら、と見上げると、「レイちゃんはいいこだから、わかるわよね?」と言われ、玲は何度も頷きながら押し黙った。
「ノーラン、出迎えなくていいのかしら?あなたここの代表でしょ?」
「ち…めんどくせえな…」
そう言いながら立ち上がったノーランが、扉を開けて出ていく。ミラは窓から外の様子を見て、「あら」と声を上げた。
「新しい従者かしら。なかなかきれいな男の子じゃない。今度はあの子にお熱みたいね」
玲はなんとなく気になって、立ち上がって窓に近づいた。ミラは場所を空けてくれながら、第二王女は聡明で、こういった大規模な魔獣討伐があれば邪魔にならないように視察や慰問に出向くほど民思いだけど、惚れっぽいのが玉に瑕、と教えてくれた。
玲が窓の外をのぞくと、騎士団が整列して出迎えているのが見えた。一歩前に出たところに、騎士団長とノーラン。馬車の前には王女より先に降りたのであろう、従者らしき白いローブの青年と護衛っぽい詰襟の少年がいる。茶色いやわらかそうな巻き毛の青年が手を差し出し、王女が馬車を降りるのをエスコートをしていた。王女の動きに合わせて、青年がこちらに顔を向ける。
「……に、にいさま…?それと、ナイトも?!」
『あ、言うの忘れてました。一緒に来ちゃってます、ナイトさん』
王女を騎士団長とノーランのところに案内した兄、薫は、まっすぐに玲のいるギルドへと向かってくる。玲は驚きと喜びに覚束ない足取りで、扉の方へと向かった。
「玲ちゃん、ここだね!!」
玲の目の前で、バーンと扉が開く。そこには満面の笑みを浮かべた兄がいた。
「に…にいさま…にいさまぁ…!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、玲は薫の胸へ飛び込んだ。
話したいことも聞きたいこともたくさんあるのに、会えてうれしいと伝えたいのに、玲の口からは嗚咽が零れるばかり。「玲ちゃん、遅くなってごめんね?」と髪を撫でてくれる兄に、そんなことないと、首をひたすら振るしかできない。
「…俺も……いるけど……」
薫の後から入ってきた五月が、遠慮がちにぼそっと零す。
「ないと…っ…ぼくのせいで…ごめ…ぐすっ」
玲が薫の肩から顔を上げ、五月の方を向こうとすると、顎を取られて上を向かされた。
「れーいちゃん?五月より先に、兄さまに顔を見せて?」
「ふ…ぅっ…兄さま…」
玲が薫を見上げると、記憶にあるよりも顔が近くにあった。くるくると癖のある髪や、うっとりと目を細める表情は前と同じで、懐かしさにまた涙があふれてくる。
「ああ…玲ちゃん、泣いてる顔もかわいいよ…それにきれいになったね。誰にも見せたくないな」
薫はそう言いながら、玲の額や目じり、頬へと、顔中にキスを降らせた。玲の涙が止まり、「兄さまくすぐったいよ」とほほ笑むまで、それは続けられる。五月とシャールはあきれ顔だ。
「まあっ!そちらがカオルの、生き別れた弟さんなのですね?!」
そこへ、ババーンと扉を開け、騎士団長とノーランを従えた王女が乱入してきた。
薫の横へ回り込み、その腕の中を覗き込もうとする。
「…王女殿下、邪魔です」
薫はにっこりと微笑んで、玲を自分のローブで包んで隠した。
その場で一部始終を見ていたミラが、ノーランに向けてさも楽しそうに笑みを浮かべる。
「ノーラン。レイちゃんとそのお兄様に、お部屋を用意して差し上げたらどうかしら。積もるお話もあるでしょう?」
「…ふふ、そうしていただけると助かります。みなさんに、弟がお世話になったお礼も申し上げたいですし」
ミラと薫が見えない火花を散らし合うのを、ノーランはただ茫然と見つめていた。
「レイの…兄…」
懸想していた相手の保護者登場に、内心冷や汗たらりである。
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