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6話

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真っ青な空、眼下に広がるのは一面の緑─。

「わぁあ、すごい…!」
玲は思わず感嘆の声を上げていた。
上空から見下ろすバインディーディアは、自然あふれる美しい世界だった。
『レイ!浮遊魔法!!』
「あ、そうだったね」
急速に落下しながらてへっと笑う玲に、シャールは驚きを通り越して呆れてしまう。
すぐに視界が回って真っ逆さまの体勢から解放され、玲はふわふわと空中に浮いた。
「ねえシャール、あれは海?」
シャールは玲の肩の上に移動し、その白い指先が指し示す方角を見る。小さな頭に詰まった地図と知識を、目の前の景色と照らし合わせた。
『そうです。ここはロータスという国のようですね。向こうの山すそに城が見えるでしょう』
現在地から遥か遠く、城と高い塀に囲まれた城下町が見えている。そこからいくつかの街道が伸びていて、ほかの町や集落につながっているのだろう。
ふむふむ、と頷きながら景色を堪能した玲は、真下に見えていた森のはずれにゆっくりと降り立った。
森の木々を見上げ、木漏れ日に目を細め、下草のやわらかさを確かめるように踏みしめる。
チチチチチ、と森の奥から、鳥のような鳴き声が聞こえていた。
『レイ、人のいるところに行かないの?』
森の中で深呼吸をしていた玲に、シャールがそう尋ねてくる。
玲は近くにあった大木に寄りかかり、のびのびと葉を茂らせる枝を見上げた。
「人のいるところ、かぁ。うん、そうだね…」
玲は目を閉じて、自分の生まれ育った世界を思い出してみる。
狭い土地にぎゅうぎゅうに立ち並ぶ建物、そこに押し込められた過剰な人口。CO2が─温暖化が─とニュースが伝えてもピンと来なかったが、こうして自然あふれる場所で清浄な空気に触れれば、あの場所は汚れていたのだといやでもわかる。
玲は別に人間嫌いでもなんでもないが、誰もいない場所で森と土のにおいに包まれていると、言いようのない心地良さがあった。
自分を縛る肉体の境界がなくなって、どこまでも自由に世界へと広がっていけるような気がする。
「───…ッ!?なに、これ…っ!」
『レイ!?』
解放感に身を任せていた玲は、急に強い悪寒を感じて声を上げた。鳥肌立つ腕を押さえ、左肩にいるシャールに目を向ける。
『探知に何かかかったんですか?私にはまだ何も』
いつのまにか探知魔法を使っていたらしい。『無限魔力』と『創造』を持つ玲の魔法は、理論も詠唱も属性も無視してイメージだけで発動する。
玲はもう一度先刻の意識が広がる感覚を思い出し、悪寒の正体を探そうとした。
『何か来ます!!』
ビン!と天を衝いて、シャールの尻尾が総毛立つ。
晴れていたはずの空が暗くなり、渦巻く強い風の向こうに、青い稲光が見えた。
「────ユニコーン…?」
高い嘶きと共に現れたのは、青銀のたてがみに、額から白い角をはやした馬。
角には先ほど遠くに見えた雷を纏っているようで、時折電気のような音を立て、青白い光がはじけている。
『……ニ、ゲロ』
玲たちの目の前で止まったユニコーンは前足でしきりに地面をかきながら、激しい息遣いの中からそう伝えてきた。美しい紫色の瞳が揺れて、突然血がにじむようにして赤く染まる。
『レイ!避けて!!』
シャールが叫ぶと同時、ユニコーンの腹の下から真っ黒な靄が飛び出し、襲い掛かってきた。
「う、わっ」
驚きに動けない玲が、肩にいるシャールをかばうように腕を上げる。
すると靄は咄嗟に発動した結界に弾かれて霧散した。けれど攻勢はそれで終わらず、黒い矢のごとく次から次へ降り注ぐ。
「シャールっ、なにこれっ!気持ち悪いっ」
結界に阻まれて弾ける黒いもの─。
直接浴びず魔力の壁越しでも、そのおぞましい感触が伝わって玲は泣きそうになった。
『えええぇえっと、け、穢れ?かも?もしそうなら浄化が、んぎゃあっ』
ひときわ大きな黒い塊が真上から迫り、シャールが情けない悲鳴を上げて目を閉じる。
なんなくそれも防御した結界に感謝して、玲は恐怖に震えながらもふうと安堵の息を吐いた。
『……グ…ゥ…』
ユニコーンのうめき声にハッと顔を上げる。黒い靄は青と白銀に輝くきれいな毛並みを覆い、汚しつくすようにうごめいていた。
角から放たれた雷がユニコーン自身を撃ち抜いても靄は離れず、暴れる体を漆黒に染めていく。怒りと絶望の混じった咆哮がほとばしり、玲の胸を苦しくした。
「シャールさっき浄化って言った!?洗うみたいことでいい!?」
『は、はいっ、でも、逃げたほうがっ』
逃げる──思い返せば、ユニコーンも『逃げろ』と言った。『逃げろ』と言ってくれたのだ。
「助けなきゃ、だよ!お願い、きれいになって!」
魔法はイメージ、とオルカルマールは言った。
玲が洗う、清める、と念じながら魔力を放つと、光る水の帯が現れユニコーンの体を取り巻いた。洗濯機の水流のように渦を巻き、黒い汚れを飲み込み、溶かしていく。
光と水が消えた後には、荒い息をつく美しいユニコーンが項垂れて立っていた。そこに禍々しい黒い靄はもうない。
「……うまくいったの、かな?」
玲は全身から力が抜けてしまい、その場にぺたんと膝をついた。
『レイ、大きな魔力を使ったけど大丈夫?気分は?』
「ん、僕は平気。それより─」
心配してくるシャールの背中をひと撫でしてからユニコーンの顔を見上げると、ぎゅっと閉じていた瞼が開いて紫色の宝玉と目が合った。
『ありがとう、人間の子。…助けてもらったのにすまないが、もうひとつ清めてほしいものがある』
ユニコーンはまだどこか苦し気な呼吸で頭を垂れ、視線をちらりと斜め後ろへ向けた。
玲が「僕にできることならいいですよ」と返事し終える前に、シャールが『ギャーーーー!!』と悲鳴を上げる。
『そんな汚らわしいモノ、うちのレイに見せるんじゃねえ!このエロ馬!!!』

浄化しきれなかった穢れは一か所に集まり──それはユニコーンの股間で怒張した巨根を、黒く染めるように絡みついていた。
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