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10話
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朝一番に帰還したシャールは言った。
『オルカルマールは、現在使い物になりません。異世界で力を使い過ぎて寝込んでます』
大丈夫なのかと気遣う玲の心配を『寝てるだけですから』と一蹴し、シャールは淡々と説明していく。
玲に関する記憶操作のために異世界に行ったこと。
それが玲の兄の思いもよらない抵抗力のために難航したこと。
結果、神力を使い果たし、回復のために動けないこと、などが明かされた。
『この世界と玲のいた世界では、後者の方が高次元…と言えば分かりやすいですかね。ただ存在するためだけでも、多くの力が必要なのです。こちらに魔法があって向こうにないのも、魔法に使える魔素や精霊の力を、世界の存続のために割いているからです』
「ほう」と納得顔のキリンと、まだどこか心配そうにシャールを見つめる玲、2人の表情から理解を得られていると判じて、シャールは続けた。
『したがって、オルカルマールの方でドラゴンに対処することは、今のところはできません。幸い人里には向かっていないようなので、冒険者ギルドあたりで注意喚起しておいて欲しい、とのことです』
「そうか。では俺は山の正常化に努める。ドラゴンがまた霊峰に戻ってくる可能性もあるしな」
「じゃあ僕は、シャールと一緒に冒険者ギルドを目指せばいいですね」
「レイ、また今度しようね」
「はい、キリンさん」
『そこ、いつまでもちゅっちゅしない!』
と、言うわけで──。
玲とシャールは街道脇の林の中を、『気配隠蔽』しながら歩いていた。
なぜそんな事をしているのかと言うと、道行く人や商隊の、玲へのアプローチが酷すぎるからである。
「…はあ、せっかくこっちの人に会えたのになぁ」
小さなペットを連れ、大した荷物を持たず、ひとり旅をする小ぎれいな少年。
そんな玲を純粋に心配して、声をかけてくれる大人もいたことは、いた。
だが野営地で他のグループの人間から夜這いをかけられたり、歩いているだけで拐われそうになったり、熟女に押し倒されたりとトラブルは絶えない。
しかもことあるごとにキリンが与えた雷系の自動防御が発動してしまい、死者は出ていないものの、頭ちりちりパンチパーマを量産している。これでは玲もシャールも気が休まらない。
故に、街道から離れてひっそりと街を目指しているのだった。
「キリンさんの加護を、もう少し抑えられればいいのかなあ」
『うーん、それはムリでしょうね。玲がイヤだと思っただけで攻撃対象になっちゃいますし。格の違いもあるから、玲の方から仲良くしたい相手なんかそうそういないでしょ?』
「格?」
聞き慣れない言葉に、玲は首を傾げた。
シャールも同じ向きに首をかたむけ、どう説明しようかと唸る。
『その人や物の、質、と言いますか、とにかくその格が、玲は他より高いんです。史上初の創世神の加護持ちですし』
ちょっとピンと来ない、という玲の表情を見て、シャールはさらに言い募った。
『レイ、街道で結構いろんな人に会いましたけど、その人たちのこと、覚えてます?』
「え、そんなの当たり前……って、あれ?」
玲は思わず歩みを止めた。
立ち止まって、よく思い出してみる。
──髪の毛チリチリになった誘拐犯、とか、あとは、ええと?
