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4話
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・オルカルマールは『異世界』の神である
・兄の変態ぶりを心配して、その魂をよりのびのびと生きやすい『異世界』に生まれ変わらせようとした
・ところが玲が飛び出したせいで、生身のまま次元の壁を越えて異世界にうっかり連れられて来てしまった←いまここ
「…では、兄は無事なのですか?」
脳内で箇条書きで情報を整理して、玲はひそやかに尋ねた。
オルカルマールが頷くのを見てほっとした表情になる。
「肉体的には全然無事よ。心配しないで」
精神的にはどうか知らないが。
オルカルマールはそう心の中で独り言ちた。
目の前で、ド級の執着を向けている最愛の弟が消えたのだ。変態の狂乱は想像に難くない。
せめて死なせてから連れてきたのなら話は違ったかもしれないが、飛び出してきた玲に慌てたオルカルマールはそのまま捕まえて持ってきてしまったのだ。
死亡、ではなく消失。アンビリバボーミステリーである。後であちらの世界へのフォローは必須だろう。
「ああ、めんどくさいわね…」
オルカルマールも気づかぬうちに、心の声が口からだだ漏れる。
ちらりと様子を伺うと、玲はしゅん、と項垂れていた。
膝に置いた自分の手を見つめながら、何か言いたげに瞳を上げては、また俯く。
「──…ごめんね?帰れないわよ、アナタ」
問いの内容を察して、平静な声で告げる。
「……っ…!」
びくん、と1度、玲の細い肩が震えた。次に拳が強く握られる。
さて怒るのか、それとも泣くのか。
親の庇護を受けるべき少年がひとりぼっちで世界を越えてしまったのだ。
何をどう言われても、面倒臭いが仕方がないと、オルカルマールは身構えた。
けれど玲はまっすぐに顔を上げてオルカルマールを見てから、深い角度で頭を下げた。
「すみませんでした」
「…ハイ?」
まさかの謝罪。ぽかんと呆ける奇抜な顔へ、玲はさらに言い募る。
「僕の勝手な行動で、迷惑をかけてしまっているのですよね?面倒をかけますが、僕のことはオルカルマールさまの良いようになさってください…」
は?何言っちゃってんの、この子。
完全に思考停止して、過剰な付けまつ毛をばさばさと瞬くオルカルマールの視線の先で、涙のしずくがほろりと、まだ幼さの残る頬を伝った。
「……レイ」
吐息交じりに名前を呼ぶと、ひとつ、またひとつとあふれ溢れていく。
「ご、こめんなさ…僕のせい、だから、泣いたりしたら、ダメなのに…」
「レイ、おいで」
オルカルマールは太い腕を伸ばし、テーブルを越えて軽々と玲を持ち上げ、自身の膝に乗せ抱きしめた。
玲は小さくしゃくりあげながら、オルカルマールや、元々の原因である兄を責めたいわけじゃない、ただ別れが辛く悲しいのだと、泣いてすまない、というような事を切れ切れに訴えた。
一体なんなのこの子、天使か!かわいいかよ!
オルカルマールはきゅんきゅんとざわめく大胸筋を持て余しながら、謝罪を繰り返す玲の髪を優しく撫でた。
「いいのよ。泣いたって何も変わらないけれど、どうせなら好きなだけ泣いて、言いたい事を言っちゃいなさい」
「…ふ…ぅっ、父さま……かあさま……っ…」
両親を呼んだ後は、堰を切ったように痛ましい嗚咽がほとばしる。
伝播する切なさがオルカルマールの大胸筋を締め付けて、同時に湧き上がるいとおしさを持て余す。玲がかわいくて仕方がなくなる。
ああ、これが母性本能なのかしら──。とうとうアタシ、目覚めちゃったのね。
小さな体を壊さないよう気を付けて、抱きしめる腕にきゅっと力を込める。
玲がふと顔を上げ、まだ涙をいっぱいにたたえた瞳が、オルカルマールをとらえた。
「オル……さま、ごめんなさ…でも、ありがと…」
オ・ル・さ・ま──甘く濡れた声で呼ばれ、頭の中が真っ白になる。
心細さに縋るようしがみつく指先、けれど懸命に笑みを見せようとするけなげな姿を目の当たりにして、オルカルマールの母性本能は臨界を簡単に超えてしまった。
「あああああああぁああぁあー!!」
「オ、オルさま!?」
「う…ッ、産まれるぅぅう!」
オルカルマールは苦悶の表情で絶叫しながらも、膝に乗せていた玲を慌てて向かいのソファへと下ろした。
テーブルに両手をつき腰を高く上げ、顎をそらす。
玲をかわいいと思う気持ちが渦を巻き、体の中から飛び出してしまいそうだった。
「なにかでちゃうぅぅうううう!」
オルカルマールの悶絶とはほど遠い、ぼふん!という音とともに、尻、から、それは産まれ出た。
半径1メートルほどのピンク色をした球体が、ふよふよと玲に向かって飛んでいく。
玲の頭上でシャボン玉のように弾け、淡い光を放ちながら降り注いだ。桃色の光を浴びて玲が驚きに涙を止め、くすんと一度鼻をすする。
「…お花の匂いがしますね。オルさまのおな……」
「ちょっとやめて!!乙女になんてこと言う気なの!!違うわよ!今のは加護よたぶんっ!」
「加護がおな……」
「キャー!いやー!聞ーこーえーなーいー!!」
顔を真っ赤にして耳をふさぐオルカルマールを見て、玲は「オルさまかわいい」と笑った。
涙はいつのまにか止まっていた。
◆────────────────────────────────────◆
