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11話

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雨が、降ってきた。

林の中はぬかるんで足を取られ、歩きにくい。
玲はローブのフードを深く被り、シャールをポケットに入れた。
オルカルマール製のローブは防火・防水がある優れものなので、多少の雨ならへっちゃらだ。
『一度街道に出ますか?街が近いので、そろそろ石畳になるはずです』
「うん、そうだね……あ!」
鋭い声をあげ、玲は足を止めた。
どうしたのかと、シャールはポケットの中から玲を見上げる。
「前の方……キリンさんの時みたいな『穢れ』がいっぱいいる…」
『魔獣の群れ、ですか?距離と数は?』
「ん、ちょっと待って…」
玲の探査魔法はかなり優秀だ。
無意識で全方位に発動しているし、範囲も広い。
「にじゅう…ううん、約30。人間も何人かいる。戦ってるみたい!」
『レイ待って!考えなしに飛び込んじゃダメですからね!まずは様子見ですよ!!』
シャールは「行こう」と駆け出しかけた玲を鋭く制した。
玲には探査もあるし、キリンの加護があるから守りも強い。イメージで魔法を創造できるので、浄化も治療もこなせる。
けれど、攻撃はからっきしなのだ。
『近くまで行ったら隠れて様子を見て、戦えない人は守る、けが人は治療、それ以上の事はしない、いいですね!』
「はーい」
街道を逸れて進んでいたため、魔獣や人を襲う獣には何度か遭遇していた。
どんなに凶暴な相手でも、守りの強い玲やシャールに毛ほどの傷も付けられなかったが─こちらからも、有効な攻撃ができなかった。
玲に、他者を傷つけるイメージがないからだろう。
唯一、玲が敵対する獣に発動できた攻撃は、『冷凍』。
氷で包み、凍らせて凍死を待つ、なかなかにえげつない魔法だった。
「…いた!」
玲たちのいる場所は少々小高い丘になっていて、斜め下100メートル先あたりで、狼の群れと戦う集団が見えた。
『あれは…冒険者ですかね』
数十頭の魔獣を相手取るのは、わずか6人ほどの男女だ。
装備がバラバラなので、シャールの言う通り冒険者なのだろう。
「ニアはカールの支援!シャノンは南西側の増援を抑えろ!ダノン!魔術師を守って時間を稼げ!詠唱残り1分で敵後方へぶちかませ!!」
中でもひときわ背の高い、赤茶の髪を短く刈り上げたリーダーっぽい男性が、大きな剣を振りながら次々と指示を出していく。
「おう!」「任せときな!」などと様々な返答が飛び交い、みなそれぞれの役割をこなしていた。
「ふわぁ、みんなすごいねえ」
高い場所から俯瞰で見れば、リーダーの指揮がどれだけ的確なのかがよくわかる。
「出すぎだ馬鹿!」と怒鳴りながら、突出していたシャノンと呼ばれた逞しい女性のフォローも忘れない。
『冒険者強いですね…あっ、でも魔獣の動きが変わりました!』
シャールの解説と同時に、これまで四方八方から突進するだけだった魔獣たちが、知恵のある行動を取り始めた。
刃を巧みに躱し、時に退き、時間差で波状攻撃を仕掛ける。獣と思えない統制の取れた動きで、数の少ない冒険者たちを翻弄し始めた。
「クッソ、魔法まで避けるのかよ…!」
「どこかに群れのボスがいるはずだ!探す間、しのげ!!」
雨が激しくなってきていた。
けれど雨音をものともせず低く通る怒声と共に、水面に波紋を広げるような、探知の波動が玲に届く。
「探知って、こういう感じなん…?!」
リーダーの男が放った魔力に自然と同調した玲が、急に背後に迫った気配に気づき息を飲んだ。
肩越しに振り返ると、深紅の目をした巨大な狼が鋭い爪を振り上げている。
『……レイッ』
「………!!!」
玲は声も出せずに目をきつく閉じた。
瞬間雷鳴がとどろき、瞼の裏を青白い閃光が走る。
今まで発動した自動防御の中では最大級の衝撃だった。