「や、優しい商人さんは、ア、ア、アーネストさんっ?」
『ああ、あれは普通にいい人でしたね。ほら、あんまり印象に残ってないでしょ?それが格差の影響です。上から下を見たら、ゴミのように見えるっていうヤツですよ。下から上は、よく見えるみたいですけどね』
「ええぇ…ゴミだなんて思わないけど……でも、そっかぁ。ひとの顔とか名前、気を付けて覚えないと…」
シャールは玲の肩の上から頭のてっぺんへとぴょんと跳んだ。
つむじのあたりをてちてちと、慰めるように叩く。
『気にすることないですよ。興味ない相手のことなんかどうだっていいじゃないですか』
仕草はかわいいのに、言うことは辛らつである。
玲は苦笑しながら、シャールの尻尾をさらりと撫でた。
『格差があるってことは、それだけ「合わない」ということです。逆にエロ馬相手だと、レイ、最初っから警戒心ゼロだったじゃないですか。あんなでも聖獣だけあって、格は高いですからね』
プン、と拗ねたようなシャールの口調にうかつさを責められている気分になって、玲は慌てて言い訳した。
「だ、だって…真っ白い角とか、青い雷とか、キレイだったし…」
『ほー?穢れてましたけど?私は恐ろしかったですよ?』
「ででで、でも、自分も苦しいだろうに、逃げろ、って言ってくれたしっ」
玲はその時の光景を思い出し、たまらない気持ちになる。
穢れに抗いながら、玲たちを逃がそうとしたキリンの優しさや気高さに、胸が震えたのだ。
「だから…信頼できたんだと、思うの」
うん、「格」とかそういう、あいまいなものだけじゃない、きっと。
『まあ、いいんですけどね……非常に気に入りませんが、玲にエロ馬はアリですし…』
「え?」
気に入らない、のあとがよく聞こえなくて、玲は聞き返した。
が、シャールは玲の額に手をついて頭の上から身を乗り出し、『ところで今後について相談なのですが』と改まった様子で話題を変える。
『レイがだれかとエッチなことしている間、私はどうしたらいいでしょう』
「─────は?!」
『だってレイ、セックスのハードル低いじゃないですか』
「いやぁああっ、待って待ってシャール!」
玲は思わず頭の上のシャールをつかみ、両手で包むようにしてその顔を覗き込んだ。
こんなかわいらしいエゾリスの顔で、セックスとか言ったのはどの口かとまじまじ見つめてしまう。
『オカマも驚いてました。「異世界初日で聖獣を咥えこむなんて、さすがレイね!」だそうです』
「きゃあああああ」
玲は恥ずかしさに絶叫しながら、もう何も言わないで!とばかりにシャールを抱きしめ、むぎゅっと胸に押し付けた。
「た、たしかに、キリンさんとは出会ったその日に…あわわわわ」
今更である、と、シャールは内心でものすごく呆れた。
『だから、大いにやっちゃって構わないんですって。その際の私の避難場所をですね…』
「シャ、シャールぅ…」
思考パターンを拝借しただけあって、シャールはナイトに似て来たなー、なんて、玲はひそかに思っていた。
常識的で、しっかりものの幼馴染に似た、頼もしい相棒、シャール。
しかしシャールの常識は、異世界バインディーディアの常識だった。
オルカルマールの神気で作り、オルカルマールの知識を得た、生粋のバインディーディア産。
いわば、香川県産小麦で作ったさぬきうどんなのである。
『私としては、無限収納のような異空間に、マイルームがあると…ねえ、レイ、聞いてます?
』
「も、もう、そんな、キリンさんはともかく、会ったばっかりの人と…な、ないからっ」
───レイ、それ、フラグ。
ツッコミは心の声だけに留めたシャールを抱えたまま、顔を赤くした玲は意味もなく早足で先を急いだ。
『オルカルマールは、現在使い物になりません。異世界で力を使い過ぎて寝込んでます』
大丈夫なのかと気遣う玲の心配を『寝てるだけですから』と一蹴し、シャールは淡々と説明していく。
玲に関する記憶操作のために異世界に行ったこと。
それが玲の兄の思いもよらない抵抗力のために難航したこと。
結果、神力を使い果たし、回復のために動けないこと、などが明かされた。
『この世界と玲のいた世界では、後者の方が高次元…と言えば分かりやすいですかね。ただ存在するためだけでも、多くの力が必要なのです。こちらに魔法があって向こうにないのも、魔法に使える魔素や精霊の力を、世界の存続のために割いているからです』
「ほう」と納得顔のキリンと、まだどこか心配そうにシャールを見つめる玲、2人の表情から理解を得られていると判じて、シャールは続けた。
『したがって、オルカルマールの方でドラゴンに対処することは、今のところはできません。幸い人里には向かっていないようなので、冒険者ギルドあたりで注意喚起しておいて欲しい、とのことです』
「そうか。では俺は山の正常化に努める。ドラゴンがまた霊峰に戻ってくる可能性もあるしな」
「じゃあ僕は、シャールと一緒に冒険者ギルドを目指せばいいですね」
「レイ、また今度しようね」
「はい、キリンさん」
『そこ、いつまでもちゅっちゅしない!』
と、言うわけで──。
玲とシャールは街道脇の林の中を、『気配隠蔽』しながら歩いていた。
なぜそんな事をしているのかと言うと、道行く人や商隊の、玲へのアプローチが酷すぎるからである。
「…はあ、せっかくこっちの人に会えたのになぁ」
小さなペットを連れ、大した荷物を持たず、ひとり旅をする小ぎれいな少年。
そんな玲を純粋に心配して、声をかけてくれる大人もいたことは、いた。
だが野営地で他のグループの人間から夜這いをかけられたり、歩いているだけで拐われそうになったり、熟女に押し倒されたりとトラブルは絶えない。
しかもことあるごとにキリンが与えた雷系の自動防御が発動してしまい、死者は出ていないものの、頭ちりちりパンチパーマを量産している。これでは玲もシャールも気が休まらない。
故に、街道から離れてひっそりと街を目指しているのだった。
「キリンさんの加護を、もう少し抑えられればいいのかなあ」
『うーん、それはムリでしょうね。玲がイヤだと思っただけで攻撃対象になっちゃいますし。格の違いもあるから、玲の方から仲良くしたい相手なんかそうそういないでしょ?』
「格?」
聞き慣れない言葉に、玲は首を傾げた。
シャールも同じ向きに首をかたむけ、どう説明しようかと唸る。
『その人や物の、質、と言いますか、とにかくその格が、玲は他より高いんです。史上初の創世神の加護持ちですし』
ちょっとピンと来ない、という玲の表情を見て、シャールはさらに言い募った。
『レイ、街道で結構いろんな人に会いましたけど、その人たちのこと、覚えてます?』
「え、そんなの当たり前……って、あれ?」
玲は思わず歩みを止めた。
立ち止まって、よく思い出してみる。
──髪の毛チリチリになった誘拐犯、とか、あとは、ええと?
