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12話
しおりを挟むここは余計なことを言わず流れに乗っておけ──。
というシャールの指示のもと、ノーランと名乗ったギルマスほか5人の冒険者たちにおとなしく保護された玲は、彼らが拠点とする街に連れてこられた。
ゴツゴツした石畳、レンガを貼り付けた石造りの建物は、中世から続くヨーロッパの旧市街を彷彿させる。
雨はだいぶ小降りになっていた。
「みなさん、先に乾かしちゃいますね」
たどり着いた3階建ての建物、冒険者ギルドの扉の前で、玲は魔法を使った。
『温風』、と心の中で念じると、あたたかい風がそれぞれの体を包んで渦巻き、濡れた髪や服をあっという間に乾かしてしまう。
「……なに、これ。火と風の複合…?でもそれなら炎風や炎嵐になるはず…」
何か呟いているのは、小柄な女性魔術師だ。
玲はシャールと一緒に考えた『生活魔法』の一種だと思っているので、ちょっと何を言っているのかわからない。
「あ、ケガ…」
ふと横を見ると、大盾を背負った大柄な、ダノンと呼ばれていた男性の腕や足の何か所かから出血があった。
玲はそっとそちらに手をかざし、広範囲に魔力を流して、大小さまざまな傷を一度ですべて治した。
「……あ、ああ、助かる」
ぽかんとしつつも礼を述べたダノンに笑みを返し、玲は扉の前からいつまでも動かない集団のリーダー、ノーランを見上げた。
「……行くぞ。ぼうずにはいろいろ聞かなきゃならねえみたいだしな」
そう言ってノーランは呆けた面々を促し、玲はようやく冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
建物内は広く、奥にカウンターがあり、数人がその中で立ち働いている。
木の壁には掲示板、端にテーブルと椅子が数セット。
他には10人ほどの冒険者風の人々がバラバラと立っていて、一斉に玲たちを見つめた。
「ギルマス!おかえりなさい!魔獣の群れは…」
「ああ、遭遇してせん滅したが、報告は後だ。2階を使う。茶はいらん」
せん滅、という言葉に、安堵の雰囲気が広がる。
カウンター横の階段を上がり、応接室のような部屋へ、玲ほか冒険者6人はぞろぞろと入っていった。
ノーランがソファに座ると、ほかの5人は壁に寄りかかったり、椅子の縁に腰掛けたりと居場所を決めていく。
そこで初めて、玲は深く被ったままだったフードを脱いだ。
「僕はレイと言います。冒険者ギルドにお話したいことがあって、遠くから来ました。こっちは相棒のシャールです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、肩先まで伸びたまっすぐな黒髪が頬をさらさらと撫でる。
玲を見つめる6人分の視線が今までとは違う熱を帯びていたが、本人は知る由もない。
顔を上げ、誰からも何の反応もないのを見て、玲はきょとんと首を傾げた。
「ぼうや、べっぴんだねえ!」
不思議な沈黙を破ったのは、長身の女剣士、シャノンだった。
彼女は玲の髪を梳き肩を撫で、ローブの上からぺたぺたとその体を触り、最後にぎゅむーと抱きしめた。
筋肉質の胸に顔を埋めた玲は、その感触にオルカルマールを思い出してしまう。
「かわいいし、珍しい魔法も使うし、見たことないタイプだよ!どうだい、アタシに子種をよこさないかい?!」
「こ、こだね?!?!」
玲は驚いて身を離そうともがくが、褐色の腕はびくともしない。
そんなささやかな抵抗が楽しいのか、頭の上で豪快な笑い声が響いた。
「…こいつは気に入った男の子供を産むのが生きがいなんだ。おいシャノン、10人も産めば十分だろ。だいだい、その、レイ、は、お前の子とトシ変わんねーぞ」