──キリンさんありがとう─
玲は心の中でそう告げ、黒焦げになった狼を想像して恐る恐る目を開けた。
『………グルルゥゥゥウ…』
「うそ、効いてないっ、ひゃあ!」
狼のボスと思われる巨体は深紅の瞳を怒りに燃え上がらせ、一度忌々しそうに焦げた右前脚をひと振りすると、爪による斬撃を矢継ぎ早に繰り出してきた。
そのすべてが玲に触れる直前、青い稲妻に阻まれる。が、かすり傷一つ負わないものの、自分より二回りも大きい獣に攻撃され続けるのはものすごい恐怖だった。
「…く、なんであんなところに子供が…!!」
玲の悲鳴に気づいたのか、雨音の向こうから焦ったような声が聞こえる。
玲は戦いの邪魔をしてしまったことを申し訳なく思い、こっちは大丈夫ですと叫びたかったが、眼前に迫る狼への恐怖にそれどころではない。
『レイ、結界を!』
一度大きく距離を取った狼が、姿勢を低くし跳びかかる体勢になった。
全力で突っ込んでくる、そう予感して叫んだシャールに従い、玲は自分自身を結界で包み身構える。
「きゃぁあ!」
結界は無事、狼の巨体を防いだ。しかしその衝撃と雨で草が滑るせいもあり、玲は結界ごと数メートル後退した。ちょうど冒険者たちが見えなくなる位置で、ぺたりと座り込む。
「れ、冷凍っ」
玲はすかさず魔法を繰り出し、狼を氷漬けにした。巨体をさらに大きめの氷ですっぽり覆い、ふぅ、と詰めていた息を吐く。
「ふぇぇえ、強かったぁ…」
『……レイ、穢れが…!』
氷の中でわずかに、黒い靄が不気味に蠢いた。
それは浮塵子の群れのように集まり、狼の体を包むように渦巻いて、氷にひびを入れ始める。
「うそぉ…僕、ほかに攻撃方法ないよ…どうしよう、シャール」
『この際だから何か考えてくださいよっ!切り裂くとか、燃やすとかっ』
「うーん、痛くなさそうなのがいいなぁ…」
のんきに言い合う間にも、氷の亀裂は増えていき、そして、割れた。
自由を取り戻した狼が大きく口を開け牙をむき、玲たちに迫る。
「…ひゃっ」
思わず悲鳴を上げた時、玲の頭などひと飲みしそうな形相のまま、その首が地面に落ちた。
ドサリと横倒しになった狼の首から赤黒い血があふれ、雨に流れていく。
「…無事か?ぼうず……無事だな?」
巨体の向こうに立っていたのは、先ほどの冒険者たちのリーダーと思しき男だった。
走ってきてくれたのであろう、わずかに息を切らし、濡れた服を逞しい体にぴったりと張りつけた姿は、見惚れるほどに男らしかった。
「あ、あの、ありがとうござ」
「大体、なんでぼうずひとりでこんな所にいやがるんだ!あぁ?!」
「ぴゃっ?!」
男は玲をいきなり怒鳴りつけた後、バシャバシャとブーツで泥を跳ね上げながら近寄ってくる。
玲の腕をつかんで立たせ、フードをかぶったままの頭のてっぺんから足元まで無遠慮に眺めた後、「ケガはないようだな、運のいいやつだ」と呆れたように笑った。
「ギルマスー!こっちのせん滅終わりましたぁー!」
「おう、今行く」
ギルマス、とは、ギルドマスターの略だろうか。
では、ドラゴンの脅威は、この人に伝えればいいのではないだろうか。
「あの…」
そう思い、玲が話しかけようとしたのを遮り、「いいか、ぼうず」と男は切り出した。
「原因不明だが、今魔獣が各地で大量発生している。そのことは各町村にも通達済みだ」
「はあ、それでその…」
大量発生の原因なんですが──。
「にも関わらず!お前みたいなガキが町からも街道からも離れた危険な場所で、いったいなにしてやがる!」

ダメだ、僕の話、聞いてくれない。

ぽかんと玲が呆けている間にも、男の説教は続く。
玲のポケットの中で、シャールは外から見えないよう、こそこそと身を隠した。
「こら、聞いてんのかぼうず!!」
「あいたっ」
最後には軽いげんこつが落ちたが、キリンの加護、雷属性の自動防御は発動しなかった─。
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