「や、優しい商人さんは、ア、ア、アーネストさんっ?」
『ああ、あれは普通にいい人でしたね。ほら、あんまり印象に残ってないでしょ?それが格差の影響です。上から下を見たら、ゴミのように見えるっていうヤツですよ。下から上は、よく見えるみたいですけどね』
「ええぇ…ゴミだなんて思わないけど……でも、そっかぁ。ひとの顔とか名前、気を付けて覚えないと…」
シャールは玲の肩の上から頭のてっぺんへとぴょんと跳んだ。
つむじのあたりをてちてちと、慰めるように叩く。
『気にすることないですよ。興味ない相手のことなんかどうだっていいじゃないですか』
仕草はかわいいのに、言うことは辛らつである。
玲は苦笑しながら、シャールの尻尾をさらりと撫でた。
『格差があるってことは、それだけ「合わない」ということです。逆にエロ馬相手だと、レイ、最初っから警戒心ゼロだったじゃないですか。あんなでも聖獣だけあって、格は高いですからね』
プン、と拗ねたようなシャールの口調にうかつさを責められている気分になって、玲は慌てて言い訳した。
「だ、だって…真っ白い角とか、青い雷とか、キレイだったし…」
『ほー?穢れてましたけど?私は恐ろしかったですよ?』
「ででで、でも、自分も苦しいだろうに、逃げろ、って言ってくれたしっ」
玲はその時の光景を思い出し、たまらない気持ちになる。
穢れに抗いながら、玲たちを逃がそうとしたキリンの優しさや気高さに、胸が震えたのだ。
「だから…信頼できたんだと、思うの」
うん、「格」とかそういう、あいまいなものだけじゃない、きっと。
『まあ、いいんですけどね……非常に気に入りませんが、玲にエロ馬はアリですし…』
「え?」
気に入らない、のあとがよく聞こえなくて、玲は聞き返した。
が、シャールは玲の額に手をついて頭の上から身を乗り出し、『ところで今後について相談なのですが』と改まった様子で話題を変える。
『レイがだれかとエッチなことしている間、私はどうしたらいいでしょう』
「─────は?!」
『だってレイ、セックスのハードル低いじゃないですか』
「いやぁああっ、待って待ってシャール!」
玲は思わず頭の上のシャールをつかみ、両手で包むようにしてその顔を覗き込んだ。
こんなかわいらしいエゾリスの顔で、セックスとか言ったのはどの口かとまじまじ見つめてしまう。
『オカマも驚いてました。「異世界初日で聖獣を咥えこむなんて、さすがレイね!」だそうです』
「きゃあああああ」
玲は恥ずかしさに絶叫しながら、もう何も言わないで!とばかりにシャールを抱きしめ、むぎゅっと胸に押し付けた。
「た、たしかに、キリンさんとは出会ったその日に…あわわわわ」
今更である、と、シャールは内心でものすごく呆れた。
『だから、大いにやっちゃって構わないんですって。その際の私の避難場所をですね…』
「シャ、シャールぅ…」
思考パターンを拝借しただけあって、シャールはナイトに似て来たなー、なんて、玲はひそかに思っていた。
常識的で、しっかりものの幼馴染に似た、頼もしい相棒、シャール。
しかしシャールの常識は、異世界バインディーディアの常識だった。
オルカルマールの神気で作り、オルカルマールの知識を得た、生粋のバインディーディア産。
いわば、香川県産小麦で作ったさぬきうどんなのである。
『私としては、無限収納のような異空間に、マイルームがあると…ねえ、レイ、聞いてます?
』
「も、もう、そんな、キリンさんはともかく、会ったばっかりの人と…な、ないからっ」
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