子供10人…玲の名前を、ちょっとだけ照れ臭そうに呼んだノーランから、衝撃の事実が明かされる。
「優秀な血筋を継がせて愛でることの何が悪いんだい!そろそろアンタの種もよこしな、ノーラン」
シャノンは玲を抱えたまま、ノーランに迫る。
壁際で腕を組んで様子を見ていた青年が、はぁ、と大げさな溜息をついた。
「帰っていいか」
長い前髪に隠されて表情は見えないが、物静かな声は、どこか脅すように響いた。
隣に立っていた爽やかな金髪の好青年風の男が、「ニア」と宥めるように声をかけ、ポンと軽く肩をたたく。
「……悪いな、カール。シャノンもぼうずもそこに座れ。魔獣大量発生の原因、話してもらうぞ」
玲は街までの道中、馬に同乗させてくれたノーランに、街の冒険者ギルドを目指していることと、それが魔獣の発生に関わることだと伝えていた。
こくんと頷いて、相棒のシャールを肩に乗せた玲は、シャノンと並んでノーランの向かいに腰を下ろす。
シャールと目を見かわし、打ち合わせ通りに口を開いた。
「北にお住いの聖獣様から、黒い腐肉を纏った巨大なドラゴンが、霊峰を穢して、穢れの腐肉をまき散らしながら飛び去ったと聞きました。ドラゴンは人里のない方角へ行ったそうですが、落ちた穢れは魔獣を生むと聞いて、取り急ぎ近くのギルドを目指してきました」
一同が玲の言葉を吟味する間、室内がしん、と静まり返る。
玲はシャノンに肩を抱かれたまま、じっと黙って様子をうかがっていた。
「……そいつは、ただのドラゴンじゃないんだな…?」
穢れに侵された魔獣は、人を襲う。
人の恨みや悲しみが穢れになるのなら、それを向ける対象になるのもまた、人なのだ。
けれど穢れたドラゴンは、人を避けた。
穢れで身体を腐らせてなお、理性を残していられるような力のあるドラゴンは、おとぎ話の中にしかいない。
ノーランの言葉の意を汲んで、玲は「わかりません」と小さく首を振った。
実際、ドラゴンが創世の古龍かどうか、確認はできていない。
「可能性はある、としか」
「…そうか、そうだな」
顎に手を当てて考え込むノーランは、さすがギルドマスターだけあって話が早い。
年齢は30前後だろうか、と、玲は秀でた額を見つめた。
魔獣に囲まれている中、玲のために息を切らせて来てくれて、そして叱り飛ばした。きっとみんなに慕われる親分肌の人なんだろう。
もう一方で、ちらっと隣を見た。
玲の肩をがっちり抱いたままのシャノンはまるっきり考えることを放棄しているようで、シャールをつついたり、玲の黒髪を手に取って弄ったりしている。
凛々しくたくましい女戦士然とした見た目だが、この行動といい、子供10人という豪傑っぷりといい、なかなかに面白い人物だった。
「……魔獣対策するしかねえか。俺はぼうずに詳しい話を聞いて魔獣発生地の予測を立てる。全員ひとまず、ギルドか自宅で待機して体を休めろ」
やがて立ち上がったノーランがそう指示を出す。
シャノンが「アタシは乳飲み子がいるから一度帰るよ。ダノンもだろ?」と真っ先に動き、重戦士の巨体を促し部屋を出た。去り際に聞こえた会話では、ダノンの妹が病気らしいとのことだった。
「俺は残るよ。哨戒とかあるんだろ?今のうちに休んでおく」
好青年カールが言うと、隣にいる無口な鬼太郎風の男ニアも頷き、二人連れだって出ていく。
「私も上にいるわ。用があれば呼んで」
ええと、これは誰だっけ──名前を思い出せない魔術師風の小柄な女性は、玲とシャールをじっとりと睨め付けてから背を向けた。
「頼むぞぼうず」
バサリとテーブルの上に広げられた地図と、ノーランの真剣な表情を交互に見て、玲は「はい」と強く頷いた。
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