そりゃ涙も止まるよね。
尻から加護だもんね。
・兄の変態ぶりを心配して、その魂をよりのびのびと生きやすい『異世界』に生まれ変わらせようとした
・ところが玲が飛び出したせいで、生身のまま次元の壁を越えて異世界にうっかり連れられて来てしまった←いまここ
「…では、兄は無事なのですか?」
脳内で箇条書きで情報を整理して、玲はひそやかに尋ねた。
オルカルマールが頷くのを見てほっとした表情になる。
「肉体的には全然無事よ。心配しないで」
精神的にはどうか知らないが。
オルカルマールはそう心の中で独り言ちた。
目の前で、ド級の執着を向けている最愛の弟が消えたのだ。変態の狂乱は想像に難くない。
せめて死なせてから連れてきたのなら話は違ったかもしれないが、飛び出してきた玲に慌てたオルカルマールはそのまま捕まえて持ってきてしまったのだ。
死亡、ではなく消失。アンビリバボーミステリーである。後であちらの世界へのフォローは必須だろう。
「ああ、めんどくさいわね…」
オルカルマールも気づかぬうちに、心の声が口からだだ漏れる。
ちらりと様子を伺うと、玲はしゅん、と項垂れていた。
膝に置いた自分の手を見つめながら、何か言いたげに瞳を上げては、また俯く。
「──…ごめんね?帰れないわよ、アナタ」
問いの内容を察して、平静な声で告げる。
「……っ…!」
びくん、と1度、玲の細い肩が震えた。次に拳が強く握られる。
さて怒るのか、それとも泣くのか。
親の庇護を受けるべき少年がひとりぼっちで世界を越えてしまったのだ。
何をどう言われても、面倒臭いが仕方がないと、オルカルマールは身構えた。
けれど玲はまっすぐに顔を上げてオルカルマールを見てから、深い角度で頭を下げた。
「すみませんでした」
「…ハイ?」
まさかの謝罪。ぽかんと呆ける奇抜な顔へ、玲はさらに言い募る。
「僕の勝手な行動で、迷惑をかけてしまっているのですよね?面倒をかけますが、僕のことはオルカルマールさまの良いようになさってください…」
は?何言っちゃってんの、この子。
完全に思考停止して、過剰な付けまつ毛をばさばさと瞬くオルカルマールの視線の先で、涙のしずくがほろりと、まだ幼さの残る頬を伝った。
「……レイ」
吐息交じりに名前を呼ぶと、ひとつ、またひとつとあふれ溢れていく。
「ご、こめんなさ…僕のせい、だから、泣いたりしたら、ダメなのに…」
「レイ、おいで」
オルカルマールは太い腕を伸ばし、テーブルを越えて軽々と玲を持ち上げ、自身の膝に乗せ抱きしめた。
玲は小さくしゃくりあげながら、オルカルマールや、元々の原因である兄を責めたいわけじゃない、ただ別れが辛く悲しいのだと、泣いてすまない、というような事を切れ切れに訴えた。
一体なんなのこの子、天使か!かわいいかよ!
オルカルマールはきゅんきゅんとざわめく大胸筋を持て余しながら、謝罪を繰り返す玲の髪を優しく撫でた。
「いいのよ。泣いたって何も変わらないけれど、どうせなら好きなだけ泣いて、言いたい事を言っちゃいなさい」
「…ふ…ぅっ、父さま……かあさま……っ…」
両親を呼んだ後は、堰を切ったように痛ましい嗚咽がほとばしる。
伝播する切なさがオルカルマールの大胸筋を締め付けて、同時に湧き上がるいとおしさを持て余す。玲がかわいくて仕方がなくなる。
ああ、これが母性本能なのかしら──。とうとうアタシ、目覚めちゃったのね。
小さな体を壊さないよう気を付けて、抱きしめる腕にきゅっと力を込める。
玲がふと顔を上げ、まだ涙をいっぱいにたたえた瞳が、オルカルマールをとらえた。
「オル……さま、ごめんなさ…でも、ありがと…」
オ・ル・さ・ま──甘く濡れた声で呼ばれ、頭の中が真っ白になる。
心細さに縋るようしがみつく指先、けれど懸命に笑みを見せようとするけなげな姿を目の当たりにして、オルカルマールの母性本能は臨界を簡単に超えてしまった。
「あああああああぁああぁあー!!」
「オ、オルさま!?」
「う…ッ、産まれるぅぅう!」
オルカルマールは苦悶の表情で絶叫しながらも、膝に乗せていた玲を慌てて向かいのソファへと下ろした。
テーブルに両手をつき腰を高く上げ、顎をそらす。
玲をかわいいと思う気持ちが渦を巻き、体の中から飛び出してしまいそうだった。
「なにかでちゃうぅぅうううう!」
オルカルマールの悶絶とはほど遠い、ぼふん!という音とともに、尻、から、それは産まれ出た。
半径1メートルほどのピンク色をした球体が、ふよふよと玲に向かって飛んでいく。
玲の頭上でシャボン玉のように弾け、淡い光を放ちながら降り注いだ。桃色の光を浴びて玲が驚きに涙を止め、くすんと一度鼻をすする。
「…お花の匂いがしますね。オルさまのおな……」
「ちょっとやめて!!乙女になんてこと言う気なの!!違うわよ!今のは加護よたぶんっ!」
「加護がおな……」
「キャー!いやー!聞ーこーえーなーいー!!」
顔を真っ赤にして耳をふさぐオルカルマールを見て、玲は「オルさまかわいい」と笑った。
涙はいつのまにか止まっていた。
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そりゃ涙も止まるよね。
尻から加護だもんね